第37話 宴と旅立ちと待ち伏せと
イムニトの体調が戻り、2週間が経った。
イムニトは精力的に仕事をこなし改装が終わると、商品の仕入れや買い付けを行い、イムニト商会の復活まであと僅かとなった。
エルドも精力的に依頼を受け、サイファと供に採取した薬草や討伐した魔物をイムニト商会の職員に渡していた。
そして、【繋ぎ手】の面々も全了戦で負った傷が回復すると改装のための荷運びや荷下ろしを誰に頼まれることなく手伝っていた。
そのおかげもあってか、改装への筋道が瞬く間に整えられ、2週間という僅かな期間で終えることが出来たのだ。
改装を行っている光景に商会前を通り過ぎる住民からお祝いの声をかけられ、何時に商会は開くのかとか前と同じ商品を置いてあるのかとか、ここのあの品がないと困るなど住民達の商会が復活を歓迎する雰囲気が感じ取れた。
住民達の優しさや必要とされていることへの喜びがイムニト、商会員達、引いては改装に携わった職人達の熱意に火を点けた。
このことも短い期間で終えることができた要因の1つだろう。
そして、開店を2日後に控えた今日。
傭兵街にある【繋ぎ手】の拠点にて、改装と開店準備に携わった全員による“飲めや歌えや騒げやの会”、つまり“宴”が開かれる日となった。
エルドがイムニトからの要望をゼイクに伝えた所。
「人数が多くなるんなら、いっそのことうちの拠点でやりゃあいいじゃねぇか。場所を貸し切るにしたって面倒だしよ。」
と、団長の一声で決まったのである。
そして、朝から宴の準備を【繋ぎ手】とイムニト商会、総出で行い、一度解散して身支度を整え、いつもよりオシャレな格好で会場となっている【繋ぎ手】の拠点へと集まってきたのだ。
「よーし、全員集まったようだな~。」
木箱を積み上げ、お立ち台のような場所からゼイクが声を出した。
料理が所狭しと山盛りに並べられているテーブルが何カ所もあり、飲み物を差し出す場所も複数作られている。暗くなっても良いように丸太を打ちつけ、そこに明かりの魔道具を吊り下げている。
準備は万端で後は開始を待つばかりとなった。
「よーし、全員。こっちにちゅーーもーーくっ!!」
一際大きな声を出したゼイクに注目が集まった。
「まずは、イムニト商会の皆に【繋ぎ手】団長の俺から謝罪したい!襲撃を許してしまったこと誠に申し訳ない!!」
ゼイクが深々と腰を折ると周りに居る全ての団員達が近くにいる商会員達に謝罪する。そして、ゼイクが腰を上げると続きを口にした。
「謝って許されることじゃないことは分かっている。でも、どうか許して欲しい!!」
ゼイクは腰を上げたが、団員達は今も頭を下げたままだった。その様子を見た商会員達は肩に手を置いたり、頭を上げるように促し、笑顔で団員達を見た。
「そして、今回襲撃してきた【笑い猫】の連中は全了戦にて殲滅した!これからは安全だ。でも、もし何かあったら俺達を頼ってほしい!次こそは皆さんを守る!!」
ゼイクが力強く宣言すると次々と声を投げかけられる。
「頼むぞー!!」
「もちろんだ!」
「頼りにしてるわー!!」
「お願いねー!!」
「割安でー!!」
「いや、激安で!!」
最後に叫んだ内容でクスクスと笑いが起こった。笑顔で頷いているイムニトを見つけるとゼイクも笑顔で返した。そして、締めにかかった。
「商会の皆さん、ありがとう!!それで、今回集まってもらったのは全了戦の勝利を祝うのと明後日からイムニト商会の新装開店を祝ってだ!!酒はイムニトの旦那から料理はウチからだ!!死ぬほど飲んで食べてくれ!!」
発泡している酒や果実酒や度数の高い酒、果実水などそれぞれが好きな飲み物を取っていく。
ゼイクもお立ち台に登ったイムニトから酒が入った杯を受け取る。そして、ゼイクが杯を掲げると、次々と木製の物が上がっていった。
最後にゼイクが大きな声を張り上げるとイムニトが続けた。
「勝利に!!」
「新装開店に!!」
「「乾杯っ!!!」」
「「「「「「「 乾杯っ!! 」」」」」」」
盛大な掛け声で宴は始まった。
ワイワイと賑やかしい声がそこかしこで聞こえ、酒器を打ち合わせる音や呑み勝負を始めたり、胃を満たすために遮二無二食べたりと思い思いに皆過ごしていた。
そんな賑やかな庭の片隅で大皿に山盛りの肉を頬張っているサイファと適度な量の料理を皿にのせたエルドが居た。
サイファは夢中になって食べ進め、エルドは摘まんでは果実水を飲み、賑やかな様子を眺めていた。
「良い光景ですね、サイファ。」
「ハグハグ、ん?そうだな!肉が色々な味が付いてていいぞ!」
「全く、食い気ばかりなんですから。あなたには情緒というものがですね。」
「悪かったな。食い気ばかりでお前は酒を飲まないのか?」
「今日は止めておきます、お酒を飲むと記憶に残っていないときがあるので・・・。嫌いじゃないんですけどね。」
「そうか。まぁ、美味い飯さえあれば俺は良いけどな!!(助かったぜ!!)」
場が温まってきた頃、夜も近くになり、明かりが会場を照らし始めると男団員が女性商会員に声を掛ける場面が増えてきた。これを機に良いヒトを見つけようとする者、素っ気なくあしらわれる者、楽しく会話する者達と色々だ。
そんな中、食べ終えたサイファがエルドに話しかけた。
「それでいつ戻る?」
「そうですね、やれることは大体終わりました。後は開店を見守って・・・。それからですね。今回は長い旅になりました。後、戒めにもなりましたね。遠慮すると迷惑が被る方がいるということも。守りたいと思ったときには誰かを思いやってはいけない時もあると。」
「そうだな。あの時、俺が残っていれば結果は変わった。それはエルドお前にも言えることだが、時には我が儘に振る舞うことも必要だな。まぁ、そのお手本の様な方が俺達には居るがな。」
「ふふ。確かにその通りですね。たまには師匠の様に振る舞うとしましょう。」
「だな。じゃあ、おかわりを頼む!!」
「全く・・・。いくらでも食べるんですから・・・。帰ったら野菜だけにしましょうか。」
「ま、待て、相棒!!ほどほどにするから野菜だけってのは止めてくれ!!頼むっ!!」
「どうしましょうかね~?」
エルドは悪い顔をしながら、お代わりを貰いにまだ料理が残っているテーブルへと向かい、サイファは必死になってエルドを呼び止めていたのだった。
エルドが料理を取っている最中に不意に声を掛けられた。エルドが振り向くと顔をほんのりと赤く染めたヴァーチと肩に座っているミロチだった。
「よぅ、エルド!楽しんでるか?」
「エルド兄ちゃ、いっぱい食べる、すごい。」
ヴァーチは片手に酒を溢れんばかりに注いだ器を持っていた。ミロチはもぐもぐと小動物のように食べ物を頬張っており、大皿にこんもりと盛った肉を見て驚いていた。
「これは私が食べるわけではありませんよ、ミロチさん。サイファにお代わりを頼まれたので。」
「モグモグ、なるほど、もぐもぐ。」
「それで、お前らはここから旅立っていくんだろ?いつだよ?」
「そうですね。商会が開店した翌日の朝にはこの街から離れる予定です。」
「なるほどね・・・。3日後か。じゃあ、見送ってやるよ。」
「いやいや、結構ですよ。朝早くから出るつもりなので。」
「水臭えこと言うんじゃねえよ。じゃあな!」
「エルド兄ちゃ、また!」
「しなくても良いというのに。」
返事も聞かず立ち去っていく親子にため息を吐きながら、エルドは食いしん坊の相棒の元へと戻っていた。
そして、宴は朝まで続き、拠点には朝まで飲んでいる猛者もいれば、屍のように動けない者続出するといった様相を呈した。
1日の休養経て、イムニト商会の新装開店当日。
商会の前には沢山の人集りができており、今か今かと待ち構えていた。その人混みを見た商会員らが店から出て、人集りを整列させ、通りの邪魔にならないようにした。
開店時の混雑を考え、入場規制を敷いたのだ。
そして、開店すると雪崩れ込もうとする客達を必死になって宥め、ケガをしないように尽力し、店内は店内でひっきりなしで客が入ってくるためてんてこ舞いだった。嬉しい悲鳴というやつだ。
開店初日は客足が遠のかず、店を閉めたときには商会員達は汚れることも気にせず、床へへたり込んだ。
そして、その日の夕食を疲労困憊の中、食べているイムニト夫婦と元気よく食べる子供らを前にエルドは翌日、ミースロースから旅立つことを伝えた。
楽しく食事をしていた子供らがエルドにしがみつき泣き喚き始めてしまう。そして、トーラも涙ぐみ始めてしまう。
子供らは泣くと予想していたがトーラも泣きそうになると予想できなかったエルドは困り果てイムニトに助けを求めた。
エルドの助けを頷いて了承して、イムニトは家族を宥め、どうにか持ち直したイムニト一家と楽しい晩餐を送ることが出来た。
エルドとサイファが出発する当日。
エルドとサイファは家の前でイムニト一家とお別れをしていた。
「エルド兄ちゃん、絶対また会いに来てね!!絶対だよ!!」
「そうだよ!!絶対だよ!!じゃないとわたし、一杯泣くんだから!!」
「泣くのはサーヒだけじゃなくて、会いに来ないと私も泣いちゃうわよ!!」
目に一杯の涙を浮かべてお願いをする3人を無碍に出来ず、エルドは頷いて返事をした。
「また会いに来ますよ。ミースロースに寄ることがあったら絶対に会いに来ますよ。」
「「「絶対だからねっ!!」」」
3人同時に言われ、流石にエルドもタジタジになってしまう。その様子を苦笑しながら見守ったイムニトが助け船を出した。
「これこれ、あまりエルド君を困らせるんじゃないよ?エルド君、本当にありがとう。君がいなければ、私は今、ここにいないだろう。改装のために尽力してくれたことも感謝に堪えない。本当に、本当にありがとう。」
イムニトは何度も感謝を伝えていたが、最後にもう1度、エルドに頭を下げ感謝を伝えるとトーラも頭を下げ、ラザックとサーヒは慌てて同じように頭を下げた。
エルドは慌てて、頭を上げてほしいと願い出たがしばらく上げてはくれなかった。漸く、顔上げたイムニトは笑顔で別れを言い、エルドも別れを告げるとサイファも「またな」と返して、その場を去って行く。
トーラと子供らはエルドが見えなくなるまで手を振っていた。
エルドとサイファが街門に近付くとヴァーチ親子が佇んでいた。出入りするヒト達よりも頭2つ分程も大きな身体をもつヴァーチは分かり易い目印だ。
エルドは不要だと言ったにも関わらず、見送りに着ていたヴァーチ親子、というよりはヴァーチに仕方がないといった顔になりながらも近付いていった。
「おはようございます、ヴァーチさん、ミロチさん。見送りは不要だと伝えたと思いますが?」
「おう、おはよう。つれねえことを言うなよ。俺等も街の外に用事があるんだ。そのついでだよ。」
「エルド兄ちゃ、おはよ。うちは父ちゃといつも一緒。」
「まぁ、予定があるなら仕方がないですけど。義理堅いと言えばいいのか、物好きだと言えばいいのか・・・。」
「ここに立ってるのもなんだ。外に出ようぜ。」
身長差のある2人になのか、それともサイファになのか、通り過ぎる際に奇異な視線を向けられているが、ヴァーチに促されるように街の外へと向かって一行は歩いて行った。
エルドのミースロースからの旅立ちは好奇の目に晒されながらであった。
一行はだだっ広い平野を歩いていた。ミースロースから離れ、街道に差し掛かったところでエルドはヴァーチに見送りはもういいと何度か伝えたのだが、ヴァーチはまぁまぁと言葉を濁したまま、何故か先導している。
別れようとしても付いてきてくれとお願いされ、渋々付いて行っているのだ。サイファは珍しく文句も言わず、ヴァーチを煽りもせず大人しく付いてきていた。
そして、ヴァーチはミロチを肩から下ろして、振り向いた。その顔は真剣さを目に携え、一歩前に出てエルドを見据えた。
「エルド、どうか頼む。俺を、俺とミロチを仲間に加えてくれ!!」
エルドは頬をポリポリと掻いて、困っていた。ヴァーチが宴の時や傭兵組合で会う度にそれとなく仲間の重要性をエルドに語っていた。そして、街から離れる今日、外まで付いてきたとはいえ、ここまで街から離れるとなんとなく察しが付いていた。
だが、エルドはヴァーチの真剣な表情を見てしまうと半端に答えるわけにもいかないと、仲間になりたい理由を聞くのだった。
「どうして、私の仲間になりたいのですか?こう言ってはなんですが、そんなに仲が良いわけでもありませんし、サイファとは言い合いばかりしていたはずでが?私達のことを気に入ったとかいう理由ではないのでしょう?」
ヴァーチは下げていた頭を上げ、絶対に仲間になるという意思を込めた目を向けて答えた。
「俺はお前の強さに惚れたんだ、エルド。ダリカとの一戦、ダリカの攻撃を児戯だと言わんばかりに避け、滅多打ちにした強さ。そして、あの『魔紋』とかいう見たことがないスキル。俺はお前の強さに近付きたいんだ!だから、どうか頼むっ!!」
「私はヴァーチさんより、年下ですけど?そこは気にならないのですか?」
「年齢なんて関係ねえよ!そんなもん最初から気にしてねえっ!!」
ヴァーチは頭を下げたまま、微動だにしなかった。エルドはミロチに視線を移して、その気持ちを尋ねた。
「ミロチさんはどう思っていらっしゃるのですか?」
「ウチは父ちゃを信じてる。だから、付いて行く。それに強くなれるなら、ウチも頑張る!!」
ミロチの両手を握って気合いを入れる様子が可愛く見え、微笑ましく思ってしまうエルド。そして、未だに頭を下げたままのヴァーチを見て、どうするか迷う。そして、更に尋ねた。
「強くなる目的は何ですか?」
ゆっくりと頭を上げ、エルドを真剣な眼差しのままみて、ヴァーチは怒りを滲ませながら答えた。
「妻の仇を討ちたい。それに俺は娘を残して死ねない。だから、死なねえ強さが俺には要るんだ。」
「そうですか・・・。分かりました。ですが、あなたの実力では・・・。」
「まぁ待てよ、相棒。俺からも聞きてぇことがある。」
後ろで立っていたサイファがエルドの隣に立って口を挟んできた。サイファにしては珍しいと思いながら、自分を見やるサイファに頷いて、エルドは横にずれた。
「おい、おっさん。テメェ、この間の三下相手の時、手を抜いてやがったな?」
「いや、俺は手なんか抜いて・・・。」
「俺の眼が誤魔化されると思うなよ。俺には見えてんだよ。」
「・・・。」
サイファの確信を持った言い方にヴァーチは押し黙った。
「それにだ、そっちの嬢ちゃんを1人出来ねぇって、言った割には三下相手に死にそうになってたな?それでよく強くなりてぇなんてほざけたな?あぁ?」
「それは・・・。」
「テメェが何を気にして何を隠してんのかは知らねぇが、仲間になりたいっていう奴が力を隠したままってのは面白くねぇ。」
サイファは全了戦時のヴァーチが何かを隠したまま戦ったのが気に食わなかった。それに加え、娘を残して死ねないと言うのに力を曝け出す覚悟がない、そのことがサイファの苛立ちに拍車を掛けた。
「大体、この間の三下。テメェが確りしてりゃ、テメェがさっさとやることやってりゃ、エルドが出張る事もなかった。違うか?」
そして、一番の苛立ちは無用な怒りを自分の相棒に抱かせた。結果的にそれに繋がることをヴァーチがしてしまったことだった。
「そうだ。俺が全力でやってりゃ、ダリカに負けることはなかった。だが・・・、あの力を使うわけにはいかない。」
「じゃあ、この話はナシだ。お前らとはここまでだ。行くぞ、相棒。」
幾分か逡巡してそう言ったヴァーチに、その場から立ち去ろうと後ろを向いたサイファに、手を伸ばして、ヴァーチが呼び止める。
「待ってくれ!!」
「何だよ、おっさん。これ以上、俺達には用はねぇぞ?」
「虫の良すぎる話だとは分かってた。だから、俺の実力を見てから決めてくれねえか?」
「ほ~ん?」
その言葉を聞いて、自分の牙を見せながら立ち止まったサイファはゆっくりと身体の向きを戻した。エルドはサイファの表情を見て、何を言っても無駄だと諦め、深く深~くため息を吐いた。
そして、エルドは分かっていながらも相棒にネルスラニーラが作った指輪を起動させて尋ねた。
『それで、実力を見せたら仲間にするのですか?ここまで煽っておいて仲間にしないは無いですよ?』
『うっ、まぁ、それなりの実力があったら、カーマ様も許してくれるはずだ!大丈夫だ!』
『じゃあ、師匠へ許しを貰うのはサイファがするということで良いですね?』
『ちょ、ちょっと待て!!そこは相棒なんだから2人で協力しようぜ!な、相棒!!』
『はぁ~。そうなると思いましたよ。全く、私がキレたぐらいでそこまで腹を立てなくてもいいでしょうに。』
『いいや、腹立てるな。間違いなく腹立てんなっ!!お前だってそうなるね!!』
『もう、分かりましたから。じゃあ、後はお好きに。致命傷は出来るだけ止めてくださいね。イムニトさんを助けるときに禁止されたものを使ったんですから。』
『あいよ。まぁ、ここなら誰も見てやしねぇが・・・。あのおっさんのせいで帰りが遅くなるのは勘弁だな。出来るだけ気を付けるわ。』
ヴァーチは黙って見つめ合っているエルドとサイファを訝しげに見ながら、ヴァーチは声を掛ける。
「で、俺の相手をしてくれんのはどっちだなんだ?」
ヴァーチの呼びかけに振り向いたサイファは一歩前に出た。
「俺に決まってんだろ?おっさん。」
「サイファ、テメェかよ。」
2人の好戦的な笑みを見てエルドはミロチに少し離れましょうと誘うのだった。
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