28 夢のコントロールの探求(11)「マジシャンの夢」
返事が滞ってしまい、たいへん申し訳なく思っている。きみに無用な心配をさせてしまったとしたら、重ねてお詫びしたい。その埋め合わせというわけではないが、今日はきみにうれしい報告をすることができる。夢の中で探していた人物が、ようやく見つかったのだ。
その人物は、ぼくらが想像していたのとは、ちょっとちがった輩だった。彼らは、現実世界にも存在するという意味では、ありふれた人たちである。彼らは確かに普通の人とは一風変わっており、ふだん目にする機会は稀だが、おそらく世界中のどこにでもおり、格別人々から尊敬されたり、恐れられたりしているわけではない。前置きが長いとまたきみに怒られそうだから、さっそく夢の話に入ることにしよう。
(なお、記憶をもとに書いているので、細部まで正確に再現するのは難しく、多少脚色せざるをえなかった部分があることをご承知の上で、目を通していただきたい。)
気づくと、ぼくは街頭に立っていた。街は人であふれ、にぎやかで、おまけに街路のあちらこちらに出店が立っており、どうやら何かの祭りが開かれているようだった。
ぼくにはそのときすでに、これが夢なのだという自覚があったが、なにがきっかけになったのかはちょっと思い出せない。街の人々の様子は、いたって普通で、ぼくのような存在に注意を払う者はなく、無邪気に祭りを楽しんでいる様子だった。
なにか面白いものが見つからないかと、しばらく街中をぶらぶらしていると、ふいに左手のほうで歓声が上がるのを聞いた。見ると、奇妙な身なりをした男の周囲に、まばらな人垣ができており、その男が何かするのを見て、人々は歓声をあげているらしかった。雰囲気から察して、どうやらマジシャンが手品を披露しているところのようだ。
夢の世界の手品がいったいどんなものか。ぼくは足を止め、しばらく手品の様子を観察してみることにした。
マジシャンは、ちょび髭をはやした中年男で、体型はやせ型。黒のシルクハットをかぶり、グレーのスーツを着て、いかにもという感じだった。マジシャンの右手には、ステッキのようなものが握られ、彼の手前にある机には、リンゴがひとつちょこんと置かれていた。
おかしな点がなかったと言えば嘘になる。机が小学校で使う勉強机であったこと。リンゴが腐りかけでもう食べられそうにないこと。ステッキが見た感じ、料亭などで出される高級な割り箸のようであったこと。これらの点が、不審と言えば不審な点だが、別に意味があることだとは思わなかった。
マジシャンは、種も仕掛けもございませんといった風情で、『割り箸』を観客にまじまじと見せ、次にそれをリンゴめがけてぴっと振りかざした。すると、机のうえのりんごは一瞬で消えてなくなってしまった。
なるほど、さすが夢の世界のマジックだとぼくは感心した。本当にリンゴが消滅してしまったかのようである。
いったいどういう仕掛けなのだろうかと思案しようとした矢先、ぼくは自分の考えのばかばかしさに気づいて苦笑した。納得できる仕掛けなど、夢の世界にあるはずもないからだ。
だが、そう考えたとき、もしかするとこの人物こそ、ぼくの探していた人物なのではないかと思い至った。
考えてみれば、手品も魔法も、ぼくらには似たり寄ったりだ。仕組みや仕掛けなんて、どのみちぼくらにはてんで見当がつかないんだから。どちらも現実には考えられないことを引き起こしている点では、ちがいはない。ちがいがあるとすれば、手品には種や仕掛けがあることだが、ここはぼくの夢の世界であり、ぼくの知りえないことは存在しないに等しいのだから、彼の手品には、文字通り種も仕掛けも存在しないことにならないだろうか。
ぼくはマジシャンに近づいて、言った。
「すばらしい手品ですね。本当に種も仕掛けもないようだ」
「お褒めにあずかり、光栄です」
「いったいどうやったのですか。本当にりんごが消えたようにしか見えませんでしたが」
「いやいや、どうもありがとうございます」
「本気で質問しているのですが。どうやってりんごを消したのですか」
「手品のタネ明かしをしろと申されるのですか。さすがに、それはちょっと」
「そこをなんとかならないでしょうか。どうしても知りたいんです」
「どうしても?」
「はい、どうしても」
「そんなに知りたいのですか」
「どうしても知りたいのです」
「そうですか。そこまで知りたいとおっしゃられるなら、特別にこっそり教えて差し上げないこともございませんが、なにぶんわたくしも、仕事でやっておりますもので」
「もちろんぼくもタダでとは言わない。いくら欲しい? いくらでなら、その手品を売っていただけます?」
「そうですね。一億、と申したいところですが、わたくしも鬼ではありませんから、常識の範囲内で。いまあなたの財布に入っているお金、そっくりぜんぶいただけるのでしたら」
「ぜんぶですか。さすがにそれは……。いえ、わかりました。ぜんぶ差し上げます! いまぼくが持っているお金、そっくりぜんぶ、あなたに差し上げますよ」
もちろんぼくに異存などあるはずもなかった。現金やカードなど、夢の中でなんの値打ちがあろう。ぼくは財布まるごとマジシャンにくれてやろうと思い、ポケットを探った。
ところが、どういうわけか、ふだんあるべきところに財布は見つからなかった。ぼくは苛立った。どうして肝心なときにこうもついてないんだろう。
ぼくはぶっきらぼうな口調で、
「どうやら財布を忘れてきたようだ。やれやれ。よしんばこれが夢の世界だったとしても、あんたをぶん殴って、無理やり話を聞き出すわけにもいくまい。残念だが、今日のところはあきらめるしかないな」
「あなたの落胆しきった表情から察して、どうやらお芝居ではなさそうですね」
「あたりまえだ。こんなチャンス、滅多にないんだからな」
「それでしたら、あなたがいま身に着けているもので、いちばん大切なものをひとついただくことに致しましょう」
「ぼくが身に着けているもの? それでいいのか?」
「あなたのお人柄に免じて」
「いや、たいしたものは持ってないと思うが。それでもいいなら、好きにしていいよ。あんたの好きなものをどうぞ持って行ってくれ」
「では、あなたが右腕にしている時計をいただけますか」
「こんなものでいいのか。それにしても、なつかしいな、これは」
それは、ぼくが小学生の時、父にねだって買ってもらった腕時計だった。これがぼくのいちばん大切なものか。なるほど。夢にしては、気が利いている。子供のときは、それこそ宝物のように大切にしていた代物だ。しかし、成長するにつれて、飽きられ、いつしか机の引き出しの奥にしまい込まれたままになってしまい、いまではもう、とっくの昔に行方知れずだ。それがいまどうしてぼくの右手にあるのかは知らんが、子供の頃の宝物が、思わぬところで役に立ったわけだ。
ぼくが時計を差し出すと、マジシャンは「ありがたく頂戴します」と言って、時計を懐にしまった。
「では、さっきの手品のタネ明かしをしてもらおうか」
「そのまえに、これをあなたに差し上げましょう」
マジシャンは例の『割り箸』をぼくに手渡した。
「これは、魔法のステッキです。割り箸なんかではございません。よくまちがわれますがね。正真正銘、魔法のステッキなのです。このステッキを消したい物に向けて、『消えろ』と強く念じるのです。そうすれば、リンゴだって、なめくじだって、たちどころに消えてなくなります」
「ほう、これが。いや、魔法のステッキなんてものが、この世界に存在するとは、びっくりだね。日頃のぼくならそんなばかげた話に取り合わないんだが。いや、予想どおり、すばらしいタネ明かしだ。できるかどうか、さっそく何かで試してみたい」
「もうりんごはございません。ここはひとつ、あなたの履いていらっしゃる靴で、お試しになってはいかがです?」
「靴だって? 靴はないと困るんだがなあ。まあいいか。今日のところは、あんたの指示に従おう。なんだかそのほうが、成功しそうな気がする」
ぼくは右足の靴を脱いで、その上にステッキをかざした。
「消えろ」
「もっと強く念じて」
「消えろ」
「もっと強く」
「消えろ!」
ぼくの念が届いたのか、地面の上にあった靴は、跡形もなく消えて無くなった。
「おお、やったぞ」
「おめでとうございます」
「いや、思ったよりもしんどいな。かなり強く念じないとだめだ。しかし、これはいいものをもらった。どういう使い道があるかな」
「使い道は人それぞれでしょうが、実のところ、わたくしはこのステッキを持て余してしまっておりまして。それで仕方なく、手品の道具なんかに用いていたわけなのです」
「たいそう儲かっただろう」
「いえ、実のところ、そうでもございません。物珍しさに人は金を払いますが、それでもお客が寄りつかない日などは、徒にリンゴが消えていくだけで、食いっぱぐれることも珍しくない有様でして」
「腐ったリンゴなんて、どうとでもなればいいじゃないか。手品の道具なんかにしておくのはもったいない。要らないものは、なんだって消せるんだろう?」
「確かに要らないものは、この世の中にあふれておりますが、無くてもいいものが無くなったところで、損もしなければ得もしない。それに、要らないと思って消してしまってから、その物のありがたみに、初めて気づくということもございます」
「確かにそうかもしれないが、やっぱり得なことではあるだろう。邪魔なものや目障りなものはなんだって消せる。こんなに愉快で、得なことはない」
「それがなかなかどうして、のちのち切ない気分がしてくるものなのですよ。何かを憎く思えるのも、それが存在しておればこそのこと。あなたもじきにおわかりになりましょう」
「そんなものかねえ。予言めいたことは、あまり言ってほしくないのだけれど。そんなことより、靴を消してしまったから、どこにも行けなくなってしまったじゃないか」
「人に向けてはだめですよ。消えるということは、死ぬよりも恐ろしいことなんだから。あと、鏡に使ってもなりません。魔法が跳ね返ってきて、あなた自身が消えてしまいます。事実、このステッキは、そうやって過去に幾人もの所有者を闇に葬ってきたのです」
「いかにもありそうな話だな、童話なんかにね。ぼくは消えても死にはしないだろうが、消えるという話はいただけない。もしかして、光を反射するものはぜんぶだめなのか? たとえば、金属のぴかぴか光る板などは」
「避けたほうが無難でしょうね」
「やれやれ、余計なことを聞いてしまった。聞かなければ、鏡に魔法が跳ね返るだなんて、ばかな話はなかったことだろう」
「わたくしはステッキの元の持ち主として、ご忠告申し上げたまでのことです」
「自分の義務にかこつけて、ありがた迷惑な話だわ。不都合なことは、なんもかんも言い忘れておいてくれればいいのに。そうすれば、余計な気苦労にさいなまれることなく、神にでもなった気分で、悦に入ることもできただろう」
「ちょっとよく聞き取れませんでしたが、なにかおっしゃいましたか」
「いや、納得していたんだ。なるほど、あんたの言ったとおり、どうやらぼくは、子供の頃の宝と引き換えに、無用の長物を押しつけられてしまったようだ」
この夢の話はもうちょっと続くのだが、長くなりすぎてもいけないから、今日のところはここで筆をおくことにする。なんだか戯曲めいた不自然なやりとりだけれど、夢の話は、作り話と言えば作り話だから、致し方ない。
それはともかく、ぼくは「魔法のステッキ」を手に入れたことで、求めていた能力の一端を獲得したと確信しているのだが、ひとまずはきみに感想を求めることにしよう。お返事をお待ちしている。
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