第30話
「フィスは何処だよ?何で一緒にいないんだよ?!」
ルーチェは村の中心で叫ぶ。
クリティアが一人で村へ戻ってきた。
そんな情報が村中に伝わり、近衛兵達の全員は勿論、ルーチェやリュンヌもクリティアの元へ集まっていた。
「あの方の事は知りません。今頃何処かで休んでるんじゃないですか?私を殺すと脅して、一人でここまで走って帰るように命令したのです。本当に信じらません」
クリティアは与えられた水をググッと一気に飲み干し、答える。
その言葉の端々にフィスへの嫌悪を滲ませながら。
その言葉にクリティアを除く全員が困惑していた。
フィスの取った行動には、まるで一貫性が無い。
皆に嘘をつき、恨まれて、それでも尚危険に飛び込みクリティアを助けに行ったフィス。
その事実を聞いた時、フィスの後を追おうとしたのは一人や二人ではない。
ただ、その行為はフィスを裏切る事にも繋がると、近衛隊長から𠮟責され、自分達に出来る唯一の事として皆この村に留まっていた。
その結果、無事クリティアは村へ戻ってきた。
たった一人という異常な状態で。
それはどう考えてもあり得ないことだった。
追手が来る可能性を考えれば尚更、一人で帰すという選択は無い。
そんな事をするなら始めから助けに行かないほうがいい。
「少しいいか?」
「何ですか?」
「フィスと別れた時、周りに何か変わったことは無かったか?何でもいい。少しでも変な事があれば教えてくれ」
リュンヌの問いに、クリティアは少し思案する。
「そういえばアリシアに伝えろ。とか言ってました。”朝日の方向に土煙が上がってる”と、風が起きれば土煙なんていくらでも上がるとは思うのですが」
その言葉にクリティアを除く全員が太陽の方向を確認する。
上り始めた太陽は、クリティアが捕らえられていたトゥテレの町がある方角と一致していた。
その瞬間、太陽を見た全員がフィスの取った行動の意味を理解した。
「あの馬鹿!!」
「待て!先行するな!!」
初めに動いたのはルーチェだった。
跳ねるように動いたかと思えば、剣を下げ村の外へと一目散に駆けて行く。
それをリュンヌが全力で追いかける。
「カーラとリタニアは私と共に来い。すぐに馬を持て。残りは全力で姫をお守りし、すぐにこの村を出発し王都に帰還しろ。いいな!!」
「「はっ!!」」
近衛隊長であるアリシアの指示に、周りは慌しく動き始めた。
ただ、一人。
クリティアを除いて。
「何が……起きたのです?」
周りが慌しく動く中、クリティアは一人立ち尽くしていた。
状況も理解出来ないまま。
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「なんで!なんでだよ!!」
悔しい。
これじゃ、後悔してもしきれない。
分かってたはずだ。
あのフィスの表情を見た時から。
俺に”役立たず”と言った時の、フィスの顔。
申し訳なくて、泣きそうな顔をしてたじゃないか。
今ならわかる。
あの言葉は言い放った時、フィスがどんな気持ちだったか。
にも関わらず俺は……
ただ、フィスの頬を叩いただけだ。
なんで俺はフィスの傍にいなかった。
なんでフィスの気持ちを一番に考えなかった。
例え嫌われたっていい。
ずっと傍にいる。
なんでそう決断できなかったのか!
フィスの気持ちを理解してやれなかったのか!
後悔が止まらない。
なんで……なんでだ……
俺は、俺だけはあいつの味方でいるって決めたのに!
「乗れ!そんなスピードで走ればつく頃には消耗して使い物にならない!」
「ええ、今は堪えて下さい!」
馬に乗ったリュンヌさん。
その後ろには、近衛隊の人間が3人程ついてきている。
悪いけど、今は流暢に馬に乗るなんて出来る訳がない。
「なぁ……あんたはフィスのやろうとした事知ってたのか?」
近衛隊長に対する疑問。
もし、これを近衛隊長がフィスに命令したのであれば、俺はこいつを許すわけにはいかない。
「いえ、あの方はワザと悪態をついて、一人出ていきました。思えばそれは私たちに対する配慮だった……のでしょうね」
反吐が出る。
俺はこいつらと同じ対応しか出来なかったのかと。
その事実が俺の後悔をより深いものへと変えていく。
「フィスは嫌がらせ受けて、石投げられてしょっちゅう怪我してたの知ってるよな」
「……ええ」
「なんで……なんでそこまでされて、あんた達の為にフィスは命を張るんだよ。みんなから嫌われてるのに、こんな事思いつくんだよ。みんな諦めてたじゃないか。仕方ないって。もうダメだって。そんな状況なら、フィスも諦めても文句言われなかっただろ?!」
本当にわからない。
俺なら絶対フィスと同じ選択なんてしない。
「……そうですね。事実我々もクリティア様を見捨てようとしました」
「あいつはそんな状況で、一人助けにいったんだぞ?皆から恨まれ。あの馬鹿姫からはあれだけの悪態をつかれて、それなのにたった一人で……」
それ以上は言えなかった。
言ってしまえば、その言葉が現実になる気がしたから
「わかったから乗れ。今はそんな議論してる場合じゃない」
「ごめん……おれ先に行くわ。例え何もできなくても間に合わないよりはいいから!」
間に合う訳が無い。
どこか頭の冷静な部分が、そう告げている。
あの馬鹿姫が逃げてきて村に着いたという事は、フィスが囮になってから相当な時間が経っている。
結果だけ見ればフィスの囮は成功し、馬鹿姫が村に着いた。
なら、囮はどうなる?
全員を倒して笑顔で村に戻ってくるか?
それなら、始めから囮なんて必要ない。
その事実が痛い位に胸を締め付ける。
でも、諦める訳には行かない。
何も出来ず殺される結果になっても。
一緒に死ぬ位はしてあげなきゃダメだ!
だから俺は持ちうる限り魔力で体を強化し、地面を蹴る。
「待て!!」
そんな声が遥か後ろから聞こえてきた。
でも、もはや足を止める訳にはいかない。
「死んだら、死んだら絶対許さないからな!!」
フィスへの願い。
それは、唯一つ。
生きていて。それだけだった。
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「そんな体でよく戦ったな。敵ながら褒めてやるよ」
敵の一番偉そうな奴。
そいつが発した言葉が、凄く遠くから聞こえる。
僕の周りには数十人の死体が転がっている。
ただ、僕もその一つとなるのは時間の問題だと思う。
もう僕の体はとっくに限界を迎えていた。
それに敵は盗賊の集団。
持っている得物には毒が塗られ、皮膚を裂くわずかな傷でも着実にダメージを与えてくる。
その積み重ねは、僕の体から自由を奪っていた
恐らく強化魔法を解けば、僕の体は2度と動かないと思う。
思えば凄い無茶をした。
一人で国境を越え、敵地に入り込み、クリティア姫を抱え脱出。
そして、これだけの大人数相手に時間稼ぎをした。
……もう十分よくやった。
心からそう思う。
これで地面に転がっても、誰にも文句は言われないと思う。
「お前を殺した後、タウの村をこのまま襲ってやる。皆殺しだ。お前の首と共に町に飾ってやるよ!!俺たちに喧嘩を売った奴の末路としてな!!」
笑いながら言ったその敵の言葉。
それが離れかけていた僕の心を呼び戻す。
(そうだ。こいつら生かしておけば、村が……ルーチェが!)
何言ってるんだ。
こいつらを全滅させないと、僕も死ぬ訳にはいかない。
僕は歯を食いしばり、気力を呼び戻す。
ただ、気力だけでは限界を迎えた体は動かない。
……情けない。
なんの為に鍛えてきた力なのか。
また大切な人を守れないのか、僕は。
僕のせいで大事な人を殺すのか?
そんなのは死んでも嫌だ!
「アィールさん。力を……僕に力を貸してください!」
僕は叫んでいた。
無意識に一番頼りになる存在へと。
「なんだあいつ?」
「はっ、狂ったんだろ」
盗賊たちの声。
その声がはっきりと聞こえる。
不思議と胸の中から力が溢れてくる。
なんだろう、体が少しだけ楽になった気がする。
「あ”あ”あ”!!」
痛い。
その溢れた力で体を強化した途端、全身から悲鳴が上がり始めた。
筋肉がブチブチと音を立てて切れる音が伝わってくる。
でも、動ける。
まだ動ける!
「なんだこいつ、まだ動けたのか?!」
そう叫んだ男の首を僕は切り落とす。
一瞬で間合いを詰め、剣を振う事が出来た。
「殺せ!味方に当たろうがかまわねぇ!ありったけのナイフや毒矢をおみまいしてやれ!」
敵は焦ったように、持っていた投擲用のナイフや毒矢を僕に向かって放ってくる。
そのいくつかは、盗賊同士に当たり同士討ちをさせていたが、当然僕の体にも当たっていた。
ただ、僕は相手のナイフや矢を避けることはもうしない。
最短距離で、移動し着実に敵の数を減らしていく。
放たれた毒矢やナイフ腕や足に刺さるが、もはや気にもしない。
痛みなんてとっくに感じなくなっていた。
背中や足。
ナイフや毒矢が刺さった部分はひたすら熱い。
でも、僕はそれを気にする事すらせず狂人の様に剣を振るう。
その姿に怯えたのか、盗賊は背を向けて逃げ始めていた。
ただ、僕はその背中を容赦なく切り裂いていく。
「化け物……」
そう呟いた男の首を跳ねた時、僕の膝が地面へと落ちた。
もう、何をしても体が言う事を聞かない。
限界だった。
「でも、大丈夫……かな」
生きた敵の数。
それは片手で数えられるまでに減らすことが出来た。
これなら大丈夫だ。
リュンヌさんがいれば対処できる。
例え、村に奇襲をかけても大丈夫だと思う。
そう思った途端、僕の体は地面へと倒れこんでしまった。
……気持ちが切れたんだ。
もう、指先一つ動かせない。
「……死んだか?」
そんな声が遠くから聞こえてくる。
ああ、この感覚2回目だ。
「おい、お前確かめに行ってこい」
「えぇ?俺がですか?!」
剣闘士の初めての試合。
その時に、槍で腹を貫かれた時と同じ。
視界が暗く、音は遠くなっていく。
(どうやって助かったんだっけ?)
あの時は、アィールさんとセネクスさんに助けられた。
でも、今は……誰もいない。
どう考えても助かる道は無かった。
「……ごめん……ね……ルー……チェ」
大事な人が悲しむ姿が目に浮かぶ。
でもその姿もすぐに遠くなり、代わりに深い暗黒が目の前に迫ってくる。
僕はその暗闇を受け入れること。
それしかできなかった。
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