第49話 【間章4】
無駄な間章です。
オチも何もありません。
読まなくても全く問題ありません。
■
「あの、移住の申請をしたいのですが」
沢山の荷物を背負った男。
その男は日に焼けた肌を太陽に晒しながら働く一人の男に話かけていた。
「ん?移住者か。案内してやるが希望者が多くてなかなり待つことになるぞ?」
「はい、覚悟してます」
荷物を背負った男は頭を下げる。
気のいい返事が少しだけ不安な気持ちを打ち消していた。
「そうだ。待っている間にこれを読め。これには町人が必ず守らなければいけない掟がかかれている。この掟は龍神様がこの町を守る条件みたいなものでな、守らない奴は移住出来ないし、破った奴は家族纏めてこの町から出て行ってもらう」
汗を拭いながら男は近くに置いてあった袋から本を取り出し手渡す。
その本は決して薄く物ではなく、ずっしりとした重さが感じられる本だった。
「随分厳しいんですね」
「当たり前だ。龍神様に守られているからこそ、この戦争中でもこの町は安全なんだ。それを忘れちゃいけねぇ」
「でも、これ高いんじゃ……」
「移住が認められればタダでもらえる。すごいだろ?この町長が言葉の勉強も兼ねてこの町の住人に一つタダで配っているんだ」
「へぇ……すごいですね!本って高いのに」
その言葉に肌の焼けた男は満足そうにうなずく。
町の事を褒められて気分をよくしているようだった。
「しかし、お前身なりが綺麗だが、難民なのか?」
「いえ、絵描きです。この町は目新しい物が多いと聞き描きたい要求が抑えきれなくて」
「ああ、なるほど。そういえば、クリティア様が絵描きを探していたとか言ってたな……」
肌の焼けた男は足を止め、少し考え込む。
そして何かを思いついたように振り返っていた。
「お前何か実力を示す絵とか持ってるか?」
「ええ、ありますけど……」
「なら、ちょっと来い。列に並ばずに手続きが出来るかもしれないぞ?」
「え?いいのですか?」
「ああ、ただ、絵を描いてもらうかもしれないがな」
「勿論です。それしかできませんから」
「別に出来なくても構わないさ。この町は掟を守り懸命に生きる人間には寛容だからな」
肌の焼けた男は豪快に笑い、”ついてこい”と告げる。
「ああ、そうだ。忘れてた。名前は?」
「レインと言います。」
「レイン。アィールの町にようこそ。アィール。それがこの町の名だ」
男はニィっと絵描きであるレインに笑いかける。
アィール。
それは、難民達の希望となった名前であった。
◆
町の中心にある一際大きな建物。
そこにレインと名乗った絵描きの男は通されていた。
そのレインの前にいるのは一人の女性。
長い金髪を束ね何処となく高貴な雰囲気を纏いつつ、健康的な魅力を放つまだ若い女性。
普通その位の年齢であれば、身分の低い者であれば結婚相手。
高貴な身分であれば嫁ぎ先が話題の中心であるのが普通。
間違っても政事の中心にいる様な年齢ではない。
だからこそ目の前の若い女性が、この勢いのある町を纏める人物だと聞いた時何かの冗談かと思った。
しかし、忙しそうに指示を飛ばす女性の姿を見てそれは冗談ではないく、ただの事実だという事をレインは悟っていた。
「お待たせしてすいません」
仕事がひと段落したのか束ねた髪を解き、女性はレインが座る机へと移動する。
「私はクリティアと申します。この町の長をさせて頂いております」
「あ、私はレインと申します帝国で絵描きをしておりました!」
レインは席を立ち頭を下げる。
自分よりもはるかに年下の女性に向かって。
なんでそんな事をしたのか、レイン自身にもわからない。
ただ、体が勝手に動いていた。
「私はクリティアと申します。皆からはリティとも呼ばれています。頭を上げてください。堅苦しいのはやめましょう。ここは身分など気にしませんから」
リティは優しく笑いかけ、レインに席に座るように促す。
その慣れた行動は一般人のそれでは無い。
貴族。いやそれ以上の身分にあった者の所作であった。
「話は聞いています。貴方の作品を見せて頂けますか?」
「あっ、はい。こちらになります」
レインは荷物から取り出しておいた自信作を手渡す。
「これはすごいですね。現実の光景をそのまま……いえ、さらに美化して表現されているのですね。まるで別世界の様です」
「はい!それが私の作風です。現実で見た物をさらに昇華させて描く。それでいて現実感を失わない。それを目指し!あっ……」
レインは慌てて口を塞ぐ。
絵の事理解してくれる相手とはいつまででも語り合うことが出来る。
それがレインの特技でもあり悪癖でもあったから。
「いいのです。とても素晴らしいと絵画だと思います」
リティは優しく笑い、絵を優しく机に置く。
「で、どうでした?この町は。あなたが移住したいと思う町でしたでしょうか?」
「はい。活気があって自由で。何よりも偉そうな役人がいない事ですね」
「そうですね。この町はまだ出来て間もないですからね。偉ぶるだけの余裕が無いんですよ」
そう言って二人は笑い合う。
レインの緊張は本人を知らぬ間に消え去っていた。
「では、この町に移住していただけるのですか?」
「許可さえもらえればすぐに」
「ありがとうございます。では、家を用意しますいので、落ち着いたらお仕事を頼めますか?」
「勿論です。商売道具は全て持ってきましたから。でも、どんな絵を描けばいいのですか?」
「龍の巫女を描いていただきたいのです」
「龍の巫女……?」
初めて聞く言葉にレインは困惑する。
仕事柄、色々な詩や伝記を調べてきたレインですら知らない言葉だった。
「ええ、龍と言葉を交わす事のできる唯一の人間です。お願いできますか?」
「はぁ……私で良いなら」
想像すら出来ない言葉に、レインはただ曖昧な返事をする事しか出来なかった。
◆
「いいですか、今日お二人には肖像画のモデルになってもらいます」
「えー……嫌です」
「俺も嫌だ」
「ダメです」
リティの提案にフィスとルーチェは難色を示す。
ただ、リティも折れない。
二人に強い姿勢で臨み自分の意見を押し通そうとする。
「大体、何故そんなに嫌がるのですか?特にフィスは奴隷王とよばれているのに、全然、王らしい仕事をしませんね!!」
リティはここぞとばかりに日ごろの不満を口にする。
ただ、フィスとルーチェは見つめ合って不思議な顔をする。
「「だって庶民だもん」」
「ああもう!!」
何言ってるんだ?とでも言うような二人の反応にリティは憤慨する。
「いいですか!あなた達はもうこの町の中心人物なんですよ?!龍の巫女!わかりましたか?!」
「「龍の巫女??」」
「なんでとぼけるの!!とにかく絵を描いてもらいますからねっ!いいですね!」
プリプリと怒りながらリティは用意していた袋を取り出し、二人に押し付ける。
「はい、二人ともこれに着替えてくる!」
「えー……やだなぁ。僕これに似合わないから」
「俺もだ。なんでこんな」
「はやくする!!」
「「はい」」
親が子に怒るようにリティは声を荒げ叱る。
すると、二人は逃げるように部屋から散っていった。
「すみません。お見苦しい所を」
「いえ、元気が良くていいですね」
リティは部屋の隅で準備をしているレインに謝罪する。
レインは一連のやりとりを微笑みながら見つめていた。
正直に言えば、3人とも年相応。
無邪気にはしゃいでいるようにしか見えなかった。
ただ、そんな姿にレインはどこか安堵していた。
あれだけ気張っていたリティにも年相応に振る舞える場所があるという事に。
「彼らは自覚が薄いんです。龍と会話出来る数少ないの人間なのに全然それを鼻にもかけない。ある意味素晴らしい事なんですが、時には威厳が必要になります」
「いつもあんな感じなんですか?」
「ええ、本当なら隠したいくらいなんですが、あの二人は誰にも平等にあの調子で過ごしています。その分人気も高いんですが……ね」
リティは少し不満を覗かせていた。
確かに為政者側の人間としての振る舞いでは無いとレインも思う。
「ですが、素晴らしいとも思いますよ。この町以外では見られない光景ですから」
「ええ、そうですね。ですが優しさだけで町の運営はできませんから」
リティは少し寂しげに告げる。
「……苦労されているんですね」
「どうでしょうね。私はただ出来る事をただ懸命にこなしているだけですから」
リティとレイン。
二人の間に沈黙が流れる。
レインは何か声をかけようとも思ったが、何も思いつかなかった。
本当に努力し、行動している人間に、必要な言葉はない。
ただ、それを認めてあげればいい。
本人が助けを求めない限りは。
そう判断し、レインは何を言わない事に決めた。
「なら、私も出来る事を懸命にやらせて頂くだけですね。貴方を見習って」
「ええ、お願いします」
「お待たせしました」
その時、白い衣装を纏ったフィスとルーチェが戻ってきた。
「やっときましたね。では、その盾と剣を持ってください。ルーチェは膝をつき盾を構え、フィスは剣を構え空を見上げるような恰好のまま静止してください」
リティは指示を出し、フィスとルーチェにポーズを取らせ、腕や手の細かな位置を調整していく。
「こ、細かいんだね」
「勿論です。今から描く絵は、この町の象徴になるのですから」
「象徴?なんだそれ?」
「ルーチェもう大人しく従おう?ああなったリティは止められないよ」
「分かってるなら早くする。お二人とも少しは私を支えてくれても罰は当たりませんよ!」
フィスとルーチェはため息をつきながらリティに従う。
ただ、リティが決めたポーズはレインによって根本から直され、それをルーチェが笑い、リティが怒り、フィスが二人を止めていた。
それは小さな争いが絶えない大変な時間だったが、フィスがこの世界にきて初めて手に入れた安息の時でもあった。
……
…
「…まだですか?」
「さすがに辛いぞ」
絵を描き始めてからかなり長い時間が経っていた。
その間、フィスとルーチェは殆ど動かずに同じポーズを取っていた。
「あ、すいません。つい時間を忘れて……ここまでにしましょうね」
レインの言葉を聞いたルーチェとフィスはすぐに地面へと座り込み、体を伸ばし凝った筋肉をほぐしていく。
「だらしないですね。これからこれが毎日続くのですよ?」
「「毎日?!!」」
ルーチェとフィスは驚き顔を見合わせ、リティの発言を確認する。
「フィス聞いたか?」
「うん、聞いた」
そして、頷き合いどちらともなくレインの前に駆けていく。
「お願いがあるんですが」
「え?ああ、なんでしょうか?」
画具を片付けていたレインは驚きその手を止める。
「僕ら3人の。リティも交えた絵も描いて下さい!」
「え?えぇ、私は構いませんが」
「ありがとうございます!」
その言葉を聞いたルーチェとフィスはリティに駆け寄り、半場強制的にポーズを取らせようとする。
「え?何?私も?って、なんで二人は座ってるんですか?」
「リティの絵も必要だろ?」
「うん、リティはこの町の長だしね」
「いや、私はやりませんよ」
「人にはお願いしておいて?」
「自分はやらない?」
「クッ、ほんと息ピッタリですね……わかりました。やりますよ!やればいいんでしょ!」
リティは二人の言葉にしぶしぶ従う。
リティは腕を上に掲げた状態でポーズを取らされ、フィスとルーチェはリティを見上げるようにリラックスした状態で床に座る。
「あの、お二人もせめて立ってください」
「なぁ」
「ねぇ」
ルーチェがニヤリと笑い、フィスもそれに続く。
「俺たちはリティを支えなきゃいけないからな」
「もう!そうやってやり返さなくても!!」
「そのままで、お願いしていいですか?」
リティは両手を下ろし、二人に文句を言う。
そんな3人のやり取りにレインが割って入る。
「すいません。なんていうか今の3人の空気がとても柔らかくて、ぜひこの瞬間を切り取りたいと思うんです」
年相応の3人のやり取り。
あまりにも自然で柔らかい空気をレインはそのまま描きたいと感じていた。
「いいんじゃねぇか?」
「うん。お願いします」
「もう、そんな勝手に」
リティは少し文句を言うが、その表情はとても柔らかかった。
結局、3人は決まったポーズは取らず自然な態勢のままレインの指示に従っていた。
ルーチェ、フィス、リティ。
3人を描いた肖像画がゆっくりと描かれていく。
それは3人とって最高に幸せな時間となっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます