2 銀のスプーン
黒猫が悪い夢を運んでくるのなら、いっそのこと、黒猫を魔法で消してみたらいいじゃないか。なるほど、逆転の発想だ。なんの逆かは問わないでおくがね。ただし、用心して事に当たらなければならない。もしかしたら、魔法をかけようとした瞬間に、黒猫が飛びのいて、その先に、鏡があるかもしれないからだ。それくらいのことは、やすやすとやってのけるやつである。だからぼくは、後ろに鏡がないか慎重に確認してから、黒猫に手のひらを向けて念じた。消えろと。すると、いったいどうしたことか。目の前が真っ暗になってしまった。
それから、どれくらい時間が経ったか知らない。気づくと、ぼくは真っ暗な螺旋階段を、壁伝いに下へ下へと降りていた。そこがどこなのか、自分がどこに向かっているのか、ぜんぜん見当がつかなかった。とにかく、ぼくはぐるぐると階段を降りて行った。
だいぶ降りてから、ようやく外に出ることができた。そこは、ひとが住む街のようだったが、ひどく色あせた、汚い感じがするところだった。広場のわきに、ひとり寂しげにたたずむ少年がいたので、ぼくは何の気もなしに声をかけた。「黒猫を見なかったか」と。すると、ぼろをまとった少年は、「黒猫なら、さっき空から落っこちてきて、しばらくは飛んだり跳ねたりしていましたが、やがて息絶えてしまいましたよ」と答えた。ぼくが「どこだ」と尋ねると、少年は、「土手に墓を作って葬った」と答えた。
少年に案内されてぼくが川沿いの土手まで行くと、少年の言葉どおり、土手のわきに小さな四角い石で墓が作られていた。ぼくは、なんの意味もないことだと思ったが、墓前で目を閉じて手を合わせた。すると、天空から光の糸のようなものがぼくの頭上にまっすぐ伸びてきた。ぼくはそれを見て、まるで蜘蛛の糸のようだと思った。少年は言った。「早くあれにつかまりなさい。早くしないと、餓鬼たちが寄ってきますよ」。「でも」とぼくは頭上を見上げた。光の糸は空のかなり高いところで途切れていたからだ。「飛んでいきなさい」と少年は言った。「さあ、早く。それと、これをもって行きなさい。黒猫と一緒に空から落ちてきたものです」。それは銀のスプーンのようだった。「一緒に行こう」と誘ったが、少年は断った。ぼくは空を飛んで光の糸が垂れ下がっているところまで行った。それをつかもうとした瞬間、あたりが光に包まれて、まぶしくて何も見えなくなった。
次に気がつくと、ぼくはまるで天国のような場所にいた。具体的にどう表現していいかわからない。正直なところ、細部までよく思い出せないのだ。なにか自然の宮殿のようなところに、美しいものやおいしいものがとにかくたくさんあった。あとさき考えずにばくばくやっていたら、すぐにお腹がいっぱいになってしまった。王様になった気分だった。けれど、そんなに愉快な感じでもなかった。腹八分目とはよく言ったものだね。美しい女がやってきて、ぼくにワインを勧めたが、ぼくはいらないと断った。お腹が満たされると、もうなんの興味もわかなかった。眠気を感じているわけではなかった。だるくてしょうがないわけでもなかった。いままで感じたことがない、妙な気分だった。ぼくはつぎになにをしたらいいかわからなくなった。ぼくはいったいなにをすべきなんだろうか。そう思ったとき、先ほどの寂しげな少年の姿がちらと頭をよぎった。かわいそうなので、ここに連れてきてやろうかと思ったが、どうせすぐ退屈してしまうだろうと思って、やめた。そして、ひらめいた。そうだ。きみに手紙を書いて、このことを知らせよう。きみならきっと興味を持つはずだ。すると、おあつらえ向きなことに、ぼくの目の前にはペンと便箋がすでに用意されていた。なかなか気が利くじゃないか。さっそくぼくはきみに手紙を書き始めた。夢中になって書くうちに、ぼくは我を忘れた。
それからのことは、よく覚えていない。だけど、このつぎに、ぼくはなにをすればいいんだろう。なんでもできるはずなんだが、かえってなにをしていいかわからない。優柔不断だね。きみならどうする? きみの意見が聞きたい。
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