かげぼうし

ちこやま


「一体、誰なの」


向かいに席った女が不意にそんなことを言う。


ティオはうっかり顔を上げるが、話しかけられているのは女の隣の席の男だった。

見るところでは夫婦だろう。どちらも髪に白いものが混じり、揃いの銀縁の眼鏡を掛けている。


女は膝に小さな鞄を置いていたが、それがずり落ちそうになっているのにも構わず、「誰だったのよ」と興奮気味に男に詰め寄る。


男は、女を宥めながらも、ティオの方をチラと見た。二人をこそこそと観察していたティオは、恥じ入り、下を向く。


「名前は聞き忘れたな。若い男だったらしいが」


「その人が襲ったというのね。今までの全員を?」


「いや、これは襲われた方の話さ。これがまた、何故わざわざ襲うのかという体格の良い男でね。警察も首を捻っているらしい」


「その方、無事だったのかしらね」


「重傷らしい。早々に発見されたのが不幸中の幸いさ。今も病院で治療を受けている」


女にはショッキングなニュースだったようだ。「そう」だの、「まさか」だの、口の中でぶつぶつ言っている。


「――それで、それで暴漢の方は?まだ捕まっていないのね?」


「そうらしいね」


「つまりその、それは今回も――」


「アレの仕業だろうさ」


女は鞄の縁を指が白くなるほど強く掴み、肩を震わせた。


「怖いわ」


辛うじて女の小指に引っかかっていた鞄に男が手を伸ばし、膝上に戻してやる。


「暴漢が出るのは夜だもの。こんな明るい陽気の下で、人を襲う奴もいるまい」


「そうかしら」


「そうだとも」


新たな船が入港してきたのが見え、ティオは席を立った。同じように出迎えに行く人たちの行列に紛れて、待合所を後にする。


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