第41話 手合わせと興奮と不甲斐なさと





「お前な、もう少し頭を使え、頭を。せめてフェイントぐらい入れろ。」


「おらぁ!!」


「攻撃するときに声なんて出すんじゃねえ。アホかお前。格好つけるのはまだ早えよ。」



 ドンという蹴りを腹に喰らい、地面を何度も跳ねていくヴァーチに大剣を肩でトントンと叩いている姐さんことカーマは無表情だった。



「ゲホっゲホっ・・・。もう1回っ!!」


「まぁ、気の済むまで来いよ。せめて武器で防げることぐらいさせてみな。」



 ヴァーチはカーマ相手に考えなしに突っ込んでいる訳ではない。動きで翻弄し、フェイントも入れている。

 しかし、カーマにはそれら全てが何の変哲も無い攻撃にしか見えなかった。



「だから、考えろって何度も言ってんだろうが。その立派な角はただの飾りか?」



 言われるまでも無くヴァーチは必死に考えていた。攻撃を入れるまでの筋道を、斬撃の変化を、全力での一撃を。今の自分に出来ることは全て試みてもカーマには一切通じなかった。

最初から『強角』を使っているにも関わらずだ。


(既に頭を使ってやってんだよ!!こっちは!!)


 そして、ヴァーチに取っては苦肉の策である『角撃剣断』を使おうと試みた。



「我が腕は鋒

 我が胴は刃

 我が脚は柄

 我、全て突き刺す角なり

 我、全て断つ剣なり」



 ヴァーチは全力で動き回りながら詠唱を口にする。それを聴いたカーマは片眼を吊り上げヴァーチを睨んだ。



「半人前にもなってない奴が詠唱スキルなんて使うんじゃねえ!」



 ヴァーチに昨日の比ではない圧迫感が襲う。金縛りになったように身体が動かず、スキルを発動できず、呼吸をすることすら億劫になる。あまりの苦しさに膝立ちになり、両手で胸を押さえている。

 カーマは動きを止めたヴァーチに一歩一歩近付いていく。



「動きは鈍い、攻撃は雑、終いには詠唱スキルだと?お前、舐めてんのか?詠唱スキルってのはな、攻撃と平行して行うのが基本中の基本なんだよ。それを逃げ回ってやりやがって、テメエは一からその頭の中身を変えなきゃならねぇようだな!」


 ヴァーチはどうにか顔をカーマに向けるが、カーマの背中から発せられている尋常ではないオーラが肉食獣の憤怒の顔に見えた。



「余計なモンばっかり詰まったその頭、空っぽにしてやるよ。歯ぁ食いしばれっ!!」



 心臓を鷲掴みにされているような苦しみを味わっているヴァーチに歯を食いしばれる余裕など無い。振り下ろされるカーマの拳が破城槌を凌ぐ大きさに見えたヴァーチは躊躇うこと無く死を覚悟した。


 頭を殴って出る音ではい音が響き渡ると同時にヴァーチの頭は地面にめり込んでいた。めり込んだ以外に大地に傷はなかった。





「ミロチさん、あっちに気をやってはいけませんよ?ヴァーチさんは大丈夫。死んでいませんから。あぁ見えて師匠は絶妙な手加減が出来ますから。じゃないと、私は何度も死んでいますよ。」



 エルドからそう言われても、頭が地面に埋められている父にミロチは心配せずにはいられない。何せ、痙攣もしているのだから。

 カーマは地面に埋まっているヴァーチの服を掴んで、引き抜いてポイッと投げ捨てた。しかし、頭部に受けた衝撃かそれともカーマの『威圧』によるものか、ヴァーチは白目を剥いたまま気が付くことは無かった。

 そんな大男の腹を足で押さえつけて目覚めさせたカーマは「さっさと起きて、かかってこい」と無慈悲な宣告をしていた。



「ほら、生きているでしょう?ミロチさんは素振りを頑張りましょう。」


「う、うん。でも、エルド兄ちゃ・・・。これ、すっごい重い。」



 ミロチが使っているのはエルドがカーマから最初に渡された素振り用の長剣だった。見た目は真っ黒で刃も装飾もない剣の形をしただけの金属だ。



「本当に重いですよね、それ。私も最初は苦労しましたよ。たしか・・・、黒重鉄とか言うもので作られているらしいですよ?まずはそれを両手で扱えるようになりましょう!」


「わ、分かった。」



 ミロチは気合いを入れ、長剣を何度も振り下ろす。しかし、その剣線は真っ直ぐとはいかず、ゆらゆらと波打つようになっている。エルドは必死に長剣を振るうミロチを微笑んで見守っていた。



「出来るだけ真っ直ぐに振り下ろして下さい。ゆっくりでも構いません。それだけに集中して下さい。」


 コクリと無言で頷いたミロチの顔には玉のような汗が浮かんでいる。何度も長剣を落としながらも出来るだけ真っ直ぐに素振りをしていた。


 そんな訓練が午前中ずっと繰り返され、カーマの「飯にするか」の声と同時に親子は気を失うようにその場で倒れた。

 カーマはサイファに倒れたヴァーチを連れてくるように言い、エルドはミロチを抱え上げて家の中に入っていった。



「おい、起きろ。おっさん。」


 サイファが前足でヴァーチの頭をてしてしと叩いて起こそうとするが、起きる気配はまるでない。それよりも「俺は五流、俺は五流」とブツブツと呟いているヴァーチにため息を吐き、尾で包んで持ち上げて家の中へと入っていった。



 昼食後、どうにか復活したヴァーチと疲労困憊のミロチが仲良く体育座りをしている。カーマから模擬戦を見学するときはその格好で座れと言われたからだ。



「よーし、ちゃんと座ってるな。じゃあ、おっさんと小娘はそこで見学してろ。」



 親子はこくりと頷いて、じっとしている。それを満足げに見たカーマは真正面に立っているエルドと向かい合った。



「じゃあ、鈍ってないか見てやるよ。」


「鈍ってはいませんよ。ただ、見学者がいるのでどの程度でやるのですか?」


「そうだな。まぁ、じゃれ合い程度で良いんじゃないか?見れないんじゃ、意味ないしな。」


「分かりました。では、行きますよ。」


 エルドはスティングレイを抜いて上段と中段に構え、鋒をカーマに向けた。カーマは大剣を抜き、肩にトントンと当てている。


「かかってこい。」



 エルドは構えたまま、足を肩幅まで広げ、足場を固める。カーマはニヤついたまま構えすらしない。固めた足場を発射台にしてエルドが翔ける。


 カーマは横にずれ、大剣を振り下ろす。エルドは振り下ろしに反応して武器をクロスさせて防いだ。

 大剣とスティングレイが激しく打ち合う音は聞こえず、代わりに聞こえてきたのはドンという衝撃音だ。エルドを中心に半径1mの地面が陥没した。



「まぁ、鈍ってはいないみたいだな。せめてアイツらには見えるぐらいにしねぇ意味がねぇと思うぞ?」



 たったの1合、打ち合っただけだったが親子は目を見開いてポカーンと口を開けていた。



「あれ?そんなに速かったですか?」


「まぁ、そう速くはないがな。じゃれ合いにしたら速いとは思うぞ?」


「そうですか・・・。それでは“お遊び”で丁度良いのでしょうか?」


「そうだなぁ。反応見る限りじゃそれぐらいに抑えるか。」


「そうしますか。では、行きます。」



 カーマとエルドがその場で打ち合う。けたたましい金属音が打ち合いの激しさを示している。師匠と弟子が命の削り合いをして鍛錬している。息をも吐かせない、そんな隙間すらない、激しい攻防に何かを掴もうと眼を皿にして見つめていた。


 だが、そんな攻防をしている2人は暢気なものだった。2人にはハエが止まるような速さで寸止めする必要すらもない児戯だ。



「エルド、今日の晩飯は何が出るんだ?」


「そうですね。猪の煮付けとキノコのスープと後は野菜と買ってきたパンを適当にって感じですけど?」


「良いねぇ!!酒の肴にもなりそうだ!今日の晩飯は楽しみだな~。」


「でも、師匠。サイファが猪全部、食べきってしまうかもしれませんよ?」


「アイツがどんなに肉を好きだろうが、全部は食べさせん!」



 と、今日の夕食の献立の話をしていた。話が終わると、互いに距離を取った。カーマが大剣を下げるとエルドもそれに倣う。そして、カーマは親子の方に向いた。



「お前ら、今の打ち合いがどんな風に見えた?」



 カーマの問いかけにミロチが震える腕を上げた。カーマはそれを顎でしゃくって答えるように促すと、ミロチは立ち上がった。



「すごかった!激しい打ち合いだった!ウチも出来るようになりたい!」


「そうか。他には何かあるか?」


「んと、後は2人とも何のスキルも使っていなかった!スキルを使えばもっとすごいことになりそう!あとは!あとは!」


「分かった。んで、横に座っている父親はどうなんだ?」


「斬撃の鋭さ、フェイントの掛け合い、先読み、全てにおいて格が違うと思い知りやした。」



 ヴァーチは娘と違って立ち上がることが出来なかった。打ちのめされていたのだ。余りにもある自分との実力差に。エルドに足手まといと言われたことが間違いではなかったと、少しは足手まといではないはずと思っていた自分の実力のなさに。



「じゃあ、お前らも明日から特訓だ。まずは走り込みから始めな。ちゃんと走れるようになってから、次だ。」


「分かった!」

「へい・・・。」



 快活に答える娘と現実を知った父。対照的な2人をカーマは家に戻って休むように言い、その場から去らせた。家に入っていくのを確認すると弟子に向き直った。



「じゃあ、続きでもするか?その形態の武器にも慣れてきたようだしな。」


「そうですね。まぁ、手こずる相手はいませんでしたが、訓練にはなりました。ですが、続きよりも師匠の『魔紋』をもう1度、拝見したいです。少しずつゆっくりと発動しているところを。」


「ほぉ~ん。ゆっくりとねぇ・・・。良いぜ?何が見たいのか知らねえがやってやるよ。」



 火の粉と見間違う小さな赤い粒子がカーマの周りを舞う。

 舞う火の粉がカーマに張り付いていく。

腕、脚、胴、頭と。

 幾何学な線が身体の表面に赤く光る。

その上を見たこともない記号がゆっくりと明滅しながら回っていく。



「ゆっくりとやってやったぞ?何か分かったか?」


 エルドは頷くと、確信を持ってカーマに伝える。


「はい、師匠のようなやり方では上手くいかないことが。私には私に合ったやり方があると漸く理解しました。」


「そうか。じゃあ、楽しみに待ってるぞ?」


「絶対に『創武』まで教えて貰いますからね!!」


「『魔紋』を使い熟してからの話だな、それは。」



 『魔紋』を解いて、エルドの頭をガシガシと撫で回して、家の方へと戻っていった。弟子の意気込みと確実な成長に頬が緩む。カーマのそんな気持ちを知らず、エルドはボサボサになった髪を直して、カーマの後ろを追いかけた。



 その日の夜。

 夕食を終えたカーマが珍しく外に出て晩酌をしている。

 軒先にあるテーブルにお気に入りの酒、エルドの手作りのつまみ。

雲一つ無い夜空に浮かぶ、大小3つの月。

 風で揺れる木々とエルドが片付けている音が聞こえる。


(ようやく気が付いたか・・・。本当に不器用だな、アイツは。それでも、気が付いた。今日はそれで満足だな。『創武』までの道程はまだまだなんだがなぁ。)


 グラスに入った氷が耳に響く音を残す。

 一口飲んで、ゆっくりと息を吐く。


染み渡る余韻を味わいながら、カーマは感慨に耽っていた。だが、玄関が開かれる無粋な音でそんな時間が唐突に終わってしまう。

 そこから現れたのはヴァーチだ。神妙な面持ちでカーマに近付いていく。

 カーマは浸っている時間を邪魔されたせいか眉間に皺が寄るが、その表情を見て、仕方が無いと諦めた。



「何か用か?楽しい時間を味わってんだが?」



 邪魔した代わりに少しぐらい嫌味を言ってもいいだろうと、不機嫌を装ってカーマが先に話しかけた。

 ヴァーチは嫌味に反応すら見せず、カーマに元に近付いていた。



「姐さん、俺はあいつみたいに、エルドみたいに強くなれやすか?」



 カーマはヴァーチの言葉を鼻で笑った。



「お前が強くなれるかどうかなんて俺は知らん。ただ、どうしても成し遂げたいことがあるなら、死に物狂いでついてくるんだな。そうすりゃ、結果は付いてくる。」


「だけど、強くなれる気がしねえ。俺には、俺には・・・。」


 食いしばってどうにか言葉を出したヴァーチをカーマは一蹴した。


「なんだ?現実を見て折れたか?それで優しい言葉でも欲しいのか?甘えんなよ。お前は何しにここに来たんだ?」


「そ、それは・・・。だけど、俺には才能なんて欠片もねぇ・・・。」


「バカか、テメェは?才能?そんなもんがあったらアイツはとっくに俺を超えてる。」


「しかし!」


「うるせぇ男だな。才能が欲しいんなら、才能が与えられるまで生まれ変われ。それと帰りたかったらいつでも言いな。お前らにこの森から出る程の力は無いだろ。サイファにでも送らせてやるから、安心しな。」



 カーマはそう言うなり、グラスだけ持って家に戻った。

 大男は拳を握り、震えていた。


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