宗教天国
不意に頭の中に映像のようなものが流れ込んできた。自分の今までの人生を短編映画にした様な映像だ。
なるほど、これが噂のソウマトウというやつなのだろう。思い返せば短い人生だった。しかし、肝心な自分が死ぬ場面は写し出されなかった。
一通りソウマトウを見終えると今度は文字が写し出された。
"ようこそ。ここは天国受付所です。地上での人生は如何だったでしょうか?楽しい事もあれば苦しい事もあった事と思います。しかしご安心下さい。ここから先にある天国では楽しい事しかございません。どうぞ来世までごゆっくり。受付本部はこちら→"
矢印の方向を見ると天へ続く長い階段が佇んでいた。
階段を登り、道なりに少し歩くとガラス張りのかなり立派な建物と
"ここが受付本部です"
という看板が見えた。中に入ると昔の外国の絵なんかで見る羽根の生えた天使がこちらに向かい、顔をじっと見たかと思うと口を開いた。
「ようこそ天国受付本部へ、ここではあなたの死因と信仰している宗教を伺っております。まずあなたの死因はなんですか?」
「それが覚えていないんだよ。気付いたらここにいたんだ。」
「なるほど。それなら後で調べます。では、あなたの信仰宗教はなんですか?」
「うーん。俺、宗教について考えたこと無いんだよな。まず何教があるとかあんま分かんないし。」
「そうですか…困りましたね、信仰宗教にはそれぞれ天国があるので、その手配をしなければならないのですが…
では、クリスマスをおめでたいと思いますか?」
「おめでたいっていうか、めちゃくちゃビックイベントだから毎年パーティーとかするけど」
「なるほど、それならキリスト教徒ですね。教会にはちゃんと行ってましたか?」
「教会?行ったこと無いかもな。お寺なら初詣とかでたまに行くけど」
「なんと。それでは仏教徒なのですか?」
天使はすこし顔を歪めた。しかし、また直ぐに口を開いた。
「まぁ、今からキリスト教を信仰しても問題ありません。ささ、ここにサインを…」
そういうものなのかと思い、男が羽根のついたペンに手を伸ばしたその時だった。後ろの方から声が響いた
「そこにいる死者様は日本人だろう?日本は大半が仏教徒だ。おい天使、人の教徒を横取りするな!ささ、仏教界の極楽浄土はあちらになります。どうぞこちらへ、」
「何を言うか、仏教徒がクリスマスを楽しむものか!死者様、この仏めの言う事は戯言です。聞いてはなりません。」
「なにを!」
天使と仏様の会話はみるみるうちに争いへと変貌していった。男が止めた方がいいのか迷っているとまた声がしてきた。
「まぁまぁ、お二人共落ち着きなさい。こんな野蛮な宗教では全然ダメですね。どうぞ死者様、争いの無いこのイスラム教へおいで下さい。」
「お主は黙っていろ!聖地だけでなく信者まで横取りしようとする気か!」
「なに!聖地の件はそっちが急に喧嘩を売ったではないか!」
これで三つ巴になってしまった。男は止める事もできずただ呆気にとられていた。
しかし、仏様が男の腕を見た途端にニヤリとした。
「喧嘩はそこまでだ。今回は我々の勝ちのようだ。死者様の腕を見てみろ。数珠をつけている。これは紛れも無く仏教徒である証!そうでしょう死者様?」
男は困ってしまった。
「これは多分数珠じゃないです。ブレスレットです。仕事で女の子から貰った…
「なに!数珠じゃないだと?ややこしい物をつけおって!」
すると今度はキリスト教の天使が微笑した。
「ほれみろ、違うではないか。しかしそのお陰で死者様が我が教徒だと気づけたわ。死者様のその首についているのは紛う事なき十字架!やはりキリスト教徒だったのですね。ささ、こちらへ…
「いやこれはただのネックレスで飾りとして…
「なんだと!十字架をただの飾りだと!?貴様、神への冒涜だぞ!」
男が天使の怒りに圧倒されているとイスラム教の使者が優しく声をかけた。
「ご覧になりましたか?あの様な怒りっぽい宗教ではダメです。それにこちらの天国では美味しい食べ物でもなんでも御座います。貴方の好きな食べ物を教えて下さい。すぐにこちらで用意します。」
「好きな食べ物……豚カツかな?」
「なに!豚を食するとは教えに反する行為、なんたる事か!こんな死者はうちには置けない!」
「うちにもこんな信者はいらん!」
「うちだって!」
男は本当に困ってしまった。今度は宗教同士で押し付け合いが始まってしまったのだ。
すると上の方からチャイムの様な音と誰かの声が聞こえた。
「ただ今行方不明になっている死者様を捜索しています。特徴は
死因は飲酒運転による事故死、職業は違法営業のホスト、宗教は不明の男性です。お心当たりのある方は至急、大地獄受付総本部までお願いします。
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