第16話 中編(4)―①

目線の先にあいつがいる。なんで能天気に笑ってるのよ。

ちょっと前まで追い詰められてたじゃない。


あの日、革紐が切れてから人形が役立たずになった。




ガリガリ…




また爪を噛むクセが出てきちゃったじゃない。

それもこれもあいつのせいよ。頬の痒みもおさまらないし。

イライラする。



「深井さん」


呼ばれて振り向くと、同じ学科で講義が幾つかかぶっている男性がいた。


「最近また休んでたみたいだけど、大丈夫?」


「あー。うん。大丈夫。ちょっと体調崩しちゃってね」


「なんだか、顔色が悪いけど…。差し出がましいと思うけど、なにかあったら相談に乗るよ?」


彼は、正直めちゃくちゃ平凡なんだけど話していると落ち着く雰囲気を持っている。多分、裏表がなくて本人も穏やかだからだろう。

ふと、魔が差したようにすべてを彼にぶちまけたくなった。

私の話を聞いたら、この穏やかな顔がどんな風に歪むんだろう?

軽蔑されるだろうか。



「あのね…」


「おいそこの平凡メガネの1回生」


横柄な声がした先を見ると、美人で有名な3回生がいた。


「え?僕ですか?」


「お前以外に平凡メガネがいるか?あぁ。いるか1人。

2人もいて紛らわしいな…うーん」


そのまま考え始めた。私はあまりの突然の事に展開についていけず呆然としてしまった。っていうか、普通に名前で呼べばいいんじゃないの?


「ん?お前、なんか変なの憑いてるな?」


先輩は急に私の方に顔を向けてそう言った。


「平凡メガネ、お前の名前は棚上げだ。まずはこいつからだ」


そう、先輩は言うとスマホを取り出し、電話をかけはじめた。

怒涛の展開すぎて硬直して、そのままポカンと立ち尽くしてしまった。


「大丈夫だ。よし。じゃあ行くぞ」


そう言うと、先輩はさっさと歩き始めてしまった。

残された私たちは顔を見合わせた。


「え?なに。あれ、着いてこいってこと?」


「う、うん。多分、そういう事なんだと思う…」


「あの先輩と面識あるの?」


「うーん…あると言っていいのかな?一度だけ話した時にLINの連絡先交換したんだ」


「なにそれ贅沢じゃん笑」


「そう…なのかな?」


先輩の後ろを歩きながらそんなことを話していたらとあるゼミ室の前に着いた。


「おい。平凡メガネ。お前が開けろ」


「え?なんでですか?」


「いいから。それで、剛力がいたら教えろ」


「え?剛力って誰ですか…」


この先輩、見た目の印象と実際像がちぐはぐだ。


「なぁにやってんスか。ほら、さっさと入りますよ」


突然、他の声が聞こえて誰かが前に割り込んできたと思ったら、

その人物がガチャッと扉を開けてしまった。

美人先輩が「あぁぁ…」と言っているのが聞こえる。

その人物は「モモちゃんせんぱーい」と言いながら入っていった。

私たちが戸惑って部屋の前で突っ立っていたら、美人先輩が深いため息をついて


「ほら。何やってんだ。行くぞ」


と言いながらグイグイと私たちを押して強引に部屋に入れた。


「あら?お客様?」


部屋にはマッチョでおねぇ言葉の男性と、めちゃくちゃイケメンがいた。


「先輩が部屋の前でゴソゴソしてたんで」


と、先に入ったメガネをかけた男性が答えた。あ…もう一人の平凡メガネってこの人のことだわ。なんていうか、分類が一緒…。


「ちぃちゃん!まぁた逃げようとしてたわね?」


マッチョな男性が笑いながら美人先輩に言った。

別に逃げようとなんて…などとボソボソ言っているけど、誰の目にも言い訳にしか見えない。


「まぁまぁ、とりあえず座って?飲み物淹れるわね」


マッチョ男性に促されて私たちはソファーに座った。

こういう時、私は居心地悪くて間を持たせようと色々話すのだけど、なぜだかリラックスしてぼけっとしてしまった。

隣を見ると、彼もほわんとリラックスしているようだった。


「で?ちぃ、どうしたんだ?」


イケメンが美人先輩に聞いた。そう、それよ。

なんで私たち知らない先輩のゼミ部屋に連れてこられたのかしら。

それにしても眼福だわ。


「あぁ、そうだ。こいつこのままじゃダメだろう」


そう言って、美人先輩に指を指されてしまった。イケメンは私を見て


「ふん。なるほどな。お嬢さん、単刀直入に聞くが、人を呪ったね?」


隣から息を呑んだ音がした。私は頭の中が真っ白になって何も答えられなかった。


「貴女が何を思って誰を呪ったのかはこの際、どうでも良いがこのままだと貴女は自滅する。それでも良いと思っているのかな?」


イケメンは咎めるでもなく、責めるでもなく、ただただ淡々と聞いた。

私は心にしまっておいた事を吐露したくなった。多分、心が限界だったのだと思う。


「はい。呪いました。彼は…あいつは、私の妹を弄んで捨てたんです。

あいつと妹はバイト先が一緒で、付き合うようになって。

付き合い始めは優しいから、妹はベタ惚れになって…

そうなると、あいつは飽きるんです。


それだけならまだいいんですけど、そこからゲームになるんです。

自分を思ってボロボロになっていく様を見るのが快感みたいで。

妹はまだ立ち直れずにいます。一時は自殺まで考えて…。


大学も学科も同じになって、見ないようにしてたんですけど、

小原さんがあいつと付き合って、その後に同じようにされたのを見たら

妹の事がフラッシュバックして、そしたらもう…」


そこまで言うと、あとはもう嗚咽で何も言えなくなった。

シンとした室内に私の泣き声だけが響く。


「それで、復讐で呪ったのか。なるほどな」


美人先輩が言った。


「はい。どうぞ。落ち着くわよ」


私の前にハーブティーの入ったカップが置かれた。

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