第47話 カーマと少年

46話を少し改稿しております。

よろしければそちらもお読みください。











「カーマさん!その話を詳しく聞きたい!!エルドと出会ったときの話とついでにコイツがここまで強くなれた話を。」


「カーマ姉ちゃ、ウチも聞きたい!!」



 カーマの講義が終わった途端にヴァーチとミロチがテーブルから身を乗り出してきた。

 ヴァーチとミロチはカーマの話について行けず、話し始めの頃に離脱していのだ。ヴァーチは窓から外の景色を「良い天気だ」と呟きながら見続け、ミロチはヴァーチと違い最初こそ興味津々で話を聞いていたのだが、ちんぷんかんぷんだったのか、外をぼんやりと眺めていた。


 それがカーマの最後のセリフを聞いた途端に現実に戻ってきたのだ。

 気になっていたこの師弟の話を師自ら振ってきたのだから。


 カーマは目を光らせる親子に辟易しながら、どうしたものかと思案した。この親子がこのまま弟子の仲間になるのなら、話しても問題は無い。しかし、今は仮の状況だ。

 迷ったカーマはエルドに丸投げすることにした。



「お前ら、エルドには聞いてみたのか?」


「いや、それが・・・。」


「まだ・・・。」



次第に尻すぼみになる声にため息を吐いてエルドに視線を送ると、何か?と言わんばかりに見返してくる。それでもカーマはお前が言えと視線を強くすると、エルドは渋々、親子に問いかけた。



「聞いても楽しい話じゃないと思うのですが?」


「聞きたいんだよ!」

「うん!聞きたい!」

「わーも聞きたいぞ!」



 いつもの場所で寝そべっていたサイファも片眼を開け、様子を窺っている。自分の相棒の話だけに興味を惹かれているようだ。



「皆さん、どれだけ興味津々なのですか・・・。」



 はぁ~と深く息を吐くと仕方ないとばかりにエルドが口を開こうとするが、そう言えばと思い返してカーマに尋ねた。



「そう言えば、師匠が私を拾った理由って教えてくれましたか?」


「ん?言ったことなかったか?」


「ないですね。と言うわけで、私も聞きたいのでお願いします。」


「まぁ、いい機会か・・・。分かった。とりあえず、飲み物の用意をしといてくれ。長くなるかもしれないからな。」



 頭を掻きながら、至極面倒くさそうに了承したカーマを笑いながらエルドは台所に向かった。ヴァーチとミロチとルビーリアも今か今かと待ちきれないようにソワソワしていた。


 台所から人数分の飲み物を準備して、エルドが戻ってくると、カーマは自分の愛用のグラスを持ってソファの側にある小さいテーブルに置いた。

 そして、ソファに深く腰掛け、外を見ながらポツポツと語り始めた。







―カーマ視点―



 この森に移り住んでどれ位経った頃だったろうか。仲間達に魔導具として作って貰った家を携えて、誰も近寄らないこの“不帰の森”で一人生きることを決めてから。


 森の半ばにある今の家がある場所を切り開いたり、魔物共の勢力圏を切り崩したり、この森の主がいる一際高い山でお話し合いをしたりと、最初の頃は忙しなく動いていた。


 そうして、漸く落ち着き、ここでの生活に慣れ、幾年月が過ぎ去った頃。

 私はいつも同じ夢を見るようになった。


 水の中に沈んでいく少年とその少年を助けてほしいと求める少女の声。


 毎回同じ光景、同じ事を言われるせいで何かの呪いにでも掛けられたのか、それとも変なものにでも取り憑かれたのかと思い込む程だ。だが、呪いを掛けられようとも私の耐性を突破して呪いを掛けられる奴がいるとは思えないし、取り憑かれているにしてもその予兆は感じ取れる。

その夢が私に害を及ぼすものではないと判断して、いつか見なくなるだろうと開き直ることにした。

そして、そんな夢を見続けて幾日か過ぎた頃、私は眠りにつくと同じような光景を目にした。またいつもの夢と声が聞こえてくるのかと思ったけど、そうじゃなかった。



『お願い!彼を助けて上げて!!もう時間がないの!!』



 いつもの声よりも懇願する声に私は反応してしまった。情にほだされたのか、それとも毎回見ていた夢が終わると期待したのか―その時の私はいつもの私とは違っていたのは今、思い起こしても間違いない。

 私はベッドから身を起き上がらせ、何処に向けるでも無く応えた。


「お前が助けて欲しいのは夢に出てくるガキだな?どこにいる?」


『ありがとう!外を見て!そうすれば分かるわ!あの子のことをお願い。』


「分かった。助けるだけだからな。」



 私に感謝する声が何処から届いていたのか、今となっても分からない。ただ、私に向けられた声の持ち主が私を選んだことだけは分かった。そうとしか言えなかった。


 私はベッドから飛び起き、腕輪を確認して、さっと服を着て外に出た。




 夜の森に青く輝く柱が見えた。




 玄関から出た私を出迎えた見たこともないその柱に釘付けになった。幾多の戦場と数多の絶景を見てきた私にも初めて見る光景だった。

 夜空から何かを守るように光が降り注いでいる。



「呆けてる場合じゃねぇな。結構な距離がある。急がねぇとな!」



 どれくらい呆けていたのか分からないが、助けると言ったからには間に合わせないとな。一度交わした約束を破るわけにはいかないのだから。


 私は愛用の大剣を虚空から抜き、黒くなった木々の上を駆け始めた。

 暗い中でも私の目にハッキリと映っている目印、優しく光る青い柱へと急いだ。助けねばという気持ちと夢に出て来た少年がどの様な人物かに興味を持ったのはその時が初めてだった。


 だが、光の柱が徐々に細くなっていく。舌打ちし焦った私は速度を更に上げた。目印が消えれば、探すのにも苦労する。大凡の位置が分かっていたとしても、ここは不帰の森だ。何事も起こらないとは考えにくいし、ましてや、件の少年がじっとその場を動かないとは限らない。


 もう1分も掛からない所まで近付いたときに光の柱は完璧にその姿を消した。私は直ぐに己の魔素を辺りに撒き散らし、辺りを威嚇しながら突き進む。

だが、これは諸刃の刃だ。メリットは魔物が私の威嚇に恐れなして、その場から逃げ出すこと。デメリットは己の領域を侵す脅威に対して、激怒し誰彼構わず襲いかかるかもしれないということ。


 ここの魔物達は気配に敏感だ。魔物達も日々の生存競争を生き抜くのに必死だからだ。いち早く感じ取れない鈍感な感覚では強者の餌になり得るし、例え強者であろうとも不意を突かれ弱者の餌となる。

 だが、問題はここが“深部”だということだ。



「GAAAAAA!!!」



 噴き出した怒りをそのまま声に出した咆哮が聞こえてきた。

 ちっ、やっぱりいたか。いつもなら大した相手じゃなくても今回は助けなければいけない少年がいる。こっちに意識を向けて、注意を逸らせないと。


 私は威嚇のために出していた粒子を咆哮が聞こえてきた方向に飛ばした。相手も私を威嚇するためか木々が薙ぎ倒して向かって来ているようだ。

 目論見通りに事が運んでいく。とりあえずの脅威を排除すれば、落ち着いて探せるはずだ。幸いにして、倒された木々は柱の中心から外れている。私はそちらに向かって走り出した。


 だが、木々の破壊が不意に止まった。

 おいおい、まさかとは思うが。私の予感は的中した。



「だ、だ、だれかー!!うわぁぁあああー!!」


「GAAAAA!!」



 勘弁してほしい。助けようと思った相手がこちらの意図を察していないことにすこし苛立ちはしたが、逆に好都合だと思うことにした。例え、深部の魔物だろうが私には雑魚と変わりない。少年が傷を負わないようにすればいいだけだ。


 少年が逃げ回っているのだろう。倒される木々の向きが変わっていた。私も薙ぎ倒されていく木々の先端に向かった。



「こっちに、こっちに来るなー!!」



 少年まであと少しだ。さっきより大きな声が聞こえてきたのがその証拠だ。折れた木で出来た道の先端に降り立った私が見たのは少年と1匹の魔獣が相対しているところだった。


 相対していると言っても少年は木の根元でもたれかかり、魔獣は立ち上がり、少年を威嚇していた。

見たところ少年にケガは無いようだ。後は魔獣を始末するだけだ。ただ、倒す方向に気を付けないといけないな。 なにせ、その魔獣は私の身長の3倍程もある熊なのだから。


 始末した後の熊の下敷きにならないように方向を考えていたら、熊が先手を打った。少年にジリジリと近寄り右足から鋭い爪を出した。


 私は鼻で息を出して、とりあえず、蹴飛ばすことに決めた。少年の目の前から引き剥がせば、後はどうにでもなる。そして、あの熊の肉はそれなりに美味かったはずだ。一仕事を終えた後のご馳走に変わる毛むくじゃらの塊に対して行動を起こそうとしたが、私は踏み出すことを躊躇った。



「こっちに来るな!!ここから離れろっ!!」



 少年が右手を熊に向けて遠ざけようと叫んだ。熊から見ても、私から見てもただの小枝にしか見えない右手を、何も込められていない右手を目を血走らせている熊に向けても何の妨害にもならないはずなのに、私はその場から踏み出せずに居た。


 何だ?何があるのか?いや、何も感じない細い腕だ。体格差が全てではないとは言え、逃げ回っていたことからもあの少年がここから逆転出来るわけもない。

 さっさと助けてしまおうと先程の戸惑いを無視して、私はその場から一歩踏み出した。



「GAAAA!!!」



 牙を剥き出し、上下の牙の間を唾で繋げて熊は右足を振り上げた。



「ここから消えろーー!!」



 少年は目一杯、クマに向けて右手を押し出したが、その行為に意味はない。ただの枝で止まるほどその熊は優しくないし、ここにそんな生き物はいない。

 だが、私が助ける必要はなかった。いや、助ける必要がなくなった。


 少年が出した右手から白く光る円が浮かんだ。

 少年の手のひらより少し大きなその円から空へと一条の光が走った。


 私は同じ日に2度も呆気に取られた。

あれは私以外に誰も使えなかったはずだ―まぁ、教えたこともないが。だが、目の前の腰巻しかしていない少年は打ち放った。あの声の奴・・・、どこに助ける必要があるんだよ。


 頭部を失った物体は血を噴き上げながら後ろへと倒れた。私は肩で愛剣をトントンと打ちながら少年へと近寄った。

 呼吸は荒く、少し顔色が悪い。おそらく慣れない魔素の使い方をしたか、切れたかのどちらかだろう。

 私は腕輪を付けた腕を虚空へと伸ばして、緑色の魔法薬が入った瓶を取り出し、蓋を開けてしゃがんで少年の口元へと近づけた。



「ほら、口を開けろ。飲むんだ。」


「はぁ、はぁ、はぁ。」



 少年はこちらの言葉に反応を返さず、荒い呼吸を繰り返すばかりだ。私は仕方がないので、少年の体を膝の上に乗せ、顎を持ち上げて、瓶を口にねじ込んだ。


 ねじ込まれた液体を少年はごくごくと嚥下した。次第に呼吸は落ち着き始め、顔色も赤みを帯びてきた。

よし、とりあえずはこれで大丈夫だな。後は熊の亡骸を収納して家へと帰れば終わりだ。


 さっきの熊が木々を薙ぎ倒して出来た空から優しい月の光が降り注いだ。私はその少年の顔をじっくりと見た。月明かりに照らされているからか毛先が薄く青に輝いており、睫毛は少し長めで白く見えた。耳の上部が少し尖り、斜め上に向いていた。顔のバランスは均整が取れているで、目を閉じた状態からでも分かった。


 ただ寝覚めが悪い夢が終わると思って助けたが、案外拾い物だったかもしれない。目覚めてから詳しく話を聞いてから、これからのことを決めればいい。先の私に決断を丸投げして、熊と愛剣を収納し、気持ちよさそうに眠っている少年を抱え上げて家へと急いだ。


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師匠の訓練は理不尽ですか?いいえ、魔改造です RAIMARU @raimaru0607

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