第6話 小田島セイ
天気は快晴、雲一つなく馬鹿みたいに青い空の下、たった一人私服で始発のバスを待っていた僕を怪訝な顔で見つめる運転手のおばさんに事情を話す。
「そっかい、あんたが噂の新しい軍人さんかい。……江ノ島さんだっけ?」
おばちゃんはミラー越しにまじまじと見つめてくる。そこに応えようの無い期待を感じた僕は、適当な愛想笑いでごまかした。そんな調子で一時間半もかけて島のあちこちを巡ってくれた過度に親切なおばちゃんは、やっとこさ解放されてステップを降りていた背中に声をかけてきた。
「あんたんとこは真ん中だよ。頑張ってくれよ、新人さん」
真ん中?
疑問に思って見上げた先には、濃い目の青空をバックに、激しく南国的なカラフル花壇が堂々と設置されていて、その花壇に道を分けられるように三つの白い校舎が並んでいた。
目の前に広がる今までと大して変わらない登校風景に肩すかしでもくらったような気分は、校舎の方から手を振ってやって来た女性の姿を見ると風船のように飛んでいった。
「あ、小田島君だよね? ごめんね、先生ちょっと迷っちゃって。待たせちゃった?」
言いながら、てへっと自分の金髪頭を小突きつつ舌先を繰り出すというあざとさと白いブラウスを盛り上げる外人的な体曲線は、健全な男子高校生を死に至らしめる十割コンボだ。
――だが。
「あ、いえ。別に」
それが誘惑のために計算された行動ではなく、本物の天然だと分かってしまえばどうということは無い。
世の女性は勘違いしがちだが、男は計算されたあざとさが好きなのだ。なぜならそれは良くも悪くも自分を認識してくれている証拠であり、《そういう目》で見ることを許容していると言っても過言ではない。ところが、本物の天然は僕の様な路傍の石にさえこういうポーズをしてしまうから性質が悪い。
「そう? 良かった。じゃあ行こっか」
まさか目の前の石ころがそんな下衆な視線を送っているなどとは思いもしない、青い目の微笑み。だというのに『どうもお騒がせしました』と頭を下げる彼女を見つめる『石ころ二号』こと警備員さんはエロい事を考えているのがダダ漏れだった。少しは隠してほしい位に。
「私はエリーゼ、エリーゼ・ラインハートよ。ち・な・み・に、あなたのクラスの担任なの。みんなエリーって呼んでるわ。よろしく、小田島セイ君」
語尾にハートマークをつけたくなる様な微笑みをくれたエリー先生の見事なタイトスカート姿を鑑賞しながら、校舎へと歩いていく。
「左が女子校で、右が男子校、で、真ん中が……えっと、ランコ――?」
「共学ですね」
「あ、そうそうそれそれ。あれが私達の学校ね。そっかそっか、男女が混ざるとコウは付かなくなるのよね。日本語って奥が深いわあ」
……いや、普通に『共学校』ですけど。
そんな調子の彼女の解説によると、島の中でも優秀な部類の生徒が通うこの三つの高校は、いわゆる進学校なのだそうだ。
あれこれと施設を案内して回る美人教師に「はあ」とか「ふーん」と相槌を打っていると、彼女は急にくすくすと笑いだした。
「ふふっ、ごめんね。私、転校生なんて初めてで……しかも特隊生だっていうんだもん、どんな子が来るんだろうって思ってたら、君がすっごい普通だから、可笑しくなっちゃって…」
「トクタイセイ? 僕って特待生なんですか?」
確かに授業料とか払ってない。
「え? うん。そうでしょ? 隊員さんなんだよね? 特別徴兵隊員の生徒、略して特隊生よ」
徴兵という音がツンと耳を突き刺した。
それは、いつか来るかもしれない争いのための訓練ではなく、今目の前にある殺し合いへの招待状。
「どうしたの? もしかして緊張してる? ふふっ、大丈夫よ。みんなあなたに興味津津なんだから」
どんな顔で『みんな』の前に立ったらいいのかわからずに背中が重くなった僕の前で、エリー先生が足を止める。
「ここがウチのクラスだよ。二のBね、本土と違って二クラスしか無いから間違えないね」
二のB。二年生。出席日数を計算していた僕があっさり二年生になれたんだから、ありがたいと思わなければ。
担任の登場にざわめきの収まったBクラスの中、二十人程の視線を集めた僕は教壇へと立たされる。どこを見たら良いのかわからないまま教卓を見つめていると、脇に立っていたエリー先生がすらすらと転校生の紹介を始めてしまった。
特隊生、魔法、珍しいケース……などなど。
並べたてられた僕を分類する全ての単語に違和感を覚える。本当はCMが一番面白い映画の主演俳優はこういう気分なのかもしれない。そんな事を思いながら、僕は目の前に並ぶ四十個程の瞳に映る誰かの姿と対面した。
それは、初めて見るはずなのにどこか見慣れた様な顔だった。
自分のひ弱さに悩む心の優しいクラスメイトから始まり、奇跡の生還者に続いて、いけ好かない
それが、僕の新しいあるべき姿。
そうである限り、僕は彼らに受け入れられる。
一度目を閉じ、しけた笑顔を作ろうとした瞬間。突然額の真中を貫かれたような感覚がして全身が硬直。
生唾を飲み込んで、僕の頭を打ち抜いた人間を探す。
だけどそれは探すまでも無くすぐに見つかった。ありもしない虚像を浮かべた連中のド真ん中で頬杖を突いて片眉を上げ、柔らかな銀色の毛先でつまらなそうに鼻の下をくすぐる彼女。
つまり……藤崎マドカが、「僕」を見ていた。
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