31.
暗く静かな車内で、背もたれに体を預け、目を閉じた。
しかし『何も考えない』というのは、簡単なようでいて、なかなか難しい。
いろいろな思いが浮かんでは消える。
ふと妻と息子の顔が脳裏に浮かんだ。
薄目を開けて、車窓の外を見た。
半月に照らされた森が、うっすらと青白く光っていた。
また目を閉じた。
目を閉じて、薄目を開けて、また閉じる。
カローラの車内で何度もそれを繰り返す。
* * *
そして数時間後。
「そろそろ始めるか」という、運転手
その声に私は目を開け、窓ごしに空を見上げた。
木の葉に邪魔されて空は見えない。まだ夜明けは先のようだ。
「
(彼女、仲間内では『アキ』って呼ばれてるのか)
そんなことを思いながら
銃口を向きに気をつけながら、銃床を前にして
続いて、弾倉をいくつか荷室から取り、これも
さらに、もう一丁。そして弾倉。
私は、その様子を見ながら、少し前から気になっていた事を彼らに問うた。
「助けてもらった身分で、こんな事を
ミラー越しに、私と運転手の目が合った。
「だったら、どうだと言うんだ?」
思い切って、私は意見を述べた。「あの全身の皮膚や目玉から生えた葉っぱみたいなのは、一種の『寄生生物』のような気がするんだ……〈森人〉とかいう奴らは、実は、寄生生物に冒された人間の姿なのかも知れない、って……彼らが人間なら、あんな風に簡単に、次から次へと殺すというのは……その……」
「道徳に反する、とでも?」ミラー越しに見える
「いや、別にそういう意味じゃ……」
「確かに、ご推察のとおり連中は元人間だ。〈森人の葉〉は人間に寄生すると、その根を全身に張りめぐらせる。当然、脳にも網目のように根を張る。その時点で、人間としての記憶・思考・感情すべてが機能しなくなる。葉っぱに操られた
「そう簡単に割り切れるもんじゃないだろう。病気で意識が戻らなくても、人は人だ」
「ふん……じゃあ、こんな風に考えろよ。『あれは、人間の死体という肥やしに生えた雑草だ』ってね。庭の雑草を刈るのは犯罪じゃないし、元から死体なんだから殺しても殺人罪じゃない……あ、屍体損壊罪が適用されちまうか……まあ、あれだ……命の危険に
「だから、そんな単純に割り切れる話じゃないって、言ってるだろう」
「メンド
「どっちみち……」
「そうなのか?」私は
「うん」
「しかし……この世界の住人は、元々は旧
「元々は、そうだけど……でも、既に〈異界神〉に支配されている可能性が高いよ。本体である〈異界神〉が死ねば、その支配下にある村人たちもタダでは済まない……たぶん、みんな死んじゃうと思う。それに、異界の生物を私たちの世界に持ち込むことは〈財団〉では禁止されている。もちろん『生物』の中には人間も含まれる」
「村人を救出しないってのか?」
「私たちの世界を〈異界神〉の侵略から守る……それが〈財団〉の役目。守るべきは世界そのもの。いちいち個別の人道上の問題に対処なんてしない。それどころか〈異界神〉を殺すためなら、どれほどの犠牲が出ても良いと思っている」
「ありえないだろ……そんな事が許されてたまるか」
「ねえ……」言いながら、
「それは……人間を〈巣〉に誘い込んで殺すからだろう? さっき、そんな風なことを言ってたじゃないか」
「それもあるけど……〈異界神〉の本当の怖さは、そこじゃない……本当に恐ろしいのは、いずれ、増殖し始めるからよ」
「増殖……するのか?」
「ある種の生命体だからね。生物の本質は、自己を複製して数を増やすことでしょう? 一匹が二匹、二匹が四匹、四匹が八匹……増殖の連鎖が始まったら手がつけられなくなるよ。その前に駆除するしかない。徹底的に」
「徹底的?」
「そう。徹底的に。完全に。〈異界神〉とその
「だから、
私の問いに、
……なるほど……
外来種みたいなものか。
異界の環境に長時間
「トロッコ問題って、知ってるか?」しばらく黙っていた
「ああ」私はルームミラーごしに
「お前なら、どうする?」
「……」
「俺の答えは簡単だ」
「ずいぶん、割り切りが良いんだな」
「迷っていたって、時間は動くし状況は変わる。何を選ぼうと必ず『選択』には『結果』が
私が答えられず黙っていると、助手席の
「……だな。そろそろ出発するか」と
「ちょっと待って」
前席の男二人が、目を合わせる。
「そうだな」と
(
それは、アメリカの兵士たちが首から下げている小さな金属製のネームプレートのように見えた。
……いわゆる『ドッグ・タグ』だ。
「それから、おじさんにも
言いながら、私にも同じものを
私はその小さな金属プレートを月の光にかざして見た。
しかし、私が
「これ、ハリウッドの戦争映画とかに出てくるドッグ・タグってやつだろ?」
私の問いかけに、
「その通りだ……もともとは、戦場で顔も分からないほどに損壊した死体の身元確認に使うものだ」
「でも、名前が無いじゃないか」
「死体の身元確認に使うタグに名前が無い……つまり、その名無しタグを付けてる兵士は死ねない、死なないって訳」と
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