43 [付録]「水道の夢」
[付録]夢の報告
夢の中での思考も、以前よりずっと纏まりを欠き、混乱しがちだ。明晰夢を見る頻度も以前より減った、というより、おそらく夢だと気づいてはいるのだが、意識の覚醒度が低すぎるために、なんだかわけのわからないことになってしまうのである。
一昨日見た夢がちょうどそんな感じだったので、ちょっと書いてみようか。夢だという自覚はたぶんあるが、内容は意味不明で、自分が何を考えようとしているのか、まったくわからない。
「水道の夢」
そこはぼくが前に住んでいたアパートなのだが、いま考えれば、かなり様子がおかしかった気がする。ぼくは洗面台の前に立ち、蛇口から水を飲もうとしていた。だが、蛇口から水を出すためには、自動販売機のように、硬貨を投入しなければならなかった。おかしな話だが、そういうことになっていたのである。
ぼくは五百円硬貨を入れて、「水道」の蛇口をひねった。すると、どういうわけか、蛇口からは水ではなく、数枚の硬貨がばらばらと落ちてきた。――なんだこれは。どうやらこれは夢のようだ。蛇口から水ではなく、硬貨が出てきたんだからな。両替機でもあるまいし。数えると、四百五十円あった。ぼくは思わず苦笑した。いったい誰が五十円をかすめとったのか。蛇口の使用料が五十円だったのだろうか。なるほど確かに、この世界では、何をするにも金が要る。誰のものでもないものなんて、ひとつもないかのようだ。生きるためには、働かなければならない。それはわかる。しかし、みんながみんな、つねに何かをしていなければならないという義務はどこからやってくるのか。需要からくるのではないことだけは確かだ。それなのに、いや、それだからこそ、人々の働きに釣りあうだけの需要がそこに存在するかのように見せかけなくてはならない。誰が? 誰もいやしない。誰でもないものに命じられて、あいつらはおれに物を買わそうとする。あいつらが作ったのではない。ロボットに作らせた物だ。人間の代わりにロボットが働いている。ほとんどのことをロボットがやってくれる。それなのに、どうしてまだ人間たちが働いているのか。どうして? われながら愚問だ。ロボットに入れるコインを買うために決まっている。ロボットの持ち主はそのコインでロボットを動かす燃料を買うのだ。しかし、よく考えてみれば、それも変な話だ。だって、おれの記憶では、ロボットは光で動いているのじゃなかったか。おかしいぞ。明らかに変だ。これは夢だ。いや、夢だと思いたい。おれの五十円をかっさらっていったやつは誰だ。そいつがあとでぼくのところに五十円分の水を持ってやってくるのか。わざわざグラスに水を入れて? 頼みもしないのに? おれは水が飲みたいだけだ。そもそも、タダで水が飲めないのはおかしい。水とは、人間にとっていちばん必要なものじゃないのか。人間の代わりにロボットが働いている。それなのに、どうして人間が働き続けなければならないのか。ロボットは人間を助けるはずのものなのに、人間はロボットと戦っている。ロボットが人間の働き口を奪っている。なんてことだ。こんなはずじゃなかった。働かなければ金は稼げない。生きるのに金がかかるなんてうんざりだ。ああ、おれはどこか荒野に行きたい! しかし、この地上にまだ、誰のものでもない荒野が残っているだろうか? おや? なんということだろう。蛇口から百円玉がカチャリと落ちてきた。どうやら先方の都合で、おれのところに水を持ってこられないようだ。余分の五十円は詫びのつもりらしい。なんとも気前がいいが、この五十円は、おれの手に入る前には、いったい誰のものだったのだろう。こんなものを受け取っては、あとが怖い。タダより高いものはない。後でもっと大きな割を食って、損をするのはこっちに決まっている。五十円は返すぜ。蛇口にむりやりねじこんでやる。ほら、返したぞ。いまいましいロボットどもめ。おまえたちは、人間を製造業から締め出すだけには飽き足らず、サービス業にまで触手を伸ばそうというのか。そうして、ついに人間からすべての仕事を奪ってしまうにちがいない。人間の変わりにロボットが働く社会になる。愚かなことだ。それでも人間たちは働くのか。人間たちは、何もすることがなくなるまで、働く必要がないということに気づけないのか。いや、おそらく人間は、そのことに死ぬまで気づくことはあるまい。働き口がなくなって、人間たちはついに餓死する。馬鹿は死ぬまで直らないと言うが、これは傑作。間抜けとしか言いようがない。いまのところ、人間たちは想像力を見当ちがいの方向に働かせて、ロボットが人間に反乱するとか、人間を支配し始めるとか、ありそうもないことを言って不安を煽り、怯えているだけだ。だがそれも、革命の予兆と言うべきだろうか。おや? インターホンが鳴っている。誰か来たようだ。水道局のやつに決まっている。おれをクレーマーだと思い込んで、頼みもしないのに、わざわざ謝罪のために押しかけてきやがった。だがそれがやつの仕事とあっては、おれとしても無下にあしらうわけにいかぬ。不都合なことだ。問題をでっち上げて、大騒ぎするとは、なんと不必要で、愚かなことだろう。だがそうしているかぎりは、やつも食いっぱぐれない。やつも食うために必死なのだ。それにしても、頭が痛い。意識がもうろうとする。朝が近い。はやく原稿を仕上げなくては。締め切りはもうそこまで来ている。だめだ。もう間に合わない。太陽が昇ってきた。どうやらこれまでのようだ……。
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