第23話 夜の時間でした

 エルドが初依頼を達成し、イムニト家と夕食を楽しんでいた頃。カルセルアは港方面へと足を向けていた。

 疎らな街灯を避けて黒いフード付きのローブを着ている彼女を一目でカルセルアと分かる者はいないだろう。そのカルセルアが酷く風化した荒ら屋の中に入っていく。

 中に入ると、外観とは違いしっかりとした造りになっていて荒ら屋とは思えない。その中の一角にある家具にカルセルアが近付いていく。ローブの袖の中から銀色のカードを家具に近づけると、家具が淡く光りズズズと移動した。そこにあったのは地下へと続いていく階段だった。

 その階段を降りていき、通路を真っ直ぐと進んでいくと上る階段にぶつかり、カルセルアは何も警戒せずに上がっていく。

 上がった先にあったのは高い天井と固い壁に仕切られた広い空間だった。そこにはカウンターの様な物もあり、複数のテーブルと椅子、業物と思われる武具や防具、何段にも積まれた木箱、そして雑多な家具や食器まであった。


カルセルアはフードを外して男2人が座っているテーブルへと近付いていく。

 服の上からでも分かる程の筋肉を携え、暗い色をしている髪を後ろに流している男は腕を組んで椅子にドッシリと座っている。

 もう1人は鶏冠のように上がった灰色の髪、足を組んで両手を後頭部に付けて揺れている軽そうな男だった。

 カルセルアは何も言わず、席に着いた。


「んで、今日は何も起きなかったんだっけか?カルセルア?」


 軽薄そうな物言いで鶏冠頭の男は椅子を前後に揺らしながらカルセルアに問うた。


「あぁ。何も起きなかったし、偵察のような行為もされていないと思う。」


「まぁ、昨日の今日で何かするにしても警戒度が高いのにする必要もないわな。こっちの対応をどっかから見てんだろ。」


「その通りだろうな。」


 筋骨隆々の男は重苦しく頷きながら同意した。

 その同意を受けて、軽薄そうな男は天井を見上げて椅子を揺らし続けた。


「それでどうするんだ?ゼイク?」


 カルセルアは軽薄そうな男をそう呼んだ。ゼイクはカルセルアに問いかけられると椅子を揺らす事を止めて、しっかりと座る。


「とりあえずは現状維持だな~。威力偵察は4人組の仮団員で済ませたと見ていいんじゃない?そのうち偵察のために客を装って何人か入り込むんだろうが、放っておけばいいさ。」


「分かった。」


「じゃあ、決めた通りに朝から夜になるまでの時間を2交代で護衛。ベテランと新人の混合で裏口と表を警戒しつつ店内にも人員を配置。オイラもたまに護衛に付くし、ニグロにも入って貰う。ってことで、様子見しよっか。」


「了解した。」


 筋肉男、ニグロは言葉少なに頷いたが、カルセルアは更にゼイクに問いかけた。


「ヴァーチさん達はどうすりゃいいんだ?団長?」


「ん~。客人扱いとはいえ、今は緊急事態ってことで護衛に付いて貰おう。イムニトの旦那と面識もあるし護衛した事も何度かあるしな~。ミロチもいるし子供の相手も心配ないっしょ。」


「了解だ。まぁ、既にヴァーチさんから護衛に入らせろって言われてんだけどな。」


「なんだ、じゃあ、問題なしって感じじゃん!」


 ゼイクはテーブルの上にある酒器を取って、ぐびりと1口飲むと軽薄そうな雰囲気を吹き飛ばした。


「イムニト商会に、オイラ達に手を出したらどうなるか、お前らきっちりアイツらに叩き込むぞ。ついでに面倒な奴らも根こそぎ潰す。」


「了解だ。ゼイク。」


「分かったよ、団長。」


 カルセルアとニグロは返事をすると立ち上がって階段を使って建物から出て行った。


傭兵団【繋ぎ手】、団長のゼイク、副団長のニグロ、参謀役のカルセルアの3人が内密に話をするときに使っている建物は、ゼイク個人所有の倉庫である。そこを売りに出した商人から買い取り、避難所兼倉庫兼自宅としていた。入るためには専用の道具を持っていないと入る事すら出来ない建物になっている。


【繋ぎ手】は傭兵団にしては珍しくミースロースに根付き、住民からの信頼も篤い。そして、その団長であるゼイクは普段はおちゃらけて明るいが戦闘になると、苛烈になる事で有名であった。そして、身内に、自分の領域に手を出される事を極度に嫌っている。


(イムニトの旦那の所にまで手を出しやがったな、あの野郎・・・。ダリカ、残り少ないテメェの命、今のうちに楽しんどけ。)


 残った酒を一気に飲んで、ゼイクは自分の得物を取りに行った。



 【繋ぎ手】が護衛の方針と今後の対応を協議していた頃、【笑い猫】が入り浸っている酒場の2階の1室で裸の女性が隣の男を細く長い指で胸板を撫でていた。


「ねぇ、ダリカ。あの雑魚供、帰ってこなかったわね。今、衛兵のところにいるらしいわよ?」


「そう~かい。まぁ、伝言板ぐらいにはなったろうし。かまやしねぇよ。団証も持って~ないしな~。うちとは無~関係の~雑魚だ。」


 サリナトは指で撫でる事を止め、ダリカの胸に手を当てる。普段の辛辣な口調ではなく艶を含んだ声音でベッドの上で裸になっている男に問いかける。


「じゃあ、これからどうするの?イムニト商会は潰すんでしょう?」


「あぁ、それは~確~定だ。アイ~ツの顔が気~に入らないんでね~。」


「あら、素敵な理由ね。」


 そう言うなり、サリナトはダリカに覆い被さるように抱きついた。小ぶりな胸がダリカの胸板に当てられているが、本人は気にも留めていなかった。


「ねぇ、この後はどうするの?」


 サリナトはダリカの耳元で囁いた。その顔と声は妖艶といって間違いがなかった。そして、その指はダリカの胸板を撫でていた。


「今後~はあの2~人に任せる。」


「あぁ、あの2人なら上手くやってくれそうね。でも、聞きたいのはそういう事じゃないって分かってるでしょ?」


 サリナトは再度、ダリカの耳元に近付き、吐息混じりに囁いた。それを聞いたダリカはため息をつきつつ、身体を入れ替えるようにサリナトを押し倒した体勢になった。


「ご要望通りにしてやるよ。」


 いつもの間延びした口調とは全く違う男がそこにいた。その声と鋭い視線を浴びたサリナトは恍惚とした表情でダリカの唇を塞いだ。





 4人組の襲撃未遂があってから数日が経った。

 イムニト商会は今日も平和な日常の中で商いを行っていた。一般市民や身なりの良さそうな人物、それに武装した者、いつも通りの客層だった。

 エルドは依頼を休んでラザックとサーヒと庭で遊んでいた。2人はエルドを追い回しては追い回されるを繰り返している。サイファはいつものように庭の芝生の上で寝そべっていた。


 追いかけっこに飽きたラザックとサーヒは庭に置いてある椅子に座り、息を切らしていた。


「あぁ~、友達と遊びたいな~。」


「そうだねぇ、お兄ちゃん。わたしも教室の子達と遊びたい・・・。」

 ラザックとサーヒはミースロースに帰ってきてから自身の友達と遊ぶどころか会えてもいない。エルドがいるときはエルドと、ミロチがいるときはミロチと遊べているが、それでも子供心に仲の良い友人と会えない事に落ち込んでいた。


「さて、疲れているようですし、家の中に入ってトーマさんと一緒にお勉強の時間ですかね?」


 落ち込んでいる子供達に更に追い打ちをかけるようにエルドが慈悲のない顔で告げると、ラザックとサーヒはお互いを見て、頷き合う。


「「イヤだー!!」」


 と、叫びながら庭へと駆け出していった。元気に飛び出した2人を見て、エルドは安心した顔をする。


『相棒よ、な~んにも起きやしないな。』


 サイファから話しかけられたエルドは頷いて同意を示した。


「えぇ、まだ何も起きてませんね。このまま、何事もなく・・・というのはあり得ないと思いますし。分かってはいますが、待つしか手がないというのも面倒ですね。相手方の作戦とはいえ。」


『だな~。肩慣らしぐらいしかできてねぇしよ。暇すぎらぁな・・・。』


 サイファは寝そべりながらため息をついて、時間を持て余しすぎていると主張する。エルドも先程ついたばかりのため息が出てしまう。


「とは言え、油断して被害が出てはお話になりません。そこだけは気持ちが緩まない様にしないといけませんよ?」


『あぁ、分かってるよ。俺達がいて、誰かに傷でも付けられたら、それこそな・・・。』


「ですね。じゃあ、もう少し子供達と遊んできます。」


『おぅ。俺は寝てるわ。』


 【笑い猫】は偵察すら寄越さず、こちらは常に警戒しなければならない。相手が有利と言うだけでここまでの差が出てくるのかとエルドは痛感しつつ、子供達が気に病まないように遊んでやるのだった。


その日の夜。

【笑い猫】のダリカがいつもの酒場、いつものソファでゆったりとしていると仲よさそうに楽しく話しながら2組の男が近付いてきた。


「いよぅ、ダリカ!なんか、仕事があるんだって?」


「団長なんだから、少しは敬えって言ってるだろ?なぁ、ダリカ?」


 ダリカに気安く話しかけてきた中年に差し掛かろうかと思われる男達は【笑い猫】の一員と思われた。

 ダリカは仰向けになっていた体勢から座り直して、2人の方へと身体を向ける。


「いよ~う。お~二人さん。お仕事の~じか~んだぜ。」


 ダリカにそう言われると2人は笑顔を更に深くした。

 少しだけ背の高い男がダリカに仕事の内容を問いかける。


「今回の相手は誰なんだ?団長からの指示だからな、理由は聞かないでおくよ。どうせ、気に入らないとかそんなしょうもない理由だろ?」


「自分で言ってんじゃねぇか?まぁ、我らの団長様の理由なんてそんなとこだろ?」


 2人とも“笑われた”という言葉を使わずにダリカが気に入らないということだけを理由に挙げた。それを聞いたダリカは口角を上げて2人に告げる。


「まぁ~な~。標~的はイムニト商会~の会~頭、イムニト本人~だ。」


「おうおう、最近、話題になっている中堅商会じゃねぇか、あそこは【繋ぎ手】との取引もある所だぞ?いいのか?」


 少しだけ背の低い男は傭兵団との繋がりもある商会の会頭を手に掛けてもいいのかと再度、ダリカに問いかける。


「ま~、お前~達なら、だ~いじょ~ぶだろ~?バレ~ないように~やって~くれ。」


「全く気軽に言ってくれるぜ。まぁ、俺達なら楽勝だろ?」


 少しだけ背の高い男の方を向いて問いかけると、男は笑顔で答えた。そして、そのまま酒場を後にしようとするが。


「じゃ~、頼ま~。それと~既に護衛~がいるらしい~ぞ?」


 それを聞くと男達は出て行こうとする足を止めて、ダリカの方に向き直る。


「おぃおぃ!何とも燃える展開じゃねぇか!なぁ、マッカルーイ?」


 少しだけ背の高い男がダリカの言葉に興奮したように背の低い男、マッカルーイの肩を叩く。


「痛ぇぞ!スナーシ!!でも、燃える展開なのは間違いないな!」


 少しだけ背の高い男、スナーシに叩かれた肩を押さえながら文句をいうマッカルーイだが、これから振るう自らの暴力で起こされるであろう惨劇にニタニタと笑っている。


「じゃあ、邪魔する奴は排除するって事でいいんだな?」


「も~ちろ~んだ。」


 ダリカも笑顔でそれに答えた。ダリカの言葉を聞いたスナーシとマッカルーイは益々、笑みを深めて今度こそ酒場を後にする。

 その帰り道、スナーシはマッカルーイに話しかけた。


「とりあえずは偵察だな。情報屋から買うか?」


 少し考えてからマッカルーイはその提案を拒否した。


「いや、止めとこう。向こうも情報が買われたというのが流れてもな。それはそれで面白そうだが、たまには自分達で動いてみようや。」


「それもそうか。まぁ、苦労した方が獲物を美味しく頂けるか・・・。じゃあ、自分達で調べようか!ついでにこのまま夜の警備体制でも調べてみるか?」


「そうだな・・・。ついでに見とくか。」


 そのままの足で2人はイムニト商会へと向かっていった。下碑た笑顔を浮かべながら。


 スナーシとマッカルーイはイムニト商会とその邸宅を見下ろせる建物の屋上にいた。どのような警備体制を敷いているかと期待して観察していたが、そこには誰もいなかった。

 肩透かしを食らったように顔を顰めてマッカルーイがスナーシに状況を伝えた。それを聞いたスナーシもため息を漏らしながらぶつぶつと文句を言い出す。


「なぁ、警備してる奴らは阿呆なのか?夜なんて暗殺にもってこいの時間に誰もいやしねぇじゃねぇか・・・。」


 夜も遅いということもあり、小声だったが相手の意図が読めずに阿呆呼ばわりした。たが、その意図が読めない事には変わりなく、どうしたものかと思案していた。


「スナーシ、ここからじゃよく分からないってのもあるが・・・。どこかに潜んでいるかもしれない。暗殺を警戒するならそれも効果的な警備の1つだしな。」


「そうだな・・・。じゃあ、近くから見てみるか?」


「あぁ・・・。そうだな、警戒してるんなら何かしてくるかもな~。ただ・・・、バレないように慎重にやるか。」


「あぁ、バレてもいけないからな。じゃあ、行ってみようぜ。」


 2人は慎重に夜道を進んでいく。商会のある通りは綺麗に整備され、遮蔽物があまりない。そのため、2人は建物の物陰に隠れながら進んでいった。


「おぃ、マジで誰もいないぞ?」


 小声で隣にいるマッカルーイに自分の所感を伝えるとマッカルーイは頷く。その言葉を受けて、スナーシに答える。


「明らかにおかしいぞ、スナーシ。ここまで来て何も反応がない。だが、これ以上近付くのはマズいかもしれない。」


「どうしたんだ?なんか変な雰囲気なのか?」


「いや、そうじゃないんだが・・・。」


「勘か・・・?お前のその勘には助けられてんだが・・・。何の情報も得られねぇってのはな・・・。」


「確かにな・・・。もう少し進んでみようや。」


 通りに降りた2人は遠くから確認していた。遮蔽物が少ないということは警備をする者にとっても隠れて潜むということをしにくいことに他ならない。標的の場所まではまだ遠いせいで確認できないのか、それとも・・・と。

 少しでも情報を持ち帰るために2人は迷いながらも標的の場所まで進もうと距離を詰めていく。


ぞわ


 話した場所から2、3歩進んだだけだった。

 男2人に悪寒が走り、直ぐさまその場から逃走を開始した。


「やっぱりマズかったな。」


「あぁ。気付かれちまったな。それにしても夜の警備をしてる奴はやべぇ・・・。夜に襲撃するのは止めだ。危ない橋は渡るもんじゃねぇ。」


 マッカルーイは自分の勘に従っていれば気付かれなかった事に歯噛みしながら走っている。その隣を走っているスナーシも後悔はしているが、それでも夜の警備をしている者の力量が自分達でも敵わない可能性があることを得た事に確認して良かったとも思っていた。


「違いねぇ。命あってのってな・・・。ただ、そうなると何時やるかだな。」


「それは昼間の警備を見てから考えようじゃねぇか。期間は決められてねぇんだしよ。」


「だな。じゃあ、このままあの場所まで走るぞ!」


 マッカルーイはスナーシに頷いて、自分達の隠れ家へと急いだ。




 寝室で休んでいたエルドにサイファが話しかける。


『エルド、帰ったみたいだぞ?そこそこやる奴等らしいな。』


『えぇ、あのまま近付いてくれたら、そのまま仕留めたんですけどね。サイファの威圧に気付くなり逃走一択とは偵察だけかもしれませんが、あの4人とは違うようです。』


 エルドとサイファは思案していた。

 こちらへの視線には気付いたが、罠に掛けて捕らえるかどうするべきか。捕らえたところで【笑い猫】へ繋がる証拠を持っていない可能性もある。

 ならばと、こちらも相手の力量を調べるつもりで軽く威圧を向けてみたのだが、相手が選んだのは逃走だった。


『相手が逃げたのならば、こちらが追いかける必要はありません。一網打尽にできならともかく。それにここを離れるわけにもいきませんからね。』


『だな。じゃあ、寝るか。』


『そうしましょう。にしても、ネルスラニーラさんには感謝しかないですね。この魔道具は便利です。』


『あぁ、間違いねぇわ。じゃあ、おやすみ。』


『はい、おやすみなさい。』



 この数日後、襲撃は達成されてしまう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る