72.壁


「……」


 に、俺は殴られたような衝撃を覚える。この……このなんとも形容しがたい空気はなんなんだ……。


 魔王の気配が消えたと思ったら、今度は別の気配が見る見る大きくなってきて、魔王を凌ぐほどの強大なオーラとして生まれ変わったのがわかる。


 信じられん……例の追尾してくるやつよりはマシとはいえ、これも結構な化け物だ。なんでこんなやつが急に出てきたのかはわからないし、推測でしかないが……おそらく魔族間でクーデターのような事件があったんじゃないか?


 以前こんなことを聞いたことがある。死霊王という、遥か昔人類を滅亡寸前まで追い詰めた化け物がいて、人は長年、奴隷として魔族の元でこき使われるという過酷な状況下に置かれていたとか。


 死霊王の力が衰え出してからも、長年に渡り植え付けられた恐怖心からすっかり縮こまった人間たちに掃討されることはなく、逆に同じ魔族として当時隆盛を誇っていた魔王とその眷属に討たれる格好で政権交代が実現したという。


 彼らは力を持っていたが怠け者で、贅沢の限りを尽くして酒池肉林の日々を過ごす間、苦境を糧に爪を研いでいた人類が強力な勇者パーティーを誕生させ、それからは失敗のない魔王退治の英雄譚が延々と続くというわけだ。


 これまた、手加減してたら危ない敵が出てきちゃったな。後ろにも前にも……。


 よし、こうなったらロクリアたちも置き去りにするか。なあに、迫りくるモンスターに関しては、例の透明な化け物が倒してくれるだろうし問題ない。


 というわけで俺は自身に風魔法を使い、さらにスピードアップしてみせた。転送魔法を使う手もあるが、異界フィールドでは常闇のせいで短距離しか飛べない上、ほんの僅かだがロスもあるので距離があればあるほど走ったほうが速くなるんだ。


 もうロクリアたちの姿が見えなくなっているのはもちろん、気配さえも小さく感じられる。異界フィールドは窮屈な印象とは裏腹に滅茶苦茶広いから、俺が目的地へ辿り着いたあとで、追尾してくるやつを含めて彼らが追い付くにはかなりの時間を要するだろう。その間に決着をつけるつもりだ。


 さあ、いよいよ負の気配が近付いてきた。もうすぐやつらと会える。どんな化け物なのか楽しみだが、手加減なしで挑む以上すぐ終わらせてやる……。


『――ようこそ、賢者オルド』


『……お、お前は……』


 魔王軍の先頭に立つ、ローブ姿の骸骨の圧倒的な存在感に俺は驚いていた。確か、こいつは……そうだ、魔王の補佐を担当している大臣だったか。


 既に魔王の姿も気配も見当たらないこと以上に、かつてない存在感がこの骸骨を否が応でも魔族どものトップだと認識せざるえを得ない、そんな状況だった。


『それがしは死霊王ジルベルト。魔王様は留守中ゆえ、この身を賭けて貴殿の相手をいたす……』


「留守中、か。なるほど、やっぱりクーデターによる政権交代だったか。魔王の次は死霊王だというなら尚更見逃せないな」


『カッカッカ……これはこれは、賢者様もお人が悪い。どちらの場合でも初めから見逃す術はないのでは……?』


 ジルベルトと名乗った骸骨が嗤う姿には、絶対的な自信に覆い隠された知性が垣間見える。人懐っこい口調で攻撃意欲に対する壁を作ろうとしているのがわかるんだ。あの壁の後ろ側にあるもの……すなわち目的は時間稼ぎだろう。


「あいにく、今はお喋りをしている状況じゃないんでな。とっとと始めるとしようか?」


『カカカッ……余程急がねばならん事情がおありのようで……?』


「……」


 ジルベルト……本当にやりにくいやつだ。攻撃し辛い空気を嫌というほど発しているからだ。それまでは大臣とはいえ小物感しかなかったのは、味方をも油断させるための布石だったんだろうか。


『さあ、偉大なる賢者よ、いつでもかかってくるとよいですぞ? ただし……あまり急がれると隙が生じる可能性もあるゆえ、どうかくれぐれも気をつけてもらいたいものですな……?』


「忠告、ありがたい。参考にさせてもらうよ」


 皮肉を交えた骸骨大臣の話術には正直苛ついたが、すぐ【逆転】スキルですっきりしてやった。感情的になって相手の言葉に反発するとお喋りが長引いてしまうからな……。

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