第0067話 処遇

 ラヴ、ミューイ、ノアハ、ソニアルフェ、ウェルリ、ジーをまずボラコヴィアの神殿前広場、ユリコたちの近くに転送した後、俺は直接神殿内部へと転移した。


 ボラコヴィアの神殿。俺が転移した場所は赤く光る魔法陣のど真ん中であった! まるで俺がその場所に転移することが分かっていたかのようだ!?


 転移直後、魔法陣の中央でうつ伏せ状態に!苦悶くもんの表情を浮かべながら言う……

「ぐっ!?な、なんだ!?きょう重力場じゅうりょくばかっ!?く、くっそう!」


「ひゃぁぁっはっはっはっはっ!待っていましたよ、邪神じゃしん

 どうですか?自分の体重が20倍になった気分は!?あーははははははっ!」


 統括神官とうかつしんかんらしき格好かっこうをしたひとりの男が大口を開けて笑っている。

 この男がガギガガの一番弟子のギーノだ。ステータス情報にマイミィから聞いていたその名前が表示されている。


 そして、彼の後ろにはロープでしばられさるぐつわをめられている男性神官たちが5名すわらされている?

 彼等のかたわらには彼等が動けないように肩を押さえ込んでいる黒ローブの男たちがそれぞれ二人ずつ計10名立っていて、こちらをニヤニヤしながら見ている。


 だが、すぐにその顔は驚きの表情に変わることになる……。


 自分たちの目の前に座っていた5名の神官が消えたからだ!

 お察しの通り、俺が神殿前広場のハニーたちのもとへと転送させたのである!


 ガギガガの一番弟子、ギーノも当惑とうわくしている。


「……ふふふ…はははは……あーははははははっ!」


 ギーノたちの顔色が青くなる……。


「どうした?はと豆鉄砲まめでっぽうったような顔をして?え?まさかこの俺がこの程度の重力場にえられないと本気で思っていたのか?ええーっ!?そうなのかっ!?」


 俺は生身なまみでも100ジーくらいなら余裕でえられる身体だし、今はスーツは着ているわ、極薄シールドも展開しているわ……で、ブラックホールにでもぶち込まれない限りは全く問題ない状態だ。 実は重力場の変化すら感じていないのだ。


 魔法陣が光っているし、相手はガギガガの一番弟子、重力系魔法使いだから多分強重力場を生成しているんだろうなぁと思って演技してみただけなのだ。


「ば、バカなっ!?に、20倍の重力にえられるとは!?」

「あははは、笑えるなぁ。リアクションがお前の師匠ししょうにそっくりだなぁ。

 さすがは師弟していといったところか?ははは」


「な、なに?そ、それはどういう意味だ?」

「ああ?てめぇはまだ知らねぇのか?俺がこの町に来る前にお前の師、ガギガガを地獄じごく送りにしてきたんだよ。誰からも聞いてねぇのか?」

「なんだって!?き、貴様きさまぁーっ!ゆるさんぞ!50倍重力場!」


 魔法陣が作り出す重力場に、更に重力場を重ね合わせてきたようだ。

 もう一回からかってみるかな?さすがに二度はだまされないだろうがなぁ……。


「うぐっ……」

「師匠の仇討あだうちだ!どうだっ!?さすがの邪神でも、50倍の重力場にはえられまい! ははははははははっ!」


「うぐぐ……く、くそぅっ!

 …………な~んてね、ははは。もしかして……また引っかかっちゃった?

 おばかちゃんでちゅねぇ~、ギーノくんは?あははは!」

「な、なに!?50倍の重力にもえられるのか……に、人間じゃねぇ!」


「ぷぷぷっ!あーははははははっ!あーおかしいっ!

 な、何を今更……ひぃーひっひっひ、俺がこの世界の神だって知ってんだろう?

 て、てめぇだって、さっき俺のことを『邪神』って言ったじゃねぇか?あはは!

 それを『人間じゃねぇ!』って、ぷぷぷっ! 俺を笑い死にさせるつもりか?」

「んぐぐ……く、くっそうっ!くそぅっ!くそぅっ!くそぅっ!おのれぇっ……」


 この程度の雑魚ざこを相手にしていてもつまらない。

 今日は色々あったのでハニーたちは少々疲れているだろうし、俺もなんか疲れを感じている。

 だから、今夜は早めに休むことにしたい……とっとと片付かたづけよう。


「転送!」


 あのまま神殿でコイツらをぶっ殺しても良かったんだが、新しく作ったばかりの神殿がよごれるといけないので、ギーノとその配下の者たちを全員連れて町の外へと転移したのだ。


「100倍重力場生成!」


 ブ…ブブブブブブブブチャァッ!

 一瞬でギーノたちは自重じじゅうえかねてつぶれててた……。


「シールド展開!烈火れっか!」


 延焼えんしょうを防ぐため死体全体を念のためにシールドでおおい烈火を発動……

 死体は綺麗きれいさっぱりやしくしてやった。当然、ヤツらの魂は"奈落ならくシステム"行きである!

 ギーノも師匠のもとへ送ってやったのだ!まぁ、ガギガガと会えることはないのだがな……ははは。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「なんか……あっけなさすぎて……つまんないわね?」

「ユリコ、つまらないってなぁ……ショーをやっているわけじゃねぇんだからな。

 それにあんな雑魚ざこ窮地きゅうちおちいらされるような弱ぇ神じゃだめだろう?」


「まあね……でもほら、こういうのってさあ、主人公がピンチにおちいって絶体絶命ぜったいぜつめいの状況から一発逆転するからスカッとして面白いんじゃないの?」

「あのなぁ……お前さん、転生してきたから実感がかねぇのかも知れねぇがな、これは現実だぜ?ゲームとかお話の世界を疑似体験ぎじたいけんしているんじゃねぇんだよ?」


「そ、そんなことは分かっているわよ!……でもね、この世界って日本と違って、死んでも生き返らせられるじゃない?だから、死に対する実感が湧かなくってね。セーブポイントから復活してすぐにやり直せそうな感じになっちゃうのよね」


 『ゲームとかお話の世界を…』と言ってから、はたと気が付いた。

 ユリコが日本で亡くなったのはかなり前のことである。家庭用のゲーム機もまだそれほど普及ふきゅうしていない頃だ。だから、ゲームの話は通じないかもと一瞬思ったのだが、彼女の口からセーブポイントという言葉が出てきたので少々驚いた。


「あれ?お前さん、セーブポイントって言葉を知っているんだな?」

「え?間違っていた?昔ほら、一緒に友達んちに遊びに行ったとき、テレビゲームしたじゃないの?覚えてないの?

 私が敵にやられちゃって、最初からやり直そうとしたらセーブポイントからやり直せるってシンが教えてくれたじゃない?忘れちゃったの?」


 ああ……思い出した。ものすごく昔の話なのでコロッと忘れていた。

 彼女からすれば、死の前年のことだから記憶に新しいのだろう……。


 俺が日本で死んだ頃のゲームをやらせたら……その進化に、ユリコはきっと腰を抜かすほど驚くだろうな。させられなくて残念だ!


「ああ、思い出した。悪ぃ、かなり昔のことなんでなぁ、すっかり忘れてたよ」

「なるほどね、そうよね。私が死んでからもシンは何十年と生きたんだもんね?

 私との思い出も忘れちゃうわよね。ちょっと悲しいけどな……」


 ユリコの表情が暗くなる。


「そうだよ、何十年も生きてきた。……お前さんのいない、まるで色がなくなってしまったかのような世界で俺ひとり……悲しみにれながら生きたよ」


 そして、しみじみと言う……


「こうしてお前さんに再会できて……ホントよかった。俺は心底しんそこそう思っている。

 お前さんはちょっと変わっちまったからな、俺との再会はあまりうれしくねぇかも知んねぇが……」

「そ、そんなことはないわよ。私も嬉しいわよ。ホントよ!」


 このところ、ほんのちょっとだけユリコの態度たいど軟化なんかしてきたかな?


「ま、まあ、この話はこれでおしまい。……それで、どうするの、あの人たち?」


 ユリコが視線を送った先には女性シオン教徒たちがいた。

 すっかり忘れていた!どうしたものかなぁ……。


「シンさん、ユリコさん。お話が……」

「ん?どうした、マルルカ」


「はい。実はさっき、あそこにいるシオン教徒の女性たちと話をしたんですが……

 彼女たちはシンさんによる数々の奇跡きせきたりにして、そして、自分たちが窮地きゅうちおちいっても助けてくれない女神シオンに失望しつぼうして、信仰心がらいでいるようなんですが……でもまだシオン教からの脱退だったいには躊躇ためらいがあるようでして……」


 マルルカはちょっとだけ口ごもってから続ける……


「あのう……彼女たちは殺さずに解放してやってはいただけませんか?

 もちろん、彼女たちがやって来たことはひどいことですが、もう少し考える時間を与えればきっとあらため、シオン教から脱退すると思うんです。だめですか?」


 男性信者は問答無用もんどうむようでぶっ殺して女性信者は解放する……ってかぁ?

 ある意味性差別せいさべつだな。だが、おのれあやまちをあらためようとしていると知ってはぶっ殺すわけにもいかないか……。


「よし、分かった。彼女たちは解放しよう。

 ただし!特殊能力はすべて消してごく一般的な町娘まちむすめ程度ていどのステータスにする。

 で、人の物をうばったり、人に危害きがいを加えようとすると灰になって霧散むさんするようにした上で解放することにするが……それでもいいか?」


 マルルカがにっこりと笑う。


「はい。彼女たちには私から伝えますから、少々お時間を頂戴ちょうだいしても?」

「ああ、いいぜ。でも……今日はもう遅いから、明日にしてはどうだ?」

「分かりました。そうします。でも、彼女たちは今夜は一体どこに泊めますか?」

「そうだなぁ……彼女たち専用の宿泊用テントを作ろうかな」


 ということで、神殿前の広場に新しくテントを一張ひとはり設置した。


 その中は入り口を入ってすぐにロビーがあり、そのロビーからビジネスホテルの部屋のような12の個室につながっている。各部屋の中にはバスとトイレ、ベッドが用意されているだけだ。きわめてシンプルな宿泊施設である。

 俺たちが泊まっているテントよりはかなりおとる。が、この世界の住人にとってはいい方の部類ぶるいに入るだろう。


 なお、トイレはシャワートイレだから、このトイレを使ったら、この世界の他のトイレは使えなくなるだろうな。ふっふっふっ!


 新しく作ったテントの地下にシールド発生装置をめておき、就寝中しゅうしんちゅうは中から出られないようにする。あらためるつもりだとは聞いているが罪人ざいにんであることには間違いないからだ。自由に外へ出られては面倒めんどうだ。

 もちろん、外からの侵入しんにゅうも俺と冒険者パーティーメンバー以外は不可能である。



 このテントで泊まることになっているシオン教の女性信者たちは皆、驚きを隠せないでいる。

 外からはどう見ても2人用のテントにしか見えない。それなのに、テントの中は広々としていて、しかも、自分たちの宿泊用の個室まで用意してあるのだ。

 初めて見て驚かない方が不思議というものだ。


「"あなたたちにとっての罪人"である私たちにこんなに良くしてくれるとは……」


 そう言って泣き出す女性信者がいた。単純に喜んでいるようには思えない。

 俺たちに対する少々の抵抗心と、心に生じた葛藤かっとうが流させた涙であるかのように思えてしまった。

 『あなたたちにとっての罪人』という部分がちょっとだけ強調されていたことになんか引っかかりを覚えたから、俺はそのように思ったのだろうか?


 立場や見方が変わるとぜんあくが入れ替わってしまうことは当然あり得る。

 人それぞれに、それぞれの正義と判断基準があると考えるのが論理的で自然だ。

 だからこそ、単純かつ絶対的な善・悪の判断はできないと考えるべきである。


 彼女はそういったこともまえて『あなたたちにとっての罪人』と言ったように思えてしょうがない。

 そして、彼女がこんな見方をしているとしたら、彼女がシオン教徒としてずっと共有してきた価値観が……善・悪の判断基準が揺らぎ始めているのだろうと思う。


「あのう……聞いてもいいですか?」


 彼女を観察するように見ていた俺に気付いたのか、彼女が俺に話しかけてきた。


「なんだ」

「あなたはシオン教の存在自体をゆるさないのでしょうか?」

「いや。そんなことはねぇよ。存在自体を許さねぇってことはねぇ。この世界では信教しんきょうの自由は保障しようと思っているからな」


「それではなぜ、私たちをつぶそうとされるのですか?」

「おいおい。人聞きが悪ぃことを言うなよ。

 お前さんたちが存在しねぇ女神シオンとやらを崇拝すうはいしているだけで、他者たしゃがいさないのであれば、俺は一切いっさい、なにもしねぇよ」


 女性の顔からは不信感が読み取れる。

 彼女は物事ものごと客観的きゃっかんてきとらえようとするタイプなのかも知れない。

 ちょっと心をさぶってみたくなった。

 俺は彼女の瞳をじっと見つめて言う……


「最初に俺に喧嘩けんかを売ってきたのはお前さんたちの方だぜ?

 俺の嫁さんになる女性たちを凌辱りょうじょくしようとちょっかいを出してきたじゃねぇか?

 お前さん、もしかしてそのことは知らねぇのか?」

「そ、それは知りませんでした。

 教皇きょうこう様から、シオン教の存在自体が許せないあなたの方から先に攻撃を仕掛けてきたと聞いていました。ち、違うんですか?

 では、私たちの大聖堂の屋根を消滅させたのもあなたじゃないのですね?」


「攻撃を先に仕掛けてきたのはお前さんたちの方だよ。その報復と警告をかねて、大聖堂の屋根を消した。それをしたのは確かに俺だ」

「そ、そんなぁ……それでも大聖堂を攻撃することはないじゃないですか!?」


「ホント何にも聞かされていねぇんだなぁ……末端まったんの人間なら仕方しかたねぇのかなぁ。

 最初は我慢がまんしていたんだぜ?何度もちょっかいを出してきたから、さすがに頭にきてなぁ……。でも誰も死んでねぇはずだぜ?大聖堂の屋根を消しただけだ」

「はい。確かにそうですが……でも、知りませんでした。私たちが一方的に攻撃を受けているものとばっかり思っていました」


「そりゃぁ、人間ってのは都合つごうが悪ぃことは隠したがる生き物だからなぁ……」

「…………」


「それに……シオン教を許せねぇのにはあと2つ理由がある」

「え?まだ何か?」


「ああ、ある。ひとつはなんの罪もねぇ、平和に暮らしていた獣人たちを虐殺ぎゃくさつして自分たちの国を建国けんこくしたことだ」

「え?それは違います。獣人たちの暴力に苦しんでいた人族を助けて、その人々にわれて建国したんですよ」


「へぇ~、そんな風に話をでっち上げているんだなぁ。

 勝てば官軍かんぐんたぁよく言ったもんだなぁ」

「かてばかんぐん?意味が分からないのですが?」

「ああ……いや、歴史は勝者の都合がいいように書き換えられるってことだ」


 女性は沈思ちんし黙考もっこうしだす……


百歩譲ひゃっぽゆずって、まあ、建国の件は仮に大目おおめに見るとしても、お前さんたちの国は、その獣人族の領地を侵略しんりゃくした際、逃げ遅れた獣人たちを奴隷どれいにして虫けらのようにあつかっているだろう?それは絶対に許せねぇ!」

「確かに国にいる獣人族はすべて奴隷ですが……人族をしいたげてきたむくいだと聞いています」


「教育ってのは怖ぇなぁ……」

「え?でも、あなたの直轄国ちょっかつこくにだって奴隷制度はあるでしょ?いいのですか?」


「残念ながら…奴隷制度はある。俺が留守るすにしている間に運営を任せてたヤツらが勝手に作りやがったんだよなぁ……だから、近いうちに廃止はいしする予定だ」


 女性の目には疑惑の表情が浮かんでいる。


「お前さんたちの国の貴族には、獣人族の女性を性奴隷にしているクソ野郎が多いことは知っているか?」

「はい。ほとんどの貴族様は獣人族の女性を性奴隷にしていますが、それが?」


「お前さんは、同じ女性として心が痛まねぇのか?

 なんの罪も犯していねぇ女性たちが獣人族っていうだけで、男どものおもちゃにされているんだぜ?彼女たちの意思は全く無視されて……」


「そう言われるとちょっと……今までは当たり前だと思っていましたので考えてもみませんでした」

「俺の妻たちも獣人族の国にいたのにもかかわらず、戦士アキュラスってクソ野郎に拉致らちされて性奴隷にされていたんだぜ?

 シオン神聖国の男どもは余所よその国にまで出向でむいて人族でない者たちを奴隷にしていやがるんだ!これを女性として許せるのか!?しかも国策こくさくで…だぜ!?」


 彼女は知らなかったようだ。顔面蒼白がんめんそうはく愕然がくぜんとしている!?


「人族に、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、ダークエルフ族、そして、魔族に……魔物だって神である俺にとっては大切な子供のような存在だ。俺がこの世界につくり出した生き物たちだからなぁ。

 自分の子供を大切に思う気持ちはお前さんにも分かるだろう?」


 女性はゆっくりと大きくうなずいた。


「それをてめぇらの欲望を満たすためや勝手な都合で奴隷にしたり、虐殺ぎゃくさつしたり! そんなお前さんたちの国の連中をこの俺が許せるとでも思うのか?

 みーんな、俺の大切な大切な子供たちなんだぜ?親の俺が許せると思うのか?

 お前さんに子供がいたとして、その子がそんな扱いを受けたらどう思う?

 絶対に許せねぇだろう?相手をぶっ殺したくなりゃしねぇか?」

「う……は、はい……」


「それが2つ目の理由だ。分かるだろう?俺の気持ちが……」


 女性はうつむき、黙り込んでしまった。目には涙をめている。


 ダメ押しをしておこう……。

 彼女を手招てまねきして、耳元みみもとささやく……


「本当はもう1つシオン神聖国をぶっつぶしたい理由があるんだが、聞きてぇか?」


 女性はコクリとうなずいた。


「だが、これから俺が言うことは絶対に他のシオン教徒には言うなよ?

 じゃねぇとお前さんは消されちまうぜ?それでも聞きてぇか?」

「は…はい」


「実はな、俺の助手であるシオンという女性がお前さんたちの国に拉致らち監禁かんきんされているんだ」

「え!?め、女神シオン様があなたの助手?」


 彼女の声が少々大きかったので『しーっ!』というようなジェスチャーをする。

 つまり、俺は右手の人差し指を立てて口元へと持っていき顔をしかめたのだ。

 彼女は『はっ!』としたかのような表情を浮かべた後、頭を下げた。


「そうだ。これまでお前さんたちが国で見てきた女神の奇跡は、そのシオンという俺の助手に無理矢理やらせたもんだ。彼女の意思とは無関係にな!」

「そんな……」


「シオン教徒たちが俺の大切なハニーたちにちょっかいを出してきたとき、本当はこの世界からお前さんたちの国を完全に消し去るつもりだったんだがなぁ……。

 俺の大事なシオンがとらわれの身だと知ったんで、今は我慢がまんしているんだ」


 女性はなかば放心状態だ。思考停止におちいっているかのように表情も身体も固まってしまっている。


「俺の助手シオンはな、お前さんの国の教皇を初めとする上層部の人間の食い物にされちまっているんだ。上層部のクソどもが甘い汁を吸いたいがためになっ!」


 女性はわなわなと震えている。


「だから、女神シオンなんてのは実在しねぇんだよ。虚像きょぞうだ。

 俺の助手のシオンをいいように利用して、女神をでっち上げているんだ」

「…………」


「どうだ。この事実を聞いてもまだシオン教徒を続けられるのか?」

「あ、あなたが本当のことを言っているとは限らないじゃないですか!?」


「そう思うんだったらそれでいいさ。どう思おうがお前さんの勝手だからな。

 もう俺はなにも言わねぇよ……好きにすればいいさ。

 だが、今聞いたことは人には絶対に言うなよ? お前さん……消されるぜ」

「ひぃっ!」


「ユリコ、マルルカ、マイミィはこのことを知っている。彼女たちなら大丈夫だ。

 俺が言っていることに納得ができねぇんだったら彼女たちに話を聞いてみるのもいいかもな」

「ええ。もちろん聞いてみます。失礼します」


 そう言うと彼女はマルルカのもとへと向かった。

 彼女は、少なくともシオン教という存在そのもの、シオン神聖国の仕組しくみ等々に疑問をいだき始めたことだけは間違いないだろう。後は彼女次第だ。



 ◇◇◇◇◇◇◆



 今日はホント色々なことがあって、すっごく疲れた……ような気がする。


 神である俺の身体には自動修復機能等々があるので、疲労ひろう感というものを普通は感じないのだろうが……。

 日本人だった頃の感覚がまだ残っているためか、これだけ行動したとしたらこれくらいは疲れるだろう……というイメージみたいなモノが、なんとなくみついてしまっているようだ。


 だからすっごく疲れたような気がしている。


 そこへシオリから念話が入る……


『ダーリン、今そちらへお邪魔してもよろしいでしょうか?』


 もう何もしたくはないし、考えたくもない気分だ。できることなら、すぐにでも眠りたい……。

 だが、あの心優しくて気配りのできるシオリが、夜分にこんなことを言ってくるくらいだから、何か重大な内容なのだろう……先延さきのばしにはできない。


『ああ、いいよ。おいで』

『はいっ!転移!』


 シオリは転移してくるや否や、すぐに俺に抱きつき、俺の顔をうるうるした目で見つめる……。


 不思議だ。彼女の顔を見ただけでやされる……身も心もぽかぽかしてくる。

 疲れている感覚はどこかへと押しやられてしまう……今は彼女と会えて良かったという気持ちの方がまさっている。


「ダーリン、寂しかったです。会いたかった……」

「ああ、俺もだ。なんか何ヶ月かぶりの再会のような気がするぜ」


 シオリがいきなりくちびるを求めてきた!


 ちょっと驚いたが、その求めに応じてしばらく唇を重ねる……。

 先ほどまで疲れていて何もしたくなかったというのに、そのままもう一段階進みそうになってしまう……

 だが、なんとかとどまった。理性で必死に押さえ込んだのだ。

 彼女は重要な案件を持ってきているはずだ。こんなことをしている場合じゃないのではないかという考えが理性を勝利へと導いたのだ。


「ずっとお前さんとこうしていてぇんだけどなぁ、なんか重要な知らせがあったんじゃねぇのかい?」


 シオリが"はっ"と我に返る。


「そうでした! も、申し訳ありません……。

 おギンから報告があり、シオン神聖国の軍隊が、獣人族国家ニラモリアとの国境近くに集結しているとのことでした。その数は今現在でおおよ40万人。まだまだ増加中らしいです。どうやら、ニラモリアへ攻め込むつもりらしいとのことです。

 それでお疲れのところを大変恐縮にぞんじますが、早急さっきゅうに対処する必要があるかと存じまして、夜分にもかかわらずこうしてお邪魔した次第しだいでございます」


「そうか。すぐに知らせてくれてありがとうな。助かる。

 ふぅ……シオン神聖国めっ!ったく!次から次へと問題を起こしやがるなっ!

 俺は近いうちに嫁さんを決めるために首都ニラモウラへ行く予定だったんだが、まるでそのタイミングを見計みはからったかのように行動を起こしやがったな!

 ホント、腹の立つヤツらだぜ!」


「それでどうしましょう?衛星えいせいを使って殲滅せんめつしますか?」

「そうだなぁ……俺はまだしばらくダンジョン攻略こうりゃくから手が離せねぇからなぁ……。

 シオリ、悪ぃが、俺がニラモリアに入るまではお前さんにこの件を任せてもいいかなぁ?」

「はい、ダーリン。私にお任せ下さい」


「いつも悪ぃなぁ。お前さんだけが頼りなんだ。すまねぇな」

「いえいえ。ダーリンのためですから。うふふ」

「ありがとう。それじゃぁ俺がニラモリアに入るまでにヤツらが越境えっきょうしてきたら、かまうこたぁねぇから重粒子砲じゅうりゅうしほうをお見舞みまいしてやってくれ!」

「はい。それで申し訳ありませんが、国境警備のためにミニヨンを1万体ほど配備していただけませんでしょうか?」

「ああ、いいぜ。お安いご用だ。ちょっと待ってなぁ……」


 ミニヨンを順次、計1万体起動し、それらすべてがシオリの指揮下に入るようにするためのマクロをプログラミングした。

 1体ずつ起動と設定を手動でしていては大変なので、マクロを組んでミニヨンを順次自動的に起動させ、設定処理も同時にさせるのである。

 起動後は順に、シオン神聖国とニラモリアの国境付近に転送されるようにもしてある。


「はい。できた!それじゃぁ、えずミニヨンを1万体起動して、国境付近に転送するぜ。指揮権はお前さんにゆだねる。……ミニヨン起動用マクロ実行!」


 マップ画面を空中に表示させて俺とシオリは衛星からの映像と共に見る……

 ミニヨンたちは指定通りに国境に沿って配置されることを確認するためだ。


 マクロ実行開始後数分でミニヨンたちの国境線沿いへの配置が完了した。


「ダーリン、シノに国境周辺の獣人族たちを避難ひなんさせるように伝えましょうか?」

「そうだな。それを忘れるところだったぜ。さすが、シオリだな。頼りになる」

「い、いえいえ。うふふ」


 シオリは嬉しそうだ。


「悪ぃけど、そっちの方も頼めるか?」

「はい。もちろんです」


 一通り打ち合わせが終わると、シオリは名残惜なごりおしそうに神都へと帰って行った。

 俺の方もシオリと離れたくない気持ちが心の中を支配していた。

 シオリがもう帰ってしまうのか……と考えるや否や、どこかへ行っていたはずの疲労感がどっと押し寄せてくるのを感じた……


 シオリは、そんな俺の微妙びみょうな変化を感じ取ったのか、ぎわに修復神術をほどこしてくれたのである。

 修復神術は俺の身体には全く不要で単なる気休めにしかならないはずなのだが、なぜか疲れが吹っ飛んだ!……ような気がした。不思議な感覚だ。


 シオリは本当にこまやかな心配こころくばりができる素敵すてきな女性だなぁ……。

 俺はあらためてなおしたのだった。



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