150km/hのナイト様
来夢
第1章【死球-デッドボール-】
プロローグ
「ん…………んん……」
首筋がかゆい。
心地良いまどろみの中、徐々に首筋をくすぐられるような感覚が強くなってくる。
「ふわあぁぁぁあ」
横になったまま、1つ大きく欠伸が出た。
脳と肺に酸素が行き渡り、意識が覚醒していくのを感じる。
眠気に抗うようにゆっくり瞼を上げると、日光を反射した青々とした草が視界一杯に広がっていた。
……やたら首筋がくすぐったいと思ったら、なんだ、草か。
「こんなとこで寝てたらそりゃ気になるわな────って、は?」
一瞬一人で納得しかけたが、そこで俺はようやっと違和感に気付いた。
「なんで草?」
不意に寝落ちしてしまって、枕の上で目覚めないことはたまにある。打ち上げで酒を飲み過ぎて、路上で目覚めたことも1回だけある。
ただ、起きたら草原にいたことは1度たりともない。まず草原で寝ることがないんだから、そりゃそうなんだけど。
「いやいやいや、どこだここ?」
ガバッと身体を起こすと、目線が高くなったことで視野が広くなった。身体を起こす際に地面に触れた右手には、ひんやりとした土の感触が伝わってくる。
広がる視界、伝わる感触……どの情報を取ってみても自分が屋外にいるという事実は変わらない。
『ここはどこ?』という記憶喪失じみた問題に俺が答えを出せずにいると、畳みかけるように新たな問題が浮上した。
「いやいやいや、誰だお前?」
ひとまず立ち上がろうとしたときに、自分の下半身がやたら重いことに気が付いた。
見渡す限りの草原に意識を奪われていたが、もっと近く──俺のすぐ側には、見知らぬ少女の姿があった。
「すぅ──、すぅ──」
俺の腰にもたれるようにして、小さく寝息を立てている少女。
『ここはどこ?』『お前は誰?』
『私は誰?』とはなっていないことは救いだが、俺が俺だということ以外のことが何一つ分かっていない。
「おい、起きろって」
「うぅうん」
「起きなさいって」
とりあえず、寝息を立てる少女の肩を揺すってみる。
この子が誰かは分からないが、この状況を説明できるなら説明してほしい。そもそも、このままだと動けないし。
「んんんぅぅう…………んん?」
数回声を掛けると、腰元から聞こえて来る寝息が疑問符に変わった。
もぞりと身じろぎし、ゆったりと身体を起こす少女。
「あれ…………?」
「おはよう」
「?? お、おはようございます?」
若干寝ぼけた顔で返事をした少女は、俺の顔を見ると眠そうな目を一転大きく見開いた。
「あっ! ああああああぁぁぁ!?」
「な、なんだよ!?」
急にデカい声出すなよ……。
面喰った俺が尻もち状態のまま1歩後ずさると、少女はその距離を詰めるようにズイッとその顔を俺に寄せてきた。
「あ、あにゃたはもしかして!」
「落ち着け、噛んでるぞ」
「貴方はもしかして騎士様ですか!?」
まくしたてるように一息でそう言うと、少女は自分の顔をさらに俺に近づけた。
「近い近い────って、は? 騎士?」
「良かった……あのやり方で間違ってなかったんだ」
「ちょっと待て、一人で納得するな。俺がなんだって?」
ここどこ問題が解決する前に、また新しい疑問が増えてしまった。
いぶかしむような反応の俺を見て、少女は「はて?」と小さく首を捻った。
「貴方は騎士様ではないんですか?」
「き、騎士?」
「あれ?」
捻った首の角度をさらに深くする少女は「私なにか間違えたのかな?」と小声で呟くと、言葉を繰り返すオウムと化した俺に更に質問を投げかけてきた。
「つかぬことをお聞きしますが、貴方のご職業は?」
「職業? いや、俺まだ大学生だけど」
「ダイガクセイ……? それは剣や魔法で戦う仕事なんですか?」
「いやいや、戦わねえよ」
学生をなんだと思ってるんだ。
「あー、でもあれだ。一応年明けからの仕事は決まってるな」
「なにをされるんですか? 魔物討伐とか?」
「さっきから何言ってんだ……野球だよ」
「え? ヤキュウ?」
目をぱちぱちさせる少女に、俺は少し未来の自分の仕事を伝える。
「プロ野球選手。ボールとバットで戦う仕事だよ」
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