第7話 交渉

「それはどういう意味ですかな?」


 自分より倍以上歳が離れている、青年と呼ぶにふさわしい外見の人物に対し、威厳を持って答えているが、見る限り委縮している感じは見受けられない。


「ハルファー猊下げいか。申し上げている通りです。私達アダマント王国側はアガット教国がクンツァイト帝国侵攻に協力していないことを、示していただきたいと申しています。

 現在ネフィライ連合国へクンツァイト帝国が侵攻しているため、アダマント王国はネフィライ連合国からの援軍要請を受諾しました。実はここだけの話なのですが、クンツァイト帝国が侵攻する前に、アダマント王家第1王子であるセドリック兄上がネフィライ連合国に滞在中だったのです。その際にクンツァイト帝国が侵攻してきたため、アダマント王国としてはネフィライ連合国の援軍要請を受諾しました。セドリック兄上が連合国にいたために帝国が進行してきたとも限りませんからね」


 淀みなく先ほどを同じ内容を教皇である私に話す。第1王子が連合国に滞在していた?そんな情報はないはずだ。帝国が騙したのか?いや、アダマント王国の介入をさせないために、今回クンツァイト帝国と密約を交わしたはずだ。


 こちらとしてもリスクはなく、言い逃れできる範囲だったのと、成功失敗に問わず前金でたんまりもらったので、了承したのだから。


「クンツァイト帝国がネフィライ連合国に侵攻しているという情報は有益なことですから、こちらもお教えいただきありがたいことですが、それと今回のことについては話が別ではないのですかな?」


 侵攻することについては事前に知っていたので、特に驚きはないが、さも今得たとばかりに驚いて見せて、帝国との繋がりが無いようアピールする。


「こちらとしてもアガット教国と友好条約についてゆっくり話していたかったのですが……。教皇も知っている通り、第2王女であるブランシュのスキルは有名ですからね。帝国の侵攻で連合国の援軍要請を受諾したとなると、ブランシュが援軍に加わるのが国民にも周知されているのですよ。しかし、今回アガット教国へ特使として赴いたので、帰還要請をするはずのブランシュが拘束されているとなると、帝国侵攻に対し、我が父である国王自らが対応するとなると、こちらに対しては私が対応せざる負えなくなりましてね」


 大袈裟な溜息をつきながら、さも仕方ない風を装っているが、第2王子が知将であることは情報として得ている。


「ここだけの話なのですが、最初は第2王女が特使として行くことには反対していたのですよ。ある筋から得た情報なのですが、ここ最近アガット教国へ帝国からちょくちょく使者が派遣されているのを掴んでいましてね。この友好条約に何か仕掛けるのではと危惧していたのですよ」


 アルノート・アダマントの言葉に心臓の動悸が少し早くなる。見られていた?いや、建物内は結界が張っているため侵入は難しいはずだ。出入りが見られていたとしても、誰に会っていたかや、なぜ帝国の人間が来ているのかはわからないはずだ。


「ほう、帝国の使者が。誰かの枢機卿とやり取りでもしていたのでしょうか。私も隅々まで把握しているわけではありませんからな。細かいことは信頼できるものに任せているので」

「ええ、そうでしょうとも。教皇となるとお忙しい身であるでしょうから、心中お察しいたします。なので、ここだけの話ということで…実はその使者の素性がちょっと訳ありでしてね。帝国内で活動するギルドで、そのギルドに所属する者を前にアダマント王国で捕らえたことがあるのですよ。その際得た情報では、帝国の侯爵と繋がっていましてね。その侯爵がアダマント王国で問題を起こしたことで、帝国ではその侯爵家が取り潰しになったはずなのですが…ギルドがまだ動いているのは把握していたのですよ」


 ギルドの名前をぼかして話しているのは、その時と今のギルドの名前が違うからか。侯爵は尻尾切りで、ギルドも解体したはずだ。その後、再結成されたが、アダマント王国側ではその情報も掴んでいたということになる。これだからアダマント王国への対応は慎重にならざる負えない。


「ほう……それで?」

「帝国の侵攻が友好条約と重なったことは、偶然かどうか調べるために、実はこちらに赴く前に、私の部下にそのギルド員から情報を得るよう打診していましてね」

「それはこちらが帝国に与しているとおっしゃっているのですかな?」


 アルノートの言葉に威圧を掛ける様に、睨みつける。しかし、アルノート第2王子は飄々として、表情を崩すことなく友好的な笑顔で答える。


「まさか。私としてはこの友好条約を破断させるために、帝国が動いたのではと危惧しただけですよ。それでアガット教国教皇であるハルファー猊下としては、今回の友好条約前の我が国への対応について、どういう考えをお持ちかお聞きしたくて、私が参った次第ですよ。

 このままでは情勢的に帝国と与していると受け取られかねません。そこで提案したのが、先ほども言ったように、帝国とのそして、我がアダマント王国との関係払拭のために、是非よりよい判断をしていただきたいと申しております」


 言葉を濁してさもこちらの見方であるという態度でいるが、結局のところ、無条件で解放しろと言っているようなものだ。解放しない場合、こちらと連絡を取っていたギルド員とその素性を全て調べる、もしくはもう調べ終わっていて、公表しても構わないかといっているのだ。


 確か連絡を取っていたのは、私の右腕でもある枢機卿の部下だったはず。今回の件で部下は切られてもいいが、私の派閥である枢機卿の評判が悪くなるのは、釣り合いが取れないな。


 私が今後の展開について、模索していると、アルノート王子が世間話のように前置きをしながら聞いてくる。


「今回どうしてこのような事態になったのか、猊下は事情を知っておりますか?」

「私が聞いたことでよければ。調印式当日に私の安全のため、我が国の秘匿術でもある結界スキルで、スキルを一時的に使用を制限しましてね。第2王女であるブランシュ王女のスキルは有名ですからな。そのことでスキル制限について意見が食い違い、解除するようにとアダマント王国側が求めたのと、こちらの外交担当が安全保障のためと拒否したため、とりあえず落ち着いてもらうために、今の状況になったと連絡は受けていますな」

「そうですか……」

「何か気になることでも?」

「ええ、猊下はブランシュ王女についてどこまで知っているのかは、わかりませんが、スキルを制限されてブランシュが解除するように求めたというのが腑に落ちないと思いましてね」


 思案顔をしながらも、私の質問に対して淀みなく答える。


「それはどういうことですかな?」

「ブランシュのスキルが有名なのは周知の事実なのですが、それは国外での話なのですよ。アダマント王国内での評価はちょっと違いましてね。王家の人間であり軍部に所属しているブランシュですが、元帥は別として、大将クラスに所属してあるのはスキルを持っているからではないのですよ」


 そうにこやかに話すアルノート・アダマント。いったい何が言いたいのだ?


「世界で見ると変わっているのかもしれませんが、アダマント王国、そして王家はスキルの有無を最上位としていません。子供の頃から、スキルは魂に宿っていると教えられます。そして我がアダマント王家の家訓が『王族は誰よりも高潔な魂であれ』。それさえ守っていれば、王家では何をしてもいい。ブランシュの様に軍部に所属してもいいし、私の様に商人の真似事をしてもいい。比較的自由なのですよ。かわっているでしょう?」


おどけているように話しているが、卑下しているという感じではない。むしろそれが当たり前という印象を受ける。王家でありながら、商人の真似事?


「ブランシュは現在大将クラスに所属していますが、軍部に入隊した時は王家とは名乗らず、身分を隠して入隊し、実力でのし上がりました。その後、ブランシュが世界に名が知れ渡ることになったあの事件で、スキルが有名になりましたが、その時には既に女性でありながら、少将でいましたね」


 そういうアルノートの瞳の奥は、顔とは対照的に微笑んではいなかった。その話を聞き終えた私は、背中に冷たい汗を流れるのを感じていた。

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