完全にその場の思い付きで見切り発車な短編を書いていくやつ

脳みそトコロテン装置

走れメロス2 ~セリヌンティウス怒りのデスロード~

 ディオニス王とメロスとの一件の後、セリヌンティウスは暫くの間シラクスの街から離れていた。石工としてもう一つ上の世界を見るために黄金の国ジパングの奥地イバラキにいるといわれる伝説の石工、イシク・ダイブツに参りに行っていたのである(石工の語源は彼にあるといわれている。実は“石工”という漢字は実によくできた当て字であったのだ。)。旅費はすべて王が気前よく払ってくれた。良心を取り戻すことができたお礼だそうだ。改心した王はシルクロードの果てまでも評判が届くほどの名君となった。旅の途中では故郷においてきた親友や弟子のことがいつも気がかりであったが、名君の評判を聞くと多少なりとも安心することができた。

 イシク・ダイブツの下での修業は想像していたよりも数段過酷なものであった。しかし厳しさの分だけの、ときにはそれ以上の、学びもあった。あまりにも過酷な日々に帰国を考えたことも数えきれないほどあった。そんなときにはシラクスの街からたまに届いてくる手紙を読む。自分のことを見送ってくれた彼らのことを思うと中途半端で投げ出して帰る気にはなれなかった。

 十数年の修業の後、イシク師からの免許皆伝とともにダイブツを名乗る資格を得たセリヌンティウスはダイブツの技巧をシラクスに持ち帰り、そして広めていくために帰国の途に就いた。師からは『どうしても困ったとき、私に頼りたくなったときはこれを使いなさい』と小さな木箱が渡された。いざという時までは開けてはいけないそうだ。中身が何であれ、師の気持ちが嬉しかった。たとえこの箱を開けて中身を使うことがなかったとしてもこの箱は一生涯のお守りとして肌身離さず大切にしようと決心した。

 十数年の間にシルクロードもかなり舗装されたとはいえ、帰国はかなり厳しい旅路であった。しかしながら石工として、そして人間として大きく成長した自分の姿を見て驚く親友のメロスや弟子のフィロストラトスの顔を思い描くと自然と足取りが軽くなる。数か月の旅路の後にシラクスの街に舞い戻ったセリヌンティウスは愕然とした。かつての美しい街の面影はどこにもなくそこにあったのは一面の荒野である。かつて王宮であったと思しき瓦礫の山が辛うじてこの地がシラクスであることをセリヌンティウスに信じさせていた。

 これは夢かと困惑し、茫然としているセリヌンティウスをいつの間にか武装した覆面の集団が彼を取り囲んでいた。

「旅人か?両手を広げて地面に伏せろ!妙な真似をしたら打ち殺すからな!」

 リーダーと思しき男が叫んだ。美しかった故郷が更地となってしまったいま、生きている理由もないとセリヌンティウスは思った。こんな世界を生き抜いていく覚悟は彼にはない。このまま死んでしまってあの世でダイブツの技を広めよう。かつての美しい街の風景が走馬灯のように目に浮かんだ。最後に一目でいいからメロスと会いたかったな。あいつはもう死んでしまったのだろうかと感傷に浸っていると、賊の中から懐かしい声が聞こえてきた。

「先生?!セリヌンティウス先生じゃないですか?!ついに帰ってきてくれたんですね!!この人は僕の先生だ!打たないでやってくれ!」

 覆面を外した男はフィロストラトスであった。ずいぶんと成長し、そしてやつれてしまったが確かにフィロストラトスである。

「フィロストラトス、この街に一体何があったのだ?ディオニス王はまた人を信じることができなくなってしまったのか?」

「まぁ、先生おちついてください。積もる話はあとでしましょう。ここに長居しては危険ですから、一緒に僕たちのアジトまで行きましょう。ほら、噂をすれば影だ!隠れてください!」

 セリヌンティウスは再会を喜ぶ間も与えられず暫く混乱したままであった。とにかく彼らはもう敵ではないことはわかったが、彼らには身を隠してやり過ごさなくてはならないほどの敵がいるらしい。フィロストラトスとともに岩陰に身を潜めているとけたたましいエンジン音とすさまじい振動に襲われた。今まで経験したことのない轟音に旅の疲れも合わさって轟音が過ぎ去るのを待たずしてセリヌンティウスは気絶してしまった。

 極めて不快な頭痛とともに目を覚ましたセリヌンティウスは見知らぬ部屋のベッドの上にいた。しっとりとしていて、それでいてひんやりとした空気。どうやら地下のようである。

「先生、おはようございます。気分はどうですか?」

 ベッドのすぐ横にはフィロストラトスがいた。

「頭がとても痛い。それ以外は大丈夫だ。私の荷物はどこにおいてある?カバンの中には木箱が入っていたと思うが。とても大切なものなんだ。できればこの部屋に置いていてほしい。」

「先生の荷物はすべてそこに置いてあります。木箱ですか?探しますね。どこに入ってますかね?右のポケット…ありました、これですか?ここに置いておきますね。」

「ありがとう。フィロストラトス、私が町から離れていた間に何があったのか教えてほしい。さっきの轟音の正体も。何もかも変わってしまったからとても混乱しているのだ。」

「わかりました。少しショッキングかもしれないのでおちついて聞いてくださいね」


 あれは、十年前のことでした。ディオニス王が原因不明の突然死を遂げてしまったのです。目立った外傷はなく、毒を盛られた形跡もない。病気の兆候もなく本当に突然逝去なされました。幸いにして大きな混乱もなく葬儀も終わり、メロスが王位を継がれました。これが問題だったのです。

 メロスは相変わらず政治がわからなかったようです。メロスは王宮で羊と妹と遊んで暮らしていました。何度か王宮に遊びに行ったことがありますが、中庭に見事な牧場を作っていました。彼の故郷の村そっくりの牧場を。

 邪悪に対して人一倍敏感な彼の性格が、治世者としては裏目に出ました。ろくすっぽ外交ができなかったのです。近隣諸国との関係が日を追うごとに悪化していくのが肌で感じられました。特にローマとの関係は一触即発の緊張状態です。民衆からの人気があったのがさらに状況を悪くしていってしまいました。誰もメロス王の頭を冷やすことができず、王の暴走に歯止めが効かなくなってきました。ディオニス王が残した仕組みのおかげで内政はそれほどまで荒れることはありませんでしたが、それもいま思えばこの街にとって不幸な結果を招く要因の1つだったように思います。

 もう後戻りできないところまでにローマとの関係が拗れたころ、メロスは王として一つの決断を下しました。核戦争です。犠牲者を可能な限り減らすためには短期決戦しか無いと考えたようです。計画は完璧でした。バチカンに核弾頭を打ち込むことでローマの機能を完全に停止させ短期決戦を目指す。たった一つの誤算を除いて王の目論見通りの結果となりました。バチカンもシラクスの街に核弾頭を打ち込んできたのです。

 シラクスとローマの決戦に触発された近隣諸国も敵対関係にある国同士で核戦争を始めた結果がこの荒野です。いまやヨーロッパ中が砂漠と化してしまいました。地上が無政府状態となったいま、多くの人々は地下に潜り生活しています。数十人から数百人の生活しているコロニーの間に複雑に連絡通路が通され今ではアリの巣のように複雑に発展しています。かつてのようにとはいきませんがそれなりの生活ができるようになってきました。

 一方で地上に残り続けている者もいます。先生のように核戦争を知らずにこの地に戻ってきたもの。そしてメロス王の一派、先ほどの轟音の正体です。王の一派はもぬけの殻となったバチカンを占拠し、地下深くに封印されていたロンギヌスの槍を手にしました。その槍の力で地上の人々、地下に逃げ遅れたものや地下から追い出されたもの、に服従を誓わせていきました。いまや地上はメロス王の独裁状態です。王の一派はバチカンを中心にヨーロッパ中に拠点を置き、先ほどのように定期的に地上の生き残りや旅人を狙い巡回を行っています。

 地下に潜った我々もメロス王の一派に見つからないように定期的に地上に出ています。目的は二つ。まず旅人の保護、といっても地下共同体撲滅を狙う王のスパイの可能性もあるので先ほどのように少々乱暴になってしますが。二つ目はメロス派の勢力の偵察。我々もおとなしく地下に潜りっぱなしとはいきませんからね。臥薪嘗胆して革命を計画しているわけです。今のところさっぱりきっかけが掴めずにいますがね、ハハハ。


 一通りフィロストラトスの話を聞いたセリヌンティウスは動揺を隠せずにいた。自分が故郷を離れている間にそんなことが起こっていたとは想像もつかなかった。シルクロードの両端とはいえジパングにいたころには小耳にはさむことすらなかった悲劇である。何より、無二の親友であり暴君を改心させた英雄であったはずのメロスが今や世界を破壊した大魔王となってしまったのである。しかし、セリヌンティウスはまだメロスのことを信じたいと思った。かつてメロスがディオニスにしたように、彼を改心させてやることがまだできるのではないだろうかと考えていた。あの男は決して生まれもっての悪人ではない、自分が腹を割って話をしに行けば目を覚ましてくれるに違いないと信じたいと思った。

「なぁ、フィロストラトス。メロスはいまでも俺のことを親友だと思ってくれているだろうか?いまからメロスに会いに行って、快く迎えてくれるだろうか?」

 フィロストラトスがどう答えようがセリヌンティウスはバチカンまで親友を一発殴りに行くつもりであった。

「先生、私はかねてから先生が革命成功の唯一の可能性だと思っていました。先生は暴君メロス王を純朴な羊飼いメロスへ戻してやれる唯一の可能性だと。先生もそう思っているのですね?」

「今夜にでもバチカンへ向かおう。石は固いうちに彫れ、だ。」

 気づいたころにはセリヌンティウスの体からは疲労が消し飛び、オリンピックで優勝できるほどに力がみなぎっていた。


 ―その日の夜―

「諸君!よくぞ集まってくれた!皆を集めたのはほかでもない!今夜、バチカンへ向かい、メロス王に無血開城を迫る!我々のもとには対メロス最強の男セリヌンティウスがいる!もうこれ以上メロスに怯え地下に潜る生活ともおさらばだ!再び美しいシラクスの街をわれらの手に取り戻そうではないか!」

 地下の大広間にはフィロストラトスらが拠点としているコロニーの住人のほとんどが集まっていた。フィロストラトスの演説でコロニーが激しく振動するほどに民衆は沸いている。やはり人間は太陽の下、大地の上で生きるべきなのである。まさに熱狂、フィロストラトスの計画が成功することがこのコロニーの希望なのだ。そしてセリヌンティウスこそがその最重要人物、彼次第で計画の命運が左右されるといっても過言ではない。再び友と会える喜び、変わってしまった友への困惑、計画を担う重圧、様々な思いがセリヌンティウスの頭で反芻されていく。

 心を鎮めるためにセリヌンティウスは一人静かに仏像ブッダ・スタチューを彫っていた。メロスを象った少し小ぶりな仏像である。ジパングでは様々な願いを込めて仏像を掘る(ほりの深い人とはつまり慈悲深い人なのである)。メロス仏像に込められた思いは果たして成就するであろうか。

 ちょうど仏像が完成したころ、フィロストラトスも出発の準備が整った。『夜もメロス軍の巡回シフトはありますがみんなサボっています。今から出発して夜通し歩いていけば明朝にはバチカンにつくでしょう。』とのことである。シルクロードを自分の足で往復してきたセリヌンティウスにとって徹夜行軍などは地蔵の手を彫るようなものである。


 ちょうどメロス軍の朝の巡回が始まる頃にバチカンについた。

「我こそはシラクスのセリヌンティウス!メロス王の旧友である!王に謁見させていただきたく参った!」

 セリヌンティウスが門前で叫ぶと案外あっさりと門は開けられた。しかし、それはセリヌンティウス一行を歓迎するという意味ではなかったようである。門の中からは鎧で全身を包んだ大男がおもむろに歩いてきた。

「メロス王は誰ともお会いになりません。おかえりください。もし申し出を断られるのなら今ここでケシズミになっていただきます。」

 男の前口上が終わるや否や、右手のアタッチメントアームに装備されたサイコガンからレーザーが発射される!寸でのところでレーザーをよけた二人が先ほどまで立っていたところは見事にクレーターとなっている。

「ヒエッ!直撃したらひとたまりもないですねこれは。しっかりよけてくださいね先生!」

「お前も当たるんじゃないぞ!帰ったらお前がこのセリヌンティウス・ダイブツの一人目の弟子になるんだからな!」

 サイコガンの一撃の威力はすさまじいものの、男の動きは愚鈍であり狙いが読みやすい。二人は互いに小粋なジョークを言い合う余裕があった。ただ一方で男の強固な鎧をいかにして攻略すべきか糸口をつかめないままでいたのも事実である。あれほどの大男にしばかれてしまえばひとたまりもないであろう。できれば一撃で仕留めてしまいたい。

「ヌウウ、なかなかやりよるな。ならばこれならどうだ!」

 男のアタッチメントアームが著しく変形し、フィロストラトスに向けて再びレーザーが発射される。

「おっさん、あんたの攻撃は単調なんだよ!誰がそんなのに当たるってんだ!」

 フィロストラトスは軽口を叩いた瞬間、絶望した。レーザーは発射と同時に蜘蛛の巣のように後半に広がる網状へと変化したのである。これでは避けられない。

「ぎゃああああ!」

 フィロストラトスの絶叫とともに全身の肉がウェルダンに焼かれる音がバチカンに響き渡る。網状レーザーは当たり判定を広げた分、単位面積当たりの火力は低下している。しかし目標の動きを止め、一点レーザーを確定で命中させるには十分の火力を持つ。

「ザコが手こずらせやがって、おとなしく一撃で死んでいればもっと楽に死ぬことができたんだぞ。」

 男がのそのそとフィロストラトスに銃口を向けたその瞬間、男の右腕が消し飛んだ。セリヌンティウスのイシク・カンフーである。毎日山から岩を切りだし、工場まで運びそして彫る。それらの工程をすべて素手で行うイシクの技術を戦いの拳に昇華させたのがイシク・カンフーである。岩をも穿つその拳は容易く改造人間のアタッチメントアームを引きちぎる。

「貴様、最後の最後で油断したな。一人より二人のほうが強いのだ。わかったらおとなしく降参してメロスのところまで案内してくれるか?」

 目前で跪いてる大男に慈悲をかけるセリヌンティウスの第六感に危険信号が走った!男は改造人間である前に一人の屈強な大男だったことを失念した己のウッカリをセリヌンティウスが反省する間もなく男は左腕で渾身の打撃を放つ!巨大な鉄球で打ち付けられたがごとき衝撃を受けるや否やセリヌンティウスの体はバチカンの空高く打ち上げられた。唖然とするフィロストラトスの背後に肉塊が落下する。

 今すぐここから逃げなければならない。フィロストラトスの本能がそう告げた。辛うじて生死不明の師匠を回収しつつ大男から身を隠す。

「フィロストラトス、やけどは大丈夫か?私は大丈夫、不意を突かれたがヤツのサイコガンが盾となったおかげでケガは大したことはない。」

「私も大したことはありません。傷はかなり浅いです。おそらくあの網状のレーザーは足止め用なのでしょう。」

「さて、どうしようか。ヤツがここに気づくのも時間の問題。おそらく正面から立ち向かうのは自殺行為。一人が気を引いてもう一人が隙を見て背後から…」

「いや、先生。俺一人でやります。俺がヤツを足止めしているうちに城の中に入ってください。この計画の目的はメロス王の説得、ヤツを倒すことではありません。」

「だがお前ひとりでは」

「問題ありません、先生が修業に行っている間に成長したのは先生だけではありませんよ。」

 フィロストラトスは立派な男になっていたのだ。彼はその実力とカリスマ性でもってあのコロニーをまとめ上げたのである。規格外な大男が相手とはいえ簡単には負けるはずがない。

「まったく、師匠の言うことが聞けないとは…。帰ったら説教してやるからな。私がゲンコツするまで死ぬんじゃあないぞ。」

 セリヌンティウスが勢いよく岩陰から飛び出し、男と対峙した。

「とっておき、お見舞いしてやるぜ!」

 にらみ合う二人の横からフィロストラトスがロケットランチャーを打ち込む。男が怯んでいる隙にセリヌンティウスは城に駆け込む。後ろを振り返ることなくひたすら走った。弟子の大義に、そしてメロスとの友情に報いるために走った。メロスの部屋はきっと最上階である。彼には分るのだ、竹馬の友が自らの居室に選びそうな部屋の場所が。


 果たしてメロスは最上階にはいなかった。そこにいたのは未だ鮮血の湧き出るメロスの亡骸と血染めのナイフを片手に佇むメロスの義弟、オトウティウスであった。かつてこの男と妹のためにメロスは私をディオニス王に預けたのである。

「あなたはたしか、セリヌンティウス様でしたね。義兄さんからよく話は聞いています。いまさら帰ってきたのですね。まだシラクスの街がかつての姿をとどめいていたころ、義兄さんはことあるごとにあなたの名前を出していました。『セリヌンティウス、わたしはどうするべきなのだろうか。』とね。それでもあなたが修業に集中できなくなってしまってはいけないと努めて平気なふりをして手紙を出したりなされていたのですよ。」

「そんなことはどうでもよい。確認するがお前はメロスを殺したのか?返答次第では私はおまえを殺す。」

「こわいなぁ。…まぁ、そうですよ。嘘ついても仕方ないですからね。義兄さんはあなたの声を聴いて城門まで迎えに行こうとなされました。ですので殺しました。あなたに会ってしまっては正気に戻ってしまう。義兄さんにはもうしばらく暴君を演じてもらいたかったのですが、仕方ありませんね。」

「すべてお前の仕業ということで、いいのか?メロスが暴君となったのも、ヨーロッパ中が荒野となったのも。」

「そうですよ、良い勘してますね。全部僕が義兄さんを唆してやらせました。バカっていうものは実に扱いやすくていいもんですね。バカが好きになりました。」

「そうか、ところで妹…いや、お前の嫁はどうした。」

「ずいぶんと前に殺しました。彼女はこのバカと違って政治がわかる。邪魔でしたので」

 オトウティウスが言い終わらないうちにセリヌンティウスは右の正拳突きを繰り出していた。しかし何と奇怪なことか、セリヌンティウスの拳はオトウティウスに届く寸でのところで止まっているではないか!決してセリヌンティウスの慈悲ではない。彼は本気で殺すための拳を繰り出したのだ。何が起こっているのか理解できないでいるセリヌンティウスにやれやれと言わんばかりにオトウティウスが口を開く。

「ロンギヌスの槍だよ。世界を制する者の槍の加護が僕を守っているのさ。」

 しかし、イシク・ダイブツ直伝のイシク・カンフーの力は本来ならば超魔術的な力でさえ勧善懲悪打ち砕くホトケの拳。たとえロンギヌスの槍といえどもダイブツの称号を持つセリヌンティウスにあらがえるはずがない。激しく動揺するセリヌンティウスの脳裏に厳しい修行の日々のがフラッシュバックする。

『あらそいは、何も、生み出さないよ。』

 イシク・ダイブツの言葉が脳内を反芻する。

「うわああああああああ!!!!!」

 セリヌンティウスは激しく後悔した。仏像を彫り人々を笑顔にするため、理不尽な暴力から人々を守るため、そして命を懸けた約束を守るための正義の拳を己の怒りに身を任せ、親友の家族を屠るために振るおうとしたのである。セリヌンティウスの心の奥深くに深く刻み込まれたダイブツ魂が己の拳に無意識下でブレーキをかけたが故にセリヌンティウスの拳は槍の加護を打ち破ることができないのだ!

 その時、不思議なことが起こった!親友を殺された個人的な怒りではなく、親友の守りたかった街を取り戻す大義のために沸き立つセリヌンティウスの正義の心に応ずるようにセリヌンティウスの携えていた小箱が激しく震えているのである。イシク・ダイブツから“いざという時のため”にもらった小箱の激しい振動が臨界点に達したとき、小箱の中から一組のノミとカナヅチが飛び出してきた。石工としての修業を積んだセリヌンティウス・ダイブツには直感的に理解ができた、これはイシク神話に語られた伝説の創世の石工道具であると。

 創世の石工道具を手にしたセリヌンティウスはただの称号としてではない、文字通りのダイブツとなった。セリヌンティウスから放たれるまばゆい光はロンギヌスの槍の加護を打ち破り、オトウティウスの身を激しく焼く。断末魔の叫びをあげるオトウティウスにダイブツがかけるべき言葉はただ一つ。

「かわいそうに、仏像にしてやろう。」


 フィロストラトスの亡骸を背負ったセリヌンティウスがコロニーへ帰還したのは深夜のことである。互いに拳が心臓を貫く相打ちであった。セリヌンティウスはフィロストラトスの仏像を彫り、手厚く葬ろうと提案したが、コロニーの人々はニヤニヤとしながら一向に応じようとしてくれない。セリヌンティウスが訝しむ中、背中に一抹の違和感が走った。フィロストラトスは生きていたのである!

「フィロストラトス!どうして心臓を貫かれて生きているんだ?!」

「トリックですよ。私は内臓の位置が左右逆なのです。だから心臓を貫かれてはいません。」

「それじゃあ、いままで動かなったのは?」

「それは、まぁ、何というか、歩いて帰るのがかったるかったというか…」

「きさまぁ!!!!そこになおれ!今すぐメロスに会わせてやる!!!」

「ご勘弁をぉぉぉ!!!!」


 メロス王の死後、メロス王一派の勢力は徐々に衰退し、地上に文明が戻っていった。数年のうちで驚くべき復興が遂げられたのは他でもないセリヌンティウス・ダイブツの力である。創世の石工道具は一晩でかつての文明を再現して見せ、シラクスの街からヨーロッパ中に散らばったダイブツの弟子たちはかつての文明を凌駕する見事な建築を披露して見せた。

 バチカンに飾られているオトウティウスの像は戒めのために撤去されることなく保存され続けている(しかし、この像がオトウティウス本人であることを知るものはセリヌンティウスのみである)。

 シラクスの街には大仏殿が建造され、正義の男メロスの仏像が建立された。この仏像はオトウティウスによって引き起こされた核戦争の慰霊碑としても多くの人に祈られている。


 街の復興を見届けたセリヌンティウスは静かに息を引き取った。彼は自室のベッドで眠るように昇天していた。枕元に小さな木箱と仏像が置かれていた。

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