Ⅲ 微笑

第84話 事情

「……っていうのが、いわゆる『共振』とか『相乗効果』って言われてるものなんですね~」

 スクリーンに走らせていたペンを止めたエリー先生が、にこにこと微笑みながらクラスを見渡した。

「要するに~、私が皆さん位の頃には『魔力波形』っていう言い方をしてたもので~、ええと、最近で言う思念粒子の振動幅とか変化率が似ている魔法使いが集まると~、より強力な魔力が生み出されるっていう事なんですね~」

 教室は静かで、誰もが机に設置したタブレットの資料と一生懸命に説明を試みてくれる人生の先輩・エリーゼ・ラインハートの笑顔を見比べていた。

「これは特に、B型の人……というか~、共有圏でおきやすい現象で~、それは魔力の方向性をコントロールをしやすいからなんですけど~、つまりみんなで呪文を唱えたり、一定の掛け声を掛け続けたりすることで~、本来の性質としては似ていない魔法使い同士でも、個人同士の総合力以上の力を出すことができるってことですね~」

 合唱とか綱引きとかそういう感じ~。と指を振り振り教えてくれる金髪の教師に頷きながら、僕はぼんやりと窓の方を意識していた。雨を免れた青い空が、本土の物よりも遥かにギラついた黄金色の夕焼けに変わろうとする時間。

 太陽が昇るまで床に座って、部屋が明るくなる頃に着替えをして、時間が来たら藤崎と一緒にバスに乗って――今日も、授業が終わる時間になった。


「……なぁ、小田島君さ」

 授業が終わり少し席で待っていると、二人組の男子生徒が僕の席に寄ってきた。

「なにか?」

 振り向くと、彼らがちらりと教室の中央付近をうかがうのが見えた。女帝・藤崎マドカが最近仲良くしている女子達に話しかけられている様子を確認したのだ。

「あのさ、対抗戦の話なんだけど――出る?」

「? 対抗戦?」

 首を傾げた僕に、主にしゃべっている茶髪の男子が頷いて。

「うん。えっと、三校合同・クラス対抗の――本土の人が言う体育祭みたいなやつ」

「ああ、成程」

 頷く。理解した。

「活性期次第でどうなるかわからないけど、藤崎には出るように進言しておくよ」

「あ、うん。まあそうなんだけど――ええっと、じゃあよろしく」

 やりにくそうな苦笑を目の端で見ながら頷くと、どうやら藤崎の方も話が終わったらしく、すくりと立ち上がった銀色頭が後方の僕を振り向いた。



「じゃね、藤崎さん! 考えといてね!」

「はいはい、分かったわよ」

 手を振る友達に呆れた様な仕草で頷いて見せた彼女の元へと、僕はてくてくと近づいて。

「何の話?」

 と微笑みかけると、対捕食者相手の最高戦力保持者こと藤崎マドカ様はじろりと灰色の瞳で僕をにらんで。

「……何っていうか、対抗戦のこと。出てくれって頼まれたのよ」

「そうなんだ」

 少し驚く。

「僕もいま、対抗戦に出るように藤崎を説得してくれって男子に頼まれたところなんだ」

 廊下に向かって歩き出した藤崎は、鼻をとんがらせて。

「セイにも? 今日は学校中その話ばっかね。なんか実行委員の募集も始まったらしいし」

「そうなんだ。で、その対抗戦って結構大事な行事なの?」

 僕と同じく本土出身で、僕なんかよりもずっと早くこの島に来ていた魔法使いはう~んとうなり声を上げた後。

「ん~、対抗戦で良い成績をとった人は大学とかそのあとの進路とかでも希望が通りやすいって言われてるけど……正直、因果関係は難しいとこね。単純に優秀な人が対抗戦でも良い成績を収めてるだけって感じもあるし……」

「成程ね」

 頷いた僕とは関係なく、銀色の癖毛を揺らした女子高生がパチンと小さな手を打って。

「あ、あれよ。あれみたいな感じ。なんだっけ、ほら野球! 野球の、高校生が草を持って帰る奴!」

 多分投げたり打ったりを表すつもりでぶんぶん腕を振り回し始めた上官に、僕は大いに頷いた。

「甲子園?」

 持って帰るなら土だけど。

「そう! それ! こーしえん! うっわ、なっつかしい! 誰だっけなんか有名な人! いたわよね!? 私もお爺ちゃん家で見てたもん!」

 夢中になって喋る戦士の姿を見た戦士予備軍の中には、いまだに驚いた様に彼女の事を見つめる人や声を潜めて話し合ったりする人たちもいるけれど、結構な割合の人が驚くというよりは『意外』とか『レアだ』という感じではしゃぐ藤崎の事を見てくれている。少なくともこの廊下を歩く人達からは、以前のような恐怖感は感じられない。

 少しずつ、彼女がそこにいることに、あの藤崎マドカが自分たちと同じように友人と喋っているのがおかしな事では無くなり始めている。

「出ないのか? 対抗戦」

 この雰囲気なら、いわばプロ選手が高校選手権で大活躍しても文句を言う人は少ないのではと思った僕に、藤崎は『んん~』と難しい顔をして。

「ん~、ていうか、他の人が思うほど私って役に立たないのよね」

 そう言って苦笑する彼女に、僕は目をぱちくりと。

「そう? 君が出れば必勝だって思ってる人は多いみたいだけど」

「そりゃね、相手を全員ぶっ飛ばしていいって言うんならそうだけど。そういうわけにもいかないでしょ? そうなると野球でも相撲でもプロレスでも運動系で活躍するのって自己強化タイプのA型の人が多いし、だから特化B型でそもそも運動が苦手な私に期待されても困るのよねってわけ」

 肩をすくめた藤崎を見て、僕は頷きながら。

「そうなんだ。軽く誘って悪かったよ。てっきり実戦演習みたいにみんなで闘うのかと思ったんだ」

 そういう事情なら出たくないのも仕方ない。最強の魔女が期待外れに終わるのは彼女のプライドが許さないだろうし。

「そ。それに私が出るなんて言ったら、優勝するのはカナがいるとこに決まっちゃうしね」

「あ~」

 彼女の意図することに、深く頷く。藤崎が出るのなら、カナも『じゃあカナちゃんも出ますぅ』とか言い出すかもしれない。というか、出るだろう。『だって、マドカさんをイジメるチャンスじゃないですかぁ』とか言って、絶対に出る。そしてアンチバイラスでも最速と噂されるほどの強化能力を誇る彼女なら、大抵の競技において独力で優勝してしまうだろう。

「それは……確かに盛り下がるかも」

 しかもカナのあの感じだ。周りの空気なんか一切無視して、青春ムードの大会を苦い思い出に変えてしまうに違いない。それこそ、アンチバイラスに入る気なんて無くなるくらいに。

「でしょ? クラス対抗戦でプロが無双したら、さすがによ」

「そうか……」

 でも。逆に藤崎にとってはチャンスじゃないか。有利とはいえない競技で、クラス皆で力を合わせて勝てたなら。


 それに。


「うん。出よう、藤崎」

「は?」

 学校を出てしばらく歩いた花壇の辺りで唐突に結論を出した僕を、藤崎が困惑顔で振り向いた。

「え? セイ、話聞いてた? なんかずっとぼーっとしてると思ったら、やっぱぼーっとしてる? 大丈夫? 最近ちょっと変よ?」

「うん。大丈夫。変なのは前からだし。決めたよ。出よう。それで、僕らのクラスが優勝する」

 力強く言った男の顔を本気で心配そうに見つめる藤崎に向かって、僕はにこやかに微笑んでみせて。

「心配いらない。大丈夫。ちゃんと活躍できるように、僕が頑張るから」

「?? あのね、だから、まあ、セイがいてくれればそりゃ強いけど……でも、無理よ。一日何連戦もあるし、敵の数も多いし、いくらセイでも耐えられる負荷じゃないし――言っとくけど絶対シュガーはダメだから。あんなの使うつもりなら、私は出ない」

 強い決意とはっきりとした怒りを宿した瞳で覗き込んでくる藤崎少尉に、僕は笑いながら手を振って。

「違う違う。そうじゃないよ。僕の戦場は、そこじゃないんだ」

 いぶかし気に眉を顰めた彼女の意識が、先日からずっと抱えている僕への疑問や不満にかからないうちに、明るく笑って見せながら。

「実行委員だっけ? 僕はそれになるよ。それになって、僕が会議をコントロールする。君がそれなりに活躍できるような競技を選んで、ルールを決める」

 藤崎マドカは、綺麗な目をしぱしぱと瞬かせて。

「……えっ……と……まあ、そうね。それなら……確かにそうだけど」

 動揺。ちょっと嬉しい。でも不安だし、心配だし。楽しみな気もする。そんな複雑な感情でもごもごと唇を動かす彼女の気持ちがどこか変なところに入ってしまう前に、僕は。

「よし。じゃあ早速立候補してくるから、先に帰っててくれ」

「え? ちょっと――!?」

 ピコンと爪先立ちになった銀髪女子高生に、笑って手を振りながら。

「一緒に来てもいいけど、それじゃあさすがに君に有利なルールを作るんじゃないかって思われるだろうから、できれば一人で行きたいんだ」

「……ん。わかった。わかったけど、あんまり無茶しないでよね。なんかセイ、ほんとにちょっと変だから」

 静かな目で言う藤崎に、僕はあくまでにこやかで爽やかな微笑みを絶やすことなく。

「大丈夫。体調はだいぶ良くなってきたし。藤崎のためなら問題ないよ」

 それに、カナも。藤崎といるとき以外――ひょっとしたらその時ですら一人ぼっちでいるあの子も。

 おどけた僕の言葉に、藤崎は呆れた様に首を振る。

「はいはい、わかったわよ。じゃ、巣でね」

「うん、巣で」

 互いに手を振って背を向けあったときに、僕たちはほとんど同時に気がついた。

 三校共通の校門の方を振り返った藤崎の視線の先、いつも僕たちを待っている場所に有沢カナの姿が無いことに。

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