第49話 『いつか』のために

 ひそひそ。


(ねぇねぇ聞いた? 小田島君って、実はなんかすっごい人らしいよ?)

(えぇ? ウッソだぁ。あいつ実習で全然だったじゃん)


 ガタリ。


(……いいえ、その情報に間違いはないわ。月曜にあの人の歓迎会を兄の店がやったらしいんだけど、アレは確実に幹部候補の扱いだって言ってたから)

(そうなのそうなの! なんか局の偉い人も一杯来たんだって! ユーリちゃんのお父さんもいってたらしいし!)


 ひそひそひそ。


(……え~、マジで? なんか全然信じらんないんだけど。だってジッサイ藤崎さんの方が偉そうにしてるじゃんか?)

(ううん違う、違うよ。きっとあれはほら、藤崎さんって誰にでも偉そうにするからだよ)

(あ~、それは確かに)

(そうね。それに彼は一応まだ新人だから。そういう立場とかをわきまえて、みんなの前ではわざとペコペコしてるのよ)

(え~、あの小田島がぁ? ホントにぃ?)


 ひそひそひそひそ。

  

「………」ンチュゥゥ。

 

 噂のパーティーから数日経った昼休み。教室のあちこちから聞こえ始めた噂話に、クラスのど真ん中といういかにも偉そうな席で偉そうに頬杖を付いて窓の方を睨んでいた藤崎・エラ・ソウ・マドカのストローが勢いよく偉そうになる。

 

「はは。僕って幹部候補らしいよ」


 その正面でサンドイッチをぱくついていた僕は、仏頂面の頬に話しかけた。


「知らないわよ。つうかなんでセイがそこにいるの? 邪魔なんだけど」

「なんでって、君が今日は教室で食べるって言ったんじゃないか」

 

 そうなのだ。嬉しい事に、この偉そうな銀髪娘はここ数日割と学校に溶け込もうと努力してくれている。今日だって、いつもの様に購買で買ったパンを珍しく教室で食べるなどと言い出したのもその一環に違いない。

 

「だから、私がここで食べるってだけで、別にセイは好きなとこで食べればいいでしょって――………何よ?」

 

 言葉の途中、ニヤニヤし始めた僕に藤崎はたじろいだ。

 そこですかさず軽く咳ばらいをした僕は、渾身の爽やかスマイルを浮かべて。

 

「だからほら、好きなところで食べてるんだって」

 

 言い終りにクイクイと『君の隣で』と指先でアピールしつつ美少年特有のウインクをしてみると、しばらく目をぱちくりさせていた藤崎はやがてあまりのトキメキにビクビクと頬を引き攣らせ、うっとりしたに違いない半眼になった。

 

「……あっ、そう。へー。キモチワルーイ」

「お、藤崎の好感度が上がったぞ」

「上がってないわよ。むしろ下がってるし。変な事言わないでよ」

「いやいや、ほら、僕はそういうの見えちゃうタイプだから」

「だったらセイはポンコツね。じっさい今のウインク、そーとー気持ち悪かったから」

「はは。またまた、藤崎は素直じゃないな」

 

 じろり。藤崎が呆れた目で僕を見る。

 

「……ていうか、それほんとストーカーの発想だから」

「ま、そう言う所もかわい――ぶはっ!」

 

 いきなり炸裂した掌底で、サンドイッチが僕の鼻に突っ込んできた。

 

「バーカ。ほら、あんた時間でしょ? さっさと食べて行きなさいよ。幹部候補が遅刻してどうすんのよバーカ」

 

 そっぽを向いてしまった銀色の後頭部が高くなった日差しにキラキラ光るのを見ながら、時計に目をやり席を立つ。

 

 瞬間。噂をしていた人もしていなかった人も、近くの人達の意識がちらりと自分に集まるのが分かって、藤崎に顔を向けたまま心の中で苦笑する。

 

「じゃ、また」

「はいはいまたね。せいぜい頑張ってきなさいよ、隊長さん」

 

 気の無いお手振りに見送られ教室を出て行く僕の周りに、またひそひそと。

 

(あ、ほら! また小田島クン早退するみたいだよ!)

(そうね。きっと巣の方で秘密の会議があるのよ。有沢元帥に呼び出されたに違いないわ)

(いやいやいや。いくらなんでも本土出で新入りの、しかも伍長なんかが元帥に会えるわけないし)

(でも小田島クンだよ!)

(いや、だから小田島だし)

(……騙されない方が良いわ。彼は笑顔のまま友人を殺せるタイプよ。それに今、藤崎さんが彼を『隊長』と呼んでいたわ)

(えっえっ!? じゃあやっぱりそれって伝説の暗殺部隊だよね!? 本当に復活してたんだ!)

(間違いないわ。この間辞任した研究局局長も、きっと――)

(はいはい。つうかさ、もう藤崎さんに聞けばよく無い?)

(えっ!?)

 

 ガタリ。

 

「ね、藤崎さん。この子が聞きたいことあるんだって」

「えっ!? わ、私!? ミコずるい!」

  

 よし、頑張れよ藤崎。

 

 背中で花咲く女子の声に胸の中で頷いて、僕は三日連続で教室を後にする。

 小田島セイというとても親しみやすくて心の有る謎のクラスメイトとコミカルに触れ合う事で、雲の上だった彼女を身近に感じてもらう。そんな勝手極まりないお節介こと『藤崎マドカとお友達になろうキャンペーン』が、早速実を結びそうだと思いながら。

 

 

 ――あとは、僕が隊長として。

 

 

「おはよーございます、たいちょー!」

「うん、お早う、リューセイ」

「あ、小田島たいちょーだ! おせーぞたいちょー! たいちょーが遅れてどうすんだよ!」

「はは。申し訳ない、村山A型隊長殿。高校は午前の授業が長くてさ」

「え? たいちょーは高校生なのか! すげーなたいちょー!」

「みてみてたいちょー! 私、ちょっと飛べるようになったよ~!」

「おお! すごいなサキちゃん! よーし、たいちょーも負けないぞー」

 

「お! 来たか小田島隊長! これでまだ飛べないのは、お前とチャムのC型隊だけになったぞ! 今日こそは飛んでもらうからなっ! 覚悟しろっ!」

 

「…………チャム、飛ぶ」

  

 室内をふわふわと飛び回る子供達ににこにこしながら、これ以上小学生に後れを取るわけにはいかないなと、依白栄子よりしらえいこ教官の大声に深く頷いた。

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