第91話 最初から君が
「バン☆」
おどけた唇で破裂音を鳴らしたカナが僕から銃を背けるまでの数秒間、僕はいくつかの事を考えた。
「ふぅ~ん。逃げないんですね」
「まあね」
気の無い返答に、カナはつまんなぁいとでも言いたげなふざけた顔で。
「あぁ~あ、さっきのぴょーんって隠れるのが面白かったのになぁ。なぁんか急にごろごろ転がっちゃってぇ」
「……さっきは本気で魔力が集まってる感じがしたし、君の姿は見えなかったんだよ」
さすがにムッとして言い返すと、ベッドの上で真っ赤なブーツを胡坐に組んだ女子はしたり顔になって。
「へぇえ? カナちゃんなら安心ですか? 『カナは絶対僕を撃たない』とかですかぁ? 普通に撃っちゃいますけどぉ? 実際、先輩がルーガに行った時は撃ちましたしそもそもいつでも撃って良いって先輩がぁ――」
「――カナ。」
いたずらっ子のカナちゃんを続けようとする彼女を、強く制した。
「フロンティアではどうなのか知らないけれど、ふざけて人に銃を向けないほうがいい。いくら僕でも普通の精神じゃいられなくなるから。もちろん本当に撃つ気があるなら別だし、君の気持ちもわかるけどね」
ましてやそれで必死に避けた人の姿を笑うなんて最悪だ――と言いかけてカナの表情に気付いた僕を、膝を抱いた彼女がじぃっと見つめて。
「嘘。わかってるフリ。人を操れるからって、記憶を覗けるからって、心がわかるわけ無いんです。ペテン師ですよね、先輩も、おじいさまも。そうやってムカつく顔で言い当てて、植え付けた恐怖感で行動を支配して――」
目の表情は変わらないまま口だけをパクパク動かす人形みたいな彼女の言葉を、
「確認してるんだよ、君は」
僕は冷たく遮って
「一人でいると、怖いから。自分が自分なのかを、僕に確認してほしいんだ。そして万が一、自分の中に感じている元帥の欠片が君を食い尽くしてしまったとしても、僕がそれ以上の力で奪い返してくれることを期待して、そうしてくれるかどうかを確認してる。だから、きっと銃を向ければ相応しい反応をしてくれると思って。状況が変わるたびに怖くなって、何度もね」
ひたすら真っすぐに見つめてくる彼女に向かって、僕は笑った。
「大丈夫。カナ、君は強いよ。君には銃がある。それでも今もこうやって生きてるし、僕がこの島に来るまでだって藤崎と一緒に学校に通ってきた。頭の中に誰かの声が聞こえる夜の後も、毎朝ね」
僕じゃあ多分、次の朝までもたないから。銃なんか持ってたら自分の中の誰かを撃ち抜いてしまう。メンタルトレーニングが足りていないんだ。
そんな同僚の優しい笑顔をじっと覗いていた彼女は、やがて。
「…………不思議ですよね。むしろ監視してもらってた方が、安心でした。でも、今夜は急に警戒が緩くなって、だから……つい――来ちゃいました」
ぎゅっと抱いた膝の間に顔を伏せたまま、唇の間からテヘッと舌を出して見せた。
「多分、小田島先輩が言った通りだと思います。先輩……とか、マドカさんの傍にいるとすごく安心します。……でも、マドカさんに迷惑かけるわけにはいかないし…………。なんかいまさら言い訳っぽくて恥ずかしいですけど、一応カナちゃんが考えて来た正解は――」
「僕が消しに行くんじゃないかって? 堂々と選挙に出てくるほどの力を付けたお父様を、元帥に言われて」
短めの髪が縦に揺れて、彼女が頷いたことを知る。
「……です。急に選挙に出たのも、私を監視する必要がなくなったのも、きっと完璧な準備ができたからで。それなら……私じゃないなら……あとはもう先輩くらいですから。
無限に広がる綺麗なお花畑に『最悪』が降り注ぐ。未来はただのカウントダウンの結末なんだって、彼女の中にある孤独な風景が部屋中に伸びてきて、僕の存在を確認するように、誘うように、何度も輪郭に触れては怯えたように逃げていく。
仲間。同類。有沢源十郎という存在に、根源から影響を受ける人。
世界でたった一人の孤独なお姫差だった有沢カナは、同じ相手を求めるように、同じであると確かめるように――オダジマセイを見つめていて。
……思う。相手に与える恐怖や敵意で自分を感じ取っている僕と、誰かに与えられるもので不安と孤独を紛らわすカナ。多分、僕らは素敵なパートナーになれると思った。クライム系の映画みたいな『暴力』と『互い』に依存する二人組に。
――でも。
「カナ」
君は違う。僕がいなければ、そうはならない。
元帥は、君や君のお父さんを殺そうだなんて思ってない。
だけど。やっぱりそれを君に伝えることはできないから。
「……カナ」
だから、僕らは違う。僕は、君と組むことは無い。
何度だって、拒絶する。
君がそうなったのは、僕のせいだけど。
君は、僕がいないほうがはるかに強いから。
「……有沢。そこで寝られると、困るんだけど」
そんな僕の気持ちも他所に本当に安心してうとうとし始めた彼女の様子に、少し呆れる。
「…………ん」
朦朧とした意識のまま短く返事をしたカナがブーツに手を伸ばすと、膝上までを覆っていた真っ赤な凶器がプシュッと音を立てて肌から離れた。
「……カナ、帰ってくれ」
「…………~~ん」
柔らかく寝転んだカナは、足の指を器用に使ってブーツと靴下を脱ぎ始めた。もぞもぞと動く太ももと剥き出しになった足の指。
最悪だ。
「カナ!!」
想定よりも大きな怒鳴り声にも反応することなく、綺麗な顔の上に魔法の銃を置いた女の子はすやすやと。
「………………お前な……」
犬歯ですりつぶすみたいに言葉を吐いて、立ち上がり、ミラクル魔法使いの空飛ぶ足に薄い掛け布団を投げつけた僕はどかどかと玄関に向かって歩き出した。
気分が悪い。訳が分からない。イライラする。
有沢カナの一部分と、彼女が持っている彼女じゃない部分の大半に。
頼むから、僕に甘えないでくれ。勝手に安心しないでくれ。
初めて会った時から、今はもっと、僕は君が怖いんだ。
あの子の中の何かが怖くて、あの子といる時に湧いてくる感情の全てが不快なんだ。
多分、そうだ。本当はわかってる。同じなんだ。同じだから。あの子も僕も、元帥の声に逆らうことができないから。あの夜、祖父に導かれて現れた彼女にした約束を、元帥の命令で僕は破った。あの時から、カナは。僕を自分と同じだと感じ始めて、受け入れている。
自分のことがどうしようもなく不快で怖い僕は、それと同じくらいカナが怖い。まるでいつかの自分自身を見ているようで。
静かにすたすたと激情を込めていた爪先が、廊下の途中でピタリと止まる。
道の終わり――玄関の前に置かれていた真っ白な異物が目に入ったから。
「…………封筒?」
……だから、嫌なんだ。
一人でいれば、絶対に気付いたはずなのに。
どうしようもない腹立たしさを押し殺しながら壁にもたれる様に腰を落とし、ウエストアンチバイラスの紋章入りの封筒を開ける。
書かれていたのは、しばらく保留になっていた『通信室を破壊したことに対する処罰』の詳細だった。
旧貯水棟及び浄水場の無給警備60時間。
学業とアンチバイラスの任務を考慮し、夜間とする。
で、初回は明日。
そんなようなことが一方的に書かれていて、最後に三兄弟の内の『有沢警備局長』のサインが施してあった。
考える。朝から学校に行った後、アンチバイラスでのトレーニングや訓練をこなして、それから西の海上にある貯水場や海水を脱塩する施設の夜間警備。一日五・六時間働くとしても10~12日。
……成程ね。二週間後の選挙まで、僕を遠ざけておくつもりか。
『遅いですよ』と言ったカナの声が頭をよぎる。どうやら準備を整えているのはカナの父親だけじゃないらしい。その兄達も手に入れるつもりだ、元帥が築き上げた魔法使いの帝国を。しぶとい幻影を排除して。
リビングを覗き込み、布団からはみ出た長い足が見えるのを確認して目を閉じる。
一人でいれば、大丈夫だった。窓の外のカナにも気づけたし、いくら害意が無かったとしても玄関からの侵入なんて許さなかっただろう。
……最悪だ。
まともに眠れないのは、僕だって同じなのに。
今日は、すごく眠い。
誰かが部屋の中に入って、手紙を置いて行ったのに。
おまけに情緒不安定で、とても危険で、出来るだけ関わりたくない同僚が銃を持って部屋に押しかけてきてるのに。
なのに。とても眠い。とても心強くて、安心する。
最悪だよ、有沢カナ。君は、僕にとっても、最悪だ。
近くで戦い続ける以上、これから僕らは何度だって互いを助けあうだろうし、それでいて僕は君を拒絶するだろう。百回なら百回、毎日なら毎日、たったの一度も間違えないように。
なのに、あの路地裏で、あの海で――
だったら、一番最初っからそうするべきだったのに。
たくさん傷つけてきたのに、とっくに嫌われているはずなのに。出来るだけ傷つけないようになんて、出来るだけ嫌われない様にだなんて。君が僕の最悪さを感じさせる度に、一人じゃないって……思うんだ。
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