桜の樹の呼ぶ声
ある☆ふぁるど
第1話
満開の桜の樹の下で、泣いている少年を見た。薄紅色の花びらが風に舞い落ちる中、少年は声も立てずにただ静かに泣いていた。それはきれいな光景だった。その時の彼は桜の中に埋もれて、今にも消えてしまいそうに見えたのだ。まるで異世界への扉が開いて、そこへ吸い込まれていくみたいに。だから、僕はとっさに声をかけた。
「ねえ、どうしたの?」
少年が振り向いた。彼は僕に気づくと、慌てて袖で目を拭った。そして、笑顔を見せた。はにかむような笑顔。
「君は・・・?」
少年らしい高く澄んだ声。彼にそう尋ねられたとき、僕はちょっと慌てたような気がする。それまでの静けさがすっと消えて、世界が現実に戻ってきたような気がした。
そうして僕が名乗り、彼が応えて、それが僕らの出会いだった。
彼は病弱で、僕らはなかなか一緒には遊べなかった。雨や雪の日はもちろん、ちょっと風の強い日でも外出はだめで、しょっちゅう入退院を繰り返していた。難しい病名はよくわからないけど、胸が悪いらしくて、空気が悪いとよくないんだそうだった。
風のない穏やかな晴れた日にだけ、僕は彼を外の世界に連れ出した。僕らが初めて出会った場所。桜の樹のある公園で、僕らは空に向かって飛行機を飛ばした。彼が作ったその飛行機は、すごく速くて、よく飛んだ。走れない彼の代わりに、僕は飛行機と一緒によく走った。叫びながら、どこまでも・・・。
「すごいなあ」
僕が言うと、
「そんなことないよ」
と、彼は照れたように笑った。
「もっとすごいのを作りたいんだ」
「今のだってすごいじゃないか」
彼は首を横に振る。
「もっと・・・ずっと・・・ずっと遠くまで飛ぶやつ・・・あの空の向こうまで」
僕は彼が大好きだったし、きっと彼もそうだと思っていた。ただ、彼はいつも寂しそうで、僕はそんな彼を見るのが辛かった。飛行機と一緒に駆けたいのは彼の方だったろうに、いつも走るのは僕だった。彼はそんな僕をどんな思いで見ていたのだろう。僕では、彼の助けにはならないのだろうか。何かしてあげたいのに。
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