第21話 3度目の再会でした。

 ミースロースは大きな街だけあって、綺麗に整備された道のそこかしこに街灯があった。夜には冒険者、傭兵、水夫等、その日の疲れを癒やすために酒や食事を楽しむ者、色に夢を見る者、賭け事に興じる者。そういった者達の道標となるのは街灯だけではない。店の明かりもある。

 ただ、灯りが煌々と照らすのは騒がしい場所が主で住民が住んでいる、居住区と言われている場所の灯りは所々しかなかった。

 夜の街を住民が彷徨く事はない。危険だと知っているからだ。陽の光が街中を照らしている間は楽しく賑やかな時間を過ごせるが暗くなると街の顔は変わる。


 今夜、危険な時間がイムニト家に迫っているかもしれない。


 エルドはパチッと目を開いた。


(意外と早かったな。近付いてくる足音は・・・4人分か。さて、どんなヒト達かな。)


 エルドは耳を澄ませて、イムニト邸に近付いてくる人数を把握した。

 寝泊まりしていた部屋から武装を整えてそっとドアを開けて、足音を立てないように庭へと出て行く。


「よう、相棒。相手方も行動を起こすのが思ったよりも早かったな。しかし、今日の内に来るとは考える頭がねぇのか?警戒するに決まってるだろうに。」


 欠伸をしながら小声で自分の考えを言うサイファにエルドは一定の理解を示す。


「確かに、事を起こすのが早いですし、こっちが警戒しないと思っているのか。それとも、警戒が強くなる前に事を起こしたかったか。そのどちらかでしょう。こちらは油断せずに構えましょう。」


「そうだな。俺達よりも強い奴はいくらでもいる。油断はできない。」


「そうです。サイファは中をお願いします。私は外で待ち構えてますので。」


「あいよ、2段構えもあり得るからな。気を付けろよ、エルド。」


 そう言うなり、エルドは庭を囲っている壁を飛び越えて、不審者が来る方向へと歩いて向かっていく。

 エルドが急に立ち止まった。等間隔で通りを照らしている街灯がチラチラと4人組の姿を見せてきたからだ。4人はそれぞれ武器を手に持ち、エルドの方へと走ってきた。

 長剣を持つ者、槍を持つ背の高い者、斧を持つ太った者、大きめな剣を持つ者。その4人が横並びで剣呑な雰囲気を醸しながらエルドに気付いて歩きに変えた。

 5人は街灯に照らされた空間を挟んで、互いに視線を合わせている。


「ちっ、またテメェか。ガキ。」


 長剣を持つ者、カルニが相対したフードを被った不審者に向かってそう文句を言う。


「誰が襲ってきたのかと思えば、あなた方ですか。このまま進めばイムニト商会ですよ。こんな時間に何の用があるのですか?」


「お前には関係ないんだな!そこをどくんだな!」


 槍を持ったキミキがエルドに吠える。それを諫めるように斧を持ったクスルが小さい声で言った。


「キミキ、今は夜です。大声で物を言うものではないでしょう。そうでしょう。」


 キミキに窘められたクスルはバツが悪そうな顔をして謝り、視線をエルドに戻した。大きな剣をエルドに突き出してケケエが再度、通告する。


「少年、私達は仕事をせねばならないのだよ。そこを退きたまえ。」


 4人が昼間とは違う武器を持ち、それを構えている。雰囲気も何かを成そうと覚悟を持っている。エルドにはそう見えた。


「あなた方がイムニト家に何もしないと言うならここを通しましょう。ただ、そうじゃないと言うなら退散して頂きたい。」


「お話にならねぇな。夜にこんな武装して、何もしないわけがねぇだろ。俺達には俺達の目的があるんだ。それを邪魔するって言うなら容赦しねぇ。」


 エルドとカルニがまたも言い合う。これ以上は何を言ってもどうにもならないと察したエルドは腰に止めてある得物を両手に持った。


「これ以上は何を言ってもお互い引けないようですし、強制的に退散・・・。いや、捕まって貰いましょうか。」


「舐めんな、ガキが・・・。お前と会ってから何もかも上手くいかねぇ。その因縁をここで断ち切らせて貰う。」


 4人組が武器を構え直して威嚇するようにエルドを睨んだ。しかし、それを見てもエルドは自然体を崩さず、無表情のまま言葉を紡ぐ。


「あれからそんなに時間も経っていないのに、私に勝てる程レベルが上がったのですか?それともステータスが上がる何かでも身に付けたのですか?スキルですか?2回も戦闘して私とあなた方の力量差がまだ分からないのなら・・・。それこそ、あなた方が雑魚と言うほかない。猛省して出直してきて下さい。いや、出直されると面倒なので大人しく捕まって下さい。」


 その物言いにカルニは肩を震わせ、エルドを見る視線が更に険しくなる。それはカルニだけではなく、他の3人も同様だった。しかし、エルドは口を閉じない。


「仮に、イムニト家を襲撃するのが目的としましょう。時間帯は良いでしょう。暗闇に紛れる方が動きやすいですし。だが、あなた方、顔は隠さずに襲撃するつもりだったのですか?目撃者が出たらどうするおつもりだったのですか?それすら考える知恵が出てこない程、馬鹿なのですか?いや、違いましたね、阿呆でした。これは失礼致しました。」


 4人組はイムニト家に侵入はしても、襲うつもりはなかった。しかし、顔を見られれば衛兵に手配される可能性はあった。それすら考慮せず、自分達がこれからも傭兵としてやっていくために脅迫すると決めていた4人組。

 傭兵としてやっていくためにダリカに出された指令を少なからず達成する必要があると思い込んだ時点で、4人は間違っている事に気付いていない。


「そもそも上手くいかない理由を誰かに擦り付けている時点でダメだと言う事にも気付いてもいない。そんな事だから、誰かに利用されるのですよ。」


 4人は我慢の限界が来たのだろう。怒りで顔を赤くさせ、エルドに向かって襲いかかった。


 キミキは牽制のために腕を伸ばして突きを繰り出すが、ヒョイと半身になって躱されてしまう。そこをケケエがエルドの背後から迫るように横払いを仕掛けた。

 ケケエの1撃をエルドは片手で受け止め、弾き返す。。その拍子にケケエの剣が欠け、弾き返された勢いでケケエは体勢を崩してしまう。そして、エルドは伸びきった槍を腕を絡ませて、キミキごと持ち上げた。

 ケケエを庇うように前に立ち、自慢の斧を振り下ろさんとしていたクスルとその後ろにいるケケエに槍を手放せないキミキを叩きつけた。

 ドンっという音と共に3人は呻いた。


「うぉぉぉおお!!」


 その攻防の最中、エルドの背後を取ったカルニは剣を大上段に構えて飛び掛かっていた。


垂斬すいざん


 3人が牽制し、カルニの剣術スキルで仕留める。それが4人の連携だ。

 剣術の基本スキルの1つである《垂斬すいざん》を愚直に修練し、仲間にも自信を持って言える一撃になった。

 そのスキルが轟音が聞こえそうな剣速でエルドの背後から迫った。


(仕留めたっ!!)


 カルニは長剣を振り下ろした。

 だが、憎き少年を斬った感触がなかった。不審に思い愛用の長剣を見ると変わり果てた姿が目に入った。


 カルニの長剣は僅かな根本を残し切られていた。


 カルニが信じられずにいると暗い通りに乾いた音が響く。

 長剣と思しき刃が夜道を転がり、街灯に反射する。


 カルニは余りの出来事に数歩、後退あとずさってしまった。エルドはそんなカルニの真正面に立つ。


「スキルをお持ちだったのですね。ですが、遅い、甘い、足りないの3拍子が揃っています。それでは、私には届きません。

 さて、住民の皆様は眠っていらっしゃいますし、そろそろ終わりにしましょう。おやすみなさい。」


 カルニは言い返そうにも口をあわあわさせるだけで言葉が出て来なかった。おやすみなさいの言葉と同時にカルニは腹部に鈍痛を感じて気絶した。

 エルドは呻いている3人と気絶した1人を引き摺ってイムニト邸へと帰って行った。



 翌朝、庭で一塊に縛られている4人組を尋問するためにイムニト、エルドがやって来た。


「彼らがそうですか?エルド君。」


「はい。サイファが居るので逃げられる事はないですが、面倒だったので固めておきました。」


 捕らえられた4人は大人しくしていた。側にサイファが居るからだろうか、身じろぎもせずに座っている。唯一、カルニだけはエルドを見据えていた。


「ガキ、何か用か?そうじゃなけりゃ、衛兵にでもどこへでも突き出してくれてかまわねぇぜ。」


「随分と大人しいと思えば、口調は変わらずですか。まぁ、こちらとしてはどちらでも構いませんが。ちょっとした疑問なのですが、他の3名が大人しいのはどうしてでしょうか?」


 エルドは気が付いたら叫ぶなり、喚くなり、縄を外そうとするなり、何らかの行動に出ると思っていたが、それがない。傭兵組合でサイファをどうにかしようとしていた連中が今更、サイファの容姿で恐れるとは思っていなかったからだ。


「あぁ、あの獣に散々やられたからな、俺も煽りを食った。」


 どうやら、サイファが何かとやらかしたらしい事だけは理解して話を続けた。


「そうですか。それはご愁傷様です。尋問を開始したいのですが、もう1人お見えになってかららしいですから。今、来たのは様子見ですね。」


「そうかよ。」


 そう言うなりそっぽを向くカルニだが、エルドはその様子をなんの感慨もなく見ている。イムニトは腕を組みながらじっと観察しているようだった。

 そうしている間に1人の女性がエルドたちの方へと近付いてきた。

 肩よりも長い金髪を揺らしながら、弓と短剣を携えている。綺麗と思わせる容姿と実戦を積んで培われた雰囲気を持ち、スラリとした体つきをしているが女性たらしめる部分は程々、主張していた。

 金属製の胸当てと腰周りの防具と左手のガントレット、何かの鱗で作られた靴と右手の防具。少し、緑がかった弓と矢筒、赤色の鞘に収められている短剣。額に宝石のような物が埋まっている銀色のサークレット。

 その女性が近付いてくるに連れて、その姿がはっきりしてきた。


「カルセルアさん、今日からよろしくお願いします。」


「あぁ、任せといてくれ!イムニトの旦那!」


 イムニトが腰を折り、丁寧に頭を下げ、その女性・カルセルアは鷹揚に頷いた。そして、カルセルアはまずエルドに視線を移す。


「旦那、そっちの坊やはヴァーチさんが言ってたのかい?」


「そうですよ。紹介しましょう、傭兵になったばかりのエルド君です。」


 イムニトに手で指され、紹介されたエルドはフードを外し、腰を折ってカルセルアに挨拶した。


「紹介に預かりました、エルドと申します。若輩の傭兵ですが、どうぞよろしくお願い致します。あそこにいる従魔がサイファと言う私の相棒です。」


 紹介されたサイファは片目を開けて反応を返す。そして、カルセルアを眺めた。


「丁寧な挨拶だねぇ。うちの団長にも見習わせたいよ。傭兵団【繋ぎ手】の参謀役を任せられている、カルセルアだ。よろしくな、エルド。」


 カルセルアはそう言うなり、エルドのことを観察するようにじっと見つめていた。


(この坊や、ヴァーチさんが言ってたようにかなり出来るな・・・。立ち居振る舞いに隙がない。それにあの従魔はかなりヤバいな・・・。下手するとうちの団長よりもこの坊やの方が強いかもしれない。)


 カルセルアは自身の経験と照らし合わせて、エルドの力量を見極めようとしたが、全体を把握するのは難しいと諦め、“強者”ということで観察を終えた。


「んで、この馬鹿共がイムニト商会を襲撃しようとし、尚且つ、坊やに3度も喧嘩を売った奴らかい?」


「その通りです、本人達は【笑い猫】と言っていましたけど、本当かどうかは分かりません。」


「なるほどねぇ・・・。」


 カルセルアはカルニの首に下げられていた傭兵証を引きちぎって確認した。


「階級はEかい。雑魚だな。相手の実力が自分と比べてどうかも分からない連中じゃあ、しょうがないか。」


 カルセルアは嘲るように笑って、カルニら4人を見回した。それを見てカルニが怒鳴る。


「うるせぇぞ!クソ女!俺達はEじゃねえ!そこのガキのせいでEに落とされたんだ!!」


「はん、喧嘩売る相手すら見極められないような雑魚はEに落とされて当然だよ!階級がDだとしても威張れるもんじゃないんだよ!下っ端が!!」


 カルセルアの凄みでカルニはビクッと身体を震わした時、カルセルアの蹴りが腹に決まると縄で縛り上げられていた塊が地面を滑っていく。


「それと女性に対して口の利き方もなってないな。エルドを見習いな!」


 カルセルアはお仕置きをして、エルドを指さして再度、凄んだ。それを見たエルドはカルセルアに苦言を呈する。


「カルセルアさん、ヒトを指さすのはいかがなものかと・・・。それに彼らが気絶すると起こす手間も掛かってしまいますよ?」


「おっ、こりゃあ、すまないねぇ。あたしとした事が失礼なことをしでかしちまったよ。許しておくれ、エルド。それにしても偉いね~。ダメな事をダメだって言えて。」


 そう言いながらエルドの頭を撫でると、エルドは少し不機嫌気味に口を開いた。


「こんな見た目でも成人していますので、子供扱いされるのは・・・ちょっと気分を害します。」


 目をパチクリさせた後、カルセルアは豪快に笑う。笑いすぎて目から出た涙を拭うぐらいに。


「アハハハっ!こりゃ、本当に申し訳なかった。傭兵になってるんだし、子供扱いは好きになれないよな!つい、可愛くてな。怒らないでくれ。」


 泣く程笑っているカルセルアを見て、エルドは顔をしかめてしまった。ただ、これ以上言ってもどうしようもないと、ため息をついてカルセルアに尋問しようと促した。


「はぁ・・・。もう良いですよ。さぁ、尋問を始めてしまいましょう。」


「ありがとうよ。じゃあ、始めるとしよう。」


 カルセルアを先頭に2人はその後ろをついて行く。サイファは片眼を開けてその様子を見て、用はないと再度目を瞑った。


「おい、起きろ馬鹿共!今から聞く事に素直に答えな!答えないともっとお仕置きしてやるから、喜べ!」


 カルニはどうにか顔だけをこっちを向けて、唾を吐いてからまたもや憎まれ口を叩く。


「うるせぇ・・・。ク、クソ女。お仕置きなんて喜べるか。この暴力女が!聞きたい事があったら、ちゃんと答えるから心配してんじゃねぇ・・・。」


「ほぅ、まだ蹴りようが足りなかったみたいだね~。もう1発いっとくか・・・。」


 カルセルアがもう1度、カルニを蹴ろうと近寄るがエルドがそれを止める。この手のヒト達に構うと余計時間が掛かると、忠告するとそれもそうかとカルセルアはすんなり引き下がった。


「さて、テメェら、団証は持っているんだろ?どこにあるのか言いな。」


「それは・・・。持ってねぇ。ここを襲撃する前に団長に取り上げられちまった・・・。」


「ちっ、使えねぇ奴らが本当に使えない奴になりやがったか・・・。」


「カルセルアさん、“団証”というのは団に所属している事を示す装飾品とかそういう類いの物ですか?そうすると彼ら言い分が確かなら【笑い猫】の団員だと証明できないのでは?」


「エルドは団証のことを知ってたのかい?傭兵に成り立てだから知らないと思ってたよ。エルドの言う通り、此奴ら【笑い猫】の団証を持っていないってことになれば、ただの襲撃で【笑い猫】には何の痛みもない。

 まぁ、襲撃が失敗する可能性もあるんだ。それぐらいの処置は当たり前だけどね。団長をしているんだから、阿呆じゃ無理だわな。」


 カルセルアは最初から団証には期待していなかった。尋問の狙いはイムニト商会がどうして狙われたか、それと【笑い猫】についてだった。


「団証はあったら楽できたぐらいだったから、どうでも良い。問題はどうして、お前らの団長はイムニトさんを狙った?」


「どうして狙ったなんか知るか。命令されたから従った。それだけだ。」


「まぁ、、下っ端なんだからそうなるわな。じゃあ、暗殺をやれそうな奴、もしくは幹部の情報を教えろ。」


カルニは考え込んだ。下っ端以下の自分が持っている情報など噂話程度の信憑性しかない。それでも、自分のせいで巻き込んだ他の3人に危害が加えられないようにしたかった。

 数秒、黙った後。カルニは情報の正確性を教えた。


「俺達は下っ端以下の仮団員だ。だから、持っている情報もないに等しい。知っている事は全て話す。だから、この通りだ。此奴らには何もしないでやってくれ。」


 カルニは頭を下げて頼み込んだ。しかし、普段は諭すことが多いクスルが激怒した。


「ふざけるなよ、カルニ・・・。ふざけるな!これは俺達4人でやったことだ!お前だけの責任じゃねぇ!それとも何か?お前だけに背負わせて俺やキミキやケケエが何も感じねぇとでも思ってんのか!!」


 いつもの口調が消えてします程の怒りをぶつけるクスルにカルニはたじたじになった。


「だ、だけどよ、こうなったのは元はと言えば俺が・・・。」


「うるせえっ!!俺達は仲間で、4人で1つだろうがっ!!」


 仲間を庇うカルニとそんな仲間思いのカルニだけに罪を背負わせる形になることが許容できないクスル。そんな中、カルセルアが割って中に入る。


「はいはい、そういうのは俺達がいなくなってからやってくれ。まずはこっちからだ。」


 声音を落として2人を睨むカルセルアに対して、身体に悪寒が走った2人は言い争いを止めた。そして、カルニが答えていく。


「俺が聞いた話では暗殺がやれそうな奴は【笑い猫】の中では3人。副団長のサリナト、切り込み隊長と呼ばれている2人組、スナーシとマッカルーイだ。」



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