第20話 これからの方針決めました

 4人は商談に使っている個室に入った。4人はヴァーチとミロチが隣同士に座り、残りの席にエルドとイムニトが座った。

 ヴァーチは席に着くなりイムニトに残りの金を支払う。

【繋ぎ手】はエルドが卸した素材のほぼ全てを買い上げた。団員達の装備を更新するのにうってつけの素材ばかりだったのが買い上げた要因だ。

 皮と骨は防具へと、牙と爪は武器へと変えるため馴染みの鍛冶屋へと既に運び込まれている。その素材を見た【繋ぎ手】の団長は歓喜して飛び跳ねていたらしい。自分の装備が更新できるのが余程、嬉しかったのだろうとヴァーチが笑いながら語った。


「んで、さっきの奴らは何なんだ?雑魚にしか見えない奴らだったが。」


「エルド兄ちゃに瞬殺された雑魚、ウチでも勝てる。」


 ヴァーチの隣に座っているミロチは抑揚なく、そう言った。その言葉に父親であるヴァーチも頷く。


「ミロチでも楽勝だろうな。アイツらが何なのか、イムニトの旦那は知っているのか?」


「それに関してはエルド君から教えて貰いましょうか。」


 イムニトとヴァーチとミロチが視線をエルドに向けると、エルドは頷いて知っている情報を話した。


「彼らは傭兵です。【笑い猫】という傭兵団の一員らしいですよ。自分達でそう言っていただけなので確定ではないですが。」


「ちょっと待て、どうして傭兵だと知ってるんだ?エル坊?」


「あぁ、それはですね。傭兵組合で登録し終わったときに絡まれた時にそのように仰っていたからですよ。」


「エルド兄ちゃ、傭兵なった?」


「そうですよ、ミロチさん。ん?どうしたされたのですか?ヴァーチさん?」


 肩を揺らし、俯いているヴァーチにエルドは尋ねると、ヴァーチは高笑いしながら顔に手を当てて天井に顔を向けた。


「くくく、こりゃいい!エル坊が傭兵か!!これで俺達は傭兵仲間になったってこった!!アハハハ!!」


 そう言うなり膝を叩きながら笑うヴァーチに疑問符を浮かべる。

 エルドのその顔を見たヴァーチは謝りながら答えた。


「すまん、すまん。傭兵になったことが悪いことじゃねぇんだ。ちょっと面白くってよ。はぁ~、久しぶりに笑った。」


「そこまで笑うことですか?」


「エル坊がどう思ってるかは知らねぇが、傭兵は実力主義だ。冒険者とは違う。冒険者は名誉や地位を大事にするんだ。自分にその価値があると何より喜ぶ。」


「あの指名依頼のことですか。」


「そうだ。一般には指名依頼と言われているが、冒険者の中じゃ名誉依頼と呼んでるな。その依頼が来て実力者の仲間に入れるんだ。名誉依頼が来なくても実力がある奴はいるんだろうが、その名誉依頼がプレート同じように冒険者の中でも一種の基準になってることが多いんだよ。俺はあまり好きじゃなかったがな。」


「ということは、ヴァーチさんも冒険者なのですか?」


「いや、今は冒険者を辞めて傭兵に鞍替えした。こっちのほうが性に合ってたからさっさと変えちまえば良かったと思っちゃいるがな。」


 出された飲み物を飲んで、会話を元に戻そうとヴァーチは話を切り替えた。


「会話が逸れちまったが、元に戻すとさっきの4人組は【笑い猫】の連中なんだな。これはちょっと面白くねぇ展開だな。」


「面白くないとはどういうことかな?ヴァーチさん。【笑い猫】というのは厄介な傭兵団なのかな?」


 テーブルに置いてあるお菓子を食べているミロチの頭を撫でながら、真剣な表情に変わる。


「あぁ、厄介だ。【笑い猫】の規模は言う程大きかねえ。問題なのはその団の性格だ。性質と言っても良い。傭兵団っつうのは団長の下に集まったり、慕ったりして出来るもんだ。だから、その性格は団長の影響を大きく受ける。そして、【笑い猫】の団長は笑われることを兎に角嫌う。下手をすると微笑んだだけ笑われたと思うぐらいにな。」


「碌でもないヒトですね。その団長は。」


「あぁ、更には執念深いんだ、その団長は。そして、それは勿論、団員にも言える。【笑い猫】の団長の笑われたと耳に入ったら酷い目に遭うらしい。聞いた話だけどな。

 だから、イムニトの旦那。悪いことは言わねぇ。俺達に護衛の依頼を出しな。相手がどういう手を打ってくるか分からねぇからな。」


 イムニトはソファに深く座り、腕を組んで考え込む。

 家族や家族と言っても過言ではない商会の者たち。その安全をどうすれば守れるのかを。


 イムニトはヴァーチを真っ直ぐ見据えて口を開いた。


「傭兵団【繋ぎ手】に依頼を出します。これは組合を通さない直接依頼です。団に持ち帰って早急に対応を願います。」


 そう言うなり、イムニトは頭を下げた。その姿を見た、ヴァーチは立ち上がって返答する。


「あぁ、任せな。団長には話を通しておく。今日中には護衛の連中が来るはずだ。」


 その場を去ろうとするヴァーチをエルドが止めて間に入った。


「ヴァーチさん、待って下さい。私もその護衛に付きます。主に夜になると思いますが。」


「おぃおぃ、エル坊。気持ちは分かるがよ。護衛した経験はあんのか?」


「いいえ、ありません。ですが、考えてもみてください。武装した見ず知らずのヒトが家の中に居る。その状況を子供達はどう思うでしょうか?」


「そう言われると弱っちまうけどよ。だがな・・・。」


「ですので、夜の間、家の中は任せて下さい。それなりに戦えますので。」


 ヴァーチはエルドの表情を見て、真剣に考える。


(エル坊の意見は当然だな。奥さん達も知らない相手よりエル坊の方が安心できるだろう。これは話を通しておくべきだな。実力も申し分ないだろうしな。)


「分かった。まぁ、夜だけでも数が増えるのはこっちとしてもありがたいしな。それにあのクソ生意気なアイツもいるんだろう?」


「サイファのことなら当然いますよ。まぁ、庭で寝てますけど、侵入できるものならしてみたら良いですけどね。」


 相棒への絶対の信頼を覗かせるエルドにヴァーチは苦笑を漏らしながら返事をした。ヴァーチ自身もサイファがそれなりにやることは分かっているのだ。なにせ、エルドの相棒なのだから。


「そうだろうな。まぁ、魔獣には違いないしな。じゃあ、イムニトの旦那、俺達は戻らせて貰う。一応、用事は済ませたしたな。帰るぞ、ミロチ。」


 ヴァーチはミロチに手を差し出して、帰ることを促すとミロチはその手に捕まり、指定席に持ち上げられた。そして、ヴァーチ達は商談室から出て行った。


「エルド君、良かったのかい?」


「はい、トーラさんとも約束しましたし、街に居る間はお世話になると。それに危険が迫っているかもしれないと分かっているのに見て見ぬ振りをするわけがありません。ですが、私達で出来ることもたかが知れています。数が必要な場面もあるかもしれません。なので、夜だけでも落ち着いて頂きたくて。出しゃばった真似をして、申し訳ありません。」


 エルドは頭を下げようとするが、イムニトが肩を掴み、それを止めた。

 エルドは顔を上げ、イムニトを見ると、その顔は笑顔だった。


「君が謝ることは何もないよ、むしろ感謝しかない。私の家族のことをよろしく頼むね。」


「はい、お任せ下さい。」


 エルドも笑顔をもってイムニトに答えた。

 そして、話が一段落したことでイムニトは立ち上がり、大きく背伸びをする。


「さぁ、今日はいつもより忙しいみたいだから、そろそろ店舗のほうに戻らないとな。エルド君のさっきした宣伝のおかげでお客様で一杯だよ!嬉しい悲鳴ってやつかな!」


「後で、商会のヒトに怒られそうですね。傭兵組合に行ってサイファと一緒に依頼でも見てきます。」


「そうだね。そうした方が良いかもしれないね。」


 2人は朗らかに笑い合っていた。空の真ん中にある明るい円が商談室に暖かさを送り届けていた。



 その日の夜、とある酒場ではソファで寝そべっている男がエルドにやられた4人組に対して、淡々と言葉を連ねていた。


「お前達さぁ~、新人に絡んだ挙げ句~返り討ちにされたんだって~、ほ~んとに弱いなぁ~、お前らは~。」


 妙に間延びした口調で、視線すら4人組に向けずにクルクルと自身の短剣を器用に回して遊んでいた。


「違うんです、団長!珍しい魔物がいたんで団長のために持ってこようと思って!」


 4人組の1人、カルニが声を大きくして言い訳をしたが、自分達がやられた理由を説明しただけだった。


「声だけは一丁前だ~ね~。それでも、お前達はバ~カだね~。組合に居たってことは何奴かの従魔ってことだろ~?そんなの連れてこられても~衛兵に~連れて行かれるだけだろ~?」


「いや、でも本当に珍しくて、見たこともない奴でした!!」


「従魔を本人から奪うと組合から追われるってお前達は知らないのか?救いようのないバカだな?さてはお前ら文字すら読めないバカだな?しかもだ、誰も見てない所で奪うならともかく、傭兵組合の中で他の傭兵達が居る前でそんなことしてバレないとでも思ったのか?それなら生まれ直してこい、そして、生まれてきてすみませんでしたと教会で懺悔してこい。分かったな?」


 テーブルに足を上げて酒を飲んでいる女が矢継ぎ早に辛辣な言葉を浴びせる。周りには空き瓶が何本か転がっている。女の顔はほんのり赤くなっているだけだった。


「サリナトは怖~いね~。でも、バカには違いな~い~。ギャハハ~!」


 ヒトを小馬鹿にするような笑い声を上げた男は一頻り笑った後、ソファに座り直して、4人組に鋭い視線を浴びせた。その視線の恐ろしさで4人組は冷や汗をかいている。

 そして、男の口調が様変わりした。


「お前ら街の奴らに笑われる目に遭ったらしいな?それも俺が言った指令に出向いた商会の前でだ!俺ぁ、いつも言ってるよな!笑われるのが一番嫌いだってよ!!」


 床が踏み抜けんばかりに足を打ちつける男は、直立している4人組に怒りをぶつけた。その怒りに当てられた4人組は冷や汗がダラダラと流れている。


「それを命令した商会の目の前で笑われてるってどういうことだぁ!!お前らは笑われることしか出来ないのか!!」


「ダリカ、此奴らしかも昼間に行ったらしいよ?バカもここまで行くと清々しいよ!!お前達の頭には何が詰まっているんだろうね?見たくもないけど。」


「てめぇら、本格的にバカだな。俺は酷い目に遭わせてこいって言ったんだぞ?それを自分達で目撃者を多数作ってどうすんだ!!」


 団長のダリカは足を組み、ソファの背もたれに体重を預けた。呼吸を整えて4人組に話しかけた。


「お前ら、団証を出せ。」


「団長、それは一体・・・。」


「俺の気が変わらないうちに早く出せ。」


 先程の怒っている声よりも底冷えする声を出されて、4人は【笑い猫】の団証をテーブルで飲んでいるサリナトの前に置いていく。

 サリナトは出された団証を確認して、ダリカに視線を送ると、ダリカは頷いて立ち上がった。


「バカなお前らにもう1度だけ機会をやる。いいか?誰にも見つからず、イムニト商会の会頭を酷い目に遭わせろ。いいか?俺の“酷い目”がどんなものか足りない頭でよ~く考えろよ?上手く出来たら、団証を返してやるし、ちゃんとした団員として迎えてやるよ。」


「分かりました!必ずやり遂げてみせます!!」


 カルニは大きな声で意気込みを語ると3人を連れてぞろぞろと酒場から出て行った。その様子を見ていたダリカはソファに寝そべって寛いだ。


「ダリカ、アイツら上手く出来ると思うかい?」


「いいや~、無理だろ~うな。嫌が~らせ~程度になりゃいいさ~。」


 間延びした口調に戻ったダリカはサリナトに自分の予想を告げる。サリナトはそれを聞きながら、お酒をグビグビと飲んでいく。


「雑魚な連中を使って嫌がらせをして、その後に本命を使って潰すのかい?」


「潰す~までは~しない~さ。ただ、俺達に目を付~けられる~と酷い目に遭うっていう~宣伝をして~もらうだけさ~。まぁ、会頭は変わることに~なるけどなぁ。ついでに使えな~い奴らを処分ってな~。」


 遊んでいた手を止めて真剣な声をダリカは出す。


「俺を笑う奴は誰だろうが許さねぇ。」


 その言葉を聞いてもサリナトは返事をせず、酒を飲んでいく。ダリカはいつも笑顔でいるイムニトを思い出して天井を見る視線が鋭くなった。




 【笑い猫】の常駐する酒場を出て、カルニはドスドスと聞こえそうなぐらい足を踏み鳴らしていく。団長であるダリカの強さに惚れて、頼みに頼み込んでようやく入れた【笑い猫】。その試金石とも言える団長直々の指令を上手くこなせずカルニは苛立ちを地面にぶつけていた。


「カルニ、俺達には【笑い猫】は合ってないと思うんだなあ。団証も取り上げられたし、このまま団長命令をしなくても良いんじゃないかなあ?」


 キミキは苛立っているカルニに恐る恐る自分の主張を言うが、カルニは鋭い視線をキミキに向けて、怒鳴った。


「何だと!!お前も見ただろう!!団長のあの強さをよ!!俺達が傭兵でのし上がっていくにはあの強さとあの雰囲気というか滲み出てくる強者感が必要なんだよ!!だから、何度も何度も頭をこすりつけて頼んだんじゃねぇか!!」


 後ずさるキミキの前に太った男・クスルが前に出て、カルニを宥めつつ諭した。


「カルニ、仲間に怒鳴るものではないでしょう。それぐらい分かっているでしょう?それに苛立ちは誰かにぶつけて解決することでもないでしょう。」


 クスルのじとっとした視線と少し怒っている声音にカルニは息を詰まらせる。


「うっ。クスルの言う通りだ。キミキ、怒鳴ってすまねぇ・・・。」


「良いんだな、気にすることないんだな!」


 カルニがクスルに諭され、キミキに向かって頭を下げて謝罪した。キミキは笑顔でカルニの謝罪を受け取ると、カルニはほっとするが苛立ちはまだ消せなかった。


 「畜生・・・。あのガキに会ってから何も良い事が起きねぇ。全部、アイツが悪いんだ!」


 やるせない気持ちを地面にぶつける事しか出来ないカルニは踵を何度も打ちつける。それを見ていたクスルは自分の考えを改めてカルニに伝えた。


「カルニ、良い機会だから言うでしょう。【笑い猫】は我々には合っていないでしょう。これを良い機会に脱退するのが最良だと思うでしょう。」


「そうかもしれないけどよ・・・。」


「思い返してみるといいでしょう。あの団は我々に何もしてくれていないでしょう。団員の面倒を見ない、鍛えもしない団が本当に良い団なのか、もう既に答えが出ているでしょう?」


 カルニはクスルに言われて、【笑い猫】に入ってからのことを思い出していた。団員を鍛える事もせず、全員は勝手気ままに動き、団長以下幹部はいつも酒場にしかいない。下っ端連中が達成した依頼や魔獣討伐で得た金で酒を飲み、自分達は働きもしない。

 ダリカに憧れて入った団はクソみたいな団だった。


「分かった。俺も腹を括る。だが、自分のケジメとして今回の事だけは達成する。俺達がこれからも傭兵でいるために。だけど、あの会頭には酷い目には遭って貰う事はしない、いいかお前ら?」


 カルニの言葉に全員頷いた。【笑い猫】と決別するために、その瞳には覚悟の意思が込められていた。


「【笑い猫】が傭兵団じゃない。焦らず実力を付けて、自分達の団を作ればいいのさぁ!」


 ケケエが独特のポーズを決めて、緊張が漂っていた雰囲気を台無しにしてしまう。が、そのおかげか妙に力が入って緊張していた3人は笑ってしまい、肩の力が抜けたようだ。


「よし、ケケエのおかげで緊張が解けた所で行くか!」


「そうだよ、君たち!私に感謝したまえ!」


「分かったんだな。ありがたいんだな。」


「感謝はいつもしているでしょう。そうでしょう。」


「全く、俺の仲間は締まらねぇな。まぁ、それが俺達か。とりあえず、侵入だけして指令を果たした事にする。だが、失敗したらあの団長に何をされるか分からない。すまねぇがそれだけは覚悟してくれ。」


 カルニはそう言うと3人に向かって頭を下げた。3人はカルニの肩を叩いていく。


「俺達はいつでも一緒なんだな。だから、これからもなんとかなるんだな。」


「キミキの言う通りでしょう。そうでしょう。」

「君たちには僕が必要だからね、どこまでも行って上げようじゃないか!」


 そう声を掛けられ、カルニの目頭が熱くなっていく。


(仲間に恵まれたことを今更ながら実感したぜ。俺は何を焦っていたんだか・・・。情けないったらねぇな・・・。)


「ありがとう、お前ら・・・。それじゃあ、行くぞ。」


 4人組はそれぞれの得物を持ち、夜の道を静かに進んでいった。


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