25 夢のコントロールの探求(8)夢の人々との会話

前略

 まず、夢の能力のコントロールについて、きみが様々なアイデアを出してくれたことに感謝したい。きみの診断によると、ぼくは何をするにつけても自分ひとりを頼りすぎる傾向があるのだが、困ったときは、他人に頼ればよい。未来からやってきた人たちに頼んで、未知の科学技術の恩恵を被るのもひとつの手だ。魔法使いを見つけて弟子入りするというのも、なかなか面白いアイデアである。いまのところぼくはまだそういう人たちに出会ったことはないが、探せば夢の世界のどこかに必ずいるにちがいない。

 きみが心配しているのは、そういう人たちとぼくが意思疎通できるかということだが、おそらく問題はなかろう。夢の世界の人々と会話を試みることは十分可能である。しかし、本音を言えば、それはあまり気乗りしないことでもある。ぼくが物事をなんでも自分ひとりで処理したい人間であるという点を度外視しても、できれば避けたいと思うだろう。

 きみもたぶん夢の中で誰かと会話した経験があるだろうから、何をそんなにびくびくするのかと訝しがるかもしれないが、そこには無理からぬ理由がある。そのことをきみに理解していただくために、以下では、明晰夢での人々との交渉がどのような有様なのか説明したい。(なお、以下でぼくが念頭に置いているのは、いわゆる赤の他人との交渉であって、ぼくの家族や友人・知人に関しては事情が異なるため、考察対象から度外視しておく。)

 概して、夢の中での会話は、かなり支離滅裂だ。しかし、それには程度差があって、必ずしも理解不能なやりとりばかりとは言えない。通常の夢でも、時として、首尾一貫した発言を長々とすることもある。ただし、それはたいてい自分が何か込み入ったことを必死に他者に伝えようとしている場合であって、他者の発言は自分と比べるとはるかに滅茶苦茶であり、合理的な応答の連鎖が長く続くということは、あったとしても非常に稀である。

 他方、明晰夢においては、意識が鮮明になるため、かなり自由に物事が言えるようになるし、他者の発言も比較的まともである。それでも、依然として、夢の世界の人々と意思疎通しようとすることは、非常に難しく、かつなにか恐ろしい企てである。彼らは確かに人の言葉を話し、こちらの発言に対して応答もする。しかし、彼らと相対していると、なぜか空恐ろしい気分になるのである。

 その理由を説明するためには、彼らがしばしばわけのわからない応答をすると言うだけでは足りない。彼らには心がないように感じられるのである。もちろん、彼らに心がないことをぼくはあらかじめ知っている。ぼくが言いたいのは、彼らと直面したときにそれが肌で実感されるということである。この感覚をもっと合理的な言葉で置きかえて説明するのは難しい。ぼくには次のように感じられる。夢の中の人々は、人間の姿をしてはいるが、たぶん別の何かであると。夢の人々との会話の質感は、おそらく、ぼくらがゾンビと会話しているところを想像したときに心に抱く感覚に近い。

 夢の世界の人々は現実には肉体を所有していないのだから、むしろ亡霊に近いのではないかと思うかもしれないが、覚醒度の高い明晰夢における知覚は、現実の世界での知覚に勝るとも劣らないくらい明瞭である。だから、彼らの肉体は、ぼくの目の前にありありと現存しているようにしか見えない。ただ、彼らには人間として決定的に重要なものが(心が)欠けているように感じられるのである。ぼくにはこの感覚の正体が何なのかわからないため、どうしてそのように感じるのかという説明は断念せざるをえないが、彼らの顔をまじまじとみて会話をするのは、ただただ不気味な体験でしかない。

 彼らはべつに好戦的であるとか、底知れぬ悪意を内に秘めているように感じられるというわけではない。むしろその逆であって、ほとんどの人たちはぼくになど目もくれずにその場を行き過ぎるが、幾人かの人たちは、ぼくに気に入られたいような素振りでねっとりと近づいてくる。その意図はまったくもって不明である。無邪気な子供のような挙動だと言えなくもないが、愛らしさとはおよそ無縁な人たちだと言って差し支えない。ただただ不気味な存在である。彼らはやたらとぼくに接近してきて、腕などをべたべた触ろうとしてくる。彼らとしては信愛の情を示しているつもりかもしれないが、はっきり言って気持ちがわるい。ぼくが「触るな」とか、「もっと離れろ」とか言うと、彼らはいじけた犬のような様子でまごまごするのであるが、その様子がまたなんとも言えず気色がわるい。墓場からよみがえってきたゾンビに懐かれた場面を想像してみたまえ。できれば関わり合いになりたくない人たちであるというぼくの言い分も理解できよう。

 ぼくがどんなに退屈しきって会話に飢えていたとしても、彼らと意思疎通して得することはたぶん何もないと思う。結局のところ、彼らはぼくの意識がつくりあげた世界の一部であり、彼らには意志も思考もないのであるから、彼らと戯れに論争を繰り広げてみたところで、ぼくは冷や汗をかきながら滑稽な独り相撲を演じているにすぎないのである。

 きみの折角のアイデアにけちをつけるような書き方になってしまい、たいへん恐縮だが、もし未来人や魔法使いがぼくの前に現れたとしたら、ぼくは喜んで彼らと交渉するつもりだということを最後に明記しておく。   草々

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