3-1

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 過去回想 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「コスギ殿、その人形はなんなのでありましょう? どうして先ほどからずっと人形に話しかけておられるでありますか?」


「それは私の妻です。触らないでくださいね」


「ふぁっ?! つま?! つまというと、奥方様でありますか?!」


「そうですがなにか」


「え、でもこれ……会話など不可能では、生命を感じないでありますし」


「……生命は、ええ、そうでしょうね。我妻は……冥府の住人なので」


「なっ?! なんと、そうなのでありますか?」


「我妻エウリュディケの魂は、今は冥界にあるのです。実はその昔かくかくしかじか」


私はオルフェウスの神話をさも自分のことのように蜥蜴幼女に聞かせてやった。そして音楽が得意だとアピールし趣味であった一人カラオケで鍛えた歌を披露した。


当然蜥蜴に人間の歌の良し悪しなど判断できるはずもない。蜥蜴幼女はまんまと騙され私のことを尊敬のまなざしで見るようになった。


「まるで漆黒の闇のような、深く艶やかな歌声でありました……流石はコスギ殿……コスギ殿は、命も声も失っている奥方様方に操をたてていらしたという事なのでありますね。それでせっくすに応じていただけなかったでありますか。なるほど合点が言ったであります。同時に、私は感動したであります。これは是が非でも妻の末席に、いえ、めかけでも奴隷でもいいのでコスギ殿のお子を産まなければならないでありますよ!」


「いやあの、命はともかく結構しゃべってますよね彼女らは」


「はい?」


「……はい?」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 過去回想おわり ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



みたいな流れだった。


そのやり取りで私はようやく、この世界の住人には音声合成ソフトによる音が認識できないのだと知り得たのだ。


「奥方様は何とおっしゃったでありますか?」


「……連れて行ってもいいそうです」


「っ?! わかったであります! 頑張るであります!」


飛び上がって喜ぶトカゲ疑似形態幼女雲雀。


うん。その外見は卑怯だよ。すごく子供然としてて心が揺らぎます。ちょっとだけ途中の道でコンビニによってアイスクリームとか買い与えたくなってしまった自分を責めたい。



◆◆◆◆◆◆ After a while ◆◆◆◆◆◆



「うわぁっ! 大精霊! コスギ殿! こんなところに大精霊を発見したであります!」


「あ、それ私のペットなので触らないでください。雲雀さんは後ろに乗ってくださいね。それともやはりお留守番をしていますか?」


助手席に乗り込もうとした雲雀を私は手で追い払う。そこは我が愛しのウーパールーパー精霊王ポンの指定席である。お前ごとき羽根付き蜥蜴が座っていい場所じゃない。


「いえいえいえ! 私も行くでありますよ?! ちょっと驚いただけであります! いやその、えぇっと、大精霊が人種に従うことがあるなんて知らなかったというか、初めて見たでありますが、コスギ殿ならさもありなんでありますね」


何だか歯切れの悪い物言いをする蜥蜴幼女。


何の話をしているのか。もしかしてこいつも何かのロールプレイをしているのだろうか。


会話できないとはいえこのトカゲ、たまに第六感みたいな鋭い洞察で人形ドールと意思疎通してそうな瞬間があるのでなかなかに油断できない。


とはいえ、アプリで買ったと説明しても理解はできないだろうし、無視しておくのが最適解であることに違いはないのだが。


「では出発します。マキちゃん、出してください」


「心得た、マスター」


マキちゃんは運転席で運転を、私は中部座席でオペレーターを、蜥蜴幼女は後部座席にあるモニターで後方の警戒を。三者によって役割を分担された装甲車は、鉱山をゴールとする未知の冒険へと走り始めたのであった。

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