75.戦闘狂
例の見えない狂気が飛んできたかと思うと、間髪入れずにまた別の狂気が襲い掛かってくる。
「おっ……おおっ……?」
敵のあまりのわけのわからなさに思わず声が出る。驚きもあったが俺は嬉しくて仕方なかった。本気を出せるということが。
しかし、なんだこいつら……二人いるのか? それでも似たような気配だし、それまで一緒だったから分身のようなものなんだろう。
「さあ、来い。俺を殺してみろ……」
見えない狂気どもが俺を肉塊に変えようと、凄まじいスピードで攻撃してくる中、俺はもっと楽しみたいという奇妙な衝動に駆られるが、相手が狂戦士だとわかった以上、さらに強くなられたら困るしそろそろカタをつけてやろう。
「まずこいつでどうだ……」
俺は地の魔法で小さな粘土を作り出し、それをゆっくりと化け物の反対側に向かって投げ、硬度、スピード、数、向き等を【逆転】してやる。
もしそこに途轍もなく硬い生き物がいたとしても、間違いなく蜂の巣になっていると断言できるレベルの魔法攻撃だが、二体の狂気は一瞬削がれた気配を見せた程度ですぐ復活すると俺のほうに向かってきて、俺は脳が痺れるような幸福感と恐怖感に包まれながらやつの猛攻を凌ぐのだった。
いかんいかん……これじゃどっちがイカれてるのかわからなくなる。
「次は、これならどうだっ……!」
やつらに向かって放り投げた黒い物体……これは闇魔法ではない。重力魔法というやつだ。これをやつの目の前で一気に重くしてやると、またたく間に異界フィールドの表層にクレーターのようなものができた。はっきりいってこの時点でぺしゃんこになってるのは確定的なんだが、そんな状況でも潰れた狂気たちはすぐに復活して俺のほうへ向かってきた。
おいおい……これが化け物じゃないっていうならなんだっていうんだ。しかも、やつらの執拗な攻撃を完璧にかわしてるはずの俺の体には、いつの間にか幾つもの擦り傷が見られた。
……いやー、戦いってこんなに楽しいものだったんだな。思えば子供の頃、泥んこになって喧嘩したときのことを思い出すほど懐かしかった。
「よーし……それならこれは耐えられるか……!?」
俺は氷魔法を放ち、やつらを氷漬けにしてから雷魔法でクレーターまで叩き落とすと、火魔法で溶かしてぬるま湯程度の湯加減にし、すかさず逆にしてマグマ風呂に浸からせてやった。どうだ、化け物にはちょうどいい熱さだろう。
「――お、おいおい……」
だが、骨までドロドロになったはずなのにやつらはまたしても向かってきた。なんという驚異的な回復力。いやはや、魔王だの死霊王だのが可愛く見えるレベルだなこりゃ……。
俺はそのあと、闇魔法とそこから転じた光魔法を試してみたがやはりダメだった。本当に拍手してやりたい気分だが、戦闘が長引いているために敵の強さが手に負えないレベルになろうとしている。こうなったら最後の手段……魔法の中でも特殊と言われる無魔法をお見舞いしてやるとしよう……。
「これで……終わりだっ……!」
無魔法の網が、やつに覆い被さっていく。やつが網をちぎりつつ暴れるのがわかるが、無駄だ。強い力でもがけばもがくほど逃げ場がなくなり、沼のように沈んでいくのがこの魔法の特徴でもある。
これは念魔法ともいって、攻撃力自体は全種類の魔法の中で最下位といっていい。しかし……これの厄介なところは別のところにある。心の部分がかなり関係するだけあって、とにかくしつこいんだ。
無限かと思えるほど発生し、切っても切っても現れ、生き物のように絡みつき、やがて気が付いたときには念の鎖によって雁字搦めとなり、動けなくなる。
まあこんなことをしなくても、凍らせてから直接【逆転】スキルを行使すればいつでも勝てるわけだが、あくまで魔法で勝ちたいってことで、俺は無魔法で四方八方からやつを追い込み、跡形もなく消すようにすることにしたんだ。
二体の狂気が、少しずつ削り取られるようにして消えていくのが手に取るように感じられる。無に食われているんだ。狂気ですらも所詮は無の餌食に過ぎなかったということ。
これはかなりえぐいやり方で、禁じ手とも呼ばれている呪術的な手法だが、魔法だけで対抗するとなるとこうでもしない限り倒せなかっただろう……。
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