2月20日 すごい試合だった

13-1 すごく、楽しかった

 午後、世記としき寿葉ことはと待ち合わせて合気道の道場に来ていた。

 寿葉と勝負をするためだ。


 ここは彼女が鍛錬している道場で、普段は他の生徒もいるが、三十分だけ二人のために貸してもらえた。


 極めし者の真剣勝負に三十分も必要ない。下手をすれば数分どころか数秒で決着がつく。

 試合後の時間の余裕を持たせてくれたのだろう。変に見物人が増えないようにとの配慮と思われる。


 世記は学校のジャージに着替えて道場に入った。

 寿葉は合気道の道着、と思っていたら、彼女も体操服だった。


「体操服なんだ。意外」

「今日は合気道の道場とは関係のない試合だから」


 そういうものなのかと世記は相槌をうった。


 道場主の男性に場所を借りるお礼をして、二人は中央で向かい合った。


「よろしくお願いします」

 揃って礼をした。


 二人の体を闘気が覆う。


 体の近くは白色だが、体を離れて揺れる闘気の色に属性が表れている。

 世記は攻撃を主体の炎。闘気の色は赤だ。

 対する寿葉は防御の地。闘気の色は黄緑から茶色へと変化する。


 守りの堅い寿葉をいかに攻め落とせるかが、世記の勝利への鍵となる。


 身構える。


 世記は腕を立てて拳を顔の近くで握る。

 足はわずかに屈伸を繰り返す。


 こうしてみて気づいたが、普段訓練している空手の道場より床の感触が柔らかい。

 畳の下にクッション、あるいはバネのようなものが使われているのだろう。

 わずかな差だが、踏み込みの力加減に気を付けないといけない。その代わり、倒れた時の衝撃は少しだけ和らぎそうだ。


 寿葉は足を少し大きめに開いて胸の少し下あたりに両手を持って行った。

 どんな攻撃も対処してやるぞ、といったところか。


 じり、と畳の上をすり足で前進する。

 寿葉の緊張が高まったのが表情で判る。

 真剣に試合に向き合ってくれている嬉しさがわいてくる。


(俺の全力で勝負だ)


 世記は一気に距離を詰めた。

 腹から下、下半身への攻撃をメインにする。

 相手は打撃への対処に力を入れているのは今までの戦いを見てきて判る。

 なので連続攻撃はしない。


 腕や脚を捕らえられないよう、動きまわって攻撃の出だしをできるだけ読みにくく。

 胸から上への攻撃は寿葉の目をそらすためのフェイントだ。当たればラッキー。


 寿葉はやりにくそうな顔をしている。

 今のところ作戦は功を奏している。


 だが欠点は、世記の方が動き回る距離が圧倒的に長いことだ。

 ずっとこれを続けていくのは無理がある。


 そろそろいったん距離を取るか、と考えつつ拳を寿葉の鎖骨に向けて振るった。

 彼女がこれをいなすかかわすかしたら、後ろに引くつもりだった。


 だが、寿葉の手が世記の腕をがっしりと掴んだ。


 はっとする。


 投げられる! 阻止しないと。


 世記は咄嗟にすねを狙った蹴りを放った。

 世記の体の下に潜り込もうとしていた寿葉は手を放して後ろへと跳んだ。


 逃れられた安堵が冷や汗となって背中をつたう。


 二メートルと離れていない前方で、寿葉がにこりと笑った。

 あなたの動きは読めるようになったわ、と言いたいのか。

 だがその笑みにイヤミは感じない。楽しそうだ。


 世記も、にかっと笑みを返してやる。

 緊迫しているけれど、楽しい。

 こんな勝負ができるなんて、引き受けてくれたことに感謝する。


 だから世記は全力を出す。

 あっさりと負けたのでは申し訳ないと思うのだ。

 寿葉をがっかりさせたくない。


 小休止を経て、再び両者は構え、相手の動きを探る。


 動き出す前に世記は考える。

 寿葉に攻撃を読ませないようにするという基本的な作戦は間違っていないはずだ。

 だが手数を増やすとスタミナ切れを起こしやすいし、どうしてもパターンにはまった攻撃も出てきてしまってそこを狙われる。


 ならば今までより動きを減らしつつ相手の読みの裏をかける戦法をとらねばならない。


 そんな手あんのか? と思ったが。

 閃いた。


 両手に闘気を集める。炎に模した闘気を連続で放った。

 右に左に跳びながら闘気を放つと、寿葉の防御行動のパターンが、癖が見えてくる。


 正面から闘気を放ち、すぐさま右に跳んでから突っ込む。

 狙い通り、寿葉の体は世記から見て軽く左に向いている。死角に等しい位置からの突撃だ。


 世記の拳は寿葉の鎖骨あたりにヒットする。


 はずだった。


 確かに拳はそのあたりを殴りつけた。

 だが世記の手に伝わってきた感触は、人間の体を殴ったのではなく、かたい板のようなものを殴ったそれだった。


 防壁か。

 世記はすぐに正体に思い当たる。


 彼の推理を肯定するように寿葉の体の前にうっすらと闘気の壁が見える。

 地属性だけが取得できる防御の最高峰超技ちょうぎだ。


 ベテランになると数度攻撃を受けても壊れないそうだが、寿葉の防壁は先の打撃で揺らいでいる。一撃を加えれば壊れそうだ。


 ならば次で。

 世記は決着の意思を固める。


 炎の闘気を右手に集めて寿葉から距離を取りながら放つ。

 だがそれはフェイク。


 自分が放った闘気を追うように前へと一気に跳び、闘気が防御壁を崩したすぐ後に拳を放つ。


 手首を、掴まれた感触が。


 まずいと思った時にはもう、床の上に背中から叩きつけられていた。


 息が詰まる。目を見開いた。


 背中と肺が痛い。立ち上がれそうにない。


 だがこれで終わりにするものか。


 捕まれていない腕に体重を乗せ強引に床の上を回転する。

 寿葉の足首を蹴りつけた。


 バランスを崩した彼女に、最後の力を振り絞って集めた闘気を投げつける。


 息を呑む音の後、世記のそばに重いものが落ちた音がして床が揺れる。


 寿葉が胸を押さえて尻もちをついている。


 目が合った。

 見つめあう。


 相手がこれ以上戦う力がないのを、お互いに読み取った。


「引き分けかな」

「そうね」


 寿葉が笑った。

 意識して笑っているつもりはないが、きっと世記も似たような表情をしているのだろうなと思った。


 ゆっくりと立ち上がって礼をして、世記は寿葉に握手を求めた。


「試合を引き受けてくれてありがとう。すごく、楽しかった」


 寿葉は世記の手を握ってうなずく。


「うん。わたしも。……試合を楽しむって、時にはいいのかなって思った」


 スイーツをみんなで食べた時の、心から楽しそうな笑顔だった。


「それじゃ、また相手してくれるのか?」

「そうね。関東で再会したら」

「二年後か。長いな」

「短いかもしれないよ」

「そん時はリュウも混ぜろって言ってくるかもな」

「あ、そうかも」


 二年後を想像する。

 大学進学を決めた世記と寿葉、中学進学目前のリュウ。

 それぞれ、将来の目標に向かって大きな一歩を踏み出しているのだろう。

 楽しみだなと思った。


 二人に負けないよう自分もやれることをやろう。

 世記は決意を新たにした。

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