第31話【五月二日、午後八時~内藤省吾~】

 夕食を終えて部屋に戻る。カーテンを開けて、息を飲む。

 曲線で出来た鉄柵を装飾にして、夜闇の中に窓が四角く切り取られている。中に浮かび上がるのは、シャープなシルエットと柔らかな白に光る肌を持つ妖精。

 非現実的な一幅の絵にしばし見とれて、言葉を失う。

 細い手が柵の隙間から伸びる。

 ぼくも、手を伸ばす。

 触れられれば、おとぎの世界に連れて行ってもらえる。そう信じそうになる。

 幻想と現実の距離は、八メートル。

「だめね」

唇だけで香織が言って、手を引っ込める。

 そして、代わりに取り出すのはPSP。反対の手にはぷよぷよ。

 了解。把握。

 ぼくもPSPを持ってくる。ぷよぷよをセット。電波届くかな……。

 届いた。

 ゲームスタート。


 ぱひゅーん。

 ふぁいやー。

 ぱひゅーん。


 言っておくが、ぼくはぷよぷよが苦手だ。三連鎖がやっとだ。でも、香織も同じくらいヘタだ。泥仕合は泥仕合で楽しい。ムキになって対戦する。

 ね、眠い。

 痛っ!目が覚める。

 腕に鋭い痛み。銃撃された。香織がエアガンをこっちに向けている。人に向けてはいけませんと説明書にあるのに。

 でも、まぁ、そうでもしないと寝落ちちゃってたか…。

 時計を見る。午前2時。そりゃ、眠いはずだ。

 ゲーム変えようぜ。

 香織が、一度奥に引っ込む。そして、見せてくるのは「ソウルキャリバー」。対戦格闘ゲームだ。ぼくも持ってる。セットする。

 ゲーム開始。

 ぼくが使うのは、ソフィーティア。金髪巨乳姉ちゃん。剣をまっすぐに突き出して、ブッ刺す攻撃が、荒々しくて好きだ。香織がちらりとこっちを見る。知ってる。アイコンタクト。

(キャラクターにゾンビはないよ)

(ふまん)

結局、恐竜みたいのが出てきた。尻尾も牙も生えている立派な恐竜さんだ。がおー。あ。金髪姉ちゃん投げられた。

 おのれっ。

 香織のゲームのやり方は、基本的にがちゃがちゃボタンを連打するだけ。でも、攻撃に途切れ目がなくて一度当たり始めると、攻撃を返す隙がない。

 瞬く間に金髪姉ちゃんがやられた。

 こんなガチャプレイにやられるなんて、く、くやしい……でも……。びくんびくん。

 勝てない。三連敗。

 うがーっ。

 こうなったら、意地でも華麗な連続コマンド入力でしか出ない超必殺技で勝つ。


 十三連敗。


 必殺技ばかり狙っていて、同じパターンで何度も負ける。おのれぇ!絶対、超必殺技で勝つ。成功するまでやってやる!


 二十連敗。


 香織のほうを見ると、これ以上はないドヤ顔でこっちを見ている。片頬をあげて、書き文字を足すなら「フフン」しかない。

 おのれぇ!

 絶対、超必殺技で勝つ!


 二十五連敗。


 勝てない…なぜ、勝てないんだ…。こうなったら、超必殺技で勝つしかない!

 夜が明けてきた。

 香織に一度も勝てない。あんなガチャプレイに一度も勝てない。悔しい。ゲームを一時停止して、机に移動する。ノートを開き、マジックペンで大きく書く。窓際に戻り、香織にノートを提示する。

《一度勝たせてください》

 朝の白い光の中で、香織が哀れみの瞳を向ける。

 ゲームスタート。

 いくぞぉー。超必殺技コマンド入力!


 二十六連敗。


 香織のほうを見ると、マジックの一発描きで、すごく上手にストレイツォを描いたスケッチブックをかざしてる。《ストレイツォ容赦せん!》


 そーすか。


 夜はすっかり明けた。犬の散歩のおっさんが下の道路を歩いていく。階下でも物音がし始めた。両親も起きたみたいだ。

 香織が、んっと伸びをして、立ち上がる。スケッチブックを掲げる。

《朝食食べたら、そっち行くね》

 朝日とカーテンの向こうに香織が消える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る