物理特化ですがなにか?~魔術は苦手だけど魔術学院に入学しました~
ナル
第1話 終わり、そして始まり
第1話~終わり、そして始まり~
―ぐしゃっ
おおよそ人の頭部からは聞こえてはいけない音が荒れた荒野にこだまする。それまで生きて動いていたはずの者は、ありえない衝撃により頭部が爆ぜ、自分が何をされたのかすら気づかないままにその命を散らした。
「レイン!そっちも終わったか?」
今しがた頭部を失くした者の亡骸を踏みつける様にして、それを成した黒髪の少年に一人の大剣を持った男が話しかける。
「見ての通り終わったよ」
「みたいだな。もうお前に勝てる奴は世界中まわっても見つけるのは難しいだろうよ」
「そんなことない。アーノルドには一度も勝ったことないし、シルフィとクラリスには魔術では遠く及ばない。それにザイルの索敵の真似なんかできないよ」
黒髪の少年、レインが大剣を持った男、アーノルドにそう言う。対するアーノルドはと言えば、そのさわやかな美貌の顔に似合わない豪快な笑いでレインの言葉を一笑にふした。
「そりゃ俺達の得意分野で負けてたまるかよ!お前はまだ十二で俺達はもうみんな二十五だ。経験が違うんだよ!あくまで俺達をのぞいての話だからな!」
アーノルドはもう一度豪快に笑うと、金髪の髪をガシガシとかき、次いでレインの頭を乱暴に撫でる。
「あ~っ!アーノルドがレインをいじめてる!!クラリス!これはお仕置きが必要だと私は思うよ!!」
「そうですね。どうしてアーノルドさんは私たちの言うことを聞いてくれないのでしょうか?愛が足りないんでしょうか?」
そう言ってどこからか現れたのは小柄でその身の丈ほどの杖を持った栗色の髪の少女のような見た目の女性と、司祭服を着るスタイル抜群なこれまた大きなメイスをもった女性だった。
「待てクラリス!そのメイスを引っ込めろ!!毎回言うがどうして僧侶であるお前の武器がメイスなんだよ!?撲殺天使も真っ青なんだよ!!」
「あらあら、僧侶がか弱いなんて時代は終わったんですよ?これも毎回言っていると思いますが、私ちゃんと説明しましたよね?やっぱり愛が足りないんでしょうか?」
「そうだよクラリス!きっとアーノルドには愛が足りないんだよ!主に物理的な愛が」
「煽るなシルフィ!どこの世界にメイスで語る愛があるってんだ!!よせっやめろ!それを持って近づくな!!」
メイスを振り上げ迫るクラリスから逃げるアーノルド。それを煽りたてながら笑うシルフィという構図。いつもと変わらない、どんな場所であっても同じ光景にレインは思わず噴き出した。
「毎度思うけどあいつらはコント集団かなんかなんすかね。ここがどこなのかを考えてやってるなら大したんもんすよ」
笑いながら三人の様子を見ていたレインの背後に突如として気配が出現する。咄嗟に身構えたレインだったが、その声が知った声だとわかると警戒を解いた。
「相変わらずザイルの気配はわからないや」
「これが飯の種っすからね。そう簡単にわかられちゃおまんまくいあげっすよ」
緑のバンダナを巻いた細身のザイルが、まるで下っ端なのような口調でそんな冗談を言う。レインとしてはザイルの実力を知っているだけに、そんな下っ端口調がおかしくてまた笑いだしてしまった。
「おいレイン、ザイル!!見てないで助けろ!!」
「なぜ逃げるんですかアーノルドさん?私の愛がそんなに嫌ですか?」
「そうだ、そうだー!甘んじて受け入れろー!主に物理的に!!」
「死んでしまうわ!!」
その光景に流石のザイルも我慢できなかったのか、結局は盛大に笑い出す。
五人の男女が荒野で戯れ、最後にはみんなで肩を組んで笑い出した。それは端から見れば微笑ましい光景で、羨ましくも見える。
ただそれを行っている場所が問題だった。
よく見れば五人の衣服には夥しいほどの返り血や、誰とも知らない肉片がこびりついている。そして周囲はむせ返る血の匂いとすでに事切れた人だったものの死体が無数に倒れ伏している。
そう、ここは戦場だった。一度来てしまえば二度と生きて戻ることは叶わないと言われる戦争の最前線。その場所で最後まで生き残り、こうして笑いあっている五人こそが、後に五芒星と呼ばれる伝説の魔術師達なのだった。
◇
第二次魔導大戦。
それが起こったのは今から五年前の話だ。当時世界の覇権を争っていた大国である二国が、周囲のそれぞれに味方をする国々を巻き込み起こした世界大戦。
世界のちょうど中央である島、アンフェール島の覇権をめぐり争った戦争は様々な思惑と思想の中、レインの家族や故郷を容易く奪っていった。
一人路頭に迷いながらも、誰に向ければいいのかわからない怒りを抱えていたレインを拾ってくれたのがアーノルドたち傭兵集団だったのだ。
「戦争は終わった。これで俺達も解散だな」
アーノルドが言う言葉にレインは息を呑んだ。最初から分かっていたことだ。傭兵は戦いある場所に赴く職業。当時レインを拾ってくれた傭兵団も、出会った当初は三十人規模だったはずが、気づけばこの五人しか残らなかった。
「これからは各々の道を、だったよね」
シルフィがいつもの天真爛漫な笑顔を隠し、少しだけ寂しそうな表情でそう言う。
この戦争を生き抜いたら、傭兵を辞めてそれぞれの道で生きよう。仲間が一人死に、また一人が死んでいく中で、アーノルドが言った言葉が蘇る。
「私はアーノルドさんにどこまでもついていきますよ?」
そう言って微笑むクラリスにアーノルドの笑顔が引きつっていた気がしたが、無言で構えられたメイスに誰も何も言うことはない。
「少し名残おしいっすけど、命あってのものだねっすからね。お互いに達者でやりましょうっす!!」
そう言ってザイルは大きな声で努めて明るく笑う。だけどみんな気づいていた、ザイルの目に涙が浮かんでいたことを。
分かっていたし、決まっていた。この戦争が終わればみんながばらばらに生きていくということを。ここまで戦えるように鍛えてくれた四人と別れ、自分の道を歩かなければいけないということを。
それでもやっぱり寂しいと思ってしまうのは、もうレインには四人しかいないから。全てを失ったレインに残っているのは、アーノルド、シルフィ、クラリス、ザイルという共に戦場を駆け抜けた仲間たちだけなのだ。
「あの、みんな、俺は……」
「それ以上は言うなよレイン」
言いかけた言葉をアーノルドの冷たい言葉が遮る。アーノルドを見ればその目は言葉と同じく冷たく、そして有無を言わすことのない強い意志を秘めた赤い目だった。
この目をレインは知っている。いつもアーノルドが力を発揮する時に見せる目だ。その目を見せたら最後、前に立ちふさがった者は全て葬り去って来た。その目が今自分に向けられている。
「聞けレイン。あの日決めた通り、俺達はこれから別々の道を行く。お前はまだ若い。俺達のもとから離れて世界を見ろ。血に濡れた戦場以外の世界を学べ」
アーノルドの言葉が響く。レインにとっての世界は戦場だけだった。今はもう、死んだ両親のことも故郷のことも何も思い出せない。それは代償を支払ったから。この戦場を生き抜くため、短期間で成長するために、記憶という代償を支払ったからだ。
「過去を振り返るな、未来に進め。それが俺達のお前に対するただ一つの望みだ」
その言葉に四人の視線がレインに注がれた。
「お前がたくさんのことを学び、世界を知り、その上で俺達の前に来たのならその時は」
さっきまでの冷たい目をしたアーノルドはもうそこにはいなかった。今あるのはただひたすらに優しく、暖かな目をした一人の青年。そしてそれは他の三人も同じ。ただレインを思う優しい目だった。
「また俺達と一緒に行こう!」
我慢なんてできるはずがなかった。どれだけ大人びていても、どれだけ死地を潜り抜けたとしても、まだレインは十二の少年なのだ。
涙をこらえることも忘れたレインは、アーノルドに縋り泣く。そんなレインを優しく抱き留めたアーノルドはそっとレインの頭を撫でた。それに続くかのようにシルフィ、クラリス、ザイルもレインを抱き締め、同じように目に涙を光らせた。
「今日、今を持って、レックス傭兵団は、解散する!!」
その日、世界最強の傭兵団が解散した。そしてレインは一人になったのだった。
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