第14話 中編(2)

あいつ、めちゃくちゃ苦しんでた。

床でのたうち回っているあいつを見て、すっごく愉快だった。

こんなに効果があるだなんて!


ふと、これから先も嫌な人間はこうやって苦しめちゃえばいいやって

思った自分に少しだけ戦慄した。

でも、そんな気持ちも次の瞬間にはどうでも良くなった。


ん?

なんか頬っぺたが痒い。肌荒れしちゃったかな?

最近は、ストレスも多かったしそのせいかも。

クローゼットにしまっている人形を取り出してみる。


「…?」


なんだろう。なんだか、雰囲気というか、様子が違う気がした。

まぁ、自分も普通じゃない精神状態だったからそのせいなんだろうと結論付けた。


あの時は肉体的に苦しんだだけだったけど、何度も苦しませるようにしてるから

精神的苦痛も味わっていることだろう。


「何度も使わないで済む事を祈ってるよ」


この人形の事を教えてくれた人はそう言ってたけど…。





「―さん。鈴木さん!」


ボーッとしていたあたしは、名前を呼ばれている事に気づいた。

最近、よくぼんやりしてしまう。


「ごめん。ボーッとしてた。なに?」


呼んでいた人物を見ると、元彼の友達だった。


「えーとさ。最近あいつと連絡とってる?」


「え?取ってるわけないじゃん。知ってるでしょ?」


「そっか。そうだよね。ごめんね。変な事きいて」


「どうしたの?なにかあった?」


「いや…最近、あいつと連絡取れなくてさ」


「私じゃなくて、彼女に聞いてみればいいじゃない」


「うーん…そうなんだけどさ。彼女の方はあまり気にしてないらしくて…」


「え?自分の彼氏と連絡取れなくなってるのに気にしてないの?」


うける。あいつ、心配されてないんだ。ちょっとした謎の優越感。

そもそも、あの子は恋多き女で、1人とあまり長続きしないタイプだ。

そんな話をしながら学食に向かった。


「最近、なんか変な感じしない?」


急に、その男子がそんな事を聞いてきた。


「変な感じって?」


「いやぁ…なんていうか、全体的に落ち着かないっていうかよく人が倒れたりとかさ」


「季節の変わり目だからかな?なんだろうね」


ちょっと、ギクッとしたけど、何食わぬ顔で会話を続ける。


「あのさ、変なこと聞くようだけどさ…あいつの事まだ好き?」


「はぁ?なにそれ。ちょっとデリカシーなさすぎじゃない?」


「だよね。ごめんね」


イラッとしたけど、彼がすごく申し訳なさそうな顔をしたからまぁ、いいかと許した。


「おい!あゆみ!!!」


突然呼ばれた。進行方向にあいつが立っていた。


「おい。西川!お前どうしてたんだよ!連絡したんだぞ」


あいつの友達が驚いて話しかけるけどガン無視であたしを睨みつけたままで立っている。


「な、なによ」


「お前、俺になにした?あぁ?何したんだよ!!」


あいつが突然走ってきてあたしの腕を掴んだ。


「は?意味分かんないんだけど。痛いから離してよ!」


「西川どうしたんだよ。やめろって!!」


友達があいつの腕を掴んで離そうとしてくれた。


「寝れねぇんだよ。部屋に誰かいるんだよ!夜中に何度も息が苦しくなって目が覚めるとお前が俺の首締めてんだよ!!お前なんかしただろ!!」


あいつの目がイッてた。怖かった。

膝が震えて腰が抜けそうになった。


「西川、落ち着けって。お前の妄想だよ」


「違う!違う!違うんだ!!見ろよ!!」


そう言って、あいつは首に巻いていた薄めのマフラーを取った。

そこには、紫色に変色した細い跡がついていた。


「なぁ、お前だろ?どうにかしてくれよ!頼むよ!!なぁ!!」


あいつはとうとう泣き出してしまった。

いい気味と思うよりも、得体の知れない恐怖が背中を這い上ってきた。


「あゆみちゃん、先に行ってて。こいつは俺がなんとかするから」


そう言ってくれたから走ってその場を離れた。





「あれから、SAWADAの子大学にきてないの?」


「うん。探してるんだけど…講義にもいないんだ」


「大丈夫かなぁ。気になるさぁ」


僕は学食でまやちゃんと話していた。あれから、あの子を探しているんだけど見つからないんだ。


「ん?」


くん、とまやちゃんが鼻を動かした。


「におう」


そう言うと、キョロキョロし始めた。


「あの子だ」


まやちゃんが見ている方向を見ると、薄っすらと黒いものを巻きつけた女の子がいた。その子は、青ざめた顔で何度も後ろを振り返っている。


「ちょっと行ってくる!」


言うが早いかまやちゃんがその子に駆け寄って何やら話しかけている。

まやちゃんに腕を掴まれて、戸惑った顔でこちらに向かってきた。


(うっ…ニオイがきつい)


その子が近づくにつれて、ニオイが強くなってきたんだ。


「はーい。こちらに座って~。さぁさぁ」


まやちゃん、その勢いで連れてきたんだね。


「え?なに?なになに??」


その子は僕とまやちゃんを交互に見て聞いてきた。


「まやちゃん。僕も聞きたいよ。なんなの?」


「いや~。手遅れになる前にと思ってさ~。まどろっこしい事はすっ飛ばしていこうかと。ゆぅり~のようには出来ないさぁ。


ってことで…」


まやちゃんはくるりとその子に顔を向けた。


「あなたさ、誰か呪ったでしょ?」


ちょ、直球だーーー!!!!


「はっ?!」


「あのさ、このままじゃあなたもよろしくないよ。

何があったかは分からんけどさ、あなたの人生を棒に振る価値ある?」


怒って席を立つかと思ったんだけど、その子は、しばらく固まったままだった。


「なんで分かったの…?」


「ニオイと、気配。自分さ、そういうの分かるわけ。

そういう家系だからさ。お節介だとは思うけど、見たからにはさ~」


「あたし…全然後悔してなかったの。むしろ、逆。やって良かったって思ってた。さっきまで…」


「何かあったの?」


僕がそう聞くと、その子はさっき起こったことと経緯を話し始めた。


「ふぅ~ん。そいつはこないだ倒れただけじゃなくて、今も何かしら苦しんでるんだ」


背景を聞くと、その男子こそ、先日学食で倒れてまやちゃん達が処置した人だったんだ。


「その人形どうした?」


「ボロボロだったし、もういらないと思ったから燃やした」


「そういうのって、燃やしていいものなの?」


僕が疑問に思ってまやちゃんに聞いた。


「時と場合によるけど、術者が用済みと判断すれば大丈夫だはずよ」


「えぇ…曖昧!」


「本来はちゃんと終了の儀式してから、お焚き上げなんだけどさぁ」


うーん…と、まやちゃんは腕を組んで天井を見ながら考え込んだ。


「なーんかスッキリしないんだよ~。何か変なんだよなぁ」


「変て何が?」


「分からん。分からんからモヤモヤするわけさ~」


「あたし、どうすればいい?」


その子、あゆみちゃんが言った。


「まずさ、呪いがその男のところにいってるわけよ。いってる間はいいわけさ。問題は相手が死なずに呪いが戻ってくること」


「え?!戻ってくるの?」


「うん。基本的に術終了って相手が死ぬか、消すか、呪うのをやめる事だからさ」


「ど、どうしたらいい?やってる時はあいつが死んでもいいやって思ってたんだけど、なんていうか…スッキリしたら、別にそこまではいいやって思えてしまって。

それに、あいつのあの様子見たら怖くなっちゃって…」


「うん。それがいいよ。人を恨み続けるのってしんどいさぁね。

それにさ、相手を呪ってる間は相手とずっと繋がってるって事だからさ」


僕は、人を嫌だな苦手だなとは思っても恨むほど嫌いな人がいたことがない。

それは幸せなことなんだろう。

なにもかも前向きに変換できる人間ばかりじゃないから、彼女がやったことは推奨できないし、したくもないけど、だけど一方的に彼女を責めるのもまた違う気がしたんだ。


ただ、人を呪うということは同時に自分をも呪っているんだと思った。

呪いが返ってくるということは、そういう事だよね。


「まやちゃん、どうにか出来る?」


「うん。するつもり。だけど、なんか引っかかるってば」


まやちゃんはそのまま黙って考え込んでしまった。

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