仲間と師匠と魔改造と・・・編
第40話 師匠と歓迎と親子と
エルド達は2週間程かけて“不帰の森”の中にある自宅へと帰ってきた。久しぶりの帰宅に心なしか弾んでいるように見えるエルドといつも通りのサイファだが、後ろから付いてきている父娘はボロボロだった。
そして、森の中に開かれた場所にあるしっかりした山小屋がそれから降り注ぐ陽光に照らされている。入口手前にある階段を上りエルドは扉を開いた。
「ただいま、戻りました。師匠・・・。」
「あぁ、おかえり。それにしても遅かったな。何か面倒事でもあったのか?」
「まぁ、それなりに・・・。ですが、この散らかりようは何ですか!!」
「そんなにいきり立つなよ。いつものことだろう?」
ソファの上に寝そべって寛いでいる家の主は散らかっている様子を気にもせず、片手を上げて弟子の帰宅を気軽に迎えたが、その弟子は散乱している皿や空き瓶、食べかすを見て絶望をしている。
「あぁ、また片付けから始めないと何故にいつも散らかすのか、問い質したい・・・。」
床に膝を突き、両手で身体を支えているエルドに対して薄ら笑いを浮かべているカーマは扉の向こうに目をやると入ってこないサイファが居るかと思いきや、見慣れない大男と小柄な娘が居た。
「おい、エルド。面倒事っていうのはあいつらか?あのでっかい男と小娘の2人。」
エルドはのそりと立ち上げるとカーマに顔を向けて、頷いて肯定する。
「大きいヒトがヴァーチさんで小さい方が娘のミロチさんです。お二人とも【角族】という種族らしいですよ。私の仲間になりたいと言われたのですが、実力差があるので・・・。仮としました。鍛えるにしてもここが一番良いですし、私もまだまだですから。」
「ほお~ん。仲間にね~・・・。じゃあ、ちょっくら試してやるかね。」
「いや、師匠!まだダメですから!漸く立てるようになったばかりですから!師匠の前には立てませんから!!」
必死で止めるエルドに構わずカーマは階段下に立っている親子を見下ろすようにカーマは欄干に手置いてカーマはその様子を眺めた。
土で薄汚れ、疲労困憊の顔、ちらほらと見える擦り傷、所々破れた服と壊れた防具。
それを見て鼻で笑った彼女はそのまま自分なりの歓迎をするのだった。
「よう、お前ら。初めましてだな。エルドの師匠をしているカーマだ。」
焦点が合っていなかった2人の視線がカーマに向くと丁寧に頭を下げ、簡単に自己紹介を始めた。
「お初にお目に掛かります。大剣士のヴァーチと申します。こちらは娘のミロチ。」
「娘のミロチ、です。双剣使い、です。」
ヴァーチは冒険者をしていたときの杵柄からかスラスラと挨拶をするが、ミロチは初めてなのか緊張なのか少したどたどしかった。
そんな2人の様子を見て、カーマは更に続けた。
「じゃあ、勿体付けるような真似をするのも面倒だ。手っ取り早く行こうか。」
カーマの長い髪が少しだけ浮くと日差しの良い天候のはずなのに周りの空気が一変した。
「うっ」
「うぐっ」
エルドからの訓練の成果か2人は息を飲むが、きちんと立てている。それを見たカーマは興味深そうに笑った。
「エルドに鍛えられたのか?じゃあ、これぐらいは耐えられるか?」
カーマの瞳が光ると、浮き上がる毛量が増えた。空気が更に重くなり、鋭さまで持ち始めたように2人に纏わり付く。
竦んでしまったヴァーチとミロチは大きな手で握りつぶされそうな圧迫感を感じた。頭は“恐い”という感情で一杯になり、脚は震え、奥歯をガチガチと音を立てさせながらもカーマから視線を逸らさなかった。いや、あまりの恐怖に逸らせなかったのかもしれない。
「へぇ。結構頑張るなぁ。じゃあ、模擬戦ぐらいまでのは耐えられるかな?」
カーマの笑みが恐いものへと変わっていくと、2人はエルドから受けた訓練のことを思い出していた。
「いいですか?これから貴方達2人に少しずつ『威圧』を掛けていきます。最初は肌か腕か、身体のどこかがピリピリするような感覚が走ると思います。それを感じたら手を上げて教えて下さい。」
「あいよ。」
「分かった。」
仲間(仮)の返事を聞いて、エルドは一旦、目を閉じて一呼吸する。そして、目を開けるとその瞳はうっすらと青みがかっていた。
目を覚ました林の木陰から何羽もの鳥たちが鳴き声を上げながら飛び立ち、木々の擦れる音が騒音となって辺りに響く。
青くなったエルドの瞳と目が合った瞬間、2人は即座に手を上げた。
「お、おい、エル坊!ピリピリじゃなくて針で突き刺されるように痛えぞ!」
ヴァーチの抗議にミロチは激しく同意しているのか首をブンブンと縦に揺らしている。それを見たエルドは顎に手を当てながら考えた後、眩しい笑顔で『威圧』を強めた。
「じゃあ、もっと強くしていきますね。そのうちに慣れますから。対抗したい場合は気合いでどうにかして下さい。そうですね、私を殺したいと思うぐらい気合いを込めたら何とかなりますよ。あと、これは師匠と対面したときにも言えることですが・・・。」
問答無用の返事と気合いという精神論の答えに親子は顔を青くさせたが、エルドが笑顔から真剣な面持ちになったことで覚悟を迫られた。
「空気に飲まれると死にますよ?決して、冗談ではありません。」
瞳の青さが増していくと細い針から太い針で無数に突き刺されるような痛みに変わり呻き蹲る親子にエルドは『威圧』を解いた。
額から滴り落ちる汗が地面を濡らし、肺が何度も空気を欲しがった。
近付いてくる足音に親子はどうにか顔上げて、あどけない少年の顔に視線をやった。
「これぐらいでそんなに消耗しているようでは本当に死にますよ?いいですか?気合いです。気持ちです。」
「はぁはぁ・・・。だけどよ、仲間に殺気を向けるなんてよ・・・。」
ヴァーチには某かの矜持があるようで、殺気を向けることを拒んだ。エルドはそんなヴァーチの気持ちを察したのか、違う言葉で対抗するように促した。
「それでは自分を昂ぶらせる何かを思って下さい。負けない、屈しない、死ねない、何でも良いです。私の『威圧』を押し返せるようになって下さい。それが出来て初めて出発地点に立てます。」
親子は頷き、膝に手をやり立ち上がった。エルドは立ち上がったのを確認して、最初の位置まで戻ると最終的な目標を言う。
「今のは3割程しか『威圧』していません。師匠の元に帰るまでに5割の『威圧』に慣れ、押し返して下さい。それと森の中へ入っていったら魔物が襲ってくると思いますので、2人にはついでに戦って貰います。」
容赦の無い宣告だった。一割の『威圧』にさえ対抗しきれていない親子に5倍の『威圧』を押し返せという。そして、エルドは更に続けた。
「ちなみに、私の5割の『威圧』は師匠の1割のものと同程度と考えて下さい。では、2人とも行きますよ。」
(エル坊の言葉は嘘じゃ無かった。あの訓練がなけりゃあ、俺達は最初の『威圧』で沈んでる。でも、こんなに恐い思いをするのは何時以来だ。震えが止まらねえよ!)
ヴァーチは震える脚を押さえつけるように膝を握り締めた。ミロチは未だに震え、目には涙が溜まり、いつ気を失ってもおかしくなかった。
ヴァーチは怖がる娘にどうにか言葉を投げかける。
「ミ、ミロチ、恐がっても良い。心配、すんな・・・。父ちゃんもこ、恐えよ。」
恐怖で埋め尽くされているミロチには父親の言葉が届いていないようで、顔をヴァーチに向けることが出来ないでいた。だが、それでもヴァーチはミロチに伝えていく。
「エ、エルドが何て言ってたか、何を教えてくれたか、お、思い出せ!ミロチ!」
ヴァーチの気合いが届いたのか、揺れている顔をどうにか父の方に向けたミロチはほんの少し頷いた。
父は奥歯に力を入れ、娘は震える手を叱咤し拳を作った。
身体は震えたままでも気持ちは折らせない。
本能は恐怖で満たされても心は屈しない。
己に克つ。
そう気持ちを定めた瞬間、身体の震えが少しずつ収まっていく。恐怖に支配されていたはずの本能が戦う意思を持ち始めていく。
「俺は・・・」
「ウチは・・・」
震えていた父と娘は恐怖の権化に向かって睨み、足を一歩前に踏み出し、叫んだ。
「負けねえ!」
「負けない!」
≪恐慌耐性を獲得しました≫
その優しさ溢れる声が聞こえた瞬間、身体の震えは止まり、2人は自分の武器を抜き放った。
カーマはその様子を見て、『威圧』を止め、腹を押さえながら馬鹿笑いをし出した。
「良いねえ、お前ら。家に入る資格があるみたいだな。向こうに風呂があるから、その薄汚れた身体を綺麗にしてきな。話はそれからだ。」
そう言うと、カーマは踵を返して山小屋の中に戻っていった。ヴァーチは大剣を落として片膝立ちになり、ミロチはヘナヘナと腰を抜かしたようにその場でへたり込んだ。
「父ちゃ、久しぶりに聞こえた。父ちゃも?」
「あ、ああ。俺にも聞こえた。にしたって、あんな挨拶はねえだろ・・・。」
「う、うん。酷く恐かった。『暗角』が出る間もないくらい。」
「そういや、そうだな。あんだけ恐い目に遭ったんなら暴走しそうなもんなのにな。」
「うん。恐さの格が違ったのかも?それでも分からない。」
「そうだな。とりあえず、新しいスキルが手に入ったし、ここから追い出されなくて済んで良かったぜ。まぁ、ここから帰れと言われても帰れる自信なんて全くないんだけどな。」
「うん、無理。無事に出られる気がしない。」
ヴァーチとミロチはここに辿り着くまでに戦った魔物との戦闘を思い出し、身震いを起こすが、それをうち捨てるように頭を振った。
そして、新しいスキルを獲得したこと、カーマに追い出されなかったことを思い出して、安堵の息が漏れ出たのだった。
「あの師匠様の言う通り、身綺麗にしようか。立てるか、ミロチ?」
「まだ無理。起こして、父ちゃ。」
ミロチは武器をどうにか仕舞って、ヴァーチに向かって両手を広げて抱え上げるようにお願いした。ヴァーチは苦笑しながらも、娘の可愛いお願いを叶えて、カーマが親指で指し示した場所に向かって重くなった身体で進んでいった。
カーマが家に戻るとエルドがせっせと片付けをしていた。相変わらずの弟子の姿に自然と笑みが浮かぶカーマはエルドに声を掛けた。
「エルド、あのおっさんと小娘をうちに入れてやることにしたからな。面倒はお前が見ろよ。」
カーマのそんな言葉を聞いて、エルドの手が止まる。そして、カーマを見上げて「分かりました」と返事をして機嫌良さそうに片付けを進めていくのだった。
エルドの片付けが終わる頃、サイファと身綺麗にした親子も家の中に入ってきた。そして、詳しいことは飯を食べた後だと言った山小屋の主の一声で先に夕食をすることになった面々は寛ぎ、エルドはいつもより量が多くなった夕食を作り始め、ミロチがエルドのお手伝いをするべくエルドの側に近寄っていった。
カーマは久しぶりのエルドの手料理に舌鼓を打ち、ヴァーチとミロチは疲労が目に見えているがカーマの挨拶の反動かモリモリと食べ、サイファはいつも通り肉に齧り付いていた。
時折、ヴァーチがサイファに突っかかるもカーマの一睨みで背筋を伸ばして行儀良く食べ進め、エルドは苦笑しながら、ミロチは見向きもせず夢中で箸を進めていた。
夕食後、カーマが晩酌を始めたとき、テーブルに座っていたヴァーチを呼び寄せて、エルドとの出会いや今に至った経緯を聞き始めた。
エルドとミロチは仲良さそうに食器を洗い、サイファはいつもの場所で欠伸をしながら寝そべっていた。
「なるほどな。奥さんの敵討ちと娘の『暗角』をどうにかしたいと・・・。」
「はい、そうッス。でも、俺から聞いて良かったんスか?」
「あぁ。エルドに言えてないこともあるだろ。こういうのは本人から聞くのが一番だからな。」
そう言うと酒を一口飲み、ほぅっと酒の匂いを漂わせる。
「まぁ、実力を上げる云々は勝手にどうにかなるだろうが、娘の件に関して切掛ぐらいしか与えてやれんかもな。」
「それだけでも十分ッス!」
ヴァーチは頭を下げて、感謝を伝えるとカーマはグラスを振って頭を上げるように言うが、ヴァーチは頭を下げたままだった。
「いい加減、頭を上げろ。それとその三下口調をどうにかしろ。あんまり好きじゃねぇんだ、その物言いが。」
「分かりやした。変えやす。」
「三下から子分に変わっただけじゃねぇか。まぁ、いい。三下よりはマシだな。」
「ありがとうございやす。それで俺はなんとお呼びすれば・・・?」
「そんなもん、好きにすれば良い。ただし、師匠と呼んでいいのはエルドだけだ。」
カーマはエルドの片付ける姿を肴に酒を飲み進め、ヴァーチはしばし考えて込み、決まったのかカーマに伝えた。
「それでは姐さんでどうでしょう?」
「ぶっ!!ゲホゲホっ!!酒が勿体ねえだろ、笑わかせんじゃねえよ。もういい、名前で呼べ、名前で。」
「分かりやした。では、カーマ様で。」
「どいつもこいつも“様”付けしやがって。もう少し気楽に呼べってんだ。」
「いや、しかし『暴虐の・・・』、痛ええ!!」
ヴァーチはカーマの異名を口にするという下手を打ちそうになるとその前にエルドから木製の皿が投げられ、額に直撃してしまう。
ヴァーチを鋭く睨んでいたカーマだったが、痛そうに額を抑えるヴァーチを笑いながら酒を飲み始めた。
「エル坊、痛えじゃねえか!!」
「師匠を『暴虐の某』とか呼ぼうとするからですよ。師匠はカーマという名前があるのですから。」
台所から目線だけ後ろにやり鋭く睨まれたヴァーチは息を飲んで、詰まってしまう。バツが悪くなったヴァーチは額を擦って誤魔化そうとすると隣から苦笑が聞こえてくる。
「ククク、エルドに免じて今のは聞かなかったことにしてやるよ。ついでにお前は“姐さん”呼びを許可してやる。」
「分かりやした!」
「とりあえず、明日は俺が見てやるからそのつもりでな。その後、エルドと基本の肩慣らしするからそれを見て何が足りないか考えるんだな。」
機嫌が良くなったカーマは直々にヴァーチを見てやると提案したが、ヴァーチ本人には死刑宣告にしか聞こえず、額の痛みなど何処かへ消えていくのだった。
〜あとがき〜
文字数を少し短めにしようと思います。
皆様が読みやすいと思っていただけたら幸いです。
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