第43話



「どうするの?」

「人間達の争いには関与しない」

「だねー。僕はここから見てるよリジーは嫌みたいだけどね」

「……弱いもの淘汰されル。これは道理ダ」



雲ひとつない夜空に浮かぶ青白い月。

その淡い月明かりが、村近くの丘に4つの影を作っていた。


その丘から遥か遠く。

指先よりも小さな人工的な灯りが、組織的に動いていた。



「ま、盗賊って所だろ。嬢ちゃん達の実力なら負けることは無いな。ただ、無傷って訳にもいかないだろうけどな」

「うん。どれだけ犠牲を抑えられるかって所だね。でも、僕達は戦いに関わることを禁止されているし、考えても無駄さ。寝ながら黙って結末を見届けよう」



小さな影が地面へと転がる。

その影に釣られるように、他の影も地面へと腰を下ろしていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「いたっ!」



僕の背中に衝撃が走る。

気がつけば僕は木製の簡易な寝床から木製の床へと引きづりおろされていた。



「さっさと準備しろ」



暗闇の中でも薄く光る金髪。

僕を寝床から引きずり降ろしたのは、リュンヌさんだった。



「……何が起きたんです?」



起きたばっかりで頭が回らない。

現状すら理解出来ていない僕に、リュンヌさんはただ外を指すだけだった。



「チッ。皆広場に集まっている。早く来い」



明らかに不機嫌そうに言葉を吐き捨て、リュンヌさんは僕の部屋から出て行った。



「言ってくれなきゃ分かる訳ないじゃないか」



僕は小さな不満を呟きながら着替える。

リュンヌさんの指示に従うために。





広場には、もう既に沢山の人が集まっていた。

火が焚かれ、村一番の大きな建物に皆忙しそうに色々な物を運んでいた。



「ああ、フィス様」

「どうか助けて下さい」



村の老人達が僕を見つけるなり駆け寄ってきて、祈り始めた。

地面に膝をつき、顔の前で手を合わせながら。


今は真夜中。

本来なら虫達の鳴く音が響き、辺りは暗い闇に閉ざされている。はずだった。


なんでこんな状況になっているか。

その理由は明確だった。


村の近くに隠れ住む盗賊達が、この村を襲おうとしているらしい。


この辺りは龍の狩場。

国の支配が及ばない所か、小さな村すら見当たらない場所。


となれば当然、盗賊など後ろ暗い人間が隠れ住むには最高の場所だ。


盗賊達は何処にいようが命を狙われる存在。

なら、龍1匹だけに注意すればいいのだから、彼らにとってはここは楽園だろう。

人間から追われる事が無いのだから。


そんな盗賊達の楽園に突如出来上がった僕らの村。

狙われるのも時間の問題といえば、その通りだった。


ただ、その盗賊達の動向にリュンヌさんがいち早く気がつき、火を起こし、盗賊達を牽制していた。

もし、リュンヌさんが火を焚かなければ、恐らくこの村は既に襲撃されていたと思う。


ただ、敵の正確な数や位置、そして武器なんかは分かっていない状況だった。

完全に盗賊達に先手を取られていた。



「で、どうするんです?」

「村で一番頑丈な建物に、皆を避難させます。最終的にはそこに篭城するつもりです。既に準備を進めています」



僕の質問にリティが答える。


リティやルーチェ、リュンヌさんが僕の周りに集まっていた。

近くには心配そうに僕らを見つける子供達もいる。


他に動ける人は、皆忙しそうに村で一番大きく頑丈な建物へ荷物を運んでいた。



「その場所は、アリシア達で防衛をするつもりです。フィス、貴方には申し訳ありませんが、すぐに盗賊達の掃討をお願いできますか?」

「えっ?どういう事ですか?」

「敵陣に一人突っ込んで下さい。貴方なら大丈夫でしょう?」



嘘でしょ?

敵の数も、装備も分からないまま、敵陣に突っ込めと?


そんなの無理でしょ。

そもそも僕の勝利条件すら定まってないじゃないか。



「お前はもういい。黙ってろ」



横からリュンヌさんが割って入る。

完全に呆れた口調だった。



「何が不満なんですか?」

「不満?そんなレベルじゃない。もうこれ以上、何も考えていない無能が能書きを垂れるな」

「……もっと具体的に言って下さい。そんな言い方ではただのやっかみにしか聞こえません!」



ムッとした様子でリティは言い返す。



「なら聞くが、そもそも敵がどれだけいるのか。どこに展開しているのかすら把握出来ていない。そんな状態で、篭城する?フィスに敵陣へ突っ込ませる?お前は本当に何を考えているんだ?」

「じゃあ、どうすればいいのです?!」



リュンヌさんの言葉使いは悪い。

歯に衣着せぬ物言いは、当然リティを怒らせていた。


だけど、僕もリュンヌさんの言う通りだと思う。

リティの計画は、あまりにもずさん過ぎる。



「私なら子供を何人かに纏め囮にする。別々の方向へ逃げさせ、敵の戦力を分散させ時間を稼ぐ。子供は金になる。盗賊は間違いなく戦力を分けて追うだろう。その隙に、敵の陣営、数を把握し、戦力差が絶望的であれば逃走を、そして、対応できる数ならばこちらから仕掛け叩き潰す。勿論、敵の頭から削ぐのは鉄則だがな」

「なら、囮になった子供達はどうなるのですか?」

「捕まれば、最終的には奴隷になるか殺されるだろうな。もし、我々が戦う事を選択し、敵の頭を潰せば残った盗賊達は逃げるだろう。そんな状況で捕らえた子供は足手まといにしかならないからな。その先は言うまでも無いだろう」



リュンヌさんの答えは明確だった。

そして、その理由も。



「そんな事できる訳がないでしょう!!囮になり殺されるのは子供達なんですよ?!!」

「なんだ?フィスには命を賭けろといい、子供達には出来るだけ安全にか?随分と都合のいい口だな」

「ですが、子供を盾にしていい理由にはなりません!」

「じゃあどうする?もし敵が圧倒的な戦力を持っていたら、この村どころか私達だって全滅する。それに、こっちは守らなきゃいけない物まで抱えている。状況は圧倒的に不利だ」

「私は誰も犠牲にしたくはないのです!!」



リティは吼えるように叫んでいた。

たぶん、それがリティの本心なんだろう。


素晴らしい心がけ……だと思う。

だけどそれは理想だ。


僕は痛いほど知っている。

理想だけで生きていける程、この世界は甘くないという事を。



「無能な癖に言うことだけは一人前。その自分の実力すら弁えない言動が王城でも皆に嫌われた理由なんだろうな。本当に良く分かる」

「……っ!」



リティは肩を揺らし、リュンヌさんを睨みつける。

その視線をリュンヌさんは気にする事も無く、さらりと受け流していた。



「いいか、お前は確実に生き残る方法を捨て、自分の糞みたいな理想を貫き、皆の命を危機に晒そうとしているんだ。お前の中では正論かもしれないが、お前は何が出来る?人に頼ってばかりの出来損ないが理想を口にした所でなんの意味もない。むしろ害悪だ」

「でも」

「はっきり言う。お前は弱者だ。弱者が理想を叫んだところで、そんなのなんの意味も無い。弱者の理想など、強者に簡単に崩される」

「ですが、理想を捨て、ただ殺し合えばそれは盗賊と変わりません!!」



リティは涙を浮かべ反論するが、リュンヌさんは微塵も同情なんてしてはいなかった。

その代わり、愚か者を見るような、ただ冷たい視線をリティ投げつけていた。



「”理想”っていうのはそれを実現できる力を持った者が口にして初めて意味を成す。お前のような弱者が口にする事じゃない。力の無い者がどれだけ理想や正論を言ってもそれは現状を受け入れず、拒否し、自分の弱さをごまかしている愚者の言い訳にしか聞こえない」



リティは口をグッと結び、黙ってしまった。

その頬には涙が伝い、地面へと落ちていく。



「まずは理想を口にするだけの力をつけろ。それからその立派な理想を叫べ」



リュンヌさんは言い放つ。

僕もルーチェも、周りの子供達ですら、リティの味方をする人は誰もいなかった。

ただ、リティはリティなりに村の事をとても大事に考えている。


それだけは確かに伝わってきた。



「俺が囮になります!要は逃げきれればいいんでしょ!!」



その最中、一人の少年が声を上げる。

確かこの少年はロイ。


村の少年達のリーダ的な存在だったはずだ。



「そんなの認めるわけにはいきません!!」



リティは叫ぶ。

ただ、それは抑えきれない感情が爆発したようにしか見えなかった。



「フィス……」

「僕も無理……だと思う。今回は力押しが通用する状況じゃない」



ルーチェが小さく呟く。

正直に言えば僕とルーチェが助かるだけなら、余裕だ。


それに、リティはアリシア隊長達が守るだろうし、リュンヌさんは夜盗まがいの盗賊に負ける事はない。


正直、僕達だけで戦うなら盗賊達など敵じゃない。

ただ、村や子供達、そして、老人達まで全て守る。となれば話は別だ。


戦える人数が少なすぎる。

遊撃にするにしろ、完全に守るにしろ。もっと人数が必要だ。


盗賊は決して無能な存在ではない。

個人個人では、決して強くない。

たが、集団戦てあれば別だ。

かすり傷一つで相手を戦闘不能にしてしまう。

武器に塗られた毒によって。


僕はそれで前に殺されかけた。


だからこそ、リュンヌさんの意見は正しい。

犠牲の出る部分を限定し、敵を叩く。


勿論、犠牲は出てしまう。

でも、それは必要な犠牲であり、村全体を救う唯一の道だと思う。



「……私も囮になる。だから皆を助けて」



気がつけば一人の少女が僕の服を引っ張っていた。

昨日、僕を見て逃げた少女だ。



「囮になれば死ぬよ?それは、君が思っているより遥かに痛くて辛いよ?」

「うん。でも、皆が助かるならその方がいい」



少女は決意の篭った目で僕を見ていた。

その小さな体を震わせながら。


……嫌だな。

自分よりも幼い子供が、我侭をわめき散らすどころか、皆の為に進んで犠牲になろうとしている。


こういう姿を見るのは本当に嫌だ。


でも、最善の策だと思う。

この世界は力の無い者に容赦なんてしない。


僕はこの子と同じ位の子供が絶望した目で、死んでいったのを何度も見ている。

そういう意味では、この子達は自分の意思を貫いて死ねる。


それはきっと幸せ……なんだと思う。


それに僕は約束した。

裏切らない限り僕はこの子達を助けると。


だから、僕はこの少女の命を賭けた願いを聞き入れる責任がある。


僕は右手を上げる。

少女の頭に手を乗せ、少女の望みを叶えると約束する為に。


すると、その手がグィと後ろへ引っ張られた。



「……れが……導くんだ」

「うん?!」



僕の手を引っ張ったのはルーチェだった。

小さく俯きながら、聞き取れない小さな言葉を発していた。



「フィス頼みがある」

「え?」



ルーチェは顔を上げ、僕を見つめる。



「俺は皆を助けてやりたい。甘いのは分かってる。でも、犠牲も出さず助けてやりたいんだ!!」

「それはルーチェの願い?」

「ああ!そうだ!」



ルーチェは力強く首を縦に振る。


ルーチェの願い。

それは僕の考えとは違った物だった。



「……分かった。僕に任せて。やれるだけやってみる」



でも、ルーチェの願いなら……考えるまでも無い。

僕はそれを叶える為に動く。


それだけだ。



「でも、約束だよ?僕のすることを信じて見ててね?」

「ああ、約束する!」



戦える人数が少ないなら増やせばいい。

物凄く強くて、頼りになる人を僕は既に知っているのだから。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ふん、本性を表したな」

「俺は歓迎だぜ?このあいだのリベンジが出来るからな!!」



村の傍にある丘の上。


そこで色白の亜人、ユイさんが僕に敵意ある視線を向け

褐色肌のフカさんが、背中に背負った槍に手をかけていた。


その理由は明確だ。

僕がユイさんが腰に下げていた短剣を無理やり奪ったからだ。



「どうしてもお願いできませんか?」



僕は亜人の皆に土下座し、村を救うために協力して欲しいと頼んだ。


ただ、その結果は予想通り却下された。


当然だ。

村の支援はするけど、僕らの敵とは戦わない。

そう約束していたのだから。


だから、僕はユイさんから短剣を奪った。

なんとても、彼ら亜人の協力を得るために。



「ひゃー、怖いね。そのナイフ僕達を脅すつもり?」



子供にしか見えない亜人のジアさんは、陽気にワザとらしく怖がって見せる。



「違いますよ。こうするんです!!」



僕は地面に自分の左手を置き、その手の甲をユイさんから奪った短剣で突き刺す。



「う”っ!!!」



覚悟はしていたけど、思わず声が漏れてしまった。

戦いの最中とは違う。


興奮による痛みや恐怖の緩和は無い。

手が震え、手から流れる激しい痛みのあまり声を上げ叫びたくなる。


僕はその声を必死に飲み込む。



「何してんだ?!頭沸いてんのか?!!」



皆、僕の行動に驚き、そして正気を疑う。

そりゃあそうだ。


いきなり自分の手の甲をナイフで突き刺す人間なんて気が狂ってるとしか思えない。



「僕はセプトさんに言いますよ」



僕は痛みを堪えながら、出来るだけ冷静に言葉を紡ぐ。



「皆さんに妨害されて、村の仲間を失ったって。だから信頼なんて出来ないし、僕の過去も情報も全て話す事は出来ないと。セプトさんは僕の想像を遥かに超える程聡明です。僕の手の傷を見れば誰のどんな武器で、傷つけられたか分かってくれるでしょ」

「……それをセプト様が信じると思うか?」



ユイさんの冷たい声と視線が僕に突き刺さる。

敵意しかない。


本当に、心の底から嫌われているのが分かる。



「信じようが信じまいがどうでもいいんです。要は貴方達の持ち物で僕が怪我したと言う事実さえあれば、僕はセプトさんの願いを断る事が出来ます。それに対してはセプトさんは文句を言わないと思います」



これは僕が思いついた事じゃない。


リティが国を追放されるきっかけとなった事件。

あれを参考にしている。


事実はどうあれ、言い逃れ出来ない証拠さえ整えてしまえば後はどうにでもなるという事を。



「ただ、今回助けてくれれば、僕の知っている情報の全てをお話します。今回受けた恩も皆さんに必ず返します」



ただ、やっている事はリティを攫った盗賊達の脅しと変わらない。

最低だと想う。


でも今は、手段を選んでいられる状況じゃない。



「だから、どうかお願いです。一度だけでいい、助けて下さい」



僕は頭を地面に付け再度、懇願する。

それが僕の思いつく、犠牲を出さずに村を救う為に出来る事。


その全てだった。



「うっ」



地面に着いた僕の頭。

それが地面へめり込むように、グイグイと押し付けられる。


誰かが、僕の頭を足で踏みつけたせいだ。



「虫唾が走るな。本当に都合が良すぎる。私はお前が大嫌いだ」



声で分かった。

僕が拷問した女性の亜人、ユイさんだ。



「都合が悪くなれば助けて下さいだと?良く言えるな。お前が私にした事をわすれたのか?耳を削ぎ落とし、爪を剥ぎ、指を叩き折り、そしてあげくの果てには、一本一本切り落としたな?」

「……はい」



言い訳のしようがない。

全て僕がやった事だ。



「そうだな、お前を助けてやってもいい。但し、お前が私にした事を全てお前に返させてもらう。それが条件だ」

「……分かりました」



僕はユイさんの提案を受け入れる。

それ以外の選択肢など無いから。


気がつけば、僕の体は震えていた。

未知の恐怖であれば、こんな事にはならない。


ただ、僕は知っている。

爪が剥がれる痛みや、指を切り落とされる恐怖を。


散々僕が他人にやってきた事だから。



「ふん。意識を失えばその度に叩き起こしてやる」



ナイフが引き抜かれる音がする。

多分、ユイさんが予備のナイフを引き抜いたんだろう。


そして、その予想は正しかった。

僕の指と爪の間にユイさんの新しいナイフがゆっくりと差し込まれる。


そのナイフの先端はゆっくりと僕の指先を切り裂いていく。

そして、ある程度先端が入ったところで……



「がぐっ!!!」



メリッという音を立て、ナイフが回転する。

ナイフは、確実かつ容赦なく、僕の指の肉ごと爪を削ぎ取っていた。



「情けないな。まだ一本目だぞ?ほら、これで二本目だ」

「あ”~!!!」



ユイさんは、容赦なく僕の次の指にナイフ差し込み、爪を削り取る。

必死に声を押し殺そうとしたけど、ダメだった。


その声を楽しむように、ユイさんは次々に僕の指にナイフを突き立てていた。



「次は骨だな」



左手の爪を全て剥ぎ終え、ユイさんはゆっくりと立ち上がる。

そして、足を振り上げ、勢いをつけた踵で爪の無い僕の指を踏みつける。



「……!!!」



今度は、あまりの痛みで声すら出なかった。

体は反射的に跳ね上がり、それから微塵も動くことが出来なかった。



「つまらない反応だな、先に指を落とすか」



ユイさんはナイフを構えなおす。

動く事の出来ない僕の指に向かって振り下ろすために。



「もう辞めてくれ!!これ以上みてられない!!」



その時、僕の前に一つの影が庇う様に躍り出る。



「ルーチェ!いいから、下がってて!!」

「ダメだ!もうこんなの嫌だ!見てられない!!」



ルーチェは泣いていた。


こんな方法しか思いつかなくてごめん……

でも、死ぬわけじゃないから、安心して見ていて欲しい。



「どうする?辞めてもいいが、村を救う手助けはしないぞ?」

「なら俺の指を切り落としてくれ!それならいいだろ!」



ルーチェは手を前に差し出していた。

あまりにも想像外の言動に、僕は一瞬止まってしまった。



「……いいだろう」



その間にユイさんは僕を一瞥し、ルーチェの提案を呑む。

そして、躊躇なく構えていたナイフをルーチェの指へ振り下ろす。



「どういう……つもりだ?」



ただ、振り上げられたナイフは、ルーチェの指に届く事は無かった。

他の亜人の3人がユイさんの動きを止めていた。



「そこまでにしておけ、これ以上はやりすぎだ」

「やりすぎ?こいつは私にもっと酷いことをしたぞ?」

「あれは、先に手を出した俺達にも責任がある。それにお前は正面から戦いを挑み負けた結果だろ?これは戦いですらない」

「僕も同じ意見だね。これは私怨でしかないよ。安全な位置からただ目的も無く痛めつける。愚かな人と変わりない愚劣な行為だ。見ていてイライラするよ」



褐色肌のフカさんに、子供にしか見えないジアさん。

そして、赤色肌のリジーさん。


皆、ルーチェを庇ってくれていた。



「……随分と人の肩を持つな」

「覚悟は見タ。これ以上は必要なイ」

「ああ、その通りだ。それに、この怪我だとフィスはいつもの様には動けない。だから、俺達はフィスの力になる。これで助けなければ俺達は本当に村の防衛を妨害したことになるぞ?」

「好きにしろ。だが、コイツは約束は守れなかった。だから、私は協力しない」

「それでいいんじゃない?僕ら3人いれば問題ないし、無理強いする程の事でもないしね」

「ふん」



ユイさんは、つまらなそうに鼻を鳴らすと、村近くの丘から森へと消えていった。



「あ、あの!ありがとうございます!」



僕は手の甲に刺さったナイフを引き抜き慌てて、頭を下げる。


ルーチェを庇ってくれたこと。

そして、村を救ってくれると約束してくれた事に対して。



「その前に話すべき人がいるんじゃねぇか?」

「えっ」



ドン。と胸に衝撃が走る。


それはルーチェ……だった。

僕の胸に飛び込み、そして血だらけの僕の左手を両手で大事そうに握っていた。



「こんな事願ってねぇよ……」



僕の手を握りながら、ルーチェは呻く様に声を搾り出していた。



「俺が言い出した事なのは分かってる。全ての原因は俺で、何も言う筋合いが無い事も内容が矛盾してる事も全部分かってる。でも、でもだ!!」



それは直ぐに大きな怒声へと変り



「もう辞めてくれよ、何でフィスがこんなにも犠牲になるんだよ……痛いよ。本当に痛い」



最後には、涙声になっていた。



「ごめんね……」



僕の言葉。

それに、ルーチェは反応する事は無かった。


その代わり、暖かい光が僕の左手を包んでいた。

ルーチェの回復魔法だ。


でも、僕じゃこれ位しか思いつかなかった。

誰も犠牲にせず、村を守るなんて僕一人じゃ出来ない。


僕は何でも出来る英雄なんかじゃないんだから。



「取り込み中悪いが、そろそろいいか。間に合わなくなるぜ?」



褐色肌の亜人、フカさんが、遠慮がちに僕達に告げる。

遠くを指差しながら。


フカさんが差した先。

そこでは小さな光が集まり、慌しく動いている所だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る