第3話 何かいました


 耳を動かし、歩いてくる音を察知したその獣はのそりと起き上がった。


「やっと終わったか。」


「終わりましたよ、サイファ。村で食料やら燃料やらを買って準備しましょう。どうやら1日、もしくは2日程、野営が必要です。道すがら説明しましょう。」


 そうエルドは答えた。

 起き上がったサイファに歩きながらネルスラニーラの話を伝える。

 腕輪の魔道具のこと、頼み事の内容と報酬。

 カーマとは昔、パーティーを組んだことがありその縁で今も交流があり仲が良いことなど。


「やはり、貴重なものか…その腕輪は…。あの人はそういう気質だから説明不足は致し方ねぇな。」


 目を細め、どうしようもないとそんな顔をしつつエルドに同情するサイファだったが、同時に諦めるようにも促した。


「野営は慣れたものだから、今更どうと言うこともないが、調査の件がどうなるかだな。おかしいって言っても具体的なナニかがあるわけじゃねえんだろ?」


「そうみたいです。少し魔物の遭遇率が高くなってきているようですが、微妙なんだそうです。ただ、ネルスラニーラさんには何か感じるんだそうです。“囁く”と仰ってましたね。」


(“囁く”ね…)


「その女はエルフか?エルド。」


 その女性の種族を察したサイファは確認するようにエルドに尋ねると


「サイファ、“その女”という言い方は止めて下さい。師匠の仲間なんですから、それに女性に対する言い方ではありません。

 彼女はエルフですね、耳とかそういう特徴は確認できませんでしたから、おそらくとしか言えませんが…。」


 相棒を嗜めつつ、己の所感を述べるエルドは更に続ける。


「そして、かなりやるはずです。師匠のお仲間ですし、雰囲気が似てるところがあるんです。まぁ、エルフだと判断したのは同族の雰囲気を感じたからっていうのが根拠ですね。」


「なるほどな。まぁ、あの方の仲間ならかなりどころじゃねぇな。じゃあ、色々買っていくか!肉を多めによろしく!!」


 しれっと自分用の肉を買うようにと歩いて行く獣に目を細めて視線を向けつつ、はいはいと答え歩みを進めていくハーフエルフの少年は食料燃料を求めていくのだった。




 屋台で買った串焼きと果実を広場で食べている少年と獣に通行人や武装した集団がチラチラと視線を向けていた。 

 少年はそんなことを気にせず、これからのことを順序立てて考えていた。


(玉石草のことは夜になってからだ。それと“森の様子”か…。

 こちらのほうが厄介だ。何が原因か分かればいいんだけど。

 期限は2日として、森を探索しつつ教えてもらった範囲を動いてみるか。)


 そうと決まればと、食べ終わった昼食のゴミを処分をしてサイファにこれからの行動を説明する。


「サイファ、聞いてください。玉石草は夜にならないと採取できません。森の調査は原因が分かるとも限りません。なので、期限を2日としてネルスラニーラさんに頂いた情報を元にどれくらい魔物と遭遇するか実際に試してみましょう。」


「分かった。歯応えのあるやつがいるといいんだがなぁ。」


 肉の塊に齧り付くのを止めエルドに顔を向けニヤリと好戦的な顔をするサイファ。だが、口のまわりに付いてるソースがその獰猛さを台無しにしている。


「んで、いつから動くんだ?日がもう少し傾いてからか?」


「いや、食べ終わったらすぐにですよ。さっさと終わらせましょう。時間がかかり過ぎたら師匠になんて言われるか…。」


「だな。さっさと終わらせないとこっちが酷い目にあいそうだ。」


 残っていた肉の塊をひょいと上に投げて一飲みにしたサイファに立ち上がるエルド。食べかけの瓢箪の形をした果実をサイファのほうに投げパクっと口の中に収める。


「さぁ、行動開始です。」







 フェル村の東北の方向には森がある。

 太い幹が土を強固にし、風に揺れる葉が歌を唄う。

 上から降り注ぐ日の光がその森全てに恵みを与える。

 静かな森だ。

“異変”が起こりそうな森には見えなかった。

“異変”が起こっている森にも見えなかった。


「ん〜。何かが起こっているようには見えないですね。普通の森にしか見えませんが…、サイファはどう見えます?」


「俺には何かがおかしいとしか言えねぇな。何か煩いんだよ。」


「そうですか、煩いですか。ちょっと耳を澄ませます。」


 エルドは、目を閉じた。


(聞き分けろ。音を、声を、鼓動を)


 エルドは拾った。

 エルドは飛ばした。

 今、何が起こっているかを知るために。


(これは、戦っている?)


「サイファ、見つけました。行きます。」


 そう告げると、エルドは走り出した。

 木が避けていった。風が味方をしているようだった。

 サイファは隣を駈けていた。


「エルド、何故【探知】を使わなかった?」


「気付かれると面倒ですから、それにこちらが危機感を覚えるような相手ならそれはそれで面白いじゃないですか?」


 エルドは微笑みを浮かべた。

 似たもの同士の相棒である。

 少しずつ速度を落とし始め、そして、エルドは体を木の幹で隠し、サイファは身を伏せた。

 エルドはサイファに向こう側を示し、木からそっと確認する。


(あれは…アリとヘビ?)


 そこには傷つき体液が所々で流れている青いアリとチョロチョロ舌を出し太い枝の上から地上へと垂れ下がっている胴体直径が1m程もあるヘビがいた。

 ヘビの鱗にも傷がついてたが、どちらが優勢かは一目瞭然だった。

 その様子を確認したサイファは既にやる気をなくした顔つきになっている。


「おい、エルド。こんなの見つけてんじゃねえよ。弱いモン同士のじゃれ合いじゃねえか。」


 小声で文句を言うサイファ。

 こちらの注意に向かせないように声量を抑えたようだ。


「助けます。見てていいですよ。」


「お前…。ホントに“青”が好きだな…。好きにやれ。」


 今度こそ完全に興味を無くし寝る体勢になったサイファは欠伸をして退屈さを主張した。


「サイファ、言っておきますけど彼女が“青い”からだけではありませんよ。なんとなく、惜しいからです。ちょっと気になることもあるのでついでに確認します。」


(どっちにしろ助けるんじゃねえか。それにしてもメスだなんてよく分かったな。)


 サイファは口には出さず、片目を開けて了解の返事をした。





 エルドは機会を伺った。

 介入することが良いと分かっているわけではない。

 ただ、惜しいと思った。

 このまま彼女がいなくなるのが。

 状況は明らかにアリのほうが劣勢だった。

 いくらヘビが負傷しているとはいえ

 逆転できる乾坤一擲の一撃を持っているようには見えなかった。


(さて、どうしたものか。いきなり介入してもいいけど。)


 状況は差し迫っている。考える時間はどれほどあるのだろうか。

 結論を出す前にヘビが動いた。

 口から胴体に向かって線が引かれていく。

 口がアリを丸呑みできるほど開かれた。


(マズイっ!!)


 結論よりも体が先だった。

 隠れていた木から走り飛ぶ。


 一閃


 愛用の刺突武器を抜き、下から上へ、ヘビの開いた口を強制的に閉じさせるように貫いた。

 続けざまに上に飛ぶ。

 痛みに呻くより早くエルドはヘビの頭を貫いた。

 ヘビは眼の光を失うと同時にその身を大地に打ち付けたのだった。


(考えるより、体が動くほうが簡単だったな〜。)


 ヘビが巻き起こした土煙が晴れていく。

 彼女には何が起こったか見当がつかなかった。つくわけがなかった。

 この戦闘に介入することが起こるなど。


 何かの影が彼女に近付いた。

 半死半生の体を震えながら起こし、警戒した。


「伝わるかどうか分かりませんが、敵ではありません。まずは体を。」


 アリの体が透明なナニかに包まれる。

 陽の光に乱反射していく。

 彼女の身体が輝いた。


「これで大丈夫です。あとは念の為にこれを掛けておきます。願わくば、あなたが身を守る以外に敵対しないことを。そして、強く生きてください。」


 エルドは目線を合わせ言葉を発した。

 助けた命を無駄にしないように、不意に散らすことのないように願って。


「ギィ…。ギギィギ。」


 彼女は何ごとか言うと地に伏した。

 エルドは起きるまで彼女が傷つことがないように周囲の守りを固めた。

 四角錐の光の壁を作っていく。結界だった。


「サイファ、終わりました。野営地まで行きましょう。」


 ヘビを貫いた武器を回収しながら声を掛けた。


「ほら、やっぱりつまんねぇじゃねえか。」


 一瞬の攻防で終わったことに自分の予想通りだと鼻息を鳴らす。


「まぁ、それは仕方ないでしょう。ヘビは回収しときます。一応、証拠として。」


「証拠だぁ?」


「えぇ。ヘビのこの傷。一体、何がつけたものか。」


 ヘビの体にはあちこちに裂傷があった。

 アリとの戦闘でついたものもあるだろう。

 だが、それ以上にヘビの体は傷ついていた。


(何と戦った?)


 エルドは後始末ともにこの森に何がいるのか考え始めた。

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