第2章 伊達マスク@はじめまして
◆ 第2章 伊達マスク@はじめまして
《シークアンドハイド》は、ボーカル・作詞・動画のアニメーションやCGを担当するシークさんと、キーボード・作曲・編曲・その他ミックスやマスタリングなどの技術全般を手がけるハイドさんという、二人組音楽ユニットだ。先述のとおり、動画サイトを主な活動領域としている。
楽曲の制作から動画のアップロードまで、ほぼすべて二人だけでおこなっている。制作が二人で完結してしまうから、新曲をリリースするペースがものすごく速い。1カ月も経てば次の曲がアップロードされているし、2カ月くらい間が空いたと思ったらアルバム1枚分の新曲を一気に発表したこともある。
まれにメディア露出はあるものの、写真は加工されていることも多く、顔を出すときは二人とも常にマスクを着用している。一応、シークさんは茶髪に赤のメッシュ、ハイドさんは金髪に青のメッシュというのが一つのトレードマークとなっている。
つまるところ、顔の下半分が見えない、もちろん本名もわからない、正体不明の二人組だ。
しかしその音楽センスはずば抜けていて、5年前、初めて投稿された楽曲のミュージックビデオが瞬く間に100万再生を超え、一躍注目を集めた。翌年にはCDもリリースし、その後アニメやドラマの主題歌を手がけたことでさらにファンが増え、毎年ライブもおこなっている。
ハイドさんの作る曲は、独創性あふれるデジタルサウンドが最大の特徴だ。ジャンルにとらわれない楽曲群には強烈な個性が滲み出ている。私はあまり詳しくないけど、編曲やマスタリングまで一人でこなしてしまうのは相当な技術らしい。
シークさんの歌声はそのサウンドに埋もれることなく存在感を放つ。どんな曲も歌いこなすし、何より女性顔負けのハイトーンボイスはインパクト絶大だ。歌詞や映像に独特の世界観があり、これが《シーハイ》のよさだと語る人も多い。
今回の新曲は、そんな《シーハイ》の王道ともいえる一曲だった。
「あぁ~~よき~~~~さいこぉ~~~~~~好きだこれ~~~~~~」
朝陽がスマホを手に悶えている。それから、Bメロのこの詞と歌い方がとか、サビで入るシンセの音がとか、熱の込められた感想をツイッターに投稿していた。朝陽みたいに全身で感動を表現するような感受性は持ち合わせていないけど、私もおおむね同じ感想を抱いていた。
ちなみに私はハイドさん推しで、朝陽はシークさん推しだ。こういうところも私たちらしくて、私は気に入っている。
何度か繰り返し聴いたところで朝陽がイヤフォンで聴き始めたので、私もヘッドフォンを引っぱり出した。スマホのスピーカーから聴いていたときには気づかなかったリズムやコーラスに気づく。そういうことがあるのも《シーハイ》の曲の魅力の一つだと思っていて、だから何度でも聴いていたくなるのだ。
正式に謳われているわけではないけど、この「5週連続投稿」は、一部のファンの間では《シークアンドハイド》活動5周年に向けたある種のプロジェクトではないかという声もあった。第1弾として発表されたのは、その説を裏づけるかのような曲という印象を受けた。
デビュー当初から光り続けているハイドさんの天才的なセンスと先鋭的なサウンド。そして今回シークさんが書いた歌詞には、二人の出会いやこれまでの道のりを思わせるフレーズが散りばめられている。ある意味、原点回帰ともいえる気がした。
《シーハイ》のCDデビューの年が、私と朝陽が東京に出てきた年であることを思うと、ちょっと感慨深いものもあった。
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初めて会ったとき、朝陽のことは「おとなりさん」程度の認識だった。
4歳の頃、朝陽の家族が私の実家の隣に引っ越してきた。同い年の女の子がいる、とは聞いていたけど、当時は頻繁に遊ぶ仲ではなかった。
あれは小学校2年生の頃だ。
当時の私はまだマスクもメガネも使っていなかった。
小学校に上がると、私は痣が理由でからかわれることがよくあった。
あるとき、当時のクラスのやんちゃな男子グループの奴らが、私にちょっかいを出したり物を隠したりすることが続いた。小学校低学年だから今思えばかわいいものではあったけど、いじめといってもよかったかもしれない。
その日、担任の先生が例の男子たちをこっぴどく叱りつけた。それだけならまだよかったものの、帰りの会で先生はみんなの前でこの件について話をしたのだ。西野さんはブスじゃありませんとか、どんな顔でも仲よくしなきゃダメですとか、そんなことを言っていたと思う。
私は傷口に泥を塗られた気分になった。
最終的には、私が教室の前に立たされて、私をいじめていた連中がみんなの前で私にゴメンナサイを言わされる、なんてことにまで発展した。
こんなことをされても、私はちっとも嬉しくなかった。ここまでくると私までみんなの前で恥をかかされている気がして、一刻も早く終わってほしかった。
そんな帰りの会が終わったあと、今度は私と先生が一対一で話をすることになった。
「西野さん、おうちの人に聞いたわ。それ、生まれつきのものなんでしょう? だったら堂々としてればいいの。その顔に生まれたこと、恥ずかしがることなんてない」
そう言われて、なんだかすごくモヤモヤしたのを覚えている。たしかにその通りなんだけど、先生は私を慰めるために言ったんだろうけど。
話を聞きながら、私はずっと泣いていた。
先生の話から解放されて廊下に出ると、当時隣のクラスだった朝陽の姿があった。
「朝陽ちゃん」
「夕凪ちゃん」
目が合って、私たちは同時に声を漏らした。
痣だけでなく泣き腫らした顔まで見られて、私はつい目を逸らしてしまった。
ほかのみんなはすでに帰ってしまったのか、教室の近くには私と朝陽以外は誰もいなかった。朝陽もこれから帰るところのようだった。
「夕凪ちゃん、あのさ」
再び視線を向けると、朝陽は背負っていたランドセルを体の前に持ってきて、何やら中身を探っていた。
これ、と朝陽が差し出したのは、包装された1枚のマスクだった。
「……マスク?」
「給食当番で使うから、持ってきてた。これは予備の1枚」
意図をはかりかねて、私は朝陽が持っているマスクをじっと見ているしかできなかった。
「さっき、先生が話してるのが聞こえたんだけど」朝陽は私の口元の痣を指さした。「もしそれで困ってるなら、マスクしてれば気にならないかな、って」
はっとなった。そうだ、隠してれば気にならないかも。そう思って、私は朝陽の手からマスクを受け取った。
袋を開いて、マスクをつけてみる。
守ってもらえた、と思った。
男子にからかわれてクラスみんなの前で恥ずかしい目に遭わされて、敵だらけだと思っていた世界から、そっと守られたような、そんな感覚だった。
「ありがと、朝陽」
「どういたしまして」朝陽はランドセルを背負い直した。「じゃ、一緒に帰ろう、夕凪」
朝陽が笑顔で差し出した手を、私は強く握った。
泣いてばかりだった私は、ここでようやく笑えた気がした。
その日、私たちは手をつないで家に帰った。いつもなら気になってしかたがない視線が、このときは気にならなかった。
この日から、私はマスクを着用するようになった。
翌年、私と朝陽は同じクラスになった。一緒に過ごす時間が増え、朝陽との距離が一気に縮まったと思う。余談だけど、小学校から高校まで、朝陽と同じクラスになったのはこの一年間だけだった。
小学生の頃から朝陽は明るく人気者で、朝陽のまわりにはいつも人が集まっていた。
私はというと、やっぱりどこか腫れもの扱いをされることが多く、はっきりと拒絶はされないけど暗に遠ざけられたり、どうしてアイツなんかが朝陽と一緒にいるんだ、みたいな感じで陰口を叩かれたりすることも往々にしてあった。
だけど、そんなことを気にする様子もなく朝陽は私に接してくれた。それが嬉しかったし、誇らしかったし、何より安心させてくれた。
学校が嫌になったこともあったけど、そんなときは朝陽の家に遊びに行った。ときにはお泊まりもさせてもらった。
勉強を教え合ったおかげか、二人で同じ高校に合格することができた。
これも余談だけど、高2くらいの頃に朝陽がオシャレに目覚め、小顔効果とか言って大きめのメガネを愛用していた時期があった。私が伊達メガネをかけるようになったのはその影響を受けてのものだ。ちなみに、今は朝陽はメガネをかけていない。
さすがに高校を出たら離れるかな、とも思ったけど、二人とも東京の大学に進むとわかり、じゃあルームシェアしようよ、という話になった。
ところが紹介される部屋が二人で住むには広すぎる物件ばかりで、しかたなく単身世帯用の物件を探すことになった。すると、たまたま見つけたマンションに運よく隣同士の空き部屋があったのだった。
そうして、東京に二人で住み始めたのが4年前。
私たちが《シーハイ》を知ったのもその年だった。
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