48.胸騒ぎ


「――ドワックション!」


 狭間地帯はもう目と鼻の先というところで、またしてもジャンボすぎるくしゃみが出てしまった。


「オ、オルドよ、大丈夫か?」


「大丈夫ですか? オルド様」


「……」


 まずい。今の俺はフェリルとクオンに嫌われている設定なのに。


 やはり、ロクリアたちが怪訝そうな視線を向けてくるのがわかる。というわけで、俺はなんとかするように二人に向かって意味深に目配せしたあと、顔を綻ばせた。


「んん? フェリル、クオン、俺の心配をしてくれるのか? じゃあ、やっと俺を許す気になったんだな!?」


「そ、そりゃそうである。お前などに風邪をうつされては困るのだから」


「ウミュ……コホン、そうです。大迷惑なのです……」


「ち、畜生……」


 俺は悔しそうにうつくむと同時に視線を【逆転】させ、少し上向かせることにより、やつらが一様に心地よさそうな表情になったのを確認する。


 エスティルとマゼッタがああいう表情なのはむかつくが、アレクの顔は腫れ上がってるしロクリアの右目には殴られた痕跡が見えるもんだからこっちが噴き出しそうになった。


「……」


 なんだ? 俺はふと、を覚えた。


 この気配はなんだ……例の尾行してくるやつは多分関係ない。もっと遠くから来る、不吉な予感めいたものだ。


「……聞こえるか? フェリル、クオン」


 とても小さな声だが、フェリルたちには充分届くはず。俺は状況にも合うということで頭を抱える仕草をしつつ耳を塞ぐと、【逆転】スキルで耳がよりよく聞こえるようにした。


「聞こえるぞ、オルドはどうであるか?」


「聞こえますか」


「あぁ、はっきり聞こえる……」


 さすがはフェリルとクオン。察して小声で喋ってくれてるのがわかる。ロクリアたちの俺に対する陰口よりも若干聞こえにくいが、理解するには充分だった。


「何か胸騒ぎがするんだが、どう思う?」


「ちょうどクオンがそれらしきことを言っていた。異臭めいたものが遠くから、それも被追放者の村のほうからすると」


「何……? それは本当か? クオン」


「はいです。多分、オルド様の胸騒ぎは的中していると思われます」


「やっぱりか……。ライレルがいるとはいっても村のことが心配になってくるな。とはいえ狭間は目の前にあるわけで今更戻るわけにもいかない。ここで少しでも怪しまれると作戦の地盤が崩れてしまう。少し急ぐか」


「グルルゥ、我も同じ考えだ」


「ウミュゥ、クオンもです。このつんとした臭いは不幸の臭いだと思います。だから急いだほうがいいかと」


「ああ……」


 不幸の臭い、か……。かつては幸せの匂いがした集落なのに皮肉なものだな。


 とにかく今はライレルたちのことを信じて先に進むしかあるまい。ん、エスティルとマゼッタが近付いてくるのが気配で読み取れる。


「オルドどの、人生別れもあれば出会いもある。そう落ち込まなくても……ププッ……し、失礼、つい思い出し笑いを……」


「プハッ……あ、失礼しましたぁ。落ち込んでばかりいても仕方ないですし先を急ぐべきではぁ……?」


「ククッ……バブッ……」


「ウプッ……あ、あひあひっ……」


「……」


 そういや俺、頭を抱えてるんだったな。エスティルを筆頭に随分と嬉しそうだが、小馬鹿にされるまで自分がどういう状況を演じているのかすら忘れていた。


「フェリルとクオンもこの流れに乗ってくれ」


「了解であるぞ」


「はいです」


「まったく……情けない男である。こんなに器が小さいとは思わなかった」


「クオンもです。本当に失望しました……」


「まーまー、フェリルどのもクオンどのも、あんまり言うとオルドどのが無様……あ、いや可哀想だ……」


「ですぅ……」


「バブバブッ」


「そうよ……コホンッ、あへえ……」


「……」


 バレバレなんだよカスども。ま、折角だから俺も便乗してやるか。


「クソッ……どいつもこいつも……なんで俺はモテねえんだ……」


 俺の捨て台詞で、みんな可笑しそうに口を押さえるのがわかった。また持ち上げられて落とされる感覚を味わいたいみたいだから、たっぷりと堪能してもらうことにしよう……。

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