39 夢の解釈(10)

 きみが自分の誤った考えを頑として手放さないことは、ぼくには信じられないことだ。きみがぼくの言うことをぜんぜん理解していないことがわかったから、もう一度最初から説明したほうがよさそうである。ひとまずは、きみの説を脇に置いて、ぼくの説明にきちんとついてきてくれたまえ。

 問題の夢の情景は、交差点のど真ん中に屋台が立つなど、最初からかなりおかしな状況を呈していた。気づきには至らなかったが、すでに幾度も明晰夢の経験を持つぼくは、それが夢ではないかという漠然とした疑いを抱いていたと思われる。そして、店の主人が失礼な態度をとってぼくを激怒させてしまった。ぼくにとって、相手は夢の世界の住人であり、実体がなく、かつ現実世界の知り合いのコピーですらなかった。架空の世界の架空の人物、しかもぼくに明確で不条理な敵意を抱いている輩に、義理を通すべき理由は、ぼくには見当たらなかった。こうして常識や社会規範は半ば意識的に無効化された。あとは衝動的な行動のオンパレードである。

 本能や欲望を抜きにすれば、夢の世界で唯一実体的な裏づけがあったのは、ぼくのうちに生じた感情であろう。ドラマを見たり小説を読んだりして抱く感情が本物であるのと同じように、ぼくは架空の世界の中でのやりとりで強いフラストレーションを感じた。そしてそれを、考えうるかぎり最も非道な行動で処理した。むろん、行動の選択には動物的な本能が重大な影響を与えており、最終段階ではぼくはただ欲望のままに行動したと見なければなるまい。ただし、そこに至る以前の段階でぼくの心の箍を外したのは、『これは夢の世界だ』という意識であり、つまるところ、『なにをしてもおかまいなしだ』という道徳性のかけらもない野蛮な意識であったということ、このことをぼくは主張したかったのである。

 以上のことを正確に理解したうえで、もしきみがぼくの言うことに真っ向から反対しようとするのであれば、ぼくはきみという人間を根本的に見誤っていたに相違ない。それとも、きみはぼくの人格を動物以下にまで貶めることを敢えて目論むのか。きみの説が正しいとすれば、夢のぼくは、無意識に(自動的に)規範意識を動物的次元にまで後退させたことになる。ぼくが言っているのは、きみとはまったく別の考えである。ぼくは、完全に自覚的にではないが、半ば意識的に、規範意識を無効化したと主張しているのである。このちがいがよもやきみにわからないわけではあるまい。

 きみが主張しようとしているのは、生まれつき悪い性向をもった人々が犯罪に走るのは必然的だという場合に通じるものがある。そうした人々は、たとえ犯罪が悪だという認識があったとしてもやるだろう。ぼくの場合は明らかにそうではない。ぼくは、かの「蛮行」がまったく悪いことだと考えていなかったがゆえに、それを遂行することができた。なぜそう考えなかったのかを説明するために、ぼくは暗にそれが夢であることに気づいていたと仮定したのである。なぜなら、かの蛮行を犯罪として規定できるのは、現実の中の話だけだからである。

 また、もしきみが、動物的本能全般を拒絶しているという見当ちがいの考えをぼくに押しつけているのだとすれば、とんでもない誤解である。ぼくはそんな考えを抱いたことはこれまでに一度もない。どのみちそのような仮定の下では、ぼくの夢の中の行動はまったく理解不能になるにちがいない。

 そろそろこの無益な論争に終止符を打とうではないか。といっても、勘ちがいなさらぬように。ぼくはきみに停戦を申し込んでいるのではなく、敗北を受け入れるよう勧告しているのである。

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