二人だけの掃除

姫草りあ

第1話 二人だけの掃除

はぁ……ツイてない……。圭子はため息をついた。

ここは体育館。圭子はここの掃除を委されたのだ……遅刻の罰として。

しかし、ツイていないことだけでもなかった。

ツイてること……そう、もう一人の掃除当番が一子だったのだ。

本来なら圭子だけで掃除をするとことだったのだが、一子も掃除を志願してくれた。


圭子は思わず笑顔になる。

さぁ、お掃除頑張りますか!


「圭子さん?」

不意に一子から名前を呼ばれる。

「うん? どしたの、一子ちゃん?」

ちょっとドキっとした。

距離はあるものの、この空間には二人きり。体育館と言っても、壇上だけの掃除。実際にはそこまで遠くないのかもしれない。

「貴女って、確か、ヴァイオリンが出来るのよね?」

一子が訊ねる

「出来ると言っても、小学生の頃少し習ってただけよ? 全然上手く無いし……」

「それじゃあ……」

クスっと一子が笑い、カバンからヴァイオリンを取り出した。


「私も少しだけやってるの」

笑顔でヴァイオリンを圭子に渡す。

そして、おもむろに、ピアノの前に座る。そっか、体育館の壇上にはピアノがあったんだ。でも……。

ラ――

一子がラの音を弾く。チューニングのサインだ。弦楽器奏者としては、ついチューニングしてしまう。

ラ――ヴァイオリンからロングトーンで流れるラの音。


「それじゃ行くわよ?」

ちょっと、心の準備出来てないっていうか、何を弾けば良いの!?

一子が鍵盤に指を滑らせる。


ドミソドミソドミ

あ……。バッハの平均律、ハ長調のプレリュードだ。ということは……?

一子は圭子の方を見て笑みを浮かべる。

ミーファーソーレーミ


これはグノーのアヴェマリアだ。誰でも知ってる曲。選んでくれたんだ。

そのまま二人のアンサンブルは続いていく。

気持ち良い……一子ちゃんが伴奏だとこんなに気持ち良いのね。

そしてフィナーレを迎える。最後の和音を叩きおえる一子。


「素敵な演奏だったわ」

一子が本当に嬉しそうに微笑む。

「そ、そうかなぁ?」

照れ隠しに笑う圭子。

「またヴァイオリン、再開したらどうかしら?」

「うーん、保留!」

二人はひとしきり笑い合った。

そう、掃除という大事な任務を忘れて。

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