ざまぁからコメディまで悪役令嬢な短編集
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第1話 悪役令嬢vsヒロインの現場を見ている私は反抗期
身分制度って何それムカつく。
貴族なら丁寧な言葉を使えだってさ、はっ、なにそれ何で自分の言葉使っちゃダメなわけ?
綺麗な言葉だけ使えっていうならさぁ、はじめから綺麗な言葉だけ聞かせればいいじゃん。覚えなければ直す必要もないんだしさ。
父親が家の中ではこういう感じなわけ。母はまぁ綺麗な言葉使うからさー言葉に気をつけろって言われても、そうだなーって納得できるけど父さんには言われたくないよね。そもそもの原因お前じゃねぇか、と言いたい。ていうか言った。怒られた。けっけっ、ムカつく。
そんな鬱憤を抱える反抗期と呼ばれる(不本意だけど、正当な主張だと思うんだけど)私は、同級生の我が国の王子様がど
私たちはいま学園の庭園わきにある渡り廊下にいて、庭園のすみっこで殿下の婚約者の女性とその取り巻き令嬢が、ひとりの男爵令嬢になんかいちゃもんつけてるっぽい現場を見ていた。
私がここにいたのはたまたま、殿下とその側近候補たちが通りかかったのもたまたま、だから殿下の下記のつぶやきを聞いたのもたまたまで、思わず無遠慮に「はぁ?」と言っちゃったのもたまたま私が反抗期だっただけ。
「またエリーゼはリオナをいじめているのか……呆れるな」
そして庭園へ向かおうと前傾姿勢になる王子。
「はぁああ?」
あ、はぁ? じゃなかった、はぁああ? だった。ま、いっか。
一応この学園内では身分の差はない、つまり平等だということになっているのでそんな風に「貴族らしくない」ものいいをしても私は咎められはしない。皆平等っていうのはたぶん反抗期な人のための制度だと思う。学園は居心地いい。好き。帰りたくないわー。
私が、何言ってんのこいつ、とバカにしくさった目で殿下を見てたら、側近候補たちがバッ! とそれはもう風の速さでこっちを見た。こわ。なにこれこわ。目こわ。呪われそう。
でもこちとら不本意ながら反抗期だよ。
キッと睨まれたらキッと睨み返すのです! 負けねぇぞこらぁあ!
「何か意見があるのかい?」
庭園へ行こうとしていた体を止めて、王子がにこやかに微笑んで聞いてくる。うさんくせぇ笑顔。けっ
別に意見する気は無いけど。どうでもいいけど。ムカついただけだけど。でも言っていいなら言いますけど。
「別に。いじめてるとか、呆れるとか、本気で言ってるなら殿下ってすっごい自分に都合よくしか物事を考えられない人なんだなぁって思っただけですよ」
すごいバカなんだな、とはさすがに言わないよ、私優しいから。
「自分に都合よく? どういう意味?」
側近候補たちの目が怖い。でも私負けない!
殿下を守る男どもをギッとにらみつけ、殿下の青い目を見る。
「殿下はエリーゼ様の婚約者でしょう。その婚約者に他の女が接近しまくってたら嫌に決まってるじゃないですか。可愛い嫉妬ですよ。きっと殿下のこと大好きなんでしょうね。大好きな人と結婚できると思っていたのに、浮気されて全然しあわせな未来を想像できないとなったら不安でたまらないでしょうね。
不安で不安で、殿下に近づかないで! ってあの令嬢に言ってるんでしょうけど、それでも殿下に近づき続けるとか、あの令嬢も相当性格悪いですよね。
婚約者が悲しんでいるのに素知らぬふりで、むしろいじめられてるとでも思っていっちょまえに悲しんでるんですか? 好きだから、友達だから、一緒にいたいだけって自分の気持ちだけ最優先で、婚約者の気持ち気にしないとか性格悪すぎ、自分のことしか考えてないじゃん。最低。軽蔑します。そんな状況を見て、エリーゼ様があの令嬢をいじめている! という風に見えて言っちゃう殿下はあの令嬢と同じ知能ってことでしょう? そう思ったら、もう、ねぇ。はぁ……この国の未来が心配ですよ」
呆れて物も言えないわ。とは言わなかった。言いたかったけど、呆れても物は言いまくってるし。
私がずらずらしゃべっている間にエリーゼ様は立ち去って、くだんのご令嬢だけが残っていた。
ご令嬢はもの悲しげにうつむいていて悲哀をさそうが、私には悲劇の主人公の気分に浸ってるだけのクズにしか見えない。
そりゃあさ、王族は愛妾も持てるしー? 側妃だってもてるから、二股を咎めるのは違うのかもしれないけどそういう制度も女性の気持ちないがしろにしててすげぇムカつくっていうか王族ムカつく。王妃様は好き。たまに貴族令嬢みんなに美味しいお菓子贈ってくれるの。好き。優しい。素敵。そんな王妃様の他にも妃がいる王様はくそくらえじゃ。
浮気を普通に考えてるっぽい殿下もくそくらえじゃ!
こんなのを好きとか、こんなのと結婚しなきゃいけないとか、エリーゼ様かわいそう。
私は身分低くてもいいから、なんなら平民でもいいから愛妾なんてもたない一途な男性がいいなぁ……。貴族的に難しいのかなぁ。悲しい。
はぁぁ、身分制度きらい、滅びろ。
ふかぁーい溜め息をつくと、王子が無言で停止していることに気がついた。
「殿下? 聞いてました?」
なんて言うのは身分的にはアウトだけど学園だからオッケー。
金の髪の王子様はハッと意識を取り戻したみたいな顔になった。
「エリーゼが、悲しんでいる?」
「はぁ? 今そこ? そこ疑問に思うの? ばっかじゃないの。あ、バカって言っちゃった。ごめんあそばせ。まぁいいや、学園だし。怒らないでよね。事実だし。
エリーゼ様たまに泣いてるって噂私だって聞いてるよ。ほんと殿下たち鬼畜。かわいそうなエリーゼ様。
いじめるなっつーならお前がいじめんなっつーの。愛する気がないなら他にいい男あてがって別れてやれよ。子供の頃から王家に縛り付けて人生奪っといて、愛もあげませんとかほんと王族はいいご身分ですね。最低だわ。私なら裸足(はだし)で逃げ出すわ。エリーゼ様ほんと同情する。
ああ、これ、学園だから言ってるのであって外では言わないから処罰しないでくださいよ。反抗期反抗期いわれるけどそのくらいの分別ありますから」
「俺がさいてい……なのか?」
「くっそ最低だと思いますけど。ご自覚ないんですか? 私が男なら愛する人を守れるカッコイイ男になりたいと思うっていうか女でも思ってますけど、なんで王侯貴族はそんなクズな生き方してて恥ずかしくないんですかね? 理解できないわ」
まぁ女でもクズはいるか、あの令嬢みたいなね。
性別も身分も関係なく個々の性格の問題かなぁ。汚い世界。
「くず……俺が。……そうか」
なんか殿下がフラフラしながら去っていったわ。
側近候補たちもそれにくっついて行ったけど、最終的に私を睨みつける人はいなくなっていた。あっけにとられている人と呆れた顔をしている人が大半だったけど、中には笑いをこらえている人もいた。何笑ってんの。意味わかんない。
とりあえず殿下もクズいわれて逆上して私をどうにかするほどの、ど底辺クズではなかったみたい。よかったよかった。ちょっぴり見直した。
王子に思う存分に言ってやったらちょっとスッキリした。
帰ろ。
今は放課後で、私は学園の図書館からの帰りなのだ。殿下は生徒会のなんかやってたのかな。
家に帰ったらたまたま父に鉢合わせして「ただいま帰りました、とひざを折らないか!」って怒られて「はっ」と鼻で笑って自室に引きこもった。誰がするかバーカバーカ。
まぁでも私もね、打算くらい働きますよ。
私の未来の結婚相手が今の学園内にいる可能性は高いから(まだ婚約していない)、来年からはフツーのご令嬢らしく過ごして結婚に影響のないようにしようと思いますわ。ほほほほ。
学園内は身分不問。なのに気を使わないと今後に影響出る、とかほんと世の中打算がないと生きていけないよねぇ、やだわー。
噂を聞いた。
あの殿下につきまとっていたご令嬢に、殿下が冷たく接するようになったらしい。それでも必死に声かけする彼女に、殿下もだんだん嫌悪の表情を見せるようになり、今では話もしないという。
反対にエリーゼ様と一緒にいる時間が増えて、エリーゼ様の朱に染まった可愛い笑顔を私も見かけるようになった。殿下もエリーゼ様のそんな様子にまんざらでもなさそうである。よきかなよきかな。
それから二年、五年制学園の四年生になった私も婚約をした。
父と母が諸手を挙げて「よくやったな!」「よくやったわ!」と言うようなすごく高位のお家からの婚約要請があったのだ。
うちは弱小の子爵家。なのに相手はなんと侯爵家の嫡男で王子の側近候補、学園内でも優秀な成績を収めている頭のいい人である。我が国で侯爵家と子爵家はギリギリありな身分差だ。
次期宰相候補とかいわれているけど王子と仲良いから逆にダメだろう、なぁなぁになりかねないってことで王子より年上で賢い公爵家の次男さんが次期宰相候補の最有力ではある。
そんな婚約者どのは私が王子に色々ぶちまけたときに笑っていた人だ。
あの時のことを弱みとして私をどうにかするつもり?
と警戒しながらの顔合わせ。
2人きりで話しなさい、と言われて侯爵家の広大な庭を散策中のただいま。
黒髪に緑の瞳の、実はすごい美形な婚約者どのと並んで歩く。エスコートも完璧だ。さすが学園の女子からの人気株。クールで笑顔がない人らしいけど、私の前ではよく笑ってるよね。
彼に相応しくなるように私も令嬢としてがんばらねば……………めんどくさ。
がんばろう!
優雅に優雅に彼のエスコートに従ってバラをながめていると、頭上からくつくつと笑う声が聞こえた。
「すっかり大人しくなってしまったのですね。私は反抗期のあなたが面白くて好きなのですが」
「好きだなんて光栄ですわ。しかし大人しくしないと将来に支障がありますもの。素を出していいならあなたの前では普通にいたしますわ」
「ふふ、そうしてくれ。俺も普通に話したい」
「じゃ、そうする。あーでも最近正しい言葉遣いばっかしてたから逆に慣れなくなってきてるんですよね。ちょっと悔しい」
でも令嬢らしくなく思いっきり腕を空に向けて伸びをした。うーん、気取らなくていいのは気が楽ね!
と、婚約者どのが私の伸ばした両腕を片手でまとめてひとつかみにする。
両手を上げたまま拘束される私。
「なにこれ」
「ははは! ごめん、深い意味はないんだが。つい目の前に手があったから掴みたくなって」
「ふうん。いいけど、離してくれる?」
「いいよ」
「うわっ」
確かに手は離してくれた。手は解放されたけどそのまま私をぎゅっと抱きしめて、彼はくつくつと笑う。
「ちょっとー! なに。どうしたの?」
「俺にこうされて嫌ではない?」
「え、まぁ、そうね」
「ふふ、じゃあ好き?」
「え、なんでそうなるの」
「好きになって欲しいんだ。いつかでいいから」
そう言って体を離した彼は、みんなに冷たいと言われている目を優しく細めて私を見ている。
なんか、好意を持たれている気がしてそわそわするよ!
「俺はあの日から君のことが気になって、気づけば目で追うようになっていた。来年俺は卒業するから、もう君には会えなくなる、それは嫌だって思ったんだ。この気持ちを君はなんだと思う?」
「そ、それ私に聞くの!?」
恋じゃない? って思うけど、さすがにそんなこと言えないんですけど!?
「ははは! 君はなんでもはっきり言う人なのかと思ったんだけど、そうじゃないこともあるんだ?」
「さすがにそれは言えませんよ!」
「はは、じゃあ、俺から言うよ。俺は君が好きなんだと思う。君の家との繋がりは我が家としても利点がなくはない。だから政略としても反対するものはいないから安心していい。うちは今さらどこかの有力な家と繋がる必要もないしね。俺は好きな相手が同じ貴族なら好きな人を妻にしたいんだ。婚約、受けてもらえますか?」
もとより婚約は決まっている。今さらこんなことを言う必要なんてない。
でもちゃんと彼の口から説明と、告白と、そして婚約の申し出を受けるなんて。
「……はい」
私は彼の誠意に惚れたんだと思う。
私の返事に嬉しそうに笑った顔が、これまで見たなによりも愛しいと思った。
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