女子高生巨大化ファイト!!!
くろかわ
女子高生、巨大化する。
どっどどどど。
まただ。
どどうどどど。
不整脈。
どうどど。
緊張すると。
どうどう。
いつもこう。
荒ぶる鼓動の嵐を越える、その一歩を踏み出した。
「うわ、これ刃牙で読んだやつだ」
開口一番、我ながら間抜けな声が出た。
対峙するのは巨大カマキリ。サイズはビルよりはるかにデカい。めちゃくちゃな大きさ。
けど、ビビる時期はもう過ぎた。
「おんどりゃあぁぁぁ!」
対するあたし。卯野風香十六歳。彼氏不在歴十六年。セーラー服とスカート。その下にスパッツ。パンツくらい隠したい、そんな年頃。
やけくそ気味に、ドスのきいた声と共に推定全長百六十メートルの巨体から左ストレートを繰り出す。狙い通りとはいかず、バカでかいカマキリはあたしの拳をギリギリでかわす。
とんでもなく、速い。
このクソデカカマキリだか、それでもあたしとのサイズ差は歴然。そいつは百メートルもない。たぶん。
隣に東京タワーがあるからなんとなくそのくらいだろうと思う。
身長百倍かぁ。
何度やってもげんなりする。叫んで色々な感情を吹き飛ばさないとやってられない。戸惑いとか、恥ずかしさとか。
そもそも、あたしは虫が苦手だ。小学生の頃から触れた覚えがない。
しかもこのカマキリ、やたらでかいおかげでよく観察できる。
無機質な目が怖い。ぐりぐりと動く首が恐い。腕から生えたぎざぎさの刃は見てるだけで痛そうだ。
正直、触りたくない。
ても、負けるわけにはいかない。
吹っ切るきっかけはもらった。
だから。
右手を握る。力強く
「おおっと先制攻撃は卯野風香! 華麗な左ストレートで奇襲! しかしカマキリ、すんでのところで回避! 初っ端から素早い攻防だ!」
実況、神(自称)。
金髪巨乳のへんなやつ。
今この街で楽しげなのはあいつ一人で、街中はきっと大混乱だろう。
わたしはといえば、その辺のビルよりデカくされて、ビルくらいの大きさの虫と喧嘩させられて、その上実況付き。至れり尽くせり。最高に最悪だ。
思わず出そうになる溜息を飲み込んで、一息に雄叫びをあげる。
「女子高生舐めんなぁぁあ!」
我ながら女子高生らしからぬセリフとともに、ヤケクソのヤクザキック。再び回避……いや、かすった。巨体カマキリの翅に足が引っかかり、相手の薄翅が削れて破片が舞い上がる。散らばったそれは、吹っ飛んでビルの外壁に刺さったりしたが、花も恥らう乙女の羞恥心に比べれば損害軽微だと思う。
だって制服だし。いつ戦わされるかわからないから、最近はずっとスパッツだけど。それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
スカートの中、見えるんだぞ。
誰に話しかけてるんだあたしは。どうでもいい雑念ばっかり聞こえる。
どっどど。
どどうど。
「続いてキックが炸裂ゥ! 人類最大の女、卯野風香のラッシュが止まらないー!」
うるせえ、でかくしたのはお前だろ。いらつく気持ちを抑えて、虫に立ち向かう。
飛び退ったカマキリが着地し、こちらをじっとりと睨み付ける。
あ、これも漫画で読んだシチュエーションだ。
うちの部室、なんであんなの置いてあるんだか。
思考が一瞬あらぬ方向へ飛んでいても、カマキリは襲ってこない。
なんだっけ。
鎌の届く範囲に入った相手の隙を狙うんだっけ。ファーブル昆虫記万歳。人生で初めて読書感想文の宿題に感謝した。えらいぞ幼少期のあたし。
じりじりと睨み合い。ゆっくりと、しかし確実に相手が距離を詰めてくる。
恐い。
当たり前だ。
自分も敵もデカすぎる。
今、あたしが退けば、カマキリはそのまま攻撃を止めると思う。
でも、そうしたら街はどうなる?
あたしが踏み潰してしまう。カマキリに蹂躙される。
被害無かったことになる、らしい。実際何度か見てきた。壊れた街も、怪我する人も、そんなこと何もなかったかのように、元に戻る。
でも、だめだ。
痛い思いをする人がいることを、なかったことになったとしても、あたしがそれを認められない。
だって、痛かったことは事実なんだから。
相手を睨み付ける。
カマキリは構えたままにじりよってくる。
そして、一瞬身を沈め、両手を振り下ろして……舐めてんのか?
フェイントなし。予備動作バレバレ。
うちのエースのアタックのほうが、よほど対応に困る。
こんなの、反応できないわけがない。
だから、先に踏み込む。そして、力任せに思い切り。
振り抜く。
「チョッピングライトォォォ! これは効いたか!? 頭が凹んでいるゥ!」
割れた殻の間から、なんか汁が飛んできた。最悪だ。あー。泣きそう。
後悔は無い。
けれど、服も体も汚れて嬉しいわけがない。
ても、これがあたしの選択だ。
「あぁーっと、ここでカマキリ選手『待った』です! これにて──」
殴られて体勢を崩したカマキリ(しかも百メートルくらいある)が片方の鎌を挙げている。しかし、既にモーションに入ってしまったわたしは止まらない。止められない。自分ですら。
振り抜く。拳を。空を、雲を、割るように。
「追い討ちの左スマッシュだぁぁぁ! カマキリ選手、上半身が砕けるッ! これは即死か!!」
なんとかなった。多分。
ずしん、とカマキリの下半身? 腹? が大通りに崩れ落ちる。
カマキリ汁で全身べちゃべちゃな事実は認識したくないから、街の被害はどんなものだろうかと辺りを見渡す。
みんなは無事だろうか。
いや、無事なのはわかりきっているのだけれど。
それでも。
心配性だ、と後輩は言ってくれるだろう。
抱え込み過ぎだよ、と会長は言うと思う。
周りを見ろ、と同級生には一喝されそう。
それでもあたしは、頭をよぎる最悪を常に思ってしまう。眉間に皺がよる。
周囲の建物はガラスが割れている。けど、往来には人影あっても、けが人は見当たらない。
ほっと胸を撫で下ろし、大きく息を吐いた。
安心したら、どっと疲れた。帰ってシャワー浴びたい。そんでさっさと寝よう。いろいろ限界だ。
「ねぇ、早く元に戻してくんない?」
ビルの屋上でスマホっぽい何かをふよふよ浮かべている女を睨み付ける。実況の声の主、神だ。
「えぇー、勝者のインタビューはぁー?」
呑気に構える神に苛立つ。
お前ぶっころすぞ。
「お前ぶっころすぞ」
つい言葉になってしまった。
そうこうしているうちに、足元にわらわらとパトカーや消防車がやってきた。三度目にもなるともう見慣れた風景だ。
真横にでかでかと飾られた炭酸飲料の看板から視線を背け、百六十メートルの高さ道路を眺める。
ふと、わたしも普段はあんなもんなんだよなーと感慨にふける。
いや、そうじゃない。現実逃避だこれ。
溜息一つついて、少し遠いビルの上に視線を向ける。
制服姿の二人が手を振ってくれていた。
あたしの後輩と先輩。
危ないのによくもまぁ、と思うけれど、綻ぶ顔を抑えるつもりもなかった。
我ながら単純だ。
認めてくれる人がいるだけで頑張れる。
そう思いながら、手のひらの感触を確かめる。
遠くなってしまった三週間前の日常を思い出す。
茜色の体育館。夕陽に焼けたコート。荒い息を落ち着けて球っころ一つに必死になる、たくさんの女の子。
バレー部が今のわたしの居場所だ。
たぶん。
二年生になっても補欠のままで、全体練習でしかコートに立たせてもらえない。だから、機会を逃すまいと力が入ってしまう。
綺麗な、とは言えないけれど、それでも十分打てる位置に飛んでくるトス。
放物線を描いて落下してくるバレーボール。目掛けて跳ぼうとするが、緊張でどうしても無駄な力が入る。
跳躍。
「あっ」
けれど、わたしは勢い余ってネットに突撃し、
「卯野ぉー」
「なにやってんのー」
チームメイトに呆れられたり、笑われたり。
苦笑いでごまかして、みんなと一緒に笑顔を作る。
呆れ顔の部長。
いつものことかと笑う部の仲間。
少し心配そうな顔のマネージャー。
鋭い目つきで睨んでくる、相手側コートの同級生。
いつもこう。
うまくいかない。いったことがない。
まだ、怖い。
みんなと同じような笑顔を作る。
笑いながら、手を強く強く握る。
振り切ることすらできない手のひらを隠す。
「あーあ」
俯いたまま、思わず声が出る。夕暮れの中、更衣室の扉をぱたんと閉める。
独りきりの居残り練習。いつもの日課。情けない自分への激励代わり。
選抜選手は片付けに入らなくても良いという部内ルール。更に、一年生は先に帰した。
だから今は誰に聞かれるわけでもないと、油断して盛大に溜息を一つ。
すると、
「卯野先輩?」
驚いて顔をあげれば、後輩がそこにいた。一年のマネージャー、城島貴子。
上背があって、手足が長く、バレー部としてはマネージャーにしておくのがもったいない。元々中学時代はバレー部のエースで、入学するという噂が流れてきたときには浮き足だった。
だって、間違いなくわたしより上手い。
大会の録画を見たことがある。高い位置からのスパイク。迷わず走り込むレシーブ。そして、手のひらに吸い付くようなトス。
華麗で、果敢で、何より優美。
けれど、今の彼女の片手にボールは無い。代わりに持つのは杖。
とうやら、事故で脚を悪くした、と聞いたことがある。
天は二物を与えないというが、だからってこの仕打ちは無いだろう。いや、あたしが怒ったところで何も変わらないのだけれど。
そんな城島は、怪我でうまく動かなくなった脚のことなんて何も気にした風もなく、部に溶け込んでいた。
自然に、優しく、茜色の夕陽のように。
「あれ? 城島、忘れ物?」
誤魔化すために問うた言葉尻は、少し不自然に跳ね上がった。
ひとりだと思っていた。溜息を、独り言を聞かれてしまっただろうか。
だとしたら少し恥ずかしい。
「いえ、鍵掛けまでがマネージャーの仕事ですから」
可愛らしい顔で笑いかける後輩。まったく。
「先に帰っていいよっていったろー?」
あたしより高い位置にある頭をぺちぺちと優しく叩く。
目をつむってなすがままにされる城島は、どことなく小動物のようだ。
「卯野先輩、そう言っていっつも雑用やっちゃうじゃないですか」
だから手伝いたくって、と。後輩は可憐な笑みを作る。夕陽に照らされ赤みがかったその顔はとても綺麗で優しげだ。
だからだろう、わたしの中身は嫉妬、羨望、不可解。でも、嬉しい。いろんなものが混ぜこぜになって混乱する。
自分の内側から目を逸らすため、彼女に説教モードで対応することにした。
「あのさ、城島に片付けなんて力仕事させられないし、鍵なんて誰が閉めてもいいの。だから、あんたは点数表いじったりストップウォッチ持っててくれればいい。でしょ?」
うーん、と小首を傾げ考えこむ城島。
「できないことはしません。でも、やれることがやりたいことだからやります」
むう。言い返せない。
「そりゃあ……」
あたしの口から出てきた意味のない接続が、埃できらめく部室に消える。
その音が消えるのを待って、よくできた後輩は再び口を開く。
「それに、頑張ってる人は応援したいじゃないですか。居残り練習なんてなかなかできませんよ」
これだ。呆れるくらい性格がいい。
ちなみに顔だけでなくスタイルもいい。たぶん八頭身以上ある。天は二物を与えていたようだ。だからって三つ目を剥奪されるのは、自分のものでなくとも腹立たしい。
「見られたくないんだってば。恥ずかしい」
彼女から顔を背け、呟くように、独り言のように吐き出す。
「手伝わせてくださいよ。みんなを支えるのがマネージャーの仕事ですから」
と、小さくガッツポーズ。かわいいなぁ。
悪い気はしないんだ。
ありがたいのも間違いない。
「かわいいなぁ」
溜息。いい子。好ましすぎる。
「えっ。先輩?」
「うん?」
驚いた城島の顔。
「あ、いえ。急にそんなこと言われて、その」
「昔、脳に直接口が繋がってるって言われた」
くすりと笑う背の高い後輩は春の夕日に照らされ、どことなくよそよそしさを感じさせる。
「城島!」
だから。
「はい?」
「身長くれ」
あたしは頑張ってみる。おどけて、なんとか笑ってもらいたくて。
違う。
心配させないように、振舞ってみる。
あたしの本性は、ちっちゃくて怖がりだから。
「だめです」
笑顔。
失敗は明らかだった。
不甲斐ない。
居心地が悪い。
心が、じくりと痛みを覚える。
見透かされている。そんな気がする。
それでもいいや。笑ってくれたから。
買い食いにまで付き合ってもらい、二人でクレープ片手に駅までの道。受験の遠い女子高生の特権である。
「城島、よく知ってるねぇこういうお店」
もぐもぐとクレープを頬張る後輩に、あたしは関心する。自分はこういうお店にはとても疎い。部活に打ち込んだ弊害だ。
「この辺に詳しい人が周りに居るんです」
跳ねるような声色。初めて聞いた音色。
「クラスメイト?」
好奇心で聞いてみた。
「いえ、その」
顔を赤らめた後輩。まさか。
「先輩を差し置いて不純異性交遊か!? くそう、羨ましいなー」
まぁ可愛いもんな。
二人でどうでもいい話をしながら、駅へ。人混みに紛れる。紛れている。あたしと城島は間違いなく卯野風香であり城島貴子であるけれど、同時にただの女子高生二人だ。
たくさんの人に埋没する属性でしかない。どこにでもいるたくさんの誰かさん。
それは覆せるものじゃなくて、でも居心地のいいことでもない。
だから、
「はいどうもー!」
こういうのに出会ってしまった時、あたしはどうしていいのか解らないんだ。
「神でーす!」
変な人に話しかけられてしまった。片手には棒。先端にはスマホ。画面にはあたしと後輩、そして神と名乗った金髪の女性がはっきりと写っている。
いきなり撮ってんのか。許可した覚えはないぞ。
画面に映るのは三人。
すらりと背の高い後輩はスポーティなショートカット。
それに比べ、わたしはあまりに普通の体型。髪もうなじのあたりまでのボブカット。伸ばしてたら勝手にこうなった癖毛。
そして神と名乗った金髪の女。こっちはアホみたいに胸がでかい。
正直、画面に映されると劣等感を覚える。
後輩と二人、至近距離で顔を見合わせる。うわ睫毛長ぇ。
「今日はね、地球を救ってくれる戦士を探しちゃいまーす!」
テンションのやたら高い自称神の女。手には撮影真っ最中のスマホっぽい機械。
これは、どう考えてもやばい。
「探しているのは、肉体的に成熟している、狩猟経験や技術の無い、平均的な人間! 今回のルールにぴったりな、そんなあなたのお名前はー!?」
「えっあたし?」
手を向けられて、ついそちらを見る。
「卯野風香……」
釣られて応えてしまう。
「先輩!?」
城島が声を上げて、迂闊さに気付く。
いや、名前を名乗っただけだから。でも個人情報だしな。住所とか電話番号とかじゃないだけマシか?
などと考えて、隙を晒した。
無様にも。
袖をひっぱる後輩についていこうと足を踏み出す。しかし時既に遅かったらしく、
「はーい、オッケー! 時空間軸座標特定、中間層に反応、エコーヒット、アンカートゥワインド、拡張方向軸固定、ステータス再定義を完了……それではぁ、人間の権利を守っていただきましょう!」
意味不明な文章を口から吐きだす神。
「は?」
聞いてしまった。理解が追いつかない。
そして、
「先輩、いいから逃げましょう!」
あたしの手を握る後輩の手が、
「先輩!?」
離れる。遠ざかる。互いに指を差し合うような姿は、確かなんかの宗教画に近い構図だろうか。
街が、人が、後輩が、地上の全てが、遠ざかる。
代わりに、ビルの看板に、街頭の巨大スクリーンに、夕暮れ時の赤い空に近づいていく。
「なんじゃぁぁぁ!?」
大音声で最近聞いたゲームキャラのセリフが出てしまう。
でかくなってる。巨大化している。しかもめちゃくちゃなスピードで。
「ハロー、マン。神でーす」
さっきの金髪がいつのまにか肩の上にいた。
巨大化しているのはあたしだけ。街も人も何もかもたぶんそのまま。
だから、動くに動けない。動いて何か壊したら、と思うと恐怖で動けない。
でかくなってることも怖いけど、それ以上に何かを壊してしまうことが怖い。
簡単に破壊できてしまうものが恐ろしい。
何より、ついうっかり振り抜いてしまうだけで相手を傷付ける自分に恐怖を思い出す。
滅茶苦茶な状況だ。
あとこの後どうなるのあたし。何されるの。何するの。何かするの?
「……えーっと。神、だっけ? これなに」
どうどうと不規則に鳴る。ビル風なのか、自分の心臓なのか。
「君は選ばれたんだよ」
「は?」
何言ってんだこいつ。あたしは、選ばれないはずの側だ。
もう振り切れない人間だ。
「ま、いいからさ。さくっとやっちゃってよ」
神と自称したそいつは、こともなげに言い放つ。
そして、
「それではぁ、異種生存権獲得戦第一試合はこのカードだ!」
神は手元に先ほどのスマホ的なやつをかざし、でかくなったあたしと彼女自身を映す。
あたしは当然困惑顔で、とても人に見せるような表情はしていない。
対して神は、気色満面楽しそうだ。
理解できない。
居心地が悪い。
選ばれるって。
「赤コーナー! 恋に恋する超大型女子高生、そのサイズ実に百六十メートル! 人類史上最大最強の個人にして、彼氏不在歴イコール年齢の真なる乙女! バレー部補欠、卯野ォォォォォォ……風香ァァァッッッッ!!!!!」
いやうるせぇよ。なんでそこまで個人情報握ってるんだよ。画面に映るあたしの表情がみるみるうちに死んでいく。
「ちょっとー、笑って笑って! もしくはファイティングポーズ! 画面映えしてくれないと困るってー」
口を尖らせる金髪のバカ。こんな時に笑えたら、そいつは間違いなく異常者だ。
「えぇー……いやなんか、ほら。もっとこう、ないの。事前説明とか」
いきなり百倍にされてこれはひどいだろ。
膝への負担とかどうなってんだろ。あと下手に動けない。東京タワーが横に見える。うわ。傷つくなぁ。高い背には憧れてたけど、これはちょっと極端過ぎる。この後の人生どうなるんだろ。マスコミに取材されたらいろいろありそうだし。こういうオモシロ方面でテレビに出たくなかったなぁ。あと自衛隊にいきなりミサイル撃ち込まれたりしないだろうか。ペンタゴンとかに捕獲されたりするんだろうか。いやそれはちょっと古いか? 悪い方向にばかり考えがいく。
いやこの状況でポジティブだったらおかしいだろ。おかしいよね? おかしい。よし。
「よしじゃねぇ」
口に出てしまった。結構響く。でかいしな。背が高いと言われて傷付く人の気持ちがなんとなくわかってきた。
なにか論点が間違っている気がしなくもない。
「それではぁ! 続いて青コーナー!」
選手入場、毎回やるのかなぁ。……いや待て。なにと戦わされるんだあたしは。
戸惑うあたしをよそに、神は青コーナー(ちなみにコーナーそのものはどこにも見当たらない)の選手の紹介を高らかに叫ぶ。
「光合成だけが能じゃない! まさかまさかの反逆者、緑の鞭毛振るう水底の暴れん坊!!」
やばい、なにが出てくるのか全く想像がつかない。人間でないことは確かなんだけど。
「ミドォォォォォォリムシィィィィッッッ」
みどりむし。ミドリムシ?
困惑を通り越して混乱するあたしをよそに、足元のあたりに緑色の何かが、先端の細長い毛で体を支えて立ち上がっている。
「あっ、これ理科の実験で見たことあるやつだ」
知ってるものが出てきてちょっと安心した。
いやまて。安心するな自分。
状況がそもそもおかしすぎる。
だって、
「ミドリムシ、立ち上がったッッッ! これで参加案件は満たしました、ミドリムシ選手! ユーグレナ藻鋼、遂に重力に反逆ッ! ここからどう攻めるのか!?」
ミドリムシ、立ち上がってる。
「いやこれどうもこうもなくない?」
しかし、小さい。小さすぎる。
道路の隅に止まっている車とだいたい同じくらいの大きさしかない。それが、縦になってる。立ち上がった熊ぐらいだろうか。すごく強そう。けど、問題は今のあたしの身長だ。
百六十メートル。でかい。大抵のビルよりでかい。
それと比べれば、このミドリムシはなんていうか、ミジンコくらいだ。
……へんな表現だな。
どうしていいのかわからない。
だから観察してみようと、いつもの調子でしゃがみ込む。
すると、風圧でショウウィンドウが割れ、車が横倒しになった。うわ、ショック。体重とか体積とかそういうものが増大するというのは、女の子にとって許し難く受け入れたくない現実だ。
気を取り直して、異常なまでにでかいはずのミドリムシを覗き込む。なんかプルプルしてる。生まれたての小鹿みたいだ。
生まれたての小鹿、実物は見たことないけど。
「さぁ試合開始です! 両者睨み合っているッ!」
睨み合い。目とかあんのこいつ。
疑問しかない。
「ね、ねぇ神ー。これ、どうすればいいの?」
本気でなにをしていいのかわからない。
当然の如く宙に浮いている神に尋ねてみた。
「おぉっとチャンピオン、余裕の構えを崩さない! えっとねー。参加条件は直立歩行することだから、立てなくなったらおしまいでーす」
なんか実況してる。誰に向かって実況してるんだ。
あと、対戦経験ゼロでチャンピオンてどういうことよ。
「ほぉーらー、戦って戦って! 倒せばおしまいだから!」
わめく金髪巨乳。許せん。
許せんが、
「終わったら戻してくれんの?」
半目で睨む。
「あったりまえでしょー。神、不義理はしないし。だからはやく、れっつふぁい!」
仕方ない。試合だろ。立ってるだけで精一杯、ぷるぷるしてる相手だ。なんとかなるだろ。
試しに、
「えいっ」
指先で車ぐらいのサイズのミドリムシを押してみる。
「ミッ」
「あっ」
変な断末魔がミドリムシから聞こえたと思ったら、そのままぶちゅっと潰れた。緑色の汁が路面一帯に散らばる。当然あたしの指先にも付く。
「うわ気持ちわるっ」
ついでに指先でつついた道路も陥没した。こりゃ踏ん張ったり走ったりしたらやばそうだな。
「なんとォッ! 一撃! チャンピオン、一撃でまさかの殺害! ミドリムシ選手、文字通りアスファルトの染みになってしまったァァァッッッ!!!」
テンション高めの実況と、潰してしまった事実に驚く。怖くなる。
「えっ……」
押しただけなんだけど。
……軽く押しただけなのに?
いやでも、ミドリムシと人間だもんなぁ。
痛かったのかな。
「防衛戦第一戦を制したのは卯野風香ッッッ! チャンピオン貫禄の一撃必殺でしたッ! 卯野風香選手、何か一言お願いします!」
笑顔の神。スマホは横で浮いてる。それほんとにスマホか? なんなんだもう。
「ねぇ、そのスマホなに?」
素朴な疑問をぶつける。いやまて、もっと聞くことないか自分。完全に混乱してる。
「あれ? ドロホってこの時代無いんだっけ? 別ルート?」
二人並んで怪訝な顔をする。
「どろほ?」
徹頭徹尾意味がわからん。
「んー、ま、いいや! ほーらぁ、勝ち名乗りあげてあげて」
「うぇっ、あ、うーん。……いえーい……?」
画面に向かってピース。なにやってんだあたしは。
「続く四戦、彼女は勝って人類を守れるのか! それとも、志半ばで倒れてしまうのか! 次なる戦いは地球時間換算で六十万四千八百秒後を予定しております! 皆様、お楽しみに! なお、チャンネル登録者様限定で録画配信もしておりまーす。登録、よろしく!」
ユーチューバーか何かかこいつは。
あたしの困惑を無視して、神は変な機械に向かってまくし立てる。からのピースサイン。
置いてきぼりだけど、きっとあたしは当事者だ。
そして、嵐のような一ヶ月が始まるのだった。
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