第八十六話 サイレン


 旅先で古い旅館に宿泊した。


 その旅館はノスタルジックな内装を売りにしていて、昭和初期の家具や小物を使い館内を別世界の様に仕上げていた。


 夜中にふと目が覚め薄暗い旅館の中を歩くと、また違った雰囲気が味わえた。 



 しかし妙に寝付けず、旅館のロビーに下り喉を潤すことに……。旅館内は景観を乱さぬよう自販機が一階にしか無かったのである。


 そうしてロビーのソファーに腰を下し暫くすると、誰もいない場所から声が聞こえ始める。

 耳を澄まし声元を探せば、それは飾ってある古いラジオから聞こえていた……。


 ホテル側で消し忘れたのかと聞き耳を立てていたが、その放送がどうもおかしい。

 声は戦時中の放送に良くある自国を褒め称え鼓舞するもの……そんなものがこんな夜中に流れるものなのだろうか?


 そう思った時……突然けたたましいサイレンが鳴り響く。


 高校野球の試合で聞くようなそれは、館内中に聴こえている筈だが誰も姿を現さない。


 不審に思い立ち上がろうとした時、視界の端に半透明の子供の姿が……。

 学生服、モンペ、防空頭巾……それは大戦の歴史を語るテレビ映像で良く見掛ける姿。ロビーは瞬く間に学生で溢れ返った。



 そこで旅館の従業員に肩を叩かれ、ようやく我に返る。既に夜は白み始めていた時間だった……。



 後に調べたところ、その付近には日本軍の大きな工場があり学徒動員されていたその場所を大規模な爆撃が襲ったという……。



 あの学生達は幻想か幽霊か……どちらにせよ、戦没者には冥福を祈ることしかできない……。


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