第3話 恵比寿で詩人のおっさんが乗車してきた件

原宿駅からとろとろと山手線andあたしが、所謂「内回りで」東京の御へそ/軸を中心に廻りんこ始めたらば、まだ加速もする前に、浮世神奇なもうひとつのホームが、走り始めたばかしのこの黄緑色のぐるりん山手線の右手側の窓越しに透いて映って参りました。

あたしの紅涙ごしみたいにまみえては近づいてくるそのホームは、幻でもないし、それでも黄緑色の屋根の無人駅。このroudeする山手線の黄緑色とはあからさまに生命感の違う黄色味が少し強めの淡い黄緑色の屋根の、小ちゃな、小ちゃな駅舎なのです。

――ああ、この無人駅、あれだよね。天子様と皇族の方のみがご利用できるという伝説の「宮廷ホーム」だぁ。

ふぅん、なんて、天子様が具体詩であった時代の事象、戦争やらやらの時間外に生まれて勝手に病んできたあたしには、今目の前を掠めてゆく「宮廷ホーム」が幻影の観念が導いた象徴なのか、本当に原宿駅北側にひっそりと佇んでいる実存の鉄道駅なのかも、男装してやっと構築されたflesh肉体ですらのみこむこともできず、ただそのとても清潔な感じのする駅舎の中の時計はしっかりと正確に時を刻んでいたことだけは確認できたのです……無韻詩/ヴエルプランのちょうど正午……

まぁ、そんなことをば無意識に感応している間に、ぐるりん山手線は加速をはじめ、快調に代々木駅にざわざわと進み始めました。

車両内のドアのガラスのスクリーンに投影された、己のなかなかきまってるぅー! な革ジャン姿のスレンダーな男装姿に、narcissism全開で、はぁう、とあたしは魅入りつつ、お馬鹿さんでもいいもの、だってこれ、治療ですもの、と開き直ってはみたものの、次の瞬間にはまた軽く周囲の乗客の方々のお眼めの中にあるあたしへと向けられているか向けられていないかも謎の印象の風景を勝手に想像しては欝になったり、得意の頭韻/アソンナンスwith脚韻/リームのマッチポンプをば、くらくらんお脳内であたしの細胞の小人さん部隊たちが小競り合いをしていて……、って、要は、外面的には、ぼおっとしておりました。

せっかく男装しているのに、そんなこんなまた自意識を無駄にこじらせていたらば、おそらくその時の我がエスプリ・ヌーボーにとっては、かなりどうでもよかった代々木駅や、凡そ新精神とは無関係でしょう! というあたしのルサンチマーンが存分に内向的に屈折しちゃってめっちゃ避けたい凡人のみんな大好き渋谷駅!! はとうに過ぎていたみたいでした。ほっ(安堵)。

って、安堵の継続は許されざる者、あたし。

恵比寿駅に着いて、

――まぁまぁ、恵比寿から乗ってくる方々は男装のあたしにとっては真面よね(にゃぁ)なんて調子をこいて、右手の人差し指で前髪をさらりんとはらってみたりしていたら、恵比寿駅の発車音の『第三の男』のメロディに紛れて、キャビンアテンダントさんが、飛行機の中でコーヒーやら機内食やらやらを運んでくるあのワゴン、あれを躊躇ない様で豪快に押しながら、さも当たり前田のクラッカー(/昭和/戦争背負った天子様だった時代)のように、

「焼きたての《林檎とクリームチーズのパウンドケイク》ですよー、いかがっすかー。いかがっすかー」

と、小太りのおっさんが唐突ぜーションにこの山手線にライドオンしてきて、映画『男はつらいよ』のフーテンの寅さんみたいにケーキ売りの口上をうち始めたのです。

で、電車の中でですよ? や、山手線ででござりますよ? よ?

恵比寿駅からそのワゴンを押して電車にinしてきたケーキ売りのおっさんは、小さな林檎模様がたくさんついた幼稚園児用のパジャマみたいなお洋服を纏ってらっしゃいます。

――っ……ここは飛行機でも新幹線でも縁日をしている神社でもないわけですんし、物売りなんておかしくないっすか? 

んっん? でもぉ、何故でそう、この林檎模様のパジャマ姿のケーキ売りのおっさんには、なんだか信用がおける心持ち。不思議りんな垢抜け感覚やぁ。けどぉ、けどぉ……なぞと役立たずな疑問や問答歌をあたしの求心性神経が感じたのもつかの間、彼(/実は詩人のケーキ屋!)は、わりにわりに平ぜーんと、

――は? いかにも、ぼかぁ詩人のケエク屋ですが、山手線で自慢の詩のケエクを売るわけですが、なにか?

と仰りたげなドヤ顔で、ふふふんのふん♪ってtouchで、あたしや、あたしと同しようにそのおっさんの様をどうやら疑問に感じていそうな乗客の女子高生の集団(お揃いの制服を彼女らは纏い、お揃いの艶々の黒髪のセミロングヘアーで、これまたお揃いのキラキラ光っている偽のスパンコール生地のクマさんのマスコットを、お揃いの学生鞄につけていらっしゃる一寸とたがわない娘さん方/姿としての役者記号の娘さんの集団)なんかをけろっと一瞥し、へっちゃらけっけーで、ずかずかずっと山手線でケーキを売り続けるるんです。

――ひ、ひじょうしきー。信じられナーイ。めっちゃ信じられなーい。もう一回唱えるけれどもも、信じられ無ぁーい!

まぁ、そんなあたしのコウノトリみたいな想像力のストライキ思考が凡庸に稼動したところで、この山手線もこのおっさんも時代も止まってやしてはくれないですので、仕方が無いって開き直る間もないままに、あたしはケーキ売りの詩人のおっさんが売っているワゴンの上のケーキみっつを覗き込んでみたのです。

≪違和のワゴン≫の上、ハート型なのだか文学概念的な「はぁと」なのかは謎なのだけれども、とにかく目の前にはheart*cakeみっつがtriangularに配置され……

 

ちぐはぐちぐはぐちぐはぐちワゴンワゴンワゴン

ぐ          ちぐ

は          ぐちは        ぐ              

ぐ          はぐ      

ち          ぐち

ぐ      ♥   ちぐ

は   ♥      ぐは

ぐ          ちぐ

ち      ♥   ぐち

ぐ          はぐ

は          ぐは

ぐ          ちぐ

ちぐはぐちぐはぐちぐはぐちワゴンワゴンワゴン

ぐ……この電車の歴史の中で紡がれてきた名も無き青春のheartacheたちの残像の脈打つ鼓動どくらどくら、甘い、甘っまい、うすら甘い、違和の薫り、ふゆら~り、ふゆら~り、と車両内に漂うそのみっつのheart*cake。

あたしはあまりにその詩人のケーキ屋おっさんの自信有り気なご様子に驚いてしもうたので、その山手線内でsugaryなのかdeliciousなのかは判明しないひたすらに甘い薫りをうきうきと憂き勝手に撒き散らしながら売られ始めた《林檎とクリームチーズのパウンドケイク》とそのケーキ屋詩人の比喩の関係に、脳の一番天辺のとこのあすこの知覚/先験的統覚/純粋統覚のnear hereを移してみました。約二時間前の新宿の某キッチン内在生命感覚の区域です。


(まだまだ続くよ……)

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