第2話 失せ物探し(2)

親が反対するのを振り切って、地元を離れた大学に進学したおかげで

仕送りがシビアになってしまった俺は、今日も今日とてこいつの力に頼っている。

頼ると嬉しそうにするから、ついつい甘えてしまうんだが…


「今日はちっと儲かったから、ちょーっと奮発した酒買ってやるな!」



リリリン…



弾んだ鈴の音が聞こえた。

こいつは、酒が飯らしい。

酒そのものを飲むというよりも、酒の気? 成分? を養分にしているらしい。


安酒しか買えないのが心苦しい…。

いつかドカーン! と当てて、すげーいい酒を買ってあげたいんだがなぁ…。



「うわっ…」



道の端に壁に頭をめり込ませた女がいた。

そいつは何をするでもなく、ただそこにいた。

ふと傍の電信柱を見ると花が添えられていた。


そういえば、先週ここでひき逃げがあった。

被害者は若い女だった。


(うぅ…そういうことか。気付かれないようにさっさと通り過ぎよう)


俺に憑いているやつを認識した時から、

変なものが見えるようになった。

見えたところで、俺には何もできない。


だから、見て見ないふりをする。

女の側を通り過ぎるとき


「ない…ない…どこにもない…」


ブツブツ言っている声が聞こえた。


(珍しいな…)


事故現場で見る彼らは大概、痛いとか苦しいとか怖いなどと言っている事がほとんどだ。


(ひき逃げの被害者じゃないのか?)


女の後ろを無事に通り過ぎ、コンビニに向かう頃には

その疑問は頭からスッカリ消えていた。






「おい。メガネ」


不遜な声が聞こえて思わず反射的に振り返ってしまった。


「なんだ。そんなに眉間にしわを寄せて」


(あんたのせいだっつの)

目の前に男にしては華奢で綺麗な顔立ちをしたチビがいた。


「なんスか」


「お前は相変わらず先輩を敬うということを知らんな」


「すいませんね。で、なにか用スか?」


「用というか、お前また変なもんくっ付けてるな」


「え?」


「数日前に見たときは何も憑いてなかったから、昨日か一昨日だろう」


「…どんなのが憑いてるんですか?」


「霊そのものっていうより、気配みたいなもんかな。纏わりついてるな」


「もしかしたら、昨日見かけたひき逃げの被害者かも」


「あぁ。あの事件か」


「どうしたらいいんですかね? 気配とか初めてなんですけど・・・」


「さぁなぁ…。設楽にでも聞いてみろ」


「はぁ…」


この、目の前にいるチビ…もとい、先輩は大学に入学してしばらくしてから出会った。

あの時も、俺に憑いてるやつを見て


「おい。そこのメガネ。お前、変なの憑いてるな」


と、突然声をかけられたのだ。

大学に物凄い美形だが、性格に難ありという人物がいるというのは小耳に挟んでいた。


ミーハー気分で遠巻きに見てみたいと思っていたが、まさかこんな風に見る羽目になるとは…。


この先輩、見えるらしい。

見えるだけだけど。


そして、設楽先輩ってのはこれまた男前の人物で、

チビ先と違って頼りになる先輩だ。


「おいメガネ。お前、また失礼なこと考えてるだろう」


「いえ。別に」


「なんか面白い展開になったら教えてくれ」


「分かりましたよ」


このチビ先に何を言っても何倍にも返ってくるだけだから、

ここは素直にうなづいておく。



「ちわっす。設楽先輩いますか?」


「設楽なら、来週まで休みでいないよー」


さっそく設楽先輩のゼミ部屋を訪ねた俺は、そこで空振りに合う。


(マジかー。うーん…でも、昨日見た感じだとそこまで危険な印象はなかったよな)


どのみち俺じゃどうしようもないし、チビ先はもってのほかだし、

設楽先輩が学校にくるまで棚上げすることにした。


その日の夜、寝ていた俺は遠くから絶えず聞こえてくる鈴の音で意識が浮上した。

目を覚ますと、鈴の音が激しく鳴っていた。

こういう時は、まずいことが起きてるときだ。


「なに? なにか…」


聞かずとも分かった。

部屋の隅になにか黒いものがうずくまっている。


「え…」


そいつはぶつぶつなにかを呟いている。

奴がこちらを認識した、とそう思った瞬間、そいつが目の前にいた。


「ねェ、なイノ。みツカラないイノ。ドこにもッてイったのォォォォォォ!!!!」


チビりそうになった。

いや、正直ちょっとチビった。

あまりにも不意打ちすぎた。


「みツカラなイ…みツカラなイ…イ…お前カ!お前ダナ…お前お前お前おまえオマエオマエオマエオマエ…」


(こっ…こぇぇぇええええ!!!)


喉が張り付いたように声が出ない。

血圧がスッと下がって冷や汗が出る。


部屋中にそいつの声と、不安定な鈴の音が鳴り響く。


(勘弁してくれよ…)


ハッとして目が覚めた。


(朝だ…)


一瞬、悪夢だったのかと思ったが、布団の上を見ると長い髪の毛が落ちていた。

緊張がピークに達して気を失ったのだろうか。


(ある意味たすかった)


「なぁ…念のために聞くけどさ。。昨日、怖ぇやつ来てたよな?」


そいつを見ると、真っ青な顔で首をぶんぶん縦に振っている。

お前も怖かったんだな…。


「あれ、なんか探してたよな。一昨日の女かな?」


そいつは少し横に首を倒してから、曖昧にうなづいた。


「ん?なんか、腑に落ちない顔してんな。一昨日の奴だろうけど、自信がない?」


申し訳なさそうな顔でうなづいた。


「や。仕方ないよ。ありがと」


自分ではどうにもできないし、設楽先輩が戻るまではこのままかな。

連日連夜でてきたらどうしよ。



「おぉ。興味深い顔色しているな」


チビ先が楽しそうに声をかけてきた。


「…楽しそうですね。俺は満足に寝れてませんよ」


「その様子だと、出てきたな?」


「えぇ。出てきました。肝が冷えましたよ…。

そんなにオカルトが好きなら、先輩、今夜うち来ません?」


「それは興味深いな。よし、行こう」


ちょろい。



「じゃあ、電気消しますねー」


「分かった」


あれからチビ先がうちに泊まりにきた。

寝間着はほんと、人それぞれだな。

チビ先、もっこもこの寝間着だ。女子かよ。


「これは暖かいし、肌触りもいいんだ!」


ちょっとからかったら、こぶしをブンブン振り回して抗議された。

女子かよ。


不安定な鈴の音が聞こえる。


(―きた)


枕元に置いてあるスマホを見ると、午前2時ちょい過ぎ。

ベタぎる。


昨日、女がいたところをみると、やはり奴はそこにいた。

今日もぶつぶつ呟いている。


「せんぱい、いますよ。おきてますか?」


小声でチビ先を呼ぶ。


「・・・・」


寝てる。

そっと布団から足を出してチビ先をつつく。

なかなか起きない。蹴っ飛ばしたくなってきた。


「んー…なんだよ」


チビ先が抗議の声を上げた。

次の瞬間、女がチビ先の目の前にいた。


「ひぃん!」


女はゆっくりチビ先の顔を見たあと


「チガウチガウチガウチガウチガウチガウ…」


(え…違うって…)


ぐりん!とこちらに顔を向けたと思ったら次の瞬間には俺の目の前にいて


「イタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタ」


(俺かーーーー!)


昨日とは違って、チビ先がいたためか女を観察する余裕が少しあった。


(ん? なんか…目ん玉に影が)


さらに観察すると、文字のように見える。


(玄? 刻?? 読めん。日本語じゃないのか?)


その女じゃなくてその奥にいる誰かと目が合った気がしたと思った瞬間、

その女の姿がかき消えた。


「き…消えた。なんだったんだ。あの女」


チビ先が絞り出したような声で呟いた。


「先輩…あの女の目ん玉みました?」


「は?目ん玉というか…ぽっかり穴が開いてた」


「なんか、目ん玉に文字みたいなのが見えました。

日本語じゃないのか、読めませんでしたけど」


「文字?日本語じゃない?」


「はい。そんで、なんていうか…女の奥にいる誰かと目が合った気がしたんです」


「は? え? 奥???」


「うまく言えないんですけど…誰が他にいる感じというか…」


チビ先が眉間にしわを寄せて黙り込んだ。


「どうしたんすか?」


「…確信はないが、もしかしたら本当に誰かいたのかも」


「え?」


「霊や人を操る方法があるらしい。目に浮かんでいたのは、それかもしれんな」


「えぇぇ…なんスか。そのチート」


「お前、誰かに恨まれるような覚えないのか?明らかにお前が目的だったな」


「うえぇ?そんなん…あ。」


「覚えがあるのか?」


「先月なんですけど、失せ物探しの依頼があって、結果的に依頼者カップルが別れました」


「どういうことだ」


「依頼者は彼女の方なんですけど、彼からもらった指輪をなくしてしまって、

それを探して欲しいっていう内容だったんですよ。

で、なんでそうなったのかは謎なんですが、彼の指輪が見つかって…」


「は?彼氏のが見つかって、なんでそれが浮気発覚に?」


「いやー…指輪の内側にイニシャルが彫られてたんですけど、それが違ってて」


「ま…まさか。その男、浮気相手にも同じデザインの指輪を?」


「そのまさかっす」


本命-男-浮気相手それぞれが同じデザインの指輪で、

違いは内側に掘っているイニシャルだったというわけだ。


「浅はかというか、策に溺れるというか…。じゃあその男に恨まれてるのか?」


「いえ。女の方です。浮気相手の。

しかもその女、二股してるって分かってて付き合ってたんですよ。

男の方が依頼者に未練たらたらで、女はふられちゃったらしいっす。」


「その女にとっては、お前は余計な事をしたという訳か。

まぁ、やるせない気持ちをぶつける矛先が他になかったんだろうが…自業自得だろう」


「正直いい迷惑っス…すげーこえぇし」


そう。

あの女、めちゃくちゃ怖かった。

本命と結託して嵌めたんじゃないかとまで妄想してて、学食で水ぶっかけられた。

本命とは真逆のタイプで、ド派手。


「その女、こんな力あるような感じはしなかったけど…」


「誰かに依頼したんだろう」


「マジかよ。見た目に反してねちっこいな」


「見た目は指標にならんぞ」


(そうスね。チビ先もそれに当てはまりますもんね)


「…何かまた失礼なことを考えたろう」


「いえ。被害妄想っス。

ねぇ。先輩。さっき言ってた文字のことなんですけど、

思い当たる節があるようなこと言ってましたよね」


「あ?あぁ…恐らくだが、梵字なんじゃないかと思ってな。

文字としては認識できるが、日本語ではない。そして、呪をかけれる」


「梵字って、密教とかの?」


「まぁ、オカルト界隈ではそれが1番有名かもな」


「俺に復讐したところで、復縁できるわけじゃないのに」


「…いや。可能かもしれない」


「は?どういうことスか…」


「対価交換、代償だよ。復縁のな」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。

それって、呪術つかって復縁する代わりに俺が生贄ってことスか?」


「有り体に言えば」


「んな身もふたもない…」


「その女は腹いせに復讐もできて、復縁もできて一石二鳥ってなわけだ」


開いた口が塞がらないとはこのことだ。

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