たとえ離れていても

1月1日 今年もよろしくお願いします

11-1 巻き込んでおいてよく言うよ

 世記としきが目を覚ましたら、昼前だった。

 ここに来た次の日以来の寝坊だ。


 だが今日はリュウが起こしに来たわけではない。

 また気を使われているのかとリュウの部屋を覗いたら、布団を蹴り飛ばして大の字になって寝ていた。


 小学生ってこんな寒い日であんな恰好で寝ていても風邪ひかないのはなんでだろうな、と世記は笑った。自分も小学生の時はそうだったのだろうとは、つゆほども思わない。


 女子部屋は起きているのか気になったが、そういえば、ここまで同盟として一緒にやってきた仲の寿葉ことはの個人連絡先を知らないことに改めて気づいた。


 まぁ、この変な生活が終わったらただの同級生に戻るんだから今更聞くのもなぁ、とは思う。

 だがそれもなんだか寂しい気もする。


 とりあえず着替えて隣の部屋に電話かけてみるか、と自室に戻った。




 十三時前、少し遅めの昼食を済ませて女子部屋でくつろいでいると、鈴木が尋ねてきた。


 いつも通り、にこにこと笑っている。

 昨日の鈴木が幻だったのではと思えるほどだ。


 だがそれが、ベテランの諜報員なのだ。能力や本当の性格も平然と隠して仕事をこなすのは彼にとって日常なのだろう。


 今までの鈴木と同じ目では見られない。

 怖いとまではもう思わないが、数日前に感じていたちょっと親しい雰囲気には戻れないのではないかと思う。


「おっちゃん、けがはもういいのか?」


 リュウはいつもと変わらない様子だ。彼にとって鈴木は自分を暴力団の魔の手から救う手助けをしてくれた頼りがいのある大人なのだろう。

 それは間違いないのだが。


「はい。すっかり治しましたので」

「なおしたっ?」


 リュウは驚いているが世記を含めた他の極めし者達は納得顔だ。


 鈴木の属性は水。水属性だけが会得できる「回復」の超技を使ったのだ。

 その辺りの説明を鈴木がすると、リュウはうらやましそうにしている。


「炎だってかっこいいぞ」

「そっか。まんがの主人公とかって火とか多いよな」


 慰めてやると、意外にもすぐに納得した。


「昨夜はお疲れ様でした。今日、中川組と話をつけてきましたので、リュウ君のことも柏葉さんの借金も、すべて解決です」


 リュウは目を輝かせて「やったー」と素直に喜んでいる。寿葉もうれしそうだ。


 だが世記は「話をつけた」内容が気になる。

 何やらよからぬ取引でもしたのではないか、と。


「何か気になることでも?」

「あ、いや、なんでもないよ」


 鈴木に問われて世記はかぶりを振る。


「私が信用できませんか? いや、信用うんぬんではなく、腹のうちを見せない相手に対するちょっとした恐怖に似たものでしょうか」


 にやりと笑う鈴木に世記は肯定も否定も返せなかった。


「もしもそうなら、それでいいのです。私は裏社会の人間です。あなた方は本来深く関わってはいけないのです」


 といっても今回はちょっと内側を見せ過ぎましたが、と鈴木は笑っている。


「でも、おれはおっちゃんに感謝してるぞ」

「私はあなたの父親を手にかけてしまったのに、ですか?」


 鈴木は笑みを消した。いや、感情をすべて消したといってもいい無表情だ。


「そりゃ、そのせいでおれがしせつに入ったっていえなくもないけどさ。父ちゃん、マフィアだったんだろう? 悪いことしてたんだろう? だったら、しかたないよ。おっちゃんだって殺そうと思ってやったわけじゃないんだろう?」

「それは、……えぇ、そうです。命まで奪おうとは思っていませんでした」

「それにさ、父ちゃんに引き取られてたらサッカー選手どころの話じゃなくなってくるし。マフィアの手先になってたかもしれないだろ? おれやだよそんなの。だから、ありがとう、おっちゃん」

「わたしも、本来の仕事から外れたところまで助けていただき、感謝しています」


 リュウと柏葉が頭を下げる。

 鈴木はふっと笑って、うなずいた。

 その笑顔は心からのものではないかと世記は感じた。


「まぁオマケみたいなものです」


 オマケであの大立ち回りとはなかなかすごいなと世記も笑った。


「ねぇ、おれまだ聞きたいことあるんだけど、いい?」

「はい、リュウ君どうぞ」


 元気よく手を挙げたリュウに鈴木は教師のように促した。


「ボーリョクダンの男が急に強くなったのって、やっぱりあぶないくすり?」


 鈴木はうなずいた。


 闘気を扱えない者が一時的に闘気を扱えるようになる薬とともに、闘気を一時的に極端に高める薬というものもあるそうだ。

 その二つを同時に使用すると、昨日の男のように本来は闘気を使えない者もとても強い闘気を扱うことができるようになる。


 ただし、不安定な力なので数分しか保てないし攻撃を受けたりすると急激に弱まるのだそうだ。そして効力が切れると動けなくなる。


 そんな危険な薬が裏社会では平然と出回っているのかと世記はおののいた。


「こわい薬だなぁ。――あともう一ついい?」

「はいどうぞ」

「おっちゃんが最後に使ったのって? すごい力だったけどその後動けなかったよね」


 あれも薬? と問うリュウに、今度は鈴木はかぶりを振った。


「あれは絶技ぜつぎというものです」


 闘気を使う技を通常、超技ちょうぎというが、それを強めた技を絶技ぜつぎという。

 その時点で内包している闘気をもすべて技につぎ込むので、使いどころを間違うと即、敗北が決定する。


「そんな技もあるのか」

 世記は感心してつぶやいた。


 極めし者の世界はまだまだ奥が深い。

 自分はそこまで至るのか? と考えて、世記は否定した。

 その高みに上って行っても使いどころがない。使うような世界に足を踏み入れるつもりもない。


 そういう意味でも、鈴木とは住む世界は違うのだと改めて思った。


「さて、話はこれで終わりでしょうか。では私から皆さんに、特に同盟の三人にしっかりと言っておきたいことがあります」

 鈴木は笑みを消した。

「今回は力による解決になりましたが、それが決してすべて正しいことだとは思わないでいただきたい」


 どきりとした。

 心のどこかで「正義」のために振るう力は間違ったものではない、と思っていた。そう思うことで「暴力をふるっている」自覚をやわらげ罪悪感を消していると、冷静に考えれば判る。


 ちらりと寿葉達を見る。

 二人とも神妙な顔だ。


「もちろん、やむを得ず力に頼らねばならないこともあるでしょう。が、今まで通り、あなた達はあなた達にできる解決方法で困難を乗り越えて行ってほしいです」


 師匠がいつも言っている「力を得たこと、それを振るうことの意味」という話とつながってくるなと世記は思った。


「おれ、正しいことだけに力を使うよ。ボーリョクダンと戦ってわかった。ああいうヤツらと同じになりたくないって。『やっぱりマフィアの男のむすこだ』なんてだれにも言わせないぞ」


 リュウの宣言に、鈴木は目を細めてうなずいた。

 きっと鈴木はリュウに一番伝えたかったんだなと思った。


「あんたから巻き込んでおいてよく言うよ」


 世記の憎まれ口に鈴木は「ですから、私のような人間になってはいけないということです」と言いニヤリと笑った。


「さて、話は変わりますが、リュウ君に一ついいお話があります」

「何?」

「あなたを引き取りたいという方がいらっしゃいますが、話を聞いてみますか?」

「……えっ?」


 リュウはもちろん、世記と寿葉からも驚きの声が揃って漏れた。


「それっておっちゃんの関係者?」

「諜報関係の人かという意味なら違います。直接交流があるわけでもありません。知り合いの知り合いという感じですが」


 鈴木の話によると、そのご夫婦の男性が日本うまれ日本育ちだがアメリカ人とのハーフで、リュウを引き取っても外見的な面で悪目立ちすることはないという。リュウより少し年下の男の子がいて、その子も「お兄ちゃんができるの?」と養子の話を喜んでいるのだそうだ。


「そしてなにより、リュウ君がサッカー選手になる夢を持っていることにも肯定的で、有名な少年サッカーチームに入れてあげたいと言ってくれてるんですよ」


 同盟の三人は感嘆の声をあげた。


「千葉県に住んでいる方なので、奈良を離れることになりますが」


 最後に付け加えられた言葉にリュウの笑顔が少ししぼんで、世記と寿葉を交互に見た。


「千葉県って関東だっけ」

「そうだな。東京の近くだ」


 世記の答えにリュウの笑顔が完全に消えた。


「姉ちゃんや兄ちゃんに会えなくなるな」


 世記は高校を卒業したら地元の横浜に戻るつもりだ。大学も関東の大学を受験したい。

 だが寿葉はどうだろうか。世記には判らない。


 寿葉にとても懐いているリュウにとって彼女に会えなくなるのは大問題だろう。


 それでも、リュウにはこの話を前向きに考えてほしいと思う。


「一番大事なのはあなたがどうしたいかよ」

「そうだぞ。いい話っぽいし、会うだけ会ってみてもいいんじゃないか」

「おれは……、うん、おれは、やっぱサッカー選手になりたい。それがかなうかもしれないなら、いい話だよな」


 リュウはうなずいて、今までに見た一番の笑顔を世記達に向けた。

 プロ選手になってピッチを走り回っている情景を想像しているのだろうか。


「では先方に連絡を取ってもらいます」


 鈴木は満足げに笑みを浮かべて、別れの挨拶を残して部屋を出て行った。


 新年早々、リュウにとっての前途明るい話題で、世記達は盛り上がっていた。

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