第8話 電話
「Gen chik it u tom」
突如聞こえた声の方へ顔を向けると、そこには女が無傷で立っていた。そして、少女の身体は一瞬にして凍り付いた。
先程までとは真逆の立場となり、少女は恐怖を感じた。自分は女を殺そうとして、失敗に終わった。そして、女の手により身体を凍らされ、身動きが取れなくなっている。この後に待っているのは、死、そう思った。
しかし、少女が恐怖を感じた本当の理由はそれではなかった。今の自分の状況と同じことを目の前の女に行ってしまった。その恐ろしさを身を持って感じたことにより、自らの行為の残酷さを思い知ったからだ。
「さっきのはさすがにやり過ぎよ。私達に非があるのは認める。それについては謝るわ」
女は謝罪するが、その言葉は少女には届いてはいなかった。少女に届いていたのはまた、あの謎の声であった。
『お前と同じ力。お前より強い力。欲しくはないか?』
少女は何も答えなかった。
「少し、落ち着いて話しましょうか。お茶、入れてくるわね」
女は無言の少女に何を思ったのか、そう言い残し、キッチンへと立ち去った。そして、お茶を入れる間、考えるのは館に残してきた者達のこと。自分と少女がいなくなっている事には気が付いているはず。にもかかわらず、誰からの連絡もないのは不気味にも感じていた。
しかし、女は自分から誰かに連絡をする事はせず、ただ少女の身の安全を第一に考えていた。
そして、少女は凍り付いたまま、頭の中に響く声を抗う術もないままに聞き続けていた。
『お前よりも強い力。もし、敵に回ったらどうなる?お前に勝てるのか?はは、無理だな。なら、油断しきっている今が好機ではないか?お前の欲望のままに欲しろ。そして、奪えよ』
……嫌だ。だって、あの人は私を守ろうとしてくれたんだから。
少女は答えるが、謎の声は不満を露にした。
『……この状況でもか?お前はあの女の力によって凍らされている。何も出来ないではないか』
違う。これは、私のせい。私が傷付けようとしたから、その罰。
『この後、あの女がお前を殺そうとしても、か?』
それでも、私は、あの人をもう傷付けたくない。死ぬのは、傷付くのは嫌だけど、それでも……、私は自分もあの人も傷付かないようにしたい。
『ははははは!全く、――だな。二兎を追う者、一兎も得ず、とはこの国の言葉だったか?面白い!久方ぶりの愉快な同朋よ、その願望の行く末、見届けてやろう』
それ以降、声は聞こえなくなった。
「お待たせ」
ちょうどその時、女が紅茶を持ってきた。そして、少女を一瞥すると、少女の氷を溶かし、自由の身とした。
「ありがとうございます。あと、その、本当にごめんなさい。その、怖くなって、あんな事を……」
「大丈夫よ。それよりも、落ち着いてくれてよかったわ」
そして、座ろうとした瞬間に女のスマホが鳴った。女は画面を見て、少し訝しげな表情を浮かべた後、少女から離れていった。
「もしもし」
『あぁ、お前は無事だったか』
「それ、どういう意味?」
電話の相手は青龍の家の男。連絡を取るのは大半が現状報告であった。それ故、電話越しに聞こえる安堵の溜め息と不穏な言葉に女は不安になっていた。
『……言いづらいんだけど、お前らの館がなくなった』
その言葉に女は何も言えなくなってしまった。そもそも、館がなくなった、その言葉の意味が分からなかった。
『とりあえず、見てもらった方が早いと思うから、画像送る』
そして、しばらくして届いた画像を女が見ると、そこには空き地が写されていた。しかし、周囲に写っているものを見れば、そこが館のあった場所だとすぐに女は理解した。
「どう、なってるの?」
『分からん。ただ、館にいたと思う奴等には誰一人、連絡が取れない。おそらく、もう……』
「死んだ、のね。……大丈夫よ。この世界に生きている以上、覚悟はしていたから」
男は女を気遣い明言を避けたが、女はその言葉通り、平然と答えていた。しかし、その内では動揺、困惑し、平静ではいられなかった。それを悟られぬ様、心に鍵を閉めていた。
「それで、罪業の誰がやったの?」
『分からない。俺らもこれを知ったのは一時間くらい前だから。それから調査班が調べているけど、手がかりはほとんどないらしい。だから、生存者を探している状況で』
「そう。それで、手当たり次第連絡して、私にも、ってことね?」
『そう。でも、さっきの様子じゃお前も何も知らないみたいだけど』
「……一つ、情報をあげる。私は侵入者がいるかも、そう思ってご子息様の力を受け継いだ少女を館から逃がすために立ち去ったの。それで、侵入者がいる思ったのは、主様が殺害されたから。最期のお姿は全身にいくつもの穴が開いていた。どんな手段が取られたのかは知らないけれど」
『全身に複数の穴。館を空き地に。……複数いた可能性もあるのか?いや、それとも、力の使い方が違う?この件は調査班には伝えておく』
「私は複数いると思うわ。たった一人で痕跡を残さないで侵入、殺害、逃走をできるとは到底思えないし」
『そう、だな。その件も含めて伝えておく。もしかしたら、調査班の誰かが直接話を聞きに行くかもしれんが、その時は宜しく頼む』
「えぇ、分かったわ」
殺戮の天使~善か悪か~ 星成和貴 @Hoshinari
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