いざ! 神都へ!

第0001話 プロローグ

 俺はこの世界の神である……らしい。 自覚じかくは全く無いのだが。

 しかしなぁ……、


「どうすりゃいいんだ! この状況を!!」


 俺の背後は切り立ったがけふもと

 今、そこには、半裸はんら全裸ぜんらの女性たちが恐怖に顔をゆがませてへたり込んでいる。


 皆、ガタガタという音が聞こえてきそうなくらいにふるえながら……

 ひとかたまりになってへたり込んでいるのだ。


 俺たちを取り囲んでいるのは……ゴブリンの群れ!

 おおよそ50匹はいるぞ! 半円状はんえんじょうえがくかのようにかこんでいる!


 ゴブリンたちは突然俺が出現したことでたじろいだのか俺たちからちょっと距離を置き、攻撃の機会をうかがっているように見える!?


 なんてこった! 絶体ぜったい絶命ぜつめいのピンチじゃないのかっ!?



 ◇◇◇◇◇◇◇



 この状況におちいる2時間程前、私はこの世界で目覚めざめた。

 目を開けて最初に見たモノは、さかさになった美しい女性の顔であった。


 ボーッとした頭で状況を把握はあくしようとする……。

 ……後頭部こうとうぶにはやわらかい感触、そして、背中方向には重力じゅうりょくを感じる。


『ああ、私はこの女性に膝枕ひざまくらされているのか……』


 私は出勤途中に駅のホームで目の前が真っ暗になったことを思い出す。


 あぁそっかぁ、駅のホームで意識を失ったのかぁ?

 ……この人は私を介抱かいほうしてくれているのかなぁ? 申し訳ないなぁ……。



 今朝も、いつものように、布団ふとんに張り付いて離れたがらない意識を無理矢理に引きはがして適当に身支度みじたくし、ひとり暮らしのアパートを出た。


 少しでも長く寝ていたいので、いつも時間ギリギリまで寝ている。

 無理矢理起きるためか食欲がわかないし、時間も無いので最近は朝食をとったことがない。


 まるで徘徊はいかいするゾンビがごとき足取あしどりで、最寄もより駅のホームにたどり着いたところまでは何とはなく覚えているのだが……。


「あぁ、すみません。私は気を失ってしまったんですね?

 ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 と言いながら体を起こそうとする。

 だが、体が異様いように重く感じられてうまく動かすことができない。


 やっとの思いで体を起こし……

 『ちゃんとお礼を言わなければ……』と、女性と向き合うように正座せいざした瞬間! 私は目の前の女性のあまりの美しさにいきんだ!


 私がほうけたように女性の顔を見ていると、女性の美しい目からハラハラと涙がこぼれ落ちる。


 えーっ! 私は何かマズいことでもしたんだろうか???

 私がドギマギ困惑していると……


「やはり上様はこの世界での記憶を失われてしまったのですね……おいたわしい……。 ですから、私はくどいように『視察におもむかれる前には必ず記憶データをバックアップして下さい!』と申し上げましたのに!」


「えーっと、すみません、私には貴女あなたが何をおっしゃっているのか……」


 と、その時である。 さわやかな風がスゥーと私のほおでた。


 ん? その風のおかげで私の灰色の脳細胞はようやく女性以外の、周囲の状況を認識し始める……。


 あれぇ? ここは……駅のホームでは…ない? よ・なぁ?

 えっ? 大草原のど真ん中なのか!? ……どこなんだここは!?


 しかし……この清々すがすがしさはなんだ。 ひょっとして天国なのか!?

 私は駅のホームで息絶いきたえてしまったということなのか!?


「あのぅ? かぬことうかがいますが……ここはいったいどこなんでしょう?

 私は死んでしまったのでしょうか?……貴女様あなたさまはひょっとして神様?」


 私は、目の前の美しい女性の返答を待たずに、思いつくままに次々と思ったことを口に出してしまった。


「いえ、上様。 ここは貴方様あなたさまが管理されている惑星わくせいのひとつです。

 そしてこの第10911実験宇宙空間の者たちからすれば貴方様こそがまさしく『神』であらせられます」

「……」


 理解がおよばずかたまっているとはるか上空をドラゴンのようなモノ?が飛んで行くのが見えた!


 んん!?


 あぁ、うんうん。 そうだぁ…きっと私は夢を見ているんだぁ……。

 最近、"異世界転生モノ"にハマっていたからなぁ~。

 だからこんな夢を見ているんだな~。 うん、きっとそうだ。 うんうん。


 私はあるIT企業で、社畜しゃちくなんていうなまやさしいものじゃない、苦役くえき奴隷どれいのように働かされている。

 会社は残業代を払いたくないのだろう、名ばかりの管理職にされて……。


 まさに地獄だ。


 たまに取れる休日は外出する気力すらかないが、そんな中でもこの現実から一時いっときだけでも逃避とうひできるからなのか、最近は"異世界転生モノ"小説を読んだり、その手のアニメを見たりして過ごすことが多くなった。



 しかし、勇者や賢者、スライムじゃなくて【神】になる夢とはな……。

 誰にも邪魔されることなく、やりたい放題、好き勝手に暴れたいという願望の現れなのだろうか?


 ふっ、笑っちゃうよなぁ~まったく。

 今はまだデスマーチってほどにはいそがしくないんだけどなぁ……。

 いや、死の行軍デスマーチ前だからこんな夢を見る余裕よゆうがあるのか??


 いずれにせよ相当ストレスがまっていることは確かだなぁ……。

 ふぅ、これじゃぁ先が思いやられる……。



 一瞬、目の前の美女の顔に……


 『何をスットコドッコイなことを考えているんだか!』


 というような、あきれたかのような表情が浮かんだかと思うと……

 彼女の両手がスッと私の顔の前まで伸びてきた。


上様うえさま、ご容赦ようしゃを!!」

いひゃいいたい! いひゃいいたいーーーっ!!!」


 出し抜けに目の前の美女が、両の手で私の左右両方のほおを思いっきりつねった!


「上様、今ご確認いただいたように、この状況は"夢"ではございません」


 痛タタタッ……。

 ん? 何?……ひょっとしてこの人は私の心が読めるのか?


「はい上様。 貴方様と私は心の奥でつながっておりますから」


 と、美女はドヤっ! と言わんばかりの顔をしながら言った。



 みどり黒髪くろかみをゆるふわシニヨンにまとめたフェミニンな髪型かみがたをした女性……。

 白のブラウスに黒のスカート……

 どういうわけか白衣はくいを着ており、まるで医師か研究者のような服装をしている。

 ひとみはダークブラウン、二重ふたえまぶたで切れ長、クールな印象を与える綺麗きれいな目だ。

 そのくちびるうすく、鼻筋はなすじが通った端正たんせい顔立かおだちをしている……。


『それだけに……うーーん、このドヤ顔はいただけないなぁ。残念だ!』


「うぐっ……」


 女性はダメージを受けたかのように一瞬たじろいだ。


「そそそ、そんなことより、まずはこの世界についてご説明申し上げます」



 彼女の説明によると、彼女の名前は"シオリ"。年齢はひ・み・つ! とのこと。

 この惑星ディラックにおける私の助手じょしゅけん秘書ひしょであるらしい。


 女性だから年齢はかくしたいよね。うんうん納得なっとく


「上様の忠実ちゅうじつなる"シモベ"ですわ」


 とのことらしい? うーん、シモベって???



 高度な科学技術力をゆうする精神生命体種族である私の『存在そのもの』はこの時空よりも高次元こうじげん空間くうかんにあり、今、この場にいる私は、その"存在"?のこの時空に対する射影しゃえいのようなもののひとつらしい。


 意味がま~ったく分からん???



 このディラックという名前のMクラス実験用惑星がぞくするのは、ワイル銀河系内にある恒星こうせいランダウ系の第3惑星であり……

 通称つうしょう、アファインと呼ばれる第10911実験宇宙空間内に存在するとのことだ。


 このアファインは主に、"ヒューマノイド種族文明の発展観察実験用"の宇宙空間であるらしい。


 この宇宙空間内で適当に抽出ちゅうしゅつされた数百兆個程度の"Mクラス惑星"を対象にして、それぞれにヒューマノイド種族文明を芽生めばえさせる……。

 そして、その後どうなるのかを経過観察けいかかんさつすることを目的に作られた宇宙空間なのだそうだ。



 この宇宙……アファイン内で監視対象となっている"すべてのMクラスの惑星"に、私の"存在"の"射影しゃえい"が存在していて、実験と管理をしているらしい。


 各々おのおのの"射影"は、"神域しんいきグローバル・ネットワーク"にアクセスすることで、互いにつながりを持っているということなのだが……

 私の場合、そのネットワークへアクセスするためのIDもパスワードも共に忘れてしまっているため、現在、神域からは孤立こりつしている状態であるらしい。


 今の私はこの惑星のローカル・エリア・ネットワークにのみアクセスできる状態となってしまっている。


 他宇宙をふくめた他の神々というか、他の管理者たちとのやり取りは、グローバル・ネットワークへのアクセス権を持つ"管理助手"のシオリさん経由けいゆで行わざるをないとのことである。


 ただ……シオリさんはあくまでも管理助手であり、私が本来持つ権限けんげんよりもかなり制限されたアクセス権しか持たないということだ。



「シオリさん。 グローバル・ネットワークの管理者にお願いして、私の新しいアカウントを発行してもらうことはできないのでしょうか?」


「はい。きっとそうおっしゃると思いまして勝手ながら新アカウント発行を私のほうで手配しました」


『おおっ! シオリさんは美しいだけでなく、かなりできる人だな!』


 あれ? シオリさんがほほめている? なんだ??


「それではすぐに新アカウントを発行してもらえるんですね?」

「それが……担当者が多忙たぼうとのことでして、発行までに300年ほど時間をくれとのことでした」


「300年!……えっと、それはこの惑星での300年ということでしょうか?

 でしたら、地球時間に直すとどれくらいに相当そうとうするんでしょうか?」


「全く同じです。300年です。

 ちなみに、この宇宙は、地球が存在する宇宙と同じ既製品きせいひんの開発キットを使用してつくられており、地球とこの惑星ディラックは、宇宙開発キット上では全く同じ惑星に相当するものを利用しています」


「開発キットですか?」

「はい。 ゼロから宇宙を構築こうちくするのは大変ですから、"既製品のキット"を利用することがほとんどなのです」

「なるほど」


「この惑星ディラックは惑星の名称の他、生命体の種類や大陸の配置等、オプション指定が可能なものについては、地球でそれぞれに対応するものとは異なりますが……

 調整が可能な項目についてのデフォルト値や、オプション指定できないもの等々は地球と全く同じなのです。 1日の長さや1年の日数等も地球と全く同じです」


 そして、この惑星ディラックで行われている実験のテーマは……


 『管理者である私と、各ヒューマノイド種族との間に生まれた子供たちに、

  この惑星を分割ぶんかつ統治とうちさせた場合、その後何が起こるのか……』


 それを経過けいか観察かんさつすることらしい??


 ん? 各ヒューマノイド種族との間に生まれた子供たち?

 えっ? これって……一夫いっぷ多妻たさいになるよね、多分? ハー……レ・ム?


 必然的に私のハーレムが作られることになるんじゃないのかっ!?


 さっきドラゴンが上空を飛んで行くのが見えたこともあり、一体どんな種族がいるのか怖くなってたずねてみたら……


『"異世界転生モノ"のラノベなどに出てくるモノはほとんどいます!

 どうぞご期待下さ~い』


 との返答が返ってきた。


 をゐをゐおいおい、ファンタジー世界の生き物にハーレム……

 主人公を支える美人パートナー……

 くさすぎるほどに異世界転生モノのテンプレートだよなぁ?


 と、考えていると……。


上様うえさまは転生者や転移者ではありません!

 不当ふとう監禁かんきんされていた監獄かんごく惑星"地球"から生還せいかんされたのです!

 正確には、生還せいかんと申しましても『魂』だけの帰還きかんなのですが……

 もう少し発見が遅れれば、過酷かこくな労働で"魂"がすり減って、完全に消滅してしまうところでした!」


「転生や転移ということではなくて……ん? 生還…です・か?」

「はい。上様はこの惑星ディラックの中に『 極悪ごくあく魂の浄化じょうか区域 』を新設されようとなさっていて……

 その参考にしようと視察するために、この惑星ディラックと環境がほとんど同じである監獄惑星"地球"にみずかおもむかれたのです」


 そういうとシオリさんはギュッとこぶしにぎりしめると……


「がっ! あの地球のクソ管理者めっ!! ヤツの手違てちがいでぇ~~っ!

 はっ、すみません! げ、下品な物言ものいいを…お、おび申し上げます」


 そう言ってほおめてずかしそうにしている?


 彼女の話では、地球の管理者のミスで私は極悪人ごくあくにんとしてあつかわれて、保有する記憶をすべて消去された上で日本人として転生させられてしまったらしい。

 そして、私は過酷かこくな人生をまっとうすることをいられた……ということである。


 地球が存在する『 第1701宇宙空間( 通称はエンタープライズ )』は、その宇宙空間に存在する全惑星が刑務所けいむしょ役割やくわりになっているらしく……

 他の宇宙空間とはちょっと異なる、特別な宇宙空間だということであった。


 主に、他の宇宙で重罪を犯した者の魂を『浄化・矯正きょうせい』するための役割をになっているということである。


 私が "生きていた" 地球という惑星は、各宇宙空間に存在する『地球型のMクラス惑星』の重罪人じゅうざいにん収容しゅうよう対象としているらしく……


 それらの対象となる惑星で凶悪犯罪を犯した者たちの魂だけが集められる、重罪者専用の『 監獄惑星 』であるということだった。


 地球での"死"は『 刑期満了けいきまんりょう 』……『 出所しゅっしょ 』に相当するらしい。


 なんか眉唾まゆつばなんだがなぁ……。


 でも、そう言われてみると私の回りでは、皆から"いい人"と思われていた人たちは早死にすることが多かったなぁ……。


 反対に、早くくたばって欲しいと願いたくなるような "あくどいヤツ" ほど……

 なかなかくたばらずに、しぶとく長生きするんだよなぁ。


 ……まぁ、逆は必ずしも真ならずだし、単なる個人的感想ではあるのだが……。



「これで一通りの説明が終わりました。

 では、次に、管理者用のアプリケーション、管理補助用人工知能クライアント他を上様にインストールします。

 その後に基本データのバックアップをリストアしますので……

 恐れ入りますが、もう一度私のひざまくらにして、仰向あおむけに寝転ねころんで下さいませ」


 いやはや、こんな美人にまた膝枕ひざまくらしてもらえるだなんて、こちらこそおそれ入ってしまうなぁ……と思いつつ、シオリさんの指示に素直に従う。



「では。すぐに作業は完了しますので、その間はリラックスしていて下さい。

 それでは、軽く目をお閉じ下さいませ」


 シオリさんは、神域ローカルネットワークがどうやらこうやらとか……

 インストール、リストアがどうのこうのといったことをブツブツとつぶやいている。


「リストア完了! 上様より与えられていた"管理助手シオリの権限"によって上様の基本システムを強制リブート!」


 と、シオリさんが口にした瞬間、私の意識はブラックアウトした……。



 ◇◇◇◇◇◇◆



「システムの再起動が完了しました。

 上様、もう目を開けていただいて結構けっこうです」


 という言葉に、私はわれもどす。


 一瞬『会社で居眠いねむりしてしまったのか!?』とあせり……、

 『納期のうきに間に合わなくなる!』ときもえ、脂汗あぶらあせき出してきて飛び起きた!


 あやうくシオリさんのアゴに頭突ずつきを食らわせるところだった。危ない危ない。


 なぜこんな寝ぼけたような状況になってしまったかというと……

 再起動し目を開けたら目の前にはぼう米国べいこくOSメーカー製の開発環境のような画面が表示されていたからである。


 こんな画面を見ていると胃が痛くなりそうなので、何とか消せないものかと右手で空をく。 その手を掻くように動かしている私を見て、シオリさんが言った。


「あ、通常画面を表示させるには『通常画面へ移行』と念じて下さい」


 指示されたように念じるとわずらわしい画面が消える。



「通常画面、ステータス画面、マップ、開発画面等々……

 複数の画面がバックグラウンドで起動しており、念じることでその切替が可能なのです」


「シオリさん、仰るようにしたところ通常画面には戻りましたが、今、あなたの頭の上に何やら金色の矢印みたいなものが見えますが、これは何でしょうか?」


「それは"ターゲットカーソル"と呼ばれるものです。

 何らかのアクションをする際に、その対象を指定するために使用するものとお考え下さい。 上様の配下の者は、その等級によって


   "金色"、 "銀色"、 "赤銅色"


 で表示され、今申しました順に階級が下がります。

 一方いっぽう、管理される側の生命体他は、魂の状態や性質等によって、


   "スカイブルー" → "緑" → "黄色" → "赤色" → "黒色"


 という順に無段階むだんかいで表示される色が決まります。


 管理システムの倫理基準りんりきじゅんに基づいて判定され、大雑把おおざっぱな言い方をしますと……

 "スカイブルー"色のカーソルはピュアなたましいを表し……、


 一方、"黒色"のカーソルはおのれの欲望のために多くの命をうばってきた者等ものなどたましいを表します。


 ターゲットカーソルの色は【魂の色】とも呼ばれます」



「なんか、ゲーム画面を見ているようですね」

「げーむがめん??

 上様、申し訳ありません。 おっしゃっている意味を分かりねます」

「あ、いいです。 ひとごとです。 お気になさらないで下さい」

「はい。ではターゲットカーソルに意識を集中して、"ステータス表示"と念じてみて下さい」


 シオリさんは異世界転生モノのラノベの知識はあったよな?

 でも……ゲームの事はよく分からないのか、ふーん……。


 そんなことを一瞬考えてからシオリさんのカーソルを注視ちゅうしし、言われた通りにしてみた。


 するとゲームでお馴染なじみのステータス情報が画面上に表示された。


「17歳! シオリさんは17歳なんですかっ!?」


 と、思わず叫んでしまった。


 はっ! しまった! これは失礼きわまりないこと言ってしまったぞ!!

 やっちゃったぁ~~!


はだがとても瑞瑞みずみずしく綺麗きれいなので確かに十代なんだろうが……

 彼女の雰囲気ふんいきはクールで落ち着いていて、かつ、理知的なので、勝手に24、5歳くらいじゃないかと想像していたよ。

 この大人の色気を感じさせるあでやかな美人がまさか17歳とは思わなかった!

 言葉遣ことばづかいもしっかりしているしなぁ。 いやぁ、びっくりした!』


「に、に、に、24、5歳ですかぁ……」


 シオリさんは私の心を読み……

 まるで彼女の頭上に『ガーン!』というような文字が浮かび上がってきそうな……ショックを受けたような表情をしたかと思うと、ションボリしてしまう。


 マズいっ!


「す、すみません。 想像されているような意味ではなく……

 年取っているというのではなくて、年齢にしては美しすぎるというか、しっとりとした大人の色気いろけかもし出されているというか…であって……ごにょごにょ……」


 どんどんドツボにはまっていく……。


「……」


 シオリさんは無言。 気まずい……。

 このまま心の声がダダれなのはやはり問題だと感じて……


「あのぉ~、シオリさん、私の心の声がシオリさんにダダ漏れなのを何とか……」


 私がたずえる前にシオリさんが私の心を読み、気を取り直して答えてくれた。


「はい。上様。 ご自身をターゲットとして開発画面を表示して……

 プロパティ・ウィンドウに意識を集中させて下さい」


「はい。 プロパティ・ウィンドウに意識を集中しました」


「では、表示されているプロパティの中から"テレパシーモード"をご選択下さい。 

 インストールされている"開発環境のバージョン"によっては『念話モード』と表示されているかも知れません。

 "選択"は対象に意識を集中することで可能です」


 シオリさんはしばらく間を開ける……。


「……選択できましたら表示されるドロップダウンリストの中から『必要時のみ』をお選び下さい。 変更意思の確認画面が表示されましたら"OK"をご選択下さい」


「はい。 選択しました」

「これで上様が必要と思われる時にのみ、私に対してメッセージが送れるようになりました……。 ですが……ちょ、ちょっと寂しいですぅ。 とほほ」


 ん? シオリさんの言葉の最後の方が良く聞き取れなかったけど……

 まっ! いいかっ! 


 念のために心の中でシオリさんに呼びかけたが、シオリさんは無反応であった。


 うん。これで一安心。


 今度はシオリさんにメッセージを送るという意思を持って……


 『シオリさん、モード変更が無事に完了しました。ありがとうございます』


 と、心の中でつぶやいてみたら……


「いえ、上様。 お役に立てたのでしたら幸甚こうじんです」


 という返事が返ってきた。

 なるほど。 念話はこう送れば良いんだな。 理解した。


 しかし……幸甚だって? とても17歳の女の子が使うような言葉じゃないよね。


 ん? この世界の言葉って日本語なのか? それとも……

 異世界あるあるじゃないけど何らかの仕組みで勝手に翻訳ほんやくされているのかな?

 まぁ、言葉が通じるのだからどうでもいいっかぁ……。



「では次に『世界管理システム補助AI【全知師ぜんちし】クライアント』を常駐起動じょうちゅうきどうさせます。 【全知師】を常駐起動と念じてみて下さい。

 そうすることで、上様にとって必要と思われる時や、上様の要求に応じて、的確てきかくなアドバイスをするようにプログラミングされたAIが起動し、常駐して、使用可能となります」



 シオリさんに言われたとおり起動すると、何かしたいときにどうすれば良いのかが自然と分かるようになった。 これは便利だ!


 ん?アニメにもなった、あの異世界転生モノの大ヒット小説に出てくる"大賢者だいけんじゃ"のようなものなのかな?



「あのぅ……上様。 僭越せんえつながら……」


 シオリさんが非常に言いにくそうに声をかけてきた。


「はい、何でしょうか、シオリさん? 遠慮えんりょなさらずにおっしゃって下さい」

「はい、では上様。 失礼ながら……そのお言葉使いを変更された方がよろしいかと愚考ぐこう致します」


「どうしてでしょう?」

「かつての上様は、もう少し……なんというか……乱暴な言葉遣いをされていましたものですから……

 老婆心ながら、今のままですと、そのお言葉使いが"偽物にせもの疑惑"の火種ひだねにもなりかねないのではと私は心配でして……」


「なるほど。 人格が変わってしまったかのように見えてしまうのですね?

 しかし今の私にはこれが普通ですので、このしゃべり方を変えるのはちょっと抵抗がありますし……難しいのですが、どうしたものでしょうね?

 でも、この世界で生きていこうと思うのなら変えた方が良いのかなぁ……」


 と、口にすると即座そくざに【全知師】が『城 達也』さんのようなしぶい声でアドバイスしてきた。


 >>お答えします。

  マスター自身のプロパティウィンドウ内の【キャラクター設定】を選択して……

  表示されるドロップダウンリストの中から【俺様おれさまキャラ(弱)】を選択されるのがよろしいかと存じます。



 シオリさんが私の疑問に答えようとしている。

 それで、それを制止せいしするように私は手を前に出す。


「あ、シオリさん、今【全知師】からアドバイスをもらいました。

 プロパティの変更で対応できるらしいので試してみます。

 少々お待ちいただけますか?」


「あ、はいどうぞ。私も同じことを申し上げようと思っていました」


 しかし、"俺様キャラ"ってなんだ?

 こんな設定があるとは……本当に現実なのか???


 早速、【全知師】のアドバイス通りにプロパティを変更してみた。

 その途端とたん、心のかせが音を立ててくだったような……何か吹っ切れるような感覚を覚えた。


 自分のキャラが変わった瞬間である。


 直後、地球における人生で俺が背負ってきた色んな物事……

 人生のほとんどすべてがどうでも良い瑣末さまつなことのように思えてくる。


 空虚くうきょというかなんというか、虚無感きょむかんに心が押しつぶされそうだ。

 むなしく、悲しい人生だったなぁ……。



 日本人としての俺、【壱石ひとついし 振一郎しんいちろう】は、いつも人の顔色ばかりを見ながら生きていたような気がする。 何を恐れていたのやら……バカらしい。


 バカみたいに人に気を使ってきた。


 社会人になってからは特にそうだった。

 なんとも虚しくてアホらしくてしかたがない。 せつなくさえなるなぁ……。


 日本人としての一生をすべて完全に消去してしまいたい思いにられる……。

 ……が、一瞬、ズキッと心が痛む。


 ああそうだとも、忘れない!

 いや、どんなことがあっても忘れられるわけがない!

 ……彼女との思い出だけは絶対に!!


 慟哭どうこく赫怒かくどくくられるつらい思い出……だけれども、大切にしたい……。



 しばらくボーッとしてしまった。

 いかんいかん。気持ちを切り替えねば……。


 周りの風景でも見て気持ちを落ち着けようと見回す……。

 が、開発画面やプロパティウィンドウが表示されたままで見にくい。

 それでえず通常画面へ戻した。


 通常画面に戻ると目の前にはシオリさんがいる。その彼女の姿を見て……


『やっぱり17歳には見えないよなぁ……しかし、美人だよなぁ……』


 なんてことを考えていると、ふと自分のことが気になりだした。


 そういえば、シオリさんは『魂だけの帰還』と言っていたよなぁ……。

 となると……この世界での俺の肉体は、日本人だった頃の俺の肉体とは異なるってことになるよな? 論理的に考えればそういうことになるよな、当然?


 所為せいかな? なんだか身体からだ若々わかわかしくなったようにも感じるが……

 この世界に戻った俺の肉体年齢は一体何歳なんだろうな?

 やはり、日本で人生を終えた時の年齢なんだろうか?


 気になって俺は自身のステータス情報を確認してみた……。


「えーーっ!? 俺も17歳なのか!? 

 いやいやいや! これはあり得ねぇだろう!

 あっちで死んだ時、俺はいい年こいたオッサンだったのにっ!?」


 17歳に若返っていたため驚いて大声を出してしまった!


「……」


 俺のキャラが……俺の言葉遣いが大きく変わったことが原因なのか、シオリさんが固まってしまっている!?


 しばらくしてシオリさんは我に返ったようで……


「お、お帰りなさいませ上様うえさま!」


 目に涙をいっぱいめてシオリさんが言った。


 シオリさんが喜んでいるようだな。 キャラ変更は成功のようだ!

 でもなぁ……な~んかまだ俺にはシックリこないなぁ、このキャラは。


「お、おうっ! ただいま!」



 ◇◇◇◇◇◆◇



「ところでさぁ、シオリさんや。

 その"上様"っていう呼び方を……止めてくんねぇかな?」


「では、どのようにお呼びすればよろしいのでしょうか?」


「俺が日本人をやってたときは、


 【壱石ひとついし 振一郎しんいちろう


 という名前だったんだ。

 それで、"シン"とか"シンちゃん"って友達には呼ばれてたんだが……。

 俺とシオリさんはおなどしってことだし……敬称けいしょう抜きで"シン"って呼んでくんねぇかなぁ?ダメか?」


「そ、それはどうかご容赦ようしゃ下さい……せめて"シン様"ではダメでしょうか?」


「じゃぁあ俺は"シオリ様"って呼ぶよ? それでもいいかい? シオリ様!」


「し、シオリ様だなんてっ! お、おお、おたわむれはして下さいませっ!

 "シオリ"と呼び捨てにして下さるようにお願いするつもりでしたのに……」


「からかってなどいないさ。シオリさ・ま!」


「ううっ、どうか後生ごしょうですから、せめて"シンさん"とお呼びすることでお許しを。

 おそおおくて……私には上様をてなどにはできません」


「しようがねぇなぁ、じゃぁ、それでいいよ。

 今のリアクションがかわいかったからなぁ……俺は"シオリちゃん"って呼びたくなったぜ。 だから、そう呼ばせて貰うな!? いいよな、シオリちゃん!」


「本当は"シオリ"と呼び捨ての方がシックリくるんですけど……ごにょごにょ」



 シオリちゃんとの会話を楽しんでいると突然!


 頭がけられるような強烈きょうれつな感情と必死に助けをい泣きさけぶ複数の女性の声が頭の中に流れ込んできた!?


[[[[[[[ 神様!! 助けて!! ]]]]]]]



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