36.不可視


『『『『『ピギャーッ!』』』』』


 バルドリア地方へ向かって北上する途中、俺たちはワイバーンの群れに遭遇した。そのうちの何匹かは腹部が異様に膨れていて、色々察するとともに怒りが込み上げてくる。


「……だ……」


 激昂するあまり本気を出しかけたが、我慢して半分の魔力で挑むこととする。


 ただ威力を小さくすればいいってもんじゃなく、面倒なことに魔法の立ち上がりの速さや連射能力も負の方向に修正しないといけない。魔法力の高さとはそういうものだからだ。少し削れるだけでもクオリティはかなり違う。


 本来ならば命中率もやや落ちるんだが、そこはほかの要素と違ってまぐれもあるのでごまかせるはず。精々十匹程度で、それも塊になってるからな。


 というわけで、俺の放った魔法の岩石がことごとくやつらの土手っ腹にヒットし、まもなくこちらへ目がけて急降下してきた。


「よし、ここは自分らにお任せを!」


「わたくしたちの番ですぅ!」


 戦士エスティルと魔術師マゼッタがやる気満々のご様子。


 ま、こいつらでも充分倒せるだろう。膂力が増幅するスキル【鬼憑き】を伴った、エスティル自慢の大剣による一点突破のスピードと破壊力、それにマゼッタの魔法力をいつでも物理攻撃力に変換できる【変色】を使った近距離にも遠距離にも強い抜群のバランス感覚を以てすれば、ワイバーン程度なら敵ではない。


 しかし意地悪な俺はいいことを思いついていた。


「なっ……?」


「うぅっ……?」


 今まさにワイバーンを迎え撃とうとしているエスティルとマゼッタの視力を【逆転】して盲目にしてやると、俺の魔法の中でも高位な重力魔法でワイバーンどもの体を軽くし、風刃を生じさせる風魔法でバラバラに切り裂きつつ遠くまで飛ばしてやった。仕上げにエスティルとマゼッタの視力を戻す。ここまで僅か一秒ほどだ。


「――……あ、あれ……?」


「ど、どうしてか目が見えなくなってたですぅ……」


「ああ。風が吹いて土埃が舞い上がったからだろう」


 それほど酷くないとはいえ、実際に目がチカチカする程度には舞ってるからアリバイは完璧だ。


「ククッ……オルドよ、考えたな」


「面白かったです」


「ん? フェリル、クオン。何言ってるんだ、俺はなーんにもしてないぞ?」


 俺は二人に目配せしつつ小さく笑う。


「オ、オルドどの、ワイバーンはどこへ……?」


「どこへ行ったのですぅ……?」


「それが、急に旋回して逃げていった。多分土埃が上がったせいなんだろうが、エスティルとマゼッタの迫力に押されたからかもな」


「「……」」


「「ププッ……」」


 エスティルとマゼッタが口をあんぐりと開けて間抜けな顔になる中、フェリルとクオンが口を押さえて笑っていた。


 おいおい、俺まで釣られて笑うところだったぞ。そうなったらさすがに何か細工したんだと疑われるかもだろ。まあどう探られようと何も出てくることはないんだが……。


「マ、マーマァ……」


「まぁ……アレク様ったら、ワイバーンが怖くてしちゃったのね……はーい、お尻叩きぃっ!」


「バ……バブッ!?」


「……」


 顔の次は尻へのビンタ攻勢で二倍の大きさにされてしまうのか。アレクも災難だな。眺めてる分には面白いが……。


「……」


 ん、今何か後方で妙な気配がしたような……。視線を逆にしても誰の姿も見られないが、確かに気配を感じた。フェリルとクオンも察知したのか目つきを鋭くしながら俺に近付いてくる。


「オルドよ、多分につけられている。ほんの僅かだが匂いがした」


「オルド様、後ろのほうから微かに不幸の臭いがします」


「あぁ、やっぱりか。俺もギリギリのところで気付いたよ。てか、もし本来の魔法力が戻ってなくてフェリルたちもいなかったらやばかったな……」


「グルルルァ……おそらく、これはかなりの強敵だぞ……」


「ウミュァアッ、クオンもそう思います。怖いくらいです……」


「……」


 二人とも本来の姿だったら毛を逆立ててそうだな。


 推測だが、例の気配の持ち主はフェンリルと同等の力があるように思う。断片的であろうと気配の質が明らかに普通とは違うのだ。しかも見晴らしのいい中で姿自体が見えない上、存在感もほぼ消え失せている状態だった。まさか、体が透明になってるのか? 一体どうなってるんだか……。


 とはいえ、敵対するような気配……すなわち殺気はまったく感じないし、魔法力をセーブしている状況でもあるし下手に手は出さないほうがいいのかもしれない。これは勘だが、も感じる。迂闊に触ってはいけない空気感のようなものがあるんだ。


 気にはなるが、しばらくは様子見だな……。

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