大江戸・ヒーロー・ジャンブル!

南雲麗

鋼造りの十手持ち

 時は聖暦十九世紀。

 天下を束ねる幕府の政治が乱れ始め、悪党共の勢いが増しつつあった。

 盗賊。宇宙商人。幕閣の腐敗に大名の陰謀。悪は尽きることなく増えていく。


 しかし大江戸には、いかなる悪にも屈せぬ戦士達がいた。

 本物語は、そんな戦士達と悪党の果てなき戦いを描いたものである!


 ***


 秋の夜長、狼の遠吠えが鳴り響く中。

 大江戸随一の商店、大黒屋は血の臭いに満ちていた。


 大江戸を荒らす悪党の中で最も数が多く、したたかでしぶとい連中。

 人の上前をはねることに長けた、姑息な盗賊どもの手にかかったのだ。


 あちこちの部屋に、斬り殺された死体が折り重なっていた。

 折り重なる死体の中には、幼子や純潔を犯された女中の姿もあった。


 そんな地獄絵図の向こうでは、店主夫婦が背中合わせに縛られている。

 盗賊どもは彼らをなぶり、搾り取る腹積もりなのだ。


「く、蔵の鍵はあの引き出しの中だ。金なら全部くれてやる。だから、せめて命だけは……」


 女房を拷問に晒されて膝を屈した店主が、全てを差し出し命乞いを試みる。

 しかし頭目は無慈悲だった。

 人の悲鳴を肴に酒を飲む。そんな男だった。

 軽く息を吐き、飽きたと言わんばかりに手下に告げた。


「用済みだ、殺っちまえ」

「ヘイ!」

「うわあああああっ!」

「や、やめ、いやああああああ!」


 たった一つの指示で、店主夫婦は死体となった。

 身体中に短刀を突き刺され、非業の最期を遂げたのだ。


 しかし頭目は、悲鳴をほとんど無視していた。

 次の欲を満たすべく自ら引き出しを漁り、鍵を見つけ出した。


「へっ。これで金は全部いただきだ。とっととずらかるぞ!」

「へいっ!」


 こうなってしまうと後は早い。

 鍵が開けられた蔵から、盗賊どもは次々と千両箱を運び出していく。


「急ぎやがれ! 早くしねえと火盗が来るぞ!」

「へい」


 親分の叱咤も調子の良い時には励みとなる。半刻も経たない内に蔵は空となった。

 後は闇に紛れて移動し、下っ端連中を始末。

 一味だけで金を山分けする手はずだった。全ては順調だった。


 ただし。

 彼等は欲の皮の突っ張った、ただの悪党である。

 世に悪党が栄えた試しなし。

 彼等には、裁きの運命さだめが待っていた。


「親分、あれを!」

「足を止めんじゃ……。なんだ!?」


 大八車に千両箱を載せ、裏通りを行く盗賊ども。

 しかし彼等は見てしまった。

 異様な風体の十手持ちが、一人通りの真ん中に立っていた。


 手には巨大な十手。

 顔の上半分は丸っこい兜のようなものに覆われ、表情が見えない。

 なにやら身体のあちこちが光っているようにも見えていた。


「な、なんだ! どきやがれ! い、いや。お前等、やれ! どかしちまえ!」

「合点!」


 頭目の指示を受け、子分はめいめい武器を手に十手持ちに襲いかかる。が。


「……」


 無言のまま、横に振られた巨大な十手が、彼等を容赦なく薙ぎ倒した。

 あまりにもたやすく行われた所業だった。

 突っ込まなかった者は、呆然としていた。


 裏通りは地獄絵図と化した。

 十手に跳ね飛ばされて地面に転がり、痛みにうめく男ども。

 中には打ち所が悪かったのか、ピクリとも動かない者もいる。


 しかし十手持ちは動じない。十手の柄に、淡々となにかを弾込めしていた。

 チャリン、チャリンと。高い音が響く。


「て、テメエ等、俺はずらかるから守りやがれ。こいつは只者じゃねえ!」


 頭目はいち早く決断した。

 子分達を無理矢理前に出し、自分は背を向けて逃げようとする。

 だがその一歩を踏み出した瞬間、彼の後頭部へなにかが直撃した。


「があっ!?」


 つんのめるように倒れた頭目の隣で、一枚の銅銭が高く鳴る。

 それは始まりに過ぎなかった。


 十手持ちは、巨大十手を胸の前で構えていた。

 火縄銃を撃つかのような構えだった。


「……」


 構えた十手の先端から、無言のままに銭が次々と飛び出していく。

 銭弾はあまりにも速く、発射音が凄まじく響き渡る。


「あぎゃ!」

「ひい!」

「お助けぇ!」


 乱れ撃ちされた銭が、大八車と千両箱を破壊する!

 盗賊どもの骨を砕く!

 ばたばたと倒れる男達!

 十手に薙ぎ倒されるのと、はたしてどちらが良かったのか?


 悲鳴と銭の響きと、小判の響きが入り交じる!

 不協和音が鳴り響く!


 やがて暴威は、始まりと同じように唐突に止んだ。

 銭弾切れか? あるいは戦意喪失と判断したのか?

 ともあれ、十手持ちは盗賊どもに背を向けた。

 不気味な音を響かせて去っていく。


 残されたのは盗賊どものうめき声と、砕けた大八車に千両箱。

 散らばった小判に、十手持ちは一切興味を示さなかった。


 暴威の痕跡は一刻も経たない内に回収され、朝にはなにも残らなかった。

 生き残った盗賊は全員お縄となり、然るべき罰を受けたという。

 後に一部で「奇怪な十手持ち」の噂が出たが、特に流行ることはなく終わった。


 ***


「長谷堂様、『へいじ』が無事に動いたようです」

「そうか。今後とも注意を怠るでないぞ」

「御意」


 万一に備えて付けていた部下の報告を受けて、男は頭(かぶり)を振った。

 彼の名は長谷堂兵部信為はせどうひょうぶのぶため

 近年「鬼の兵部」として盗賊どもに恐れられる、火付盗賊改方頭ひつけとうぞくあらためかたがしらだ。


「お上からのたっての願いとはいえ、あのようなものを世に出していいのか……」


 兵部は今も悩んでいた。

 かつて、空の向こうより突如現れた天の民。

 彼等が持っている技術は、大江戸の者からすれば妖術の如き代物だった。


「お上は天の民との交易を通じてなにかを目論んでいる。この俺でもそれぐらいは分かる。だが……」


 兵部は天井を仰いだ。言葉が口をついて出る。

 試運用を命じられた際には、恐れ多さのあまり口に出せなかった。


「一度は死した者を絡繰と繋いで蘇らせ、鋼造りの、強力な十手持ちとする。本当に許されることなのか?」


 鋼造はがねづくり絡繰十手同心からくりじゅってどうしん『へいじ』。

 かつて居たとされる十手持ちの風説に基づいて名付けられた兵器。

 その第一號はこうして、密かに世の中へと送り出された。

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