霊能力者紅倉美姫15 死んだはずのH君

岳石祭人

第1話 あそこはヤバイ

「あそこはマジでヤバイってよ」

 昼休み後半、教室でだべっていた三人の男子生徒は、放課後何か暇つぶしに面白いことはないかと、昨日やっていた心霊オカルト番組の話の流れで一人が言いだし、

「あそこって、バイパス脇のガラスが割れてるところだろう?」

 と一人が乗ってきて、

「何それ? 俺、知らねえぞ」

 ともう一人も興味を示した。

 二年生の彼らは、部活にも所属せず、かと言って携帯電話とゲームにのめり込むほどのオタク気質でもなく、毎日退屈していた。


「俺らもどこか心霊スポットでも行ってみねえか? どこかこの辺りでえ?」


 そこで出てきた「あそこ」だった。

 学校からそれほど遠くないバイパス脇の一角に、入っていた会社が撤退して空き家となった建物があるのだが、

「窓ガラスが割れている」

 という、実に分かりやすい「廃墟」の特徴があった。そこの


「トイレに会社が倒産して首をくくった社長の幽霊が出るんだってよ」


 との噂があるようで、初耳だった一人、草刈が、「へー」と感心して面白がった。

「それマジ?」

「ああ。二組の奴が忍び込んで、見たんだってよ。これはヤバイって、慌てて逃げ出したってよ」

 言い出しっぺの仲尾が声を潜めて言い、

「ああ。あそこだけはマジだから、遊び半分で近づくんじゃねえ、って顔を青ざめさせていたなあ」

 乗っかった香川もしたり顔で頷いた。

 草刈はますます興味津々で目を輝かせた。

「入れるのか? 行きてえ~~! 行こうぜ? な? な?」

 仲尾と香川は視線を交わしてにんまりした。

「どうすっかなあー……、マジでヤバイっていうしなあー…………」

 仲尾はもったいつけたが、

「写真撮れっかな?」

 浮き浮きと携帯を取り出してリハーサルする草刈に、

「おめえは小学生かよ」

 香川はツッコミを入れつつ苦笑して、

「しょうがねえなあ、……行くか?」

「だな。しょうがねえなあー」

「おっしゃあー!」

 と、三人でちょっとした冒険に向けて盛り上がった。


「あ、ちょっと待った」

 三人は窓際の香川の席に集まってだべっていたのだが、リーダー格の仲尾が何か思いついて後ろの方を向くと、一列置いて三つ後ろ、一番後ろの席にいる男子のところに行って話しかけた。

「藤山くーん。君も一緒に行こうぜ?」

 図書館の本を読んでいた藤山は、視線を下にしたまま、おどおどした顔を少し仲尾に向けた。

「俺は、いいよ……」

 ぼそぼそと小さな声に、「ええ?」と仲尾はわざとらしく耳に手を当てて聞き返した。

「俺は、いい……」

「そんなこと言わないでさあー」

 仲尾は後ろに回って藤山の肩をもみだした。

「何読んでんのー? 学校の図書館に面白い本なんかあんのかよ? なあ、一緒に行こうぜー? 俺ら三人だけじゃ心細いからさあー」

 教室には他に数人の生徒がいたが、それぞれ友だちと話したり、携帯をチェックしたりしていて、互いに無関心だった。

 藤山は仲尾に肩をもまれながら、うつむいて、頬を赤くした。

 藤山は大柄で、女の子みたいに肌が白く、ぽちゃぽちゃと小太りだった。

 なんであいつなんか誘うんだ?と最初怪訝な顔をした草刈だったが、すぐにああと面白がって、香川と一緒に藤山の席にやってきた。

「お願いしますよお、藤山くうーん。俺らと一緒に来てくれよおーん」

「なあ、頼むよおー、藤山くーん」

 三人が藤山に絡んでいるのを、教室の他の生徒たちはチラリと白けた目で眺めて、一瞬で興味をなくし、自分のことに没頭した。

 白い肌を耳まで真っ赤にした藤山はますますうつむき、

「俺は、いいよ」

 と、それしか言葉を知らないように繰り返した。

 草刈がパタンと机の上の本を閉じた。

「おまえさあ、人がせっかく気を使って誘ってやってんだからさあ、付き合えよなあ」

 藤山は下を向いたままじっと押し黙った。

 香川が冷たい目で見下ろして言った。

「なんか言ってくれねえかなあ? なーんか、俺たち、いじめてるみたいで、ひんしゅくもんじゃん?」

 仲尾が肩をもむのをやめて、横から抱き寄せるようにして顔を覗き込んだ。

「会話しようよお、藤山くん。友だち活動も大事だぜ?」

「そうだぜ、俺ら、友だちだと思ってるから誘ってるんだぜ?」

「ここで友だちなくすとさあ、本当に君、クラスで孤立しちゃうぜ?」

 クラスメートたちは誰も彼らの会話に関心を向けない。

「行くよな? 俺たちの頼みを聞いて、一緒に来てくれるよな?」

 肩をぎゅっと抱かれ、耳元で頼み込まれ、やがて藤山は小さくうなずいた。

 三人は明るく顔を上げた。

「いやあ、よかった、誘いを受けてくれて」

「やっぱ友だちっていいよなー」

「藤山くんも、明日は英雄として話題の中心になれるな」

 三人は意気揚々と香川の席に戻っていった。

 藤山はいつまでもうつむいたまま、本を開くこともしなかった。

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